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ネオンの境界線で踊る【2025/11/25】

 東京の夜、雨上がりのアスファルトにネオンがにじんでいた。交差点の上空には巨大なスクリーンがいくつも浮かび、広告とニュースと推し配信が層になって流れている。

 高城響真は、小劇場へ向かう路地の手前でふと足を止めた。正面のスクリーンが一瞬だけ、全部ニュースに占拠されたからだ。

 島の地図。赤い円。見慣れない島名。テロップが流れる。「台湾に近い離島への地対空ミサイル配備計画に、隣国が強く反発」。別の窓に、防衛大臣が同じ計画を改めて説明する会見の映像。下の帯には、南西地方の山火事が鎮火せず、住民が不安の声を上げていると流れていた。

 ざわ、と風でもないのに街が揺れた気がして、響真は首をすくめた。


「また、戦争ごっこみたいなタイトルで芝居をやれって言われるんだろうな」


 自分にだけ聞こえるくらいの声量でつぶやき、彼は劇場の地下への階段を降りていった。


    ◇


 薄暗い楽屋では、蛍光灯がじい、と音を立てていた。安い電球のそのノイズは、小劇団「境界線ラボ」の名物みたいになっている。

 鏡の前でストレッチをしていたのは、ライブダンサーの咲良舞だ。ツインテールをゆらしながら、背中をぐいと反らせる。


「おそい、おそい。主演さまのご登場、ニュースより後ってどういうこと」

「ニュースが降ってきたんだよ、空から」


 響真がジャケットを吊るしながら言うと、舞は片眉を上げた。


「また防衛のやつ?」

「島にミサイル置くって話。隣の国が怒ってて、防衛大臣はやりますって言い直して、コメンテーターは落ち着けって書いてる」

「なんか、毎日同じニュースを角度だけ変えて見せられてる気がするね」

「角度変えてるのは、たぶん俺たちのほうだよ」


 舞台袖からかすかに聞こえてくるのは、照明のリハーサル音。パチン、とブレーカーが切り替わるたび、劇場全体が呼吸しているようだった。


「きょうの稽古、脚本変わるかもって。織絵さん来てる?」


 響真が尋ねると、舞は親指で楽屋の隅を指した。

 そこには、パーカーのフードを目深にかぶった山本織絵が、タブレットに向かってペンを走らせていた。画面には、走る兵士と燃える森、そしてその間で踊る子どものラフが重なっている。


