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機械と愛と烏  作者: 諭吉
三章
27/45

答え

 控え室の段ボールに無造作に積まれていたペットボトルのお茶を一本ありがたく頂戴し、健人は大きく息を吐いた。


「なんか思ってたのと違う」

「早くてもお昼頃までは解放はないかなって思ってたなぁ」


 時計を見れば、まだ九時半にもなっていない。

 二人は向かい合って小さな机についた。


「……親父のことで悲しむ間もなかったのは、ある意味ではありがたかったかもしれない」


 遠藤が畳みかけたことで、色々なことが判明した。その中でも、勲が自らの手でリーク文章を書き上げ、花菜の実家に送りつけていたことは、特筆に値するだろう。あのリーク文章から察するに、おそらく勲は自らの研究を犯行に活かす形で彼らに貢献している。クローン脳という単語を彼の口から耳にしたことはなかったが、健人を作る際には幹細胞の分裂コントロールや人工細胞の植え付けなどの技術が用いられているはずで、勲が精巧なクローン技術を保有していたとしても全くおかしくはないだろう。そして、健人に研究の詳細を知らせてこなかったのは、健人に隠れて大量虐殺の準備を重ねていたからと考えれば辻褄が合う。二十五年にも渡る入念な仕込みが成されているのだ、その過程で健人の頭を弄ることなどもののついでという程度だったのかもしれない。

 ……と、健人は冷静に考えることができていた。ただ単に手紙を見せられただけなら、こうは行かなかっただろう。


「あまり考えないようにしなよ。昨日までで十分悩んできたことでしょ」

「ああ、大丈夫だよ。整理は付いてるから」


 健人は花菜に向かって、大事なのはこれからだ、と笑ってみせた。


「僕は人々に幸福をもたらすことができる。……何の因果か知らないけれど、どうやら警察も僕に人間であることを証明する機会をくれるらしいしね」


 部屋の外にいるかもしれない刑事たちに聞こえないよう、かなり声量を絞って伝えると、花菜は苦笑いでそれに応えた。


「今ここで策を暴け、作戦を練れ、ってね。突拍子もないこと言うなぁとは思った。世紀の大事件を数十分とかで解決できるならこの世に探偵も警察もいらないじゃん」


 そういうことを言いつつも、花菜は近くに置かれていた彼女の鞄からメモ帳を取り出した。


「とにかく、頑張ってみて。私も思いついたことあったら口出ししてみるからさ」


 花菜がペンを頬に当て考え込むモードに入ったのが分かったので、健人も彼女にならって策というものを考えてみることとした。




 それから二十分、二人はぽつぽつと思いつきを口にして、花菜がそれを書き留めて、そして首を捻るということを繰り返した。



「そもそも親父の研究所で行われた脳クローンがフェイクで、本当は別の場所で事件が起きていたのかな」

「可能性はありそう」

「……そうだとしたらもう僕に提供できる手がかりはないけどさ」

「……別のこと考えよっか」



「研究所に実は隠された爆弾があって、それをつかって警察を一網打尽にしたかったとか、は?」

「だったら多分爆発してるよ。親父の技術力で二回もミスを起こすなんて考えにくい」

「だよねぇ」



「警察の記者会見に健人が出て、「お父さんもうこんなことはやめてください」って言うのが一番直接攻撃になるんじゃない?」

「それで止まるならとっくのとうに全員自首してるって」

「そこをなんとか、お涙ちょうだいな演技でさ」

「いや意味ある?」

「ないだろね」

「でしょ」



 ブレインストーミングでももう少しましな発想が出るだろう、というくらいまでに思考の質が落ちてきたことを懸念して、健人は手を花菜の前にピッと伸ばした。

「一回、一回落ち着こう。これは大喜利じゃない」

「落ち着こうったってさ」


 花菜はお茶を少し口に含み、喉を上下させた。


「私達にできることって本当にあるのかな」


 彼女がそう言いつつ広げたメモには、既にそれなりの量の記述が溜まっていた。しかし、その殆どに注釈付きの大きな「?」マークか、あるいはバツが重ねられてもいた。


「一番まともなのが「警察の技術力を測るための捨て駒として、用済みになった研究所をわざと明け渡した」でしょ? それ以外はまるで落書きだし」

「……もっと頑張ってみるよ」


 健人はうなだれて小声で言った。

 花菜もそれに付き合うかのように視線を落とした。


 重たい閉塞感が二人の間に漂っていて、打破する手段が近くにあるようには全く感じられなかった。


「警察の人たちもさ、丸投げってのはなかなか酷くない? 健人一人に何を期待してるんだろ、一般人だよ私達」

「そう。本当にそうだよ。せめて話し合いながらとか、そういうことだってできただろうにさ」

「お父さんに後で文句言っとく」

「どちらかと言えば神路さんは遠藤って人の暴走に巻き込まれた側だと思うけどね」

「警察の頂点を目指すならあの場くらいバッて鎮めてみなさい」

「もう少し父親をいたわってあげな……」


 どうやら花菜のフラストレーションが神路に向きつつあるのを察知して、健人は話題を切り替えることを決めた。当人の職場で、部下も聞いているかもしれないのに、義理の父親の株を下げることもない。


