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機械と愛と烏  作者: 諭吉
三章
26/45

「君なりの答えを示して下さい」

 警察直接の出迎えということで、パトカーがやってくるのか、あるいは黒塗りのリムジンが二人を迎えに来るのか、と半分身構え半分楽しみにしながら待っていたが、実際に二人の前にすっと止まった車は至って普通の白いEVだった。


 佐藤と名乗った女性の運転で中央道からそのまま首都高速新宿線を東に向けて進む。平日の朝ということもあり渋滞はそれなりに激しかったが、しかしなんとか二人を乗せた車は予定通りの時間に警察庁の地下に滑り込んだ。



 車を降りてすぐ目の前にあったエレベーターホールではまた別の数人が待ち構えていて、がっしりした体の彼らに囲まれる形で二人は警察庁本部を進んでいった。


 先頭を歩いていた刑事が耳元のインカムに手を当て、二人を振り返った。

「お二人はお手洗いなどは大丈夫ですか」

 あまり口を開けるような空気感ではなかったので、健人は黙って首を振った。横で花菜も同じようにしていた。

 すると、刑事は申し訳なさそうな顔になってこう続けた。

「実は、健人さんにはDNA鑑定の必要がありまして、そのため一度トイレで検体の採取をお願いする手筈になっているのです。既にこちらの準備は整っておりますので、お荷物などをお持ちでないようですから、直接ご案内します」


 それならそうと言ってくれれば良いのに、と思いこそしたが、口にするまでもないことではあったので、健人は素直に彼に従って近くのトイレに向かった。花菜は一人の刑事と共に、おそらく控え室がある方へ歩いて行った。



 検体採取を終えた健人は控え室から出てきた花菜と合流し、再び刑事たちと隊列を組んで歩き始めた。

 階段を二フロア分登ったあと、先頭の刑事が丁度目の前にあった扉を三度ノックした。


 健人はいきなりの展開に面食らったが、隣の花菜が彼の背中をパンと叩いてくれたことでなんとか気合いを入れて背筋を伸ばした。



 ここまで二人を連れてきた刑事たちが両開きの扉を押し開き、二人は部屋の中に入った。想像していたよりも大きな部屋で、四角を作るように配置された長机の各辺にドラマで見るような階級章を胸につけた大人たちが五、六人は座っていた。健人にとってただ一人の見慣れた顔である神路は、正面の机の真ん中から一つ左に座っていた。


「よく来てくれた。座りなさい」


 神路が指示を出し、言われるがままに二人は開けられていた席についた。それを確認して、神路が右隣、おそらくはこの場で最も立場の高い人間に小さく合図を出した。


「相田健人さんと、相田花菜さんだね」

「はい」「はい」

「今日はお二人、特に健人さんの方に、事情聴取という形でギデオンの右手に関する情報をお伺いする会としてこの場を設定させて頂きました。この認識は共有できているでしょうか」


 静かな声で中央の男性が語ると、気圧される訳ではないのに、何故か視界が窄まるような感覚があった。


「はい、そのつもりで中沢さんにご連絡差し上げました」


 健人に話しかけた男性はにっこりと笑い、一度左右にちらと視線を振って、何かの開始を伝えた。健人の耳に微かにクリック音が聞こえてきたから、おそらくはレコーダーの類いにスイッチが入れられたのだろう。


「勇気を持って申し出てくれたことに心からの感謝をお伝えします。この事件を解決するために、お二人の証言は必ず大きく役に立つことでしょう。私達は沢山の質問を用意することになりましたから、お二人には少し長くなるかもしれませんが、どうぞ最後までよろしくお願いします。では」


 そう言って、彼は右に座る長身の男に発言権を譲った。男は手元の資料を広げ、おもむろに指を三本立てた。


「最初に三つお伝えします。一つ、君たち二人は参考人という扱いでこの場に召喚されている。この場での証言で、君たちの身に何かしらの不当な嫌疑がかかることはありません。二つ、君たちには黙秘権がある。君たちに不利益となる供述は必ずしも強制されることはありません。ただし、本件の重要性の高さは二人も知っての通りですから、できる限り、包み隠さず全てを話してくれることを希望します。三つ、この場での全ての会話の音声と動画は複数台のカメラとレコーダーによって記録される。情報は我々が厳重に保管し、一般の使用に供されることはないことを明言しておきます。ここまでは大丈夫ですね?」