「織絵さん、それ新作?」

「うん。次の同人イベント、#コミティラ用のネーム。島の漫画、もっとちゃんと描こうと思って」


 織絵はペン先を止めずに答える。


「さっき見た? ヨーロッパの半導体の特集。政策目標は立派だけど、工場も技術者も足りてなくて、結局アジア頼みってやつ」

「ニュース欄の一番下で、ちっちゃく出てたやつ」

「そう。それ見て思ったんだよね。チップ一枚ないだけで、私のタブレットも、舞ちゃんのホログラムも、全部ただの板になるんだって」


 舞は苦笑した。


「それをいま描いてる漫画に入れるの?」

「島に配備されるミサイルの制御チップが、じつは海外製でさ。どこにも完全な『自分の島』なんてない、みたいな」


「重い。けど、嫌いじゃない」


 舞がそう言って肩をすくめたそのとき、楽屋の扉がどん、と音を立てて開いた。


「おつかれさまです、境界線ラボの皆さま。本日のまとめ役を務めます、渡辺晃太――改め、纏目ナナコです」


 ド派手なエプロン姿の男が、両手に紙袋を抱えて立っていた。胸のあたりには「#せっかくグラメ」と書かれたロゴ。響真は思わず眉をひそめる。


「その名乗り、どこからつっこめばいいんだ」

「上から順にどうぞ。まずはこれ、今夜の差し入れ。南西の山火事の避難所で出してる炊き出しメニューを再現した特製カレーでーす」


 どさ、と紙袋をテーブルに置くと、スパイスの香りが楽屋いっぱいに広がった。


「避難所カレーを再現って、ちょっと不謹慎じゃない?」

「いやいや、現地の炊き出しの人たちに直接レシピ教えてもらって、売上の一部寄付ですよ。うちのブログで特集する前に、みんなにも食べてもらおうと思って」


 晃太はにやりと笑う。


「それに、きょうは大事な打ち合わせでしょ。舞ちゃんの#FG三Dライブと、小劇場の新作と、織絵さんのコミックと、あと玲ちゃんのあれ」


「玲のあれ、って言い方やめて」


 舞が笑いながら注意すると、その直後、階段からヒールの音がカン、カン、と降りてきた。


 流川玲が現れたのは、まるで劇場全体が彼女のために用意された舞台かのようだった。深い紺色のロングコート。胸元には、小さな王冠型のピンが光っている。


「ごめん。ロイヤルファミュのフィッティングが押してて」


 玲はそう言って、姿勢よくお辞儀をした。


「そのピン、新作?」

「うん。#ロイヤルファミュコレクションの目玉。ARでホログラムのマントが出るやつ。日本製チップのおかげで、遅延が少ないってブランドの人たちが盛り上がってた」

「ヨーロッパの半導体政策より、うちらのマントのほうが先に完成するってわけだ」


 晃太が冗談めかして言うと、織絵が小さく笑った。


「で、その全員が、今度のイベントでひとつのステージに立つ。そういう話だよね、纏目ナナコさん」


 玲の視線が晃太を射抜く。晃太は胸を張った。


「はい。本日の案件。新企画イベント『#GOストナイト』。防災と文化のコラボレーション。サブタイトルは『境界線で踊るニュースたち』」


「なんか、タイトルがすでにうるさい」


 響真のぼやきに、楽屋中の笑いが重なった。


    ◇


 翌週のカフェ「ネオンノード」は、打ち合わせのために貸し切られていた。

 壁一面がスクリーンになっていて、テーブルごとに違うタイムラインが流れている。防衛論争、山火事の映像、半導体政策の解説記事、そしてグルメ配信。ニュースの洪水のなかで、コーヒーだけがやけに静かに湯気を立てていた。


「まず確認。『GOスト』って、どういう意味だっけ」


 舞がストローをくわえながら聞くと、晃太が即答した。


「護るストリート、を略してGOスト。防災ウォークイベントから始まったやつ」

「私はずっと、ゴーストだと思ってた。幽霊のパレード」


 玲がため息をつくと、響真がうなずいた。


「俺も。ニュースに取り憑かれた幽霊の話かなって」

「いや、それ私の新作漫画のテーマなんだけど」


 織絵がぼそりと挟む。


「ちょっと待って。全員、意味わかってなかったの?」


 舞のツッコミに、テーブルの空気が一瞬止まり、それからどっと笑いが起きた。


「じゃあ、タイトル案からやり直そうか」


 晃太がタブレットを操作すると、壁のスクリーンが切り替わった。「#GOストナイト試案」「#GOストストリーム」「#GOスト・オブ・トーキョー」など、候補がずらりと並ぶ。


「全部、だいたい幽霊寄りじゃない?」


 舞の指摘に、晃太が肩をすくめる。


「だって、ニュースって幽霊みたいなものでしょ。終わった出来事が、何度も何度も形を変えて現れる」


 スクリーンには、例の島のニュースが再生されていた。地図の上に描かれる飛行コース。会見で硬い表情の大臣。ワイプには、別のチャンネルで「両国とも一歩引くべきだ」と語る評論家が映る。


「この島の話も、火事の話も、欧州のチップの話も、正直、私たちの生活からは遠いようで、全部つながってる。そういうのをまとめて見せるのが、纏目ナナコというわけで」


 自分のハンドルネームを口にしながらも、晃太の声には軽さだけではないものが混じっていた。

 彼の実家は、南西の山火事が続く県にある。幼なじみから届いたメッセージには、灰色の空と、炊き出しの列と、縮んだ畑の写真が並んでいた。


「だからこそ、怖がらせるだけのイベントにはしたくない。防衛か平和か、の二択にもしない。食べて、踊って、描いて、着飾って、それでもニュースと向き合ってる人がいるってところまで、まとめて見せたい」


