未来への熱源【2025/01/21】
タカトが住む未来の都市は、大小さまざまな地熱発電所が連携してエネルギーをまかなう環境モデルシティだ。過去の大規模産業や化石燃料の乱用で廃墟となった旧市街には、いまだ稼働休止のまま放置されている発電所が数多く残されていた。タカトは再生エネルギー学の専門家で、彼が率いるチームは「旧市街に眠る巨大地熱発電所を再稼働させるプロジェクト」を推進している。地上から見える廃墟はすすけたビルの残骸ばかりだが、地下にはまだ活用可能な地熱源が存在するのだ。もしこれを再稼働できれば、都市全体のエネルギー余裕度が格段に増すばかりか、将来的には周辺地域へのクリーン電力の輸出も期待できる。
だが、順調に見えたプロジェクトには、謎の妨害行為が相次ぎ始めた。作業用ロボットが突然制御不能に陥ったり、地下施設に繋がる扉の電子ロックが勝手に誤作動を起こしたり、あたかも内部事情を熟知した誰かが意図的に邪魔をしているかのようだった。タカトはひどく疲弊しながらも、なんとか作業の続行を模索していた。そんなある夜、彼の飼い猫マルがベランダに出てにゃんにゃん騒ぎだし、外をじっと睨んでいる。タカトが不審に思って窓を開けたとき、闇夜に紛れた人影がさっと建物の影へ消えていくのを目撃した。猫の目は暗闇でもよく見えると言われるが、どうやらマルはその「謎の妨害者」を確認したらしい。
翌日、タカトはチームメンバーと対策会議を開いた。しかし特に確証も証拠もなく、進展は芳しくない。重い空気のまま会議が終わろうとしたとき、チームの若手スタッフ・ユカリが明るい声を出した。「そういえば昨日、SNSで“猫の写真大会”が開催されるって話題になってて、私、タカトさんの愛猫マルの写真を応募しちゃったんです。いいショットが撮れたので!」。彼女のスマホに映し出されたのは、夜の窓辺で警戒するマルの姿。そして周囲に写り込んだ風景を何気なく眺めていると、タカトが目をこらしてこうつぶやいた。「この画面の右のほう、拡大してみて…何か人影が映ってる」
そこで映し出されたのはビルの外壁付近に張り付くように動く小さな輪郭だった。暗がりに紛れてよくわからないが、どこか独特の形状をしている。タカトはさらに画像解析を試み、「これ、何か装着してるっぽいぞ…。単なる作業服じゃない。もしかして支柱に引っかかる特殊なアームのような装備かもしれない」と指摘する。もしこれが廃墟発電所のセキュリティを掻い潜るために用いられる道具だとすれば、こちらも同じレベルの技術を持たなければ対抗できない。だが、相手の意図は依然不明のままだ。
その日の夜、タカトは自宅の作業机に向かった。実は彼にはプラモデル作りという趣味があり、息抜きに新作ロボットアニメの機体を組み立てるのが日課だった。アニメのタイトルは『ゼノ・レイヴ』。近未来ロボットが環境再生をテーマに活躍する話で、最新シリーズでは「廃墟都市を蘇らせるための試作機」が登場する。その機体デザインは脚部に巧妙なクローアームが仕込まれており、壁面や天井を自在に移動できるという設定になっている。タカトはプラモデルを組み立てながら、ふと先ほどの写真の人影を思い返した。そしてハッとする。「こ、これは…あの謎のアーム、まるで『ゼノ・レイヴ』の新型機にそっくりじゃないか…?」
奇妙な符合に衝撃を受けたタカトは、翌日すぐにユカリをはじめとするチームメンバーと情報共有する。するとメンバーの一人でアニメ好きの青年コウイチが「実は俺も同じアニメ見てるけど、あの機体の設定は“省エネ都市を警護するための壁走りモード”を持ってるんだよ。デザイン画が公式サイトにアップされてたから、何度も見返してたんだ」と付け足す。みんなの表情が一気に険しくなる。どうやら妨害者は、このアニメの最新情報を参考に、壁を走れるような装置を開発しているかもしれない。だとすれば、発電所を再稼働させるプロジェクトに深く関わる意図があるのか、それともただの模倣犯なのか――謎は深まるばかりだ。
だが、こんなときこそチームの結束が大事だと考えたタカトは、みんなを自宅に呼んで「ピザ作りパーティー」を開くことにした。タカトには週末の趣味として、オーブン料理を楽しむ習慣がある。高効率エネルギー住宅に備え付けられた蓄熱式オーブンは、地熱発電の電力を使い少ない消費で高い熱量を得られるので、料理好きにとっては最高の装置だ。メンバーはそれぞれ好きな具材やソースを持ち込み、わいわい言いながら生地を伸ばし、チーズをたっぷりのせ、思い思いのピザを作っていく。