 大丈夫です、と二人はそれぞれ口にした。


「よろしい。それでは、くれぐれも嘘をつくことや不確かな物事を確実な物事として話すことのないように、よろしく」


 よろしく、と言いきるのと同時に男は手元の資料から紙を一枚拾い上げ、それが聴取の開始を告げた。


「まず、健人君に問います。君と相田勲は父子関係で、相田勲は君のことを一人で育て上げた。このことについて、間違いはありますか?」

「いいえ、間違いありません。私の父は勲で、私は父子家庭で育ちました」


 左右からタイピングの音が響き、証言がリアルタイムで文字に起こされているのが理解できた。

 

「君の父親である相田勲の仕事は何でしたか?」

「研究職、ということだけを伝えられ、知っています。具体的に何を研究していたのか、収入はどのくらいなのか、同僚や部下や上司がいたのか、そういった周辺情報は一切伝えられることはありませんでした」

「我々が突き止めた岡山県津山市にあったギデオンの右手の拠点は、かつて相田勲の研究所だった。合っていますか?」

「はい。花菜経由で中沢さんにお伝えしたとおり、かつて父はその研究所に勤務していました」


 基本的にここまでは昨日の夜に神路と共有したことの焼き直しだ。目の前の人々にしてみてもこの確認の段階はそれほど重要だとは思われていないようで、神路などは目を閉じて深く椅子に腰掛けている。


「母親の名前は相田立花、彼女は第一次解放事件によって命を落としている。これは?」

「はい、母は相田立花、父の国立研究所所属時代の同僚だったそうです。第一次解放事件によって死んだと聞いています」


 警察の方で既にある程度の身辺調査は進めていたのか、母親の名前まで確認された。

 ここで健人は初めて嘘をついた。彼は母親の死の瞬間を覚えている。ただ、それはこの場では些細な問題だろう。


「君はギデオンの右手と何らかの関係を持っていますか? あるいは、持とうと試みたこと、かつて持っていたことがありますか?」


 

 資料を握る男の目線がやや深くなったのが分かった。ここからが本番ということだ。


「全てについて、いいえ、です。現在、過去のどの段階においても私はギデオンの右手と特別な関係を持っていたことはありません。これからも、持たないつもりです」


 当然だろう、という意思を込めつつ答えるも、男は飄々とそれを受け流した。

 

「どうして君は父親の研究所の所在地だけを知っているのですか?」


 身構えていると、案の定答えに窮しかねない質問が飛んできた。メンテナンス区画の存在について明かす訳にはいかない。ただ、流石にこのことに関しては想定が済んでいて、花菜にも共有していた。できる限り真実に近く、でも健人の秘密には触れない答え。


「研究所内に私のためにしつらえられた部屋がありました。託児室の代わり、と表現することができると思います。おぼろげな記憶ではありますが、保育園が使えない、かつ父が仕事から手が離せないとき、私はそこにいて一人で時間を潰していたように思います」

「そこから仕事場を眺めることなどはできなかったのですか?」

「できませんでした。今現在も当時の内部構造が保たれているかは分かりませんが、私が覚えている限りでは、その部屋は研究所の入り口のすぐ横にあり、直接他の部屋や設備を視界に収めることはできないようになっていた気がします。これは、津山市以外の研究所についても同様です」


