婚約破棄された転生令嬢は、遠い国でワケあり皇族の婚約者になります
異世界へ行こう
「ねえ異世界へ行ってみませんか?」
知らないバー。気がついたら隣に座っていた知らない人が、こんなことを言い出してきた。
「異世界って、小説や漫画、アニメにしかないでしょう」
現実的ではないので、僕は信じない。
「ならもったいないです。私がおすすめする異世界はLGBTQ+のことがよく知られているから、この国よりも生きやすいですわ」
それを聞いて、僕は黙る。
実は僕、家出中だ。親が僕の生き方、僕の人生を認めてくれない。そう思ったからこそ、とっさに家を出てきた。
世の中話せば分かると言うけど、僕はそうは思わない。
話しても分かってもらえないことは多い。何よりも自分のことを守るのが必死で、他人の話を聞かない人が多い。
「LGBTQ+に優しい社会なんて、思いつきません」
「いや、それがあるのです。それにあなた、これからどうするのですか? どこか行く場所はあるのですか?」
僕は何も言えない。
僕をこのバーに連れてきてくれた人とは、今日初めて会った。何よりもここは東京、親しい人がいるわけない。僕は東京から離れた、温泉町に住んでいるから。
「じゃあ異世界に行きましょう」
ふわふわと笑って、知らない人が誘ってくる。
知らない人は、喪服姿だ。黒一色でかっちりとした感じがして、怪しくはなさそうに見える。
「異世界へ行けば、もう2度と戻れません。そのかわり一生家族と会わなくていいですし、ずっと家出できますよ」
「じゃあそうします」
家に戻らなくていいのはいい。
親だって、トランスジェンダーの子どもは戻ってこなくていいだろう。
親が愛しているのはシスジェンダーのかわいい娘であって、それは僕じゃない。ならば一生親と会わないのがいい。
「ありがとうございます。大丈夫です。異世界に行けば、幸せになれますよ」
幸せになれる、その言葉は信用できない。
でも家へ帰るよりは、ましなはずだ。
そう信じて、僕は誘ってきた人と一緒にバーから出るのであった。