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機械と愛と烏  作者: 諭吉
三章
32/45

その後

 一週間が経った頃、健人は一つの知らせを受けて、都内にある病院の一つに向かった。


 厳重な警備の中を進むうち、目的の一室に辿り着いた。「集中治療室」と書かれた簡素な正方形の札が掲げられていた。

 健人の背後にいる刑事の一人から合図を受けた警備員が扉を開け、中の様子が見えるようになった。アクリル板の向こうには、無数の管に繋がれ、辛うじて命を繋いでいる勲の姿があった。


「奇跡的に容態は安定したのですが、どうも何らかの要因で脳がダメージを受けてしまったようでして。意識が戻るか、何とも言えないというのが現状です」

「そうですか。ありがとうございます」


 主治医だと自らを紹介した医者から勲の置かれた現状について解説を受け、それに健人は乾いた礼を返した。

 

「なんとしてでもお父さんのことは帰して見せます」

「……よろしくお願いします」


 主治医の発言に込められた意味は単なる「健人のために」というものではないと、健人もよく理解していた。


 健人の目の前で勲を含めた十数人が毒を盛られたのは、ギデオンの右手の頂点にいた人物が「悪魔への忠誠のために」とった蛮行だということで既に結論が出ていた。彼は自分たちの望みが叶わなくなったことを知るや集団自決を選択し、その直後何らかの手段で自らを含めた全てのギデオンの右手信者の体に毒を送り込んだのだというように見られていた。

 彼の目論み通り毒を盛られた信者の殆どは事件直後から今日に至るまで次々と命を落としていて、勲は最後の生き残りだった。


 解放事件の全容が発見された内部資料から続々と明らかになっていると神路から聞かされてはいた。彼の言葉通り、既に警察は「解放事件の終結」を大々的に発表していて、それだけの自信を持っているようだった。それでも、首謀者たちから何の情報も引き出せないというこの現状について、健人は大きな責任を感じていた。勲の意識が戻らなかった場合、この一連の事件は確証のとれないままに捜査の終了を迎えることとなってしまう。

 東京の拠点を警察が奇襲した翌日、神路の家に三通目のリーク文が届いていた。その中には、以前の二通とは異なり、勲の名前や健人という鍵となる存在への言及がなされていた。そして、「体内に仕込まれた毒が遠隔操作により我々を死に至らしめるおそれ」についての明確な記述が存在した。

 当然その一文が届く前に第三フェーズの犯行が実行されていたはずだから、健人の判断は間違いなく大勢の命を救っている。それでも、健人にとってそのリークの内容は彼の推理の致命的な誤りを残酷なまでに示しているものでしかなかった。


 健人はアクリル板に手をつき、じっと勲のことを見つめた。

 どれほど強い気持ちを込めてみても、視線の先の体はピクリとすら動かない。


「面会は以上とさせて頂きます」


 やがて側に居た刑事が健人に告げた。

 健人は素直にそれに従った。


 






 更に一週間が経ち、健人は警察の警護から外れ家と職場に戻ることを認められた。

 出迎えてくれた花菜は既にある程度の事情を聞いていたから、健人を小さく労うだけですぐに普段通りの態度に戻ってくれた。健人はその配慮をありがたく享受した。


 終の住処に久々に顔を出したとき、その中の様子が少し前とは全く違っていることはすぐにわかった。入所者たちはみな開放的な感情をみせていて、職員たちも明るい雰囲気を醸し出していた。

 そこで初めて、健人は自分の行いに僅かにでも意味があったことを実感することができた。




「よ」

 集会場でアクティビティの補佐をしていたとき、健人は不意に声を掛けられた。声のした方を見てみれば、そこにはビビさんが立っていた。自前の柄シャツに作務衣を重ねた彼の立ち姿は、南アジア系の顔立ちと相まって異国情緒漂うエキセントリックな雰囲気で、それが健人には無性に懐かしかった。

