偽皇帝登場・飛鳥R!!
「うう、陛下…正気を無くされて…」
フミマロは既に別な動物と化してしまったらしい飛鳥の姿と言葉に目を剥いた、意識の封緘は非可逆的プロセスであってバックアップ等は決して残されない、移行は何重にもチェックされ確実に行われる。
つまり、目の前のあの陛下は「唯一本物の皇帝飛鳥」だという事になる。
「陛下は『メスが居る』と。あのような物言いは決してなさらなかった!技長、菩蟾丸!!お前は陛下の精神に何をしたのだ!?」
【菩蟾丸】は顎を上げてフミマロをねめつけた。
「何もしてはおらん!私はな!幾億の記憶の賜物であろうよ、祖霊がそう言わせたのだ」
「何を言っている!?」
「帝国の歴史は深い、百億や二百億の歳月ではない…まして兆を数える光河のどこでどのような枝葉が生じているのかなど、誰にも分かるものか!!天を埋め尽くす光は全て驚異の眠る巣だ」
「思想犯めが」
フミマロは落ち着きを取り戻して脳硬膜内の戦術AIに身体機能と思考の半分を預けた。
(補佐しろ。あれを拘束する)
『2525の方法がありますが、行動一手ごとに1.47の比率で選択幅が狭まる見積です、また、不確定要素の大きさも選択の余地を大きく下げています』
(不確定要素を埋める行動を優先。常に選択肢を広げ続けろ、私の身体に多少の欠損が生じても構わない)
『了解』
ドッ、と、全感覚が捉えている情報量が増し、決して速度も分岐も複雑化の進展も焦点を合わせた意識では追えない思考がフミマロ自身の人格が持つ内観を襲った、近くで糸霧八重が物陰に隠れ頭を抱えて震えている、その呼吸と鼓動も聞こえる。
仕込まれた若干のサイボーグ組織が全身で連動し、生物としての肉体なら感じない莫大な力の感覚をもたらす。
一瞬後にはフミマロは天井に慣性で張り付きながら室内全体を眺めていた、選択肢がドッと巨大化し、思考が更に莫大になる。
肉体の弾性が天井に反発する頃、次の手のために横っ飛びしていた。
ショック・ガンの低出力の射撃がフミマロの軌跡を追って数度掠めた。
菩蟾丸の体内で電磁気が明滅している、機械式サイボーグ組織を備えていた、選択肢の幅は一気に収縮した。
フミマロ自身は白黒になった視界の中、ようやく天井からの落下を認識する。
次に感じたのは跳ね転がる自分の肉体と、めちゃくちゃに変化する引力の方向。
だが冷静にそれらを眺める。
物陰で数秒止まる、部屋の隅だった、全身の生身の筋肉と臓器に慣性によるダメージが広がっている、骨もひび割れがひどく、微細機械がせっせとカリウムを回収しなければとうに心臓が止まっている。
AIは技師たちのヘルメットを音波を通じてハックする方法を探り当てていた、声帯からそのための音波が発せられる、連絡は付近に転がっていた一つから、糸霧八重の近くに落ちているヘルメットへ。
『フミマロです…静かに、糸霧様。私の指示に従って行動願います』
近くから不意にフミマロの声がし、八重ははっと顔を上げた。
『合図したら退室を』
菩蟾丸は部屋中のヘルメットから声がしているのを聞いていた、どうやってかは分からないが基幹システムの設計に含まれていた奥の手で操作可能なのだろう、自身のAIは音声か熱脈動による発信でアクセス可能な何かが命令を受けていると推測していた、どのようなエネルギーのどのような変化を暗号として使用しているのかは考えられる組み合わせが多過ぎて特定出来ない、超太古の「電磁気万能世界」のネットワークと違い、現代の情報通信経路は多様極まる、解析に使えるリソースは圧倒的に質量不足。
「フミマロ…御后様なら安全は保障するぞ?」
近くのヘルメット一つだけが答える。
『信用ならん、退室させろ』
「お前の身も危うくなるだろうに」
『お前を閉じ込めたい』
「なんと強気な」。菩蟾丸は応じた。
「いいだろう、ご退室の合図を」
『糸霧様、テロリストが交換条件を飲みました…背後方向の一番近くの壁に向かい、右手の方に見える非常口から逃れて下さい』
菩蟾丸は手を貸してやった。