食卓に並んだ焼きたてピザから立ち上る香ばしい匂い。チーズがとろけ、バジルの香りが部屋中を包み込む。ユカリは「こんなに具だくさんのピザ、初めて見た!」と笑みをこぼし、コウイチは「俺は辛口のペパロニピザ派!」とテンションが高い。そんな楽しい雰囲気に包まれながらも、彼らは作戦を練る。旧市街の廃墟発電所を見回る回数を増やし、監視カメラを追加設置する。さらに「ゼノ・レイヴ」ロボットの設定を逆手に取り、もし壁面走行が可能な装置を使って潜入してくるなら、どのポイントを狙うかを予測して警備を強化するのだ。
翌朝から、彼らは矢継ぎ早に動き出す。まずは発電所周辺の壁や天井に微小な振動センサーを埋め込み、怪しい動きがあればすぐ検知できるように調整する。さらに地下に続く階段の入口には改良型ロックを導入し、アクセス記録がすぐに分かるようにデジタル認証を強化。タカトは週末を丸々費やしてプログラムを書き上げ、万全の警備網を整えようと奔走した。
ところが、防犯システムのテストを行う最中、またもや奇妙なトラブルが発生する。今度は発電所の古い配電盤がショートを起こし、大量の火花を散らして故障してしまったのだ。整備チームが急いで駆けつけたが、配電盤には不自然な切り込み痕が残っており、明らかに人為的な破壊がうかがえる。しかも付近の監視カメラのデータは、なぜかそこだけ映像が途切れていた。どうやら相手は高度なハッキング技術と設備破壊のノウハウを兼ね備えているらしい。チーム内には焦りの色が見え始める。「このままでは再稼働プロジェクトそのものが頓挫してしまうぞ…」
そんなとき、タカトの愛猫マルが再び重要な手がかりをもたらした。マルはチーム拠点のテーブルの下をくぐって、ある書類の上にちょこんと座ったのだが、その書類は「旧市街側の地下トンネル配置図」。タカトは「あれ、そういえばこの区画、先日までは立ち入り調査に行ってなかったよな」と気づく。そして地下トンネルに微妙な空白領域があることを発見した。古い資料には通路が記載されているのに、現行マップにはその部分が欠落している。もしかしたら、妨害者はそこから密かに発電所に侵入しているのかもしれない。
タカトとコウイチ、そして数人のメンバーはさっそくヘルメットや懐中電灯を持って、その地下トンネルを調査しに赴いた。錆びついた扉をこじ開けると、薄暗い狭い通路がひんやりとした空気をたたえて伸びている。壁には古いケーブルが絡まり、踏むとパリパリと音を立てる。まるで廃墟のダンジョンを探検しているような感覚だ。やがて突き当たりに何か大きな扉があり、その扉には最新式の電子ロックらしき装置が増設されていた。チームが心当たりもないはずの場所に、こんな近代的なロックが取り付けられているなど明らかにおかしい。タカトたちは慎重に周囲を探索するが、そのとき突然、扉の向こうから激しいモーター音が聞こえてきた。
ビリビリという振動が床を伝い、扉が勢いよく開くと、そこから現れたのは「ゼノ・レイヴ」の新型ロボットを彷彿とさせる、試作の人型作業機械。四肢に装着されたクローアームがガシャガシャと動き、天井や壁に吸着しながら器用に宙を舞う。その姿はまさにアニメを模倣して作られたメカに違いなかった。タカトたちは咄嗟に身を伏せ、「やはりコイツが一連の破壊工作に使われていたんだ…!」と確信する。だがその瞬間、メカに搭載されたスピーカーから聞こえてきた声は、なんと女性の声だった。
「あなたたちが、ここまで辿り着くとは思わなかったわね。だけど、この廃墟発電所は私たち“フューチャーレジスタンス”が頂くわ。地熱源は独占する価値があるのよ。企業や政府の管理なんてまっぴら。私たちで新しいエネルギー時代を作るの。邪魔をするなら容赦しない」
タカトたちが目を凝らすと、メカの肩に企業のロゴが剥がされた跡が残っている。どうやら大手機械メーカーの試作機を奪い取り、改造したものらしい。フューチャーレジスタンスとは何者か? 会話を試みようとするタカトに構わず、メカは天井を蹴ってこちらを威嚇してくる。コウイチが慌てて持参の小型スキャナでシステムをハッキングしようと試みるが、相手の防御が強固でなかなか突破できない。トンネルという狭い空間で、スパークが飛び散りながら激しい攻防が始まる。