「こんにちは。なにかご用ですか?」

「いや、久々に顔を見たもんだから声でも掛けようかって思っただけよ。久しぶりだな」

「そうですね、二週間ぶりくらいになりますか」

「こんな時期に長期休暇たあなかなか肝が据わってやがんな」

「いや、その、色々ありましてですね」

「ほお、色々か、そら嫁さんのご機嫌取りに二週間もかけたんだもんな、色々あったに違えねえわ」

 何を誤解しているのか下品なジェスチャーと共に愉快げに笑いながら、ビビさんは健人に「少し二人で話せるかい」と聞いてきた。

「多分大丈夫です。ちょっと待っていてください、確認だけ取ってきます」

「おう」


 健人が集会場にいる他の職員たちに離脱することを伝えて戻ってきたとき、ビビさんは既に近くの勝手口から中庭に移動していた。

 健人が近くに来たことを確認したビビさんは、そのまま辺りを見回して、少し小さな声で健人にこう言った。

「兄ちゃんがいない間にマジで解放事件が終わっちまったんだが、なあ、なんかしたのか?」

 それで、健人は彼がビビさんに「きっとこの状況はすぐによくなる」と告げたことを思い出した。突然の休暇も含めて、ビビさんが健人の関与を疑うのに十分な条件が揃っている。

 健人はどうやって答えるか少し考えて、ある程度正直に白状することを選んだ。ビビさんの言葉がなければ健人は動けなかったはずで、そういう意味で彼はこの国を救ったヒーローの一人であるのだった。

「一応、これは秘密でお願いしますね。残党に命を狙われてもおかしくないので」

「またえらい前置きだな。つまりそういうことか」

「お察しの通りです……ええとですね、親族がギデオンの右手の関係者だったことが分かって、それで警察に情報提供をしてきたんです」

 父という単語を使うかどうか迷った健人は、少しの逡巡の後にそれを濁すこととした。なんとなく、勲の尽力に対して、自分だけでも敬意を持っていたいという感覚があった。

「それで警察は奴らを全員始末するに至ったと」

「大体そういう感じですね。詳しいことは言えませんが」

「成程、そりゃあ大したもんだわ」


 そこでビビさんは訝しげに健人を見た。


「兄ちゃんはよ、家族ぐるみでギデオンから足を洗ったとか、そういう事情でもあったのか? こんなシケたところで働いてるような人間にしちゃあちっとばかりスペックが高すぎるとは前々から思ってたんだ」


 真剣な顔から吐き出された余りにも的外れな推理に、健人は思わず吹き出しかけて、慌ててそれを押しとどめた。


「いえ、そんな、まさか。私は最初から終の住処で働きたいと思って就職活動をしただけのしがない青年ですよ」

「そうかぁ? 組織の魔の手から逃れるべく目立たぬよう細々と生活してるんだと言われた方がまだ説得力あるぞ」

「堂々と生きているつもりですけどねぇ。それにもし本当に彼らに狙われているんだとしたら、今頃もう私の命はないと思いますよ」

「そこはあれだ、普通に鍛え上げた力を使って返り討ちにしてきたとかで説明つくだろ」

「じゃあそういうことにしておきますか。秘密を知ってしまったビビさんは長くともあと数年もしないうちに天に召されてしまうから、わざわざこの手を汚すこともありません。始末しないことにしましょう」

 そうやって冗談で打ち返したところ、あまりビビさんには面白くは聞こえなかったらしく、彼の視線はあっさりと健人から外れていった。

「数年たあ、お前、盛りすぎだな。数ヶ月がせいぜいよ」

「……まあ、その、秘密にして欲しいというのは最初にもお伝えしたとおりなので、そこはよろしくお願いします。私のことが広まってしまった場合、警察の捜査に支障がでないとも限りませんから」

「言わねえよ、俺もそこまでバカじゃねえ」


 そこでビビさんは興味を失ったのか、室内に戻ろうとした。しかしまだ彼にちゃんとした礼を告げていなかったから、健人は彼をそっと引き留めた。

 不思議な顔をして振り返ったビビさんに向かって、健人は頭を下げた。

「こうやって事件が解決するに至ったのは、あの時、身内を突き出すような真似をしていいのか迷っていた僕にビビさんが発破をかけてくれたおかげだと思っています。僕に道を示してくれて、本当にありがとうございました」

