砲台
「クツシタケ、クツシタケの新物が入ってまーす!」
「アーガス星産リククラゲ今日は安いよ!」
「天然物の大歳入荷しました、見てって下さい!」
商店街では色々なモノが売られている。
「破壊の天使、きれいに開いてますよ」
「奥さん!今日はツキヨタケでも旦那さんにいかがですか!?」
「菌類ばっか」
店先に山と積まれた商品を横目で見ながらフミマロはスタスタペタペタと入り口のアーチをくぐった。
この辺りの惑星は開拓の初期にあるものが多く、そこで開発された農産物は土地に依存せず工場で「培養」しやすいものが大半を占め、宇宙貿易での食物のやり取りはデータ化された遺伝情報の移入であるとは言えほとんどが菌類からなっていた(アーガス星産、と言っているのは既に環境に放たれて生態系に組み込まれた安全な種だという意味であって、「アーガス星で当たり前に生産されている」ということ)。
尚、ニュースや娯楽に関しても長距離通信だとタイムラグがひどいので普通は「流行」が同一太陽系の範囲内にしか広まらない。入り口に何本かの針金を束ねて金銀のテープやボールを付けた、しだれ柳のような飾りをしてある「BARせせらぎ」で流行っているカラオケの曲は五十光年離れた星の流行歌が先月届いたものだがつまり現地ではとうに歴史的懐メロである。
「うちで作っている「むげんぴりか」に合うお惣菜はやはり「うを八」の煮付けですねぇ」
主婦や老婆や就学前の児童とすれ違いながら三百年程前に敷かれた商店街の石畳の道を辿って行くと、看板娘の饒舌が止まらない寿司屋「トップ」があった。
寿司屋の入り口の横に小さいショーケース付きの窓口があって爬虫類タイプの地球人の娘がそこに常に座っていて通りすがりの人間誰彼構わず話し掛けている。
今、一人の主婦が店の前を通った。
「ああら奥さんお元気!?先月の雨の11日の16時12分以来だったかしらねあれからどうしてたの?私は大変よ今ウチの風呂釜もシャワーもいっぺんに壊れちゃって修理するの部品なくて三日ぐらい待ってって言われて一昨日から全員風呂桶の中で行水してるのこんなの初めてだわよ犬洗ってるみたい飼ったことないけどウヒャヒャヒャヒャヒャ父さんなんか寒がりだから嫌がるけど結局食べ物屋だし素手で握るじゃないだからすごい顔して!そうよこの世の終わりみたいに嫌そうな顔して風呂場に入ってくの水出した時にヒャッとか言っててしばらくするとハックションハックションて何度もくしゃみしてんのよ久しぶりに聞いたわあんなたて続けにくしゃみするのそれがおかしくって母さんと二人でお腹かかえて笑ってたら震えながら出てきて怒るのよいやよねえウケケケケケケケケケ」
看板娘「とよ」と一度も話したことも無いのに顔と以前通りがかった日時を記憶されていた中高年の主婦は、僅か数秒の内にそんな風に声を掛けられ、思わずおばシャツの裾を握って体の前を覆うようにしながら無表情で会釈して通り過ぎた。
観察すれば、周囲の人の流れはトップの前だけ目に見えて窓口から遠い方へ湾曲しているのだ。
フミマロは買い物用バッグを手にして特に気にすることも無くその前を通り過ぎようとしていた。