「ふん、鍵は開けておく」
『感謝する』
八重が指示通りに行動を始めるや、菩蟾丸は移動を始めた。
『何をしている?』
「決着を付けねばな」
後には飛鳥が続いている。
「メスぅ…遠ざかる。居なくなる…技師、おまえいつメスくれる?」
「ホホ、陛下、今宵には必ずです、今は…ですから…私にお任せを」
悍ましい会話だ。フミマロは菩蟾丸が言った事を反芻した、祖霊と言われたがどこまで遡っても人格を保存された皇統にあのような人物は含まれないだろう、ホモ・サピエンス種がその在り方を自ら決定したのは播種の最初期だ、ごく理性的な種族とならねば未熟な開拓技術で生み出された擬地球環境を維持しながら存続は出来ないと、太陽系脱出の前に充分承知していた。
【スペースコロニー】の最初期の設計段階で最大の問題が人間自身の施工管理の不備・不正によるシステムの不安定と欠陥やテロによる崩壊をいかに防ぐかだったと伝えられている。宇宙は過酷だ、少しの狂いによって万単位の人間が全滅する人工都市を簡単に浮かべてはおれない。
小型の実験施設なら幾度も成功していたが、それは何もかもが厳選されたごく一部の人間の手によるものだったからだ、巨大設備の実現では、選別する事の出来ない種族としての程度が如実に反映されてしまう、【闇社会】という怠惰の産物が必ず入り込んで安全性に体系性すら備えた巨大な欠陥をもたらすようでは、成功しない。
未熟な技術しか用いる事の出来ない始原宇宙文明の担い手だったからこそ、ホモ・サピエンス種は種族としての性質の改変を全面的に要した、今伝わっている彼らの性質はその時点で人工的に作り出されたものだ。
『何故陛下をお前が導く?決着を付けるのではないのか?』
「ふん…この肉体、お前たちの設計通りと思うか?」
菩蟾丸は一番近くに落ちていたヘルメットを睨むとそれに向けて発砲した、倒れていた技師数名が爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。
『部下を!!』
「ここに我が帝国の臣民は居ない」
更に三発、菩蟾丸は撃ち続けた。
フミマロは肉体を回復させつつある微細機械の活動時間を長くするためにそれを看過せざるを得なかった、外部とのアクセスは今現在やるべきではない。
ヘルメットへの干渉も停止。
電磁波や光や振動を全て解析して状況を捉えているAIは、最大の不確定要素を【飛鳥の玉体の性能】とした、切り札である疑いが最も強い存在だ。
部屋の隅の位置を確保しつつ、身を潜め、時機を測り、委ねた。
(勝率を聞きたい)
『五分です』
真横の壁を蹴って、フミマロの肉体は瞬時に菩蟾丸へ迫った、菩蟾丸は既に笑っていた。
最大出力でショック・ガンが発砲された、これはフミマロの予想と戦術の逆を行っていた。
特別室を丸みを帯びて覆う特殊合金製の厚い外殻がショック・ガンの衝撃を反射し、破砕された残骸がフミマロの居た部屋の隅からライトコーン状に反射してきた、この【跳弾】を菩蟾丸は恐れていない。
フミマロの意識にはそれを知って驚く時間も無く、多量の残骸が全身を貫通して行った。
菩蟾丸も残骸を浴びる、そして皮下から金属質なサイボーグ体が露出し、ギラリとしたきらめきを見せた、一緒に居た飛鳥の体表も幾らか傷付いたが、真皮にまで到達する傷は出来ていない。
戦術AIは咄嗟に体勢を捻って大きな残骸の致命的直撃を避け、吹き飛ばされながら着地点を選んだ。
「グウゥゥッ!!?」
部屋の反対側に着地した瞬間、フミマロは呻いた、既に瀕死の肉体がサイボーグ組織に支えられてクラウチングの体勢になっている。
輝く銀色のサイボーグが振り向いて尚もショック・ガンの銃口を向ける。
「フミマロ!!」
菩蟾丸の顔は金属の小さな球体でしかなかった、首を引っ掛けておくためのものだ。
「随分と分の悪い五分だ…!」
独りごちるフミマロのAIは周囲に散乱した金属塊を調べ上げ、【分子機械破壊放射装置起動回路】を探り当てていた。
『勝ち筋を拾いました』
(何をだ?)