「よせよせ、別にそんな大事だと思ってた訳でもねえんだ」

 真っ向からの感謝にビビさんが気まずそうにしたので、健人は苦笑いを浮かべた。

「それでも、です。沢山の命を救ってくれて、ありがとうございました」

「あいよ……良い土産話にはなるな」

 それが死後のことを念頭に置いた話題であることは明白だったから、健人は深く頷いた。

「ええ。もうどんどん自慢しちゃってください」

「そうさせてもらおうか」


 そういってビビさんが朗らかに笑ってくれたので、健人は満足感を覚えた。

 次いでビビさんが、そういや、と別の話題を切り出したので、健人は彼の言葉に集中した。

「ギデオンの奴らは大体死んだって話だろ。その身内というのも死んだのか?」

「いえ。辛うじて命だけはあります。意識が戻ったという話はまだ聞いていませんが」

「そうか。俺はせめて生き延びて正々堂々裁かれやがれとは思うが、兄ちゃんにとっちゃ嬉しいのか?」


 その問いに対して回答を用意するのはなかなか難しい。

 裁かれるべきだという気持ちも当然持ってこそいるが、勲は脅しに屈する形で巻き込まれ、その上で内部から裏切ったのだから、その命だけは救われて欲しい、という情が存在することも否定できない。そもそも、そこまで踏み込んでしまうのは、事情を知らない人間を相手とする会話の内容として適切なのだろうか?

 悩んだ結果、健人は勲が一般の信者だったという体で話をすることを選んだ。


「何とも言えないですね。死んでいれば良かったのにと言えば嘘になりますが、彼が理解もしたくない極悪人だったのだという現実を突きつけられてしまいましたから。それに、まさか命を自ら投げ捨てる程の狂信者だとは思ってもみなかったので」

「ああ。気持ち悪いな。諦めるでもなく戦いを続けるでもなくただ自殺するんだろ?気味が悪いったらありゃしない」


 そうやってビビさんが吐き捨てるので、健人は苦い感情を覚え、それを表に出さないよう努めた。そうやって信者たちが命を落とすことになったのは健人のミスのせいだと知ったなら、ビビさんはどんな顔をするだろうか。


「……まあ、どうせ死刑になるなら自殺した方がまだまし、というなら理解もできます」

「はっ、信じる悪魔様のために力を尽くしたってんなら堂々裁かれて堂々散ってみろ。そうしないってんなら自分たちの行いがただの犯罪だって認めてるようなものだろうが」

「そうかもしれませんね」

 信仰を持つ者として何か思うところがあったのだろうか、ビビさんが批判を重ねて、それで健人はさらに落ち込んだ。

 健人の浮かべる表情に気が付いたのか、ビビさんはそこで一度深呼吸をして心を落ち着かせた。

「すまんな。相田君を傷つけるつもりはなかった」

「大丈夫ですよ……罪は償えと私も思いますから」

「そうか。それなら良いんだ。いや、すまん」

 気まずい雰囲気を嫌ってか、えー、あー、とビビさんは言葉を探し、そして何かに思い至ったのか、ぽんと手を打った。

「そうだ、お前タカイさんの墓決まったって知ってるか?」

 思いがけない話に、健人は目を丸くした。

「初めて聞きました。共同墓地ではないのですか?」

「火葬の後どうも遠い親戚が骨を引き取ってくれたらしくてな。俺も細かいことは聞いちゃいないから、興味あるんなら所長あたりにその親戚の連絡先もらっとけよ」

「分かりました。ありがとうございます」


 どうやら所長の話を盗み聞きでもしたのか、それとも直接聞いたのか、ビビさんはタカイさんの行方について調べてくれたらしい。

 ビビさんにタカイさんとの関わりはなかったと記憶しているから、これがひとえに健人への思いやり故の行動であることは明らかで、健人は彼の気遣いに対して深く感謝した。


 その時健人を呼ぶ声が聞こえてきたので、二人は中庭を勝手口の方へ歩き出した。


「何にせよ、あとは知能アリを見つけて処分するだけですね」

「まあ俺が生きてる間には無理だろうな」

「きっと遠くない将来に終わると思いますよ」

「兄ちゃんがそう言うってことはもう策があるんだな?」

「あ、いや、これは単に予想です。きっとそうなってくれるでしょう、ってだけです」

「何だ、期待させやがって」


 健人は先に扉を開け、中にビビさんを通し、そして自らも建物の中に戻った。二週間も休んでいる間に季節は冬に移りつつあり、中の暖かい空気に健人は少しほっとした気分になった。


 その後タカイさんの親族と連絡をとった健人は、彼らから許可をもらい、感謝を伝えるために花菜と二人でタカイさんのお墓を訪ねることを決めた。


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