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肉体への讃歌

「これ…何?」

黄色く濁った薬液が排出されて現れたその姿に、八重が戦慄する。

技長ワザチョウ!?玉体をなんとした!!」

フミマロは目を見開いて叫んだ、水槽の中に横たわっている皇帝・飛鳥の姿は以前とは見比べるべくもなく別なものに変わっていた、まず大きさからして全く違う。


「成功だ…!!」


技術者長のグラスの奥の目が輝いていた。


サッ、と、右手を掲げ、ハンドサインのようなものを数回。

周囲で何か所もからバシリと音が鳴り、物の倒れる音が相次いだ。


「お…、おおお…体が…燃える…」

水槽の中で飛鳥が呻いて立ち上がる、その身の丈は二メートル近かった、ホモ・サピエンス種人類のサイズではなかった、フミマロと八重はその巨大さに圧倒され、また容貌の醜怪さと性質の粗暴さを滲ませる隅々までの野太さに唖然とした、それらはホモ・サピエンス種とはかけ離れたイメージとされていたからだった。


「陛下!こちらへ!さあ!」技術者長は表情を輝かせて水槽内に入り込み、パン一で佇む皇帝・飛鳥の手を取り連れ出した。


フミマロは周囲の物音と異変に勘づいて全身を緊張状態に置いた。


「おかしい。おい!!誰か!誰か!今何が起きている!?」

「どうしたのフミマロさん?」

「不明ですが、何かがおかしい…」


状況を把握し制御するため全員ディスプレイ付きヘルメットを被っていた技師たちは倒れて動かなくなっていた。フミマロはそれに気付いた。


「技術者長!技師達が倒れているぞ!」


振り返ると、技術者長は見慣れないものを片手にし、もう一方で飛鳥の手を引いていた。


「はははははははははは…」


「なにっ!?【ショック・ガン】!!いつの間に…!」


「どうしたの?院長先生…」

「あれはテロリストです!手に持っているのは兵器です!!糸霧さま」

「テロリスト?ヘイキ…?」

「テロリストとは犯罪者、手のあれは、人を殺す道具です、とうに廃絶された忌まわしい歴史の残滓です」

「えっ…」


「これ一つで町を支配もできる、今の世界ならば」


技術者長は引き金に指をかけていた。


「フミマロ、知っての通りこれは西暦3000年代の超太古の道具をこの24億世紀の技術で小型化したものだ、本来戦闘車両というものに搭載されていたシステムだった、慣性を操る電磁気力学の成果と分子運動の力学を組み合わせて、その場その対象に最適の物理的衝撃を放つ。この銃は私が仕事の合間に手仕事で造ったものだが、この大きさでも最大威力では三立方メートルの水を瞬時に常温のまま霧にできる、人の体など跡形も残らない」


「なぜ危険因子警戒網が反応しなかった?全ての物体を走査しているはずだ」

「愚問だろう、私は技術者長だ」


違う。


帝国の基幹システムは末端であれ独りの手で欺瞞や改変のできるようなものではない。


フミマロの背筋が凍り付いた。


「お前は何だ!?」


だが技術者長はその叫びを無視ししていた。


「居る、メスが居るよ…」飛鳥が鼻を鳴らして八重の肉体から放たれていたヒト女性フェロモンを嗅いだ、背後のその音に技術者長はニヤリと笑って答える。「陛下、少々お待ちを。体制を刷新し御身にふさわしい宮廷を得るには少し時間がかかります、そしてそれには今あやつめを排除する所から始めるのが一番です」


「何をふざけた事を…」

フミマロは奥歯の隙間から唸った。


「抵抗をくわだてるな」

技術者長が冷たく言い放つ。フミマロはその場でゆっくりと体勢を変えた。


次第に姿勢を低くして構えるフミマロに銃口を向けながら、技術者長は「そうだな、こちらもその態度への対応としては『膝まづいて両手を頭の後ろに回せ』と言う所だ…ゆっくりな?まだ我々は全員素人なのだから」と、グラスの奥の目を細めた、フミマロの体が次第に床に近づく。


ゴオン!!

フミマロは瞬時に床パネルを殴り付け、歪んで開いた隙間から指を入れ隣のパネルを持ち上げて放った。技術者長は飛鳥の前に立ったまま逃げようとせず身構える。


「くそっ!?馬鹿力め!!」


パネルがすぐ傍に落ちて跳ね転がった瞬間、技術者長は咄嗟に引き金を引いていた、狙いを付けられてもいない反射的な発砲だった。


ズバッ…


床の金属パネルが下側から盛り上がるように吹き飛んだ、ショック・ガンの放った衝撃がコード類や導管や装置類の詰まった空間に覆いかぶさる仮の床である薄いパネルを突き抜けて頑強な本物の床から跳ね返った結果だ、隠されていたコードの千切れたものやこまごまとした計測装置類が弾けて散らばった。


「きゃああっ!?」

八重が叫んで逃げようとし、重心を失って倒れるように物陰へ転がり込む。

「技長っ!!」

本物の兵器の威力を目にするのはフミマロにせよ久しぶりであった、だが、瞬時に質量の大きな装置に目を付けその裏へ身を隠す。


「バカめ!!控えたまえ、皇帝陛下の御前だぞ?」

「それは解っている!!」

「ふん、ならば抵抗など考えるな、お前は帝国のために死ぬのだ、誇りに思え」


「一体どういう事だ!!なぜ陛下はそのようなお姿になられている!?その肉体は何だ!!」


技術者長は銃口をフミマロの隠れている辺りに向けて数秒、動きを探ってから、余裕綽々という態で語り始めた。


「なに、陛下には真の【ホモ・サピエンス人類】の肉体を献上したのさ、文化的動乱によって穢され毀たれた元来の遺伝情報を復元してね、今のこの玉体には【本物のホモ・サピエンス男性】の遺伝情報が全て揃っている、真に皇統たるべき完全体の誕生!!太陽系脱出以来、2400億年ぶりの慶事だ。資源や生物的多様性の乏しい余裕の無い開拓惑星の環境下には不適と見なされて排除の進んだ、大型の肉体、闘争心、そして繁殖への強い意志、そして誇りを重んじる精神性。これらを失った始原文明人類は、後進人類の出現と進出の進む中では不可避的に多様性の中へ溶解し消え果てて行ってしまった…全て最初から解っていたのに、抵抗しようとすら考えなかったからだ、だが、この玉体を生きる陛下は違う!!」


(公民館で新玉体祝賀パーティーを準備している貴族らももしや…?)

フミマロはそれぞれの素行を念入りに検討せねばならない、と考えた。



帝国の技術者長だった白衣の老蛙が、未来の后を呼ぶ。


「さあ、こちらへきたまえ糸霧八重くん、君はプラチナ河水たまり帝国皇帝の子を産むのだ、このすばらしい肉体を受け継ぐ太子を!!」


56歳の童貞にして水たまり帝国皇帝・飛鳥は息を荒くして春の訪れを待っていた、夏なのに。

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