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機械と愛と烏  作者: 諭吉
三章
31/45

 その後しばらくして、健人たちは堂々と施設の中を歩いて地上に戻った。既に施設内の全ての人間の腕には手錠がかけられていたから、奇襲や通報に怯える必要はなかった。道中で護衛担当の隊員やその上官たちに指示に従わなかったことをやんわりと叱られたものの、彼らは勲の身になにがあったかを既に共有していたらしく、健人に対して厳しくは出られない様子だった。

 勲の怪我の状態については健人にも一報が入っており、太ももに銃撃を受けたものの銃弾は抜け落ちていて、大事に至るような傷ではないとのことだった。


 正面玄関を出ると、地下の大空間での戦闘を経て受傷した容疑者たちを収容するべく、何台もの救急車が研究所前に待機していた。

 深夜の騒ぎを聞きつけた近所の住民も規制線の外にそれなりに並んでいて、特殊部隊と共に現れた謎の一般人であるところの健人を訝しむようにしてじろじろと眺めていた。


「相田さんは車に入って頂けますか。一般人に顔を覚えられると面倒です」


 外で待機していた刑事たちが、すっ、と住民の視線を遮るような場所に移動してきて、小声で健人に指示を出した。何人かの刑事が体を向ける先には、黒色の窓ガラスで内側の様子を覗えないようにされたセダンが停まっていた。


 健人はしばらくの間残党からの襲撃を警戒するために厳重な警護の下に置かれることが決まっていたから、そのための対応であるのだろう。

 しかし、健人には一つ、どうしても叶えたい希望があった。


「その前に、ほんの少しでいいので父と会えないでしょうか?」


 せめて一度、勲の健在を己の目で確かめたかったというのが理由の一つ。

 これから始まる長い取り調べや司法の裁きにおいて、勲がテロリストの一人として扱われ、そして残り数十年の人生の殆どを檻の中で過ごすことになるのは分かっていた。面会の機会も極めて限定的な物となるはずだろう。脅迫を受けていたのはほぼ間違いないにしても、それでも彼が大勢の命を奪った張本人であるという事実は覆りようがない。

 その前に、最も近い距離にいる今、父との再会を果たしたいという家族としての欲求があった。


「……お父さんは、容疑者ですから、その……」

「お願いします。父が練った策がしっかり上手くいったことを、父に伝えてやりたいんです」


 もう一つの理由は、勲に報いるため。

 勲の決死の一手が正しく健人をこの場所へと導き、これまで誰も成し遂げられなかったギデオンの右手の崩壊という偉業が達成され、そして確かに第二次解放事件を終結させるに至ったのだと、勲に知らせてやりたかった。

 犯罪者として余生を過ごすこととなる彼の心の中に、英雄としての側面を、せめてもの寄る辺として与えてやりたかった。

 

「しかし……」

「一瞬で良いんです。せめて顔だけでも見せられれば、それで十分ですから」


 刑事たちは判断に困ったのか顔を見合わせ、少しの間をおいてベテランの風格を漂わせる一人が渋々といった具合に「良いでしょう」と告げた。

「騒ぎになっても面倒なので、短くお願いしますね」

「ありがとうございます!」




 健人は外からの視線が通らない正面玄関前のホール内に誘導され、そこで勲が運ばれてくるのを待つように伝えられた。

 銃傷の応急処置を受けた人間たちが、厳重な拘束を施された上で担架に乗せられて一人一人施設の奥から運ばれてきていた。大半は身柄を確保された後に過剰に抵抗して「無力化措置」を受けたのか、それとも血を失いすぎたのか、目を閉じてぐったりとしていた。


 顔が包帯で覆われていない人間をしっかりと眺めてみると、警察が発表している指名手配犯の資料にある写真とよく似た顔がいくつも見つかった。もちろんそれらの写真は第一次解放事件の起こる前に撮られた写真であるから誰もが比較して年老いていたが、それでも顔の特徴的なパーツはそのまま残っていた。