「直接神路さんに手紙を押しつけるとか、親父も大分大きく出たよ」

「そうだね。そうでもしないとあんな怪文書まともに取り合って貰えなさそうだし、使えるものは使っちゃおうってことだろうね」

「で、そこまでして読ませたかったのがあれなんだよな。何でだろうね」


 話を続けるうちにどうやら建設的な議論ができそうだと察知できたので、健人は意識的に真面目な顔を作って問いを投げ込んだ。

 すると、花菜は思いがけない方向に向かってそれを打ち返した。


「いくら考えても無駄だし、そもそも前提からひっくり返してみる?」

「前提って?」

「あのリークは策略の一部だって警察の人たちは言うけどさ、実は本当に勲さんが助けを求めて送った、とか」


 健人は花菜の発言を咀嚼し、これまでに自分たちも警察も検討してこなかったその可能性に関して、いくつかの気づきを得た。彼女は特に深く考えて言ったわけでもなさそうだったが、唐突に健人が黙り込んだことに気付いたようで、そっとのぞき込む姿勢をとった。


「何か思いつきそうなの?」

「……いや、よくよく考えてみれば親父って昔からずっとギデオンの右手のことは毛嫌いしてたんだよなって思い出してさ」

「ああ、言ってたね。お義母さんのこともあるし」

「そう。だから初めて津山市の話を聞いたときは信じられなかった。ひょっとしたら親父がギデオンの右手に脅されていて、それで渋々奴らに従ってるとか、そういうこともあるのかもしれない。で、必死に周りに怪しまれないように、裏切りがバレない最大限の情報だけ詰め込んで書いたのがあの謎のリーク、みたいな」

「なるほど」


 神妙な顔でメモをとる花菜が相づちをうったとき、控え室の扉をノックする音が聞こえた。その意図は明らかだったので、二人は席を立って部屋の外に出た。






「それでは、何か思いついたことはありましたか?」


 開口一番、遠藤は本題に踏み込んできた。

 どうやら彼はこの二十分ほどで他の刑事たちを従わせることに見事に成功したようで、渋々と言った態度を滲ませながらも周囲から不満の声が漏れてくることはなかった。


「メモをとったので、とりあえずこれをお渡しする形で良いですか?」


 花菜が握りしめていたメモ帳から数枚の紙を切り離し、そっと差し上げた。遠藤は、良いでしょう、と言って席を立ち、メモ用紙を直接花菜の手から回収していった。そのまま自席に戻るまでの間に彼はメモの内容をぱらぱらと流し読んだ。腰を下ろすまでに大体の内容を把握しきったのか、遠藤が座ってからすぐにメモは強面の男に手渡され、そして彼の指示によって写真が何枚か撮られていった。


「最後に書かれた「おとうさんは脅されていて本当に助けを求めている」という部分が気になりましたね。詳しくお聞かせ願えますか?」


 どうやら前提を覆そうという花菜の発想が遠藤の興味を惹いたらしく、彼は真剣な顔をして二人に問うた。

 健人は花菜の方を向き、彼女に発言することを促した。


「どうしてそんな文章を送る必要があったのかという疑問に対して、ギデオンの右手の策がどうだとかを考える前に、まず真っ先に勲さんが本当に助けを求めていると考えるのが妥当かなという発想です。それと、これは後付けの理由ですが、私の知る限り、勲さんはギデオンの右手の主義主張に対して強く反発していますし、健人に何度も「彼らのいうことを聞いてはいけない」と教えてきたほどですから、彼がギデオンの右手の信者であるというその事実自体が不可解であるとも言えます。何らかの脅しを受けていて、技術供与を強いられている、という可能性はないとは言いきれないのかもしれません」


 遠藤は、なるほど、と考える姿勢をとった。代わりに左から強面が口を挟んできた。

「しかし書かれた内容はまるで意味のないものだった、という点についてはどう考える。もし彼が組織の内情を知り尽くしているとすれば、最初の時点で全ての拠点を公開しすぐにでも救出を実行させることができただろう」


 彼の指摘は警察側のこれまでの苦労を反映したものだった。彼の言うとおり、勲の書いたリークそのものには全く意味のある情報が含まれておらず、そのため警察は既に二度も空回りしている。彼らの味わってきた辛酸は半端なものではないだろう。