そこへユカリが別経路から仲間を連れて駆けつけ、応援に加わる。人間がメカに正面から勝つのは難しいが、幸いにもこの機体は重量があるため、一度バランスを崩せば大きく体勢が乱れる。ユカリは床に転がっていた太い配管を利用して相手の脚部に打ち込み、天井走行を阻止。コウイチも懸命にアクセスを続け、タカトがメカの動力部に設置されているバッテリーパックを外そうと試みる。するとついに機体が不安定になり、ガッシャーンという金属音を立てて床に崩れ落ちた。スピーカーの女性の声が荒々しく響く。「このままじゃ終わらないわ。私たちの理想は絶対に止められない…!」
事態はひとまず鎮圧されたものの、メカを残して音声はブツッと切れ、遠隔操作かAIかは分からないが、操縦者はどこかへ逃げたらしい。メカの記録装置には、旧市街全域を掌握しようとする計画の断片データが残されていた。どうやらフューチャーレジスタンスは地球環境を破壊した旧体制を嫌悪し、新たな“独立国家”を作ろうとしている組織のようだった。タカトたちは「目的が環境再生なら理解もできるが、やり方が乱暴すぎる。本来なら共存できるはずなのに」と複雑な気持ちを抱く。
それでも、廃墟発電所の再稼働を目指すタカトたちには、ここで立ち止まるわけにはいかない。すぐに配電盤の修復を手配し、撤去された部品を取り戻し、何とか稼働テストにこぎつけようと奔走する。ユカリは建設会社に勤める友人を紹介し、壊れた配管や壁面の再工事を依頼。コウイチはハッキング対策を急ぎ、タカトは改めてプロジェクトの意義を市民に発信する。猫の写真大会で脚光を浴びたマルも、いつしか“プロジェクト公式キャラクター”のような存在になり、SNSで発信する度に多くの人が興味を持ってくれるようになった。
そんなある日、ついに発電所のテスト運転が開始される。地底から湧き上がる熱水はタービンを回し、大きな轟音とともに発電量を示すメーターが勢いよく数値を伸ばす。タカトたちチームは歓声を上げ、ついに悲願達成が目前に迫った。しかし、そこに思いがけない来客があった。なんと、フューチャーレジスタンス側のリーダーを名乗る人物が、白旗を掲げて姿を見せたのだ。
その人物は小柄な男性で、一見するとどこにでもいそうな技術者風の出で立ちだ。彼は「私たちはあなた方を倒すつもりだったが、考えを改めた。近隣の自然環境や地下水脈のコントロール、そして市民の生活を見据えながら発電システムを構築している様子が、私たちの理想とそこまで遠くないことに気づいたんだ」と語る。もともと彼らは大企業や政府による管理を嫌っていたが、タカトたちのやり方はコミュニティ主導であり、住民参加型のプロジェクトだった。つまり、協力し合えばもっと素晴らしい未来を築けるかもしれない、と考えを変えたという。
安堵の空気が広がりかけたその瞬間――轟音が上空から鳴り響く。タカトたちが見上げると、なんと巨大輸送ヘリのような機体がホバリングし、廃墟発電所の上空を占拠している。その機体には大企業のロゴがデカデカと描かれていた。スピーカーから響くのは、冷ややかな男性の声。「我々の地熱資源を勝手に再稼働するとはどういうことかね。ここはかつて企業グループが所有していた資産だ。環境だの市民参加だの甘い幻想を語る連中など、このまま排除するまでだ」
ヘリからは武装したロボット群が降下し、あっという間に発電所周辺を取り囲む。どうやらフューチャーレジスタンスだけでなく、巨大企業も裏で暗躍していたのだ。そもそも旧市街を放置していたのは、あるタイミングで一気に開発権を取り戻し、大きな利権を得ようとしていたからだろう。タカトたちがプロジェクトを成功させてしまうと、企業にとっては都合が悪い。だからこそ裏で妨害を仕掛けていた可能性が高い――そう、実はフューチャーレジスタンスの妨害を装っていた工作の一部は、この巨大企業が仕掛けたものでもあったのだ。
空から降りてくるロボット群に対し、フューチャーレジスタンスのリーダーは「あんたらのような企業が地球をダメにしてきたんだ…!」と怒りを露わにし、一触即発の様相を呈する。一方、タカトと仲間たちは「争っても誰も得をしない。ここは対話で解決するしかない」と必死に説得を試みる。しかし企業側のロボットは武装を解除する気配がなく、攻撃態勢を取る気満々のようだ。絶体絶命の緊張感が発電所に漂う中、ふとタカトのスマホにメッセージが届く。送り主はコウイチ。彼はひそかにヘリの通信をハッキングし、あるシステムの存在を掴んだらしい。