 静かな決意が、カフェのざわめきを一瞬だけ遠ざけた。


「いいじゃん」


 最初に口を開いたのは舞だった。


「じゃあ、私は踊りでやる。#FG三Dライブバージョンのダンスを、防災モードに組み替える。ホログラムで炎を出して、それを雨で消す。最後に、観客全員のスマホから光のラインをステージに飛ばす」


「それ、システム大丈夫なの?」


 織絵が眉をひそめる。


「国内チップの新機材をレンタルするって、主催が言ってた。ヨーロッパの工場遅れてるから、こっちに仕事が回ってきてるんだって」

「物騒なブーメランだな」


 響真がぼそりとこぼし、皆が再び笑う。


「私は漫画の見開きをスクリーンに投影したい」


 織絵がタブレットを机に置いた。そこには、島の海岸線と、空を埋め尽くすミサイルの軌跡、その下で踊る子どもたちが描かれている。


「一面の空をミサイルじゃなくて、紙吹雪に変えるシーン。そこまでが中盤で、最後は……まだ内緒」


「私の役は?」


 玲が身を乗り出す。王冠ピンが、カフェの照明を受けてきらりと光った。


「玲ちゃんは、ロイヤルファミュの衣装で登場してもらう」


 晃太が笑う。


「でも今回は、王族ポーズは封印。『誰だって守られる価値がある』ってテーマで、避難所のブランケットをマントみたいに着る振付にしよう」

「それ、絶対泣くやつ」


 舞が目を細める。


「泣かせる代わりに、ちゃんと笑わせるところも作ろう」


 響真がコーヒーを握り直した。


「ニュースのセリフを、そのまま舞台で読み上げるんじゃなくて、観客が自分で考えちゃうような隙を残したい。俺たちの芝居パートでは、島の兵士も、反対する市民も、ただの『生活してる人』として出す」


「難しいけど、やろう」


 その夜、ネオンノードの壁一面は、彼らのラフコンテとメモと、#GOストナイトの仮ロゴで埋め尽くされた。


    ◇


 準備期間は、あっという間に過ぎた。

 山火事のニュースは、少しずつ扱いが小さくなっていく。それでも晃太のブログ「#せっかくグラメ遠征編」には、被災地の食堂の新メニューが並び続けた。炊き出しカレー、保存食をアレンジしたスイーツ、干し芋タルト。


「アクセス、ちょっと下がってきたな」


 配信部屋のモニターを見ながら、晃太――いや、纏目ナナコはため息をついた。画面の彼は、可愛らしいアバターの姿だ。ゆるいツインテール、丸い目、画面端には小さな王冠アイコン。


「ナナコちゃん、防衛ニュースまとめてよってコメント、多いね」


 音声スタッフがインカム越しに言う。


「わかってる。でも、きょうの主役はこっち」


 ナナコの声で、晃太は言い切った。


「きょうは#GOストナイトの予告特集。食べて、踊って、描いて、着飾って、ニュースに負けない夜をつくる。そのための準備を、ぜんぶまとめて見せるよ」


 コメント欄に「たまにはそういうのもいいね」「現地のご飯おいしそう」と流れ始める。数字は一時的に伸びないかもしれない。それでも、モニターの前で画面を見つめる人の表情が、少しだけ柔らかくなるのがわかった。


    ◇


 イベント当日、渋谷の歩行者天国は、人と光と音で満たされていた。

 スクランブル交差点を囲むビルの壁面がすべて、#GOストナイトのために解放されている。巨大なスクリーンには、「防災×文化」「境界線で踊る夜」の文字。地上には、フードトラックと移動式ステージ。防災グッズの展示テントも並び、その横には「避難所カレー」ののぼり旗がはためいていた。