 十人くらいが健人の前を通り過ぎていって、そしてようやく健人の前に待ち望んだその人が現れた。

 三年ぶりに見た勲の顔は、健人の記憶にあるものと比べていくらか痩けていた。

 目が合った。


「親父」

 そっと声を掛けると、勲は痛みに耐えるために固く結んでいた唇を解いてくしゃっと微笑んだ。

「ああ」


 勲はそれだけ言って、その後に別の言葉を継ぐことができなかった。彼の心情は痛いほどよく分かった。自らがこれまで健人にどう接してきたのかを自覚しているのだろう。己の所業をひた隠しにし、時に健人の心までも弄りながら、親としての振る舞いを取り繕ってきたのだ。感謝を告げることも、よくやったと褒めることも、健人の心には全く異なった意味で響くということが明らかなこの状況で、適切な言葉を見つけ出すのは簡単なことではない。

 そして、それは健人にとっても同様だった。勲は健人の父であるが、同時に人殺しを犯した罪人でもある。素直に再会を喜ぶには、あまりにも健人は殺された人々のことを知りすぎていた。ギデオンの右手の一員として過ごす日々がどれほど彼の良心を軋ませるものであったか、どれほどの苦痛であったのか、それは察するに余りあるが、しかしそれを安直に慰めることは彼に殺された人々にとって侮辱にも等しい行為であるように思われた。

 

「……罪は、ちゃんと償ってきなよ」


 結果、健人は沢山の思いを沈黙に込めて、勲を送り出すこととした。

 勲はゆっくりと目を閉じることでそれに答えた。一筋の涙が彼の瞼から溢れた。



 直後。

 外が俄に騒がしくなり、何人かの刑事たちが慌ただしく駆け出していった。

 勲が乗せられた担架は健人の立つ場所から少し進んだ先で押しとどめられ、後ろに続く列も続いて止まった。

「――――――!」

 誰かの叫び声がざわめきを貫いて聞こえてきた。健人はそれを訝しく思い、外の出来事を確かめようとした。


 そのとき、何の前触れもなく勲の体が痙攣を始めた。それに気付いた健人が勲の方を振り返るまでの僅かな時間で痙攣は全身に波及し、担架を保持していた二人の男たちが振動に耐えきれず勲の体は地面に叩きつけられた。

 それでもなお勲の体はガクガクと震え続ける。苦しみに歪む顔の中で、つい数秒前まで涙をたたえ静かに閉じられていた瞼がかっと見開かれていた。露わとなったとめどない眼球の動きは、筋肉の出鱈目な緊張と弛緩を克明に示していた。


 勲のみではなく、その後ろで力なく運ばれていたはずの信者たち全員も、同じような動きをしていた。


「即効性の毒です! 気道確保! 心停止まで予見してください!」


 外から一人の救急隊員がエントランスに向かって叫び込み、それで健人は状況を理解させられた。

 暴れる体が何人もの男たちによってがんじがらめに押さえつけられ、勲の首にはがっしりとした手が伸び、顎が無理矢理持ち上げられた。それが勲の命を守るために取られるべき行動であるのは疑うべくもなかったが、しかしそれはまた一人の大人に対して取られる措置として、あまりにも暴力的な光景でもあった。


 毒が回ってきているのか、段々と勲の体の動きが弱まって、やがて四肢が力なく地面にへたれた。勲の体を押さえていた男の一人が胸に耳を当てて何かを確認し、「心臓マッサージ!」と叫んだ。


 最後の最後で、作戦は失敗してしまった。裁かれることを恐れたのか、彼ら自身の教義に従ってのことか、ギデオンの右手のトップかそれに近い所にいる人間が関係者の口を封じることを決意したのだ。それも、誰にも阻止しようのない方法で。

 「口封じに殺される」ところまでは予期できたのに、その手段については全く具体的に検討できていなかった。制圧さえ完了すれば、勲は救われたも同然だと勝手に思い込んでいた。

 現実は残酷で、健人が気づけなかった彼らの最後の一手は、今、勲の命を狙い通りにこの世から消し去ろうとしている。そして、いくらそれを悔やもうと、最早健人にはどのような手立てを取ることもできない。


 勲は救急車の中に運び込まれ、他の信者たちと同じようにしてけたたましいサイレンと共に健人のいる場所から遠ざかっていった。その一部始終を健人はただ呆然と眺めた。


 その後、健人も若手刑事の運転する車に揺られて現場を去った。睡魔に意識を刈り取られるまでの間ずっと、もう帰ってこないかもしれない勲の心の内に何を残せただろうか、という考えが健人の頭をぐるぐると巡っていた。


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