コウイチのメッセージによれば、ヘリの制御システムには「新型地熱掘削ロボット」を遠隔操作するプロトコルが仕込まれている。そのコードを逆手に取り、こちらからリモートアクセスすればロボット群を無力化できるかもしれない。タカトは命をかけた時間稼ぎとして、企業側に堂々と呼びかける。「我々はただ環境を守り、人々が安心して暮らせる地熱エネルギーを活用したいだけです! そちらの企業と理念が完全に相反するわけじゃないでしょう? 一度話し合いを…」 だが企業側の男性は一切聞く耳を持たず、「全員そこを動くな!」と怒鳴り散らしてくる。
しかしその間にも、コウイチは仲間と連携し、ヘリの通信端末にバックドアを仕込むことに成功する。続いて一気にコードを書き換え、ロボット群のAI制御を混乱させる。すると、無機質に光っていたロボットたちが急に動きを止め、次々に不可解な挙動を取り始めた。そして最終的に地面に膝をつき、稼働を停止してしまう。企業側の男性は「馬鹿な…!」と叫び、慌ててヘリを操作しようとするが、こちらも通信不能になったらしく、高度を下げたまま緊急着陸モードに移行。慌てふためくクルーをよそに、タカトたちはすかさずヘリに駆け寄り、武器を持った要員を押さえ込む。これで企業側の強行手段は失敗に終わった。
ヘリの内部からは、企業の裏取引や旧市街に関する秘密文書が多数押収される。フューチャーレジスタンスはそれを見て憤るが、タカトは「これが公になれば、企業が勝手に過去の資産を独り占めしていた事実が白日の下にさらされる。市民にとっても、自分たちの街を取り戻すチャンスになるはず」と提案する。リーダーは無言でうなずき、「今は協力し合うしかないか」と呟いた。
こうして危機は回避され、発電所再稼働プロジェクトは大きな山場を越えた。市民側からも「街を守ってくれてありがとう」「私たちの未来に期待が持てる」と応援の声が集まり、タカトたちの努力は報われつつあった。フューチャーレジスタンスとも話し合いが進み、元々彼らが抱えていた環境再生の技術や独立型の小規模発電ノウハウを共同活用できる道が開けるかもしれない。
数日後、タカトの家では例のピザパーティーが再び開かれていた。ユカリもコウイチも、フューチャーレジスタンスの若いメンバーも集まり、互いにレシピを共有したり、最新のアニメ事情を語り合ったり。もはや敵対関係ではなく、目的を共有する仲間として和気あいあいと盛り上がっている。そこへ満足げにマルがトコトコとやってきて、ピザ生地の端をクンクンと嗅いでいる。タカトは笑顔でマルを撫で、「お前がいなきゃこの計画は成功しなかったかもな」と語りかける。
しかし――その和やかな雰囲気の中、突然タカトの端末に緊急アラートが届いた。内容は「廃墟発電所の地熱圧が急上昇」という警報。みんなが慌ててモニターを確認すると、通常ではあり得ないほどの地熱エネルギーが噴出寸前になっているとのデータが示されている。まさか、企業側の残党か、フューチャーレジスタンスの内部対立か、それとも全く別の原因なのか? とにかくこのままでは暴走し、都市全域が大惨事になる可能性がある。愕然とする全員の目の前で、タカトは一言呟いた。
「これは…自然の警鐘かもしれない。僕たちのやり方を試されてるんだ。絶対に止めなきゃ…!」
次の瞬間、どこからか猫の鳴き声が響いた。見るとマルがじっとテレビ画面に映し出された異常データを睨んでいるように見える。その鳴き声はまるで警告を発しているかのようだった。誰もが息を呑む。人間同士の争いを乗り越えて「再稼働」にこぎつけたはずの発電所が、まさかここにきて自然の猛威によって大爆発寸前になるなんて――物語はここで一気に暗雲が立ちこめる。果たしてタカトたちは暴走する地熱を制御し、未来の都市を守ることができるのか? マルが示す視線の先には、一体どんな真実が潜んでいるのか?
こうして、思いもよらぬ新たな試練が姿を現し、静かな夜に警戒アラームが響き渡る。ピザの香ばしい匂いの残るキッチンで、タカトと仲間たちは息を詰めたまま、ただただ驚愕しながら目を見合わせた――。
テーマソング
https://youtu.be/EybBDUgC2ls