 日が完全に落ちる直前、空の色が濃い青に変わる時間帯。音響テストの低音が、ドン、ドン、と胸に響く。


「こんなに人、集まるもんなんだな」


 ステージ裏で、響真は客席の海を見下ろした。スマホのライトが点いたり消えたりして、小さな星座のようだ。


「ネオンもスクリーンも、全部こっち向いてる。せっかくだから、ちょっとくらい世界を揺らして帰ろう」


 舞が軽くステップを踏む。足元のセンサーが反応して、彼女の周りに小さな光の粒が舞い上がった。


「玲ちゃん、そのピン、やっぱり映えるね」


 織絵がつぶやく。玲の胸元の王冠ピンから、ARのマントがふわりと広がり、すぐに消えた。


「本番では、子どもたちにも付けてもらう。避難訓練のときに配る缶バッジ型バージョン、間に合ったってさっき連絡きた」


「缶バッジ王族、か。いいな、それ」


 響真の口元に、ようやく柔らかい笑みが浮かんだ。


 ステージ横のコンテナには、晃太が作ったコントロールルームがある。モニターがずらりと並び、ニュースサイト、SNS、ライブカメラの映像が、まるで水槽の魚みたいに行き交っていた。


「纏目ナナコさん、タイムラインの最終チェックお願いしまーす」


 スタッフの声に、晃太は椅子を回転させた。


「ミサイルのニュース、どうする?」


 舞台監督が尋ねる。


「最初は流す。現実から目をそらさないために。でも、クライマックスで書き換える」


「何に?」


 晃太は、モニターの一つを指さした。そこには、南西の町から届いた動画が並んでいる。焼け残った商店街で営業を再開したパン屋。避難所の体育館で、子どもたちが描いた絵。地元の漁師が、海をバックに笑っている写真。


「火事のあとも暮らしてる人たち。遠くの島でも、明日の天気とスーパーの特売を気にしてる人たち。そういう『生活のニュース』を、ぜんぶミサイルの軌跡の上に重ねる」


「ニュースの幽霊退治、だね」


 織絵がいつのまにか背後に立っていて、そう言った。


「うん。幽霊たちに、ちゃんと名前を返してあげる」


 晃太の手が、再生リストの順番を並べ替えていく。


    ◇


 夜空が完全に闇になると同時に、開幕の合図が鳴った。

 ドオオオオ、と低音が街を揺らし、スクリーンの上には、島の地図と、炎に包まれた山林と、半導体工場のラインが、次々と映し出される。ニュース番組のBGMを引用したような、不安を煽るシンセサイザーの音。


 観客のざわめきが、少しだけ重くなる。その空気を断ち切るように、中央のステージに舞が飛び出した。


 彼女の足が床を打つたびに、ホログラムの炎が立ち上がる。オレンジ色の炎が、彼女の周囲を取り囲み、やがて画面いっぱいに広がっていく。炎の中に、白い線で描かれたミサイルの軌跡が現れる。


 ドン、ドン、とビートが加速する。舞は炎の壁に向かってジャンプし、腕を大きく広げる。その動きに合わせて、炎のテクスチャが雨に変わった。ざあ、と降り注ぐ光の雨。観客のスマホ画面から伸びる光のラインが、ステージの上空で束になり、巨大な傘の形をつくる。


 スクリーンの上では、さっきまで流れていた会見映像が、ゆっくりとフェードアウトしていく。その代わりに現れたのは、文字だけのテロップだった。


「ここにいる全員が、何か一つだけでも守りたいものを思い浮かべてください」


 響真の声が、ナレーションとして響く。


 ステージの端から歩み出た響真は、スーツでも軍服でもない、ごく普通のコート姿だった。マイクも持たず、ただ観客のほうを見つめている。


「島で、都会で、山のふもとで。誰かの生活は、ニュースのテロップになる前から、ずっと続いていたし、これからも続いていく」


 観客席のあちこちで、息を飲む音が聞こえた。


「だから、きょうだけは、ニュースの行間を埋める役を、俺たちにやらせてください」


 その合図で、スクリーンが一斉に切り替わる。

 見開きページのように左右に分かれた画面。左には、織絵が描いた漫画のコマが拡大されている。島の空を埋め尽くしていたミサイルの軌跡が、次のコマでは紙飛行機に変わり、さらに次では花びらになって舞い落ちる。


 右側には、実際の映像が流れる。避難所で配られるブランケットをマントのように羽織り、笑う子どもたち。保護帽を冠のように被ってポーズを決める消防団員。画面の端には、「一歩退いて、隣の人の足元を見る勇気を」という評論家の文章が短く引用されている。