 答えには到底なりえないような程度の低い予想なら、既に健人が二人の間で口にしている。


「例えば、勲さんが周りに怪しまれないようにできる最大限の情報公開がそれだった、とかなら説明はつくかもしれません」


 強面のプレッシャーに気圧されているのか、花菜はやや身を引きながら回答を口にした。


「とは言っても、隠された拠点の相次ぐ摘発という事象を彼らが問題視しないとも思えん。内部に密通者がいるという発想に至るのは時間の問題だろう」


 強面は仏頂面で重ね、冷徹に花菜の意見を打ち落とした。花菜はむっとした顔で口をつぐみ、気まずい空気が流れた。


「……わざわざあんなものを送りつけることに隠された意図があるのは間違いないんだがな。ヒントも何もないならまあ厳しいと言わざるを得ん」


 それがフォローのつもりだとすれば全くフォローになっていないですよ、と心の中で指摘しつつ、健人は彼の発言を受けて考えを巡らせた。


 全てを明かさないこと自体に隠された意図があるとすれば、その狙いはなんだろうか。

 ことの全容が警察に伝わっていれば、今頃とうに事件は解決しているに決まっている。勲も助け出されて、全てが丸く収まっているだろう。

 それを妨げる要素が勲の前にある、という可能性はあるだろうか。例えば、


「何物かが突入してきたことが分かった瞬間に口封じに殺されると分かっていて、それを恐れている、などはどうでしょうか?」

「自分の命を守ることを優先した結果だったと?」


 強面の視線が鋭くなった。


「そういう解釈になりますね。撤退済みの拠点に侵入されても殺されることはないと分かっていたから、敢えてそういう場所を選んで警察に伝えることにしたのかもしれません」

「だが、それではどちらにせよ相田勲は警察が状況を把握した瞬間に死ぬことが確定するぞ。何せ我々には奴らの拠点にお淑やかに踏み入る方法などないんだ」

「それをなんとか皆さんが捜査の末に見つけ出してくれれば、父は無事に保護される可能性はありますね。あくまで、父が囚われの身であるとする前提の下ですが」


 健人は顔写真や地図などの物的な情報を提供してきた方の机に座る人々を一瞥した。おそらく彼らが実働的な捜査の本丸を担っているのだろう、という予想からの行為だったが、どうやらそれは間違ってはいなかったようで、健人と一瞬視線が合った刑事たちはすぐに僅かながらも目をそらした。


「だから、拠点を二つ捜索させて、自らの救出に向けた何らかのヒントを警察に与えようとした。「切実な事情」というのは、そういう意味が込められた言葉だったと言うこともできるかと思います」

「それは深読みしすぎだろう。素直に「助けてくれ、でも強襲はしないでくれよ、殺されてしまうから」と書いてあるならまだしも、あの書き方ではそんな意図は読み取れない」


 強面の指摘に対してすぐに反論を思いつけず、健人はそうですねと引き下がった。そもそもこの議論自体、「勲は主犯ではないのでは」というある意味では健人と花菜の願望を下地として進んできたものであるのだから、どこかで主張が現実味を欠いてしまうことは当然の帰結であった。これから別の論をひねり出すにはなかなかの労力が要りそうだが、しかしそうやってもがく他ないのかもしれない。


 そう思っていると、思わぬ方向から新たな展開が挿入された。


「監視カメラの配置や破壊工作をトリガーとする通信システムの痕跡が残っていないか、現場をもう一度洗わせてみようじゃないか」


 発言の主は神路だった。椅子に深く腰掛けながら、彼はゆっくりと自分の論を組み立てていった。


「今の一連の話は十分に説得力のある説だと思う。相田勲の思考をなぞるのにまだ不十分であることは否定しようもないが、少なくともこれまで我々が検討してきたどの可能性よりも論の筋が通っていた。どうせ元から雲を掴むような捜査だったんだ、今更一つ検証範囲が増えたところで大して労力は増えん」


 部屋の空気が揺れた、と健人は感じた。それは刑事たちの動揺が現れたものだったかもしれないし、立場のある者としての神路の発言に伴った重みがそう錯覚させたのかもしれない。

 

「……失礼を承知で申し上げるが、娘に肩入れしているという訳ではないんですな?」

 強面が疑念の色を隠すことなく尋ねた。


「断じて違う、と言いたいところだが、意識せずとも多少の私情は絡んでいるだろうな。だが、私情が事件の解決に役立つのなら何の問題もないだろう?」

「それは暴論でしょう。客観的な、純粋な正義を目指す独立的な捜査こそが我々の志向すべきものであるべきだ」

「その前提は遠藤の独断専行を許容した時点で崩れている」

「ですがね!」

「ならば聞くが、お前にはより良い別の腹案があるのか?」


 強面は答える代わりに鋭い眼光で神路を睨み付けたが、神路の表情は小揺るぎもしない。


「善は急げ、だ。誰か現場と連絡をつけてくれ」

「わ、私が」


 一人が神路の指示に応じ、足早に外に出て行った。

 神路は彼女が通っていった扉が閉まったのを確認してから、

「申し訳ない。場をかき乱したことについては後で弁解させていただく」

と悪びれる様子もなく口にした。


「しばらく私は黙っておくよ」


 その言葉通り神路は椅子に深く座り直し、自らの存在を薄めようという振る舞いをみせた。


「どうだ、他に聞きたいことのある人間はいないのか」

「でしたら、私達から質問をしてもよろしいでしょうか」


 神路の誘導に、側に書類を山と積んだ女性が手を上げて応じた。遠藤に確認した後に神路は彼女に向けて手を振り、許可を出した。彼女は書類の束から一枚の紙を引っ張り出し、健人と花菜に向き直った。


 どうやら彼女のターンは長くなりそうだ。


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