『散乱した残骸の中に【分子機械破壊放射装置起動回路】が含まれていました、高度医療のために微細機械を用いる施設に必ず設置されているもので、通常は高耐久性の有機物でパッケージされていますが何らかの要因でパッケージが失われ露出すると遠隔起動可能となります、起動すると金属殻内を高強度の放射線で満たし、全ての分子機械を破壊します』
(倒れている連中はどうなる?)
『今現在居る十五名は即死します』
(論外だ…!)
『あのテロ犯による損害はこの比ではないと予想されます』
(破壊効果を限定する事は?)
『隈なく破砕する目的で設計されているため、不可能です』
(解った。却下だ)
独り言と共に吐き出された血の飛沫が床に到達して丸く広がった。
「その肉体!若さがあるな!だが今は脆さにしかならない、自然は欠陥の無いものは生み出さない!」
菩蟾丸は勝ち誇ってどこからか叫んでいた。
「菩蟾丸!!」
フミマロは声を振り絞った。
「どうした?」
「技師達を殺すな!その欠陥を正すのは技師だろう!?」
「確かにな!」
「陛下にも必要なはずだ、その玉体も自然物ではない!!」
「言われるまでもない、だが全ての技術情報は最早過去からしか汲めないのだ、技師達は学んでいるに過ぎない、既に失われた淵源から。私も挫かれた、ここを去るのだ」
『思想内容の一致すると思われる犯罪者のリストがあります』
(後でな。やはり装置は起動しなくてはならないか?)
『他に手がありません』
(委ねよう)
フミマロの肉体は高速で壁を伝い、非常口に向かった、動きを予想していた菩蟾丸が撃つが、自動操縦された肉体はそれを巧みに躱す。
「何か策を得たか?已むをえまい、無数のコードを入手しそこなうが…」
菩蟾丸は出力を最大にして構えた。
「ムチマロ!突入せよ!!」フミマロが叫んだ。
「なに!?」菩蟾丸は咄嗟に身構える。
次の瞬間にはフミマロは特別室の外に居た。
「うっ!!!」
「アガァアア!!」
特別室内を強烈な放射線が満たし、菩蟾丸と飛鳥の悲鳴が木霊した。
廊下で、フミマロは意識を取り戻した。
「陛下の人格をバイタルレコードから復元した場合…それはご本人と呼べるか?」
『現代の科学でも明確な答えはありません』
「そうか」
『解釈する者次第です、死は常にそうでした』
「…あの状況から、何故逃れられた?」
通常の意識用に引き伸ばされた記憶の中の時間、フミマロは操縦を委ねていた自分が「ムチマロ!突入せよ!!」と嘘を言った感覚を知った。
『菩蟾丸はあなたに関心があり、アディクション可能でした、それが隙を生みました、思想犯によくある心の隙です』
「そうか」
フウッ、と苦い息を吐く。
(飛鳥さまは亡くなられた…何故だ…?)
「糸霧様は…」
『30メートル先の階段下に隠れておられます』
「賢明だ」
『全身の機能について言えば我々は現在重傷です、修復には二十日を要します』
「命があっただけいい」
フミマロは重い体を引きずって進んだ、シャッターの閉め切られた特別室の中は何もかも焼けつくした地獄だろう。
「あそこに居た個体は仮に【飛鳥R】としておく…勿論ご本人ではない」
『賢明です』