 ステージに、玲が現れた。

 ロイヤルファミュのドレスは、きょうのためにシンプルにアレンジされている。ホログラムのマントではなく、避難所で配られるのと同じ素材のブランケット。胸元の王冠ピンだけが、変わらずに輝いていた。


「きょうだけは、誰でも王様になっていいです」


 玲はそう言って、ステージの端に立つ小さな女の子に王冠ピンを手渡した。女の子の姿に、観客から小さなどよめきが起こる。


「王様って、偉い人のことじゃなくて、『守られていい』って言われた人のことだと思うから」


 その言葉が、夜風に乗って広がっていく。


 その背後で、晃太の操作するタイムラインが動いた。

 中国語の見出しで書かれた「隣国の反発」のニュースの横に、小さく「両国は一歩引くべきだ」と書かれた論説の抜粋が並ぶ。その下には、南西の山火事の消火活動に励む隊員たちの笑顔、欧州の半導体工場で働く若者たちの姿が、次々と映し出された。


「ここから先は、あなたたちのタイムラインです」


 ナナコの声が、スピーカーから届く。


「きょうのこの光景を、どうまとめるかは、あなたの自由。でも、誰かの暮らしがその中に一枚でも混ざっていたら、きっと世界は少しだけマシになる」


 観客のスマホに、通知音が一斉に鳴り始めた。ピコン、ピコン、とまるで雨だれのように。#GOストナイト、#せっかくグラメ支援メニュー、#コミティラ先行公開、#ロイヤルファミュブランケット。もじられたタグたちが、スクリーンの上を流星のように流れていく。


 舞のダンスが、ラストスパートに入った。

 炎はすでに消えている。ステージの上に残っているのは、観客のライトと、投影された紙吹雪と、人々の顔だけだ。

 響真は最後のセリフを飲み込んだ。予定されていた「平和」とか「未来」という言葉をやめ、その代わりに、短いひとことだけを口にする。


「きょうのニュースを、明日の暮らしに変えよう」


 その瞬間、スクリーンのすべての映像が白くフラッシュした。

 静寂。わずかな風の音。遠くで、いつもの電車の走る音。


 そして、拍手が街を揺らした。


    ◇


 イベントが終わるころには、終電の時間が近づいていた。

 片づけを終えた五人は、渋谷川沿いの遊歩道を歩いていた。ネオンはまだきらきらと瞬いているが、さっきまでの喧騒は少し落ち着いている。


「ナナコちゃん、今日のまとめ配信、すごかったね」


 舞が言うと、晃太は頭をかいた。


「数字だけ見たら、防衛ニュースだけやってたほうが伸びてたかもだけどな」

「でも、あの紙吹雪のあとで、山火事の炊き出しの映像が流れた瞬間、隣の人が泣いてた」


 織絵が、スマホの画面を見つめながら言う。


「私の漫画も、いつかあのくらい誰かの心を揺らせるかな」

「揺らしてたよ」


 玲が静かに言った。


「ミサイルの軌跡が花びらになるコマ、あそこだけ、会場の空気が変わった。あと、避難所ブランケットをマントにしたら、子どもたちが本当に笑ってくれた」


 玲は、自分の胸元のピンを指先でなぞる。


「王様になりたいんじゃなくて、『守られていい』って思える服を作りたい。きょう、やっと少しだけわかった気がする」


「俺も」


 響真が口を開いた。


「ニュースを芝居にするとき、いつも怖かった。誰かの痛みを、見世物にしてるんじゃないかって。でもきょうは、あの会場にいた人たちが、少しだけ自分のニュースを持ち帰ってくれた気がする」


「で、明日からの生活費どうするか、っていうニュースもね」


 晃太が苦笑すると、全員が同時にため息をつき、それから笑った。


「そこは、現実の一番のサスペンスだよね」


 舞が肩をすくめる。


「舞台のギャラも、漫画の印税も、ブログの広告も、ブランドの出演料も、全部、次のニュースに左右される」


「だったら、そのニュースに、小さく名前を刻めばいい」


 織絵が前を見据えたまま言う。


「#GOストナイト、次もやろう。火事が収まっても、島のニュースが忘れられても、誰かの暮らしをまとめて見せる夜を続ける」


「シリーズ物か。境界線ラボ、長期公演だな」


 響真の言葉に、誰も否定しなかった。


 川面に、ビルのスクリーンが揺れて映っている。そこには、さっきのイベントのダイジェストが繰り返し流れていた。ミサイルの地図も、山火事の炎も、半導体工場も、いまは一枚のコラージュの中で、紙吹雪と笑顔と同じ明るさで並んでいる。


「ねえ」


 ふいに舞が立ち止まった。


「きょうのあれ、全部まとめて漫画にしてよ、織絵さん。タイトルは……そうだな」


 彼女は夜空を見上げた。交差点のネオンが、まだ微かに瞬いている。


「『ネオンの境界線で踊る』。どう?」


「悪くない」


 織絵が笑い、ペンを構えるように空へ指を伸ばした。


「そのタイトル、もらう」


 ネオンの光が、五人の顔を照らした。そこには、不安も迷いもまだ残っていたが、それでも確かなものが一つだけあった。

 それぞれのやり方で、「守りたい」と思うものがあるということ。


 スクリーンの片隅で、新しい通知がひっそりと光った。

 纏目ナナコのチャンネルに、一つのコメント。


「きょうのまとめ、ありがとう。明日も仕事、がんばれそうです」


 晃太はそれを誰にも見せず、胸の中でそっと反芻した。


「こちらこそ、見てくれてありがとう」


 声には出さずに、彼はネオンの向こうの誰かに向かって頭を下げた。


 東京の夜は、また新しいニュースを映し出し始めている。

 けれど、きょうの境界線で踊った人々の光景は、しばらくのあいだ、誰かの胸の内に残り続けるだろう。


(了)


――あとがき――

 本作では、提示されたニュースとトレンドを、東京のネオン街を舞台にした「文化とニュースの交差点」として再構成しました。

 台湾に近い島へのミサイル配備計画と、それに対する周辺国の反発、防衛大臣の再説明のニュースは、劇冒頭のスクリーン映像と、#GOストナイトのステージで投影される地図や会見シーンとして取り入れました。また、南西地域で続く大規模な山火事は、避難所カレーや炊き出しメニュー、ブランケットのマントといった具体的な生活のディテールとして描き、遠くの出来事が登場人物たちの表現と支援に直結する構図にしています。

 欧州の半導体強化策とそのギャップに関する記事は、タブレットやホログラム機材の裏側にある供給網の不安定さとして触れ、日本製チップと対比させることで、イベントの演出にも現実の経済にも影響する要素として配置しました。さらに、両国が一歩引くべきだとする論説記事は、クライマックスのスクリーン上で短く引用し、ニュースの中に「引く勇気」や「足元を見る視点」があり得ることを示しています。

 トレンドタグからは、グルメ系の#せっかくグルメをもじった「#せっかくグラメ」を渡辺晃太のブログと避難所カレー企画として、創作イベント系の#コミティアをもじった「#コミティラ」を山本織絵の参加する同人イベントとして、さらにロイヤルファッション系の#ロイヤルファミリーをもじった「#ロイヤルファミュ」を流川玲の衣装ブランドとして用いました。これらを通じて、「食べる」「描く」「着る」といった日常の楽しみが、そのまま社会ニュースへの関わり方に変わりうることを描いています。

 ジャンルとしては、現代ドラマを主軸にしつつ、巨大スクリーンやホログラム演出、ニュースをまとめて再構成する配信者という要素を盛り込み、やや近未来寄りのライトSFとして設計しました。結末は、世界の状況が劇的に改善する王道的ハッピーエンドにはせず、一人一人が自分の仕事や表現で「何を守るか」を少しだけ選び直すところで終える、静かな余韻を重視しています。

 報道で扱われる安全保障や災害、経済の問題は、多くの人にとって現実そのものであり、決して軽く扱うべきではありません。その一方で、フィクションだからこそ描ける「ニュースの行間にいる人々」や、「画面の向こう側の誰かの暮らし」を想像する余地もあると考え、本作ではその隙間に物語を差し込む形を取りました。

 この物語は、こうしたニュースにインスパイアされました。

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