 津山市以外、という言葉に何人かが反応したのが分かった。彼らにとっては未知の情報であるからだろうか。


「君と父親は、2163年に津山市から常総市へと引っ越しをし、この後君が小学校を卒業する2172年3月までの九年間を過ごした。合っていますか?」

「はい」

「その間、相田勲は何をして生計を立てていましたか?」

「私の知る限りでは、津山時代と変わることなく、研究です。いくつかの論文を発表しているはずですから、収入は不明ですが資金はあったものと考えています」

「すると、先にも言っていたように研究所を建設していた、と?」

「はい。貸し倉庫の地下に位置していました」


 男がなにやら合図をして、健人から見て左の机に座っていた一人がタブレットを持って健人の側に近づいてきた。画面を見ると、ごく一般的な地図アプリが表示されていた。

「場所を示すことはできますか?」

「おそらく。えーと・・・・・・」

 差し出されたタブレットを受け取り、皇居周辺を表示していた地図を北東に向けてスクロールし、常総市の地図から拡大する。当時と変わらぬ位置にそれはすぐに見つかった。

「これですね」

 航空写真表示も利用しながらその建物が記憶の中にあるものと一致していることを確認し、健人は指を差しながらタブレットを返却した。

 健人からタブレットを受け取った刑事の手によって大部屋の奥にあったスクリーンが点灯し、ピンが打たれた状態の地図が表示された。


 健人に質問を投げていた男がインカムに二言三言何かを囁いて、何らかの伝達がなされたようだった。よく見ると、この部屋にいる警察側の人間の殆どが耳にイヤホンを挿しているのがわかった。健人は敵地にひとり取り残された感覚を覚え、思わず乾いた笑いが浮かびかけて、それを辛うじてこらえた。


「質問を続けます。相田さん、君が覚えている限りで構いませんから、相田勲の過去から現在までの研究所の所在地について、全て我々に示して下さい」


 再びタブレットが差し出された。同じようにスクロールし、何度か手を止めて地図を拡大する。高校時代までを二人で過ごした東京都武蔵村山市のもの、大学時代に何度か帰省と定期メンテナンスを兼ねて顔を出した石川県加賀市のものの二つは健人も実際に入ったことがあるから、よく覚えている。大学卒業以降、勲は音信不通となったから、健人の記憶にあるのは先までに共有した二つと合わせてこれら四つがせいぜいだ。


 健人が場所を指し示す度に部屋の中から息を飲む音が聞こえ、タブレットが置かれたのと同時に二人ほどが立ち上がり、部屋を出て行った。おそらくこれから捜査が始まるのだろう。全四回が予告されている解放事件の回数にぴったり合った数でもあるから、今挙げた四つの研究所の全てに何らかの関連施設が生まれていてもおかしくはない。捜査の末にそれらが見つかるなら、健人は自らの果たすべき役目を十分に果たしきったとも言える。


「これ以上は分かりません。私が大学を卒業するのと同じ頃に父も石川県から引っ越したようでしたが、それ以降父とは連絡が取れないままです」

「今相田勲がどこにいるのか知らない、ということですか?」

「分かりません。一切の連絡がつかない状態です」


 そうですか、という一言と共に一つの区切りが付いたらしく、部屋の中で一斉に紙がこすれて資料が入れ替えられたらしき音がした。


 ここで正面の机の左端に座る強面の男がおもむろに手を上げ、健人の注意を引いた。質問者が変わるという合図のようだった。


「子どもの頃、あるいはそれ以降のいつでも構わない、相田勲は誰かと会っていたとか、何かを隠していたとか、そういう記憶はあるか?」

「いいえ。先にもお伝えしましたが、父は私の前では一切研究の話をしませんでしたし、私も興味を持ったことはありませんでしたから、父の不審な動きはなかったと記憶していますし、あったとしても私はそれに気づけなかったはずです」

「これらの顔に覚えは?」


 その質問に合わせて、健人から見て左の机の上にいくつかの写真が並べられていった。


 大学生くらいの男女の顔写真が複数枚。当時の勲の周囲にそんな顔の人間がいた記憶はない。何の気なしに健人は更に記憶を探り、それらが指名手配されているギデオンの右手の中心メンバーの二十五年前の写真であることに気が付いた。


「指名手配されているギデオンの右手の関係者であるということは分かります。私が自分の目で見たことはありません」

「そうか」


 健人がギデオンの右手に言及したことは周囲に若干の驚きを与えたようだったが、それ以上の芳しい反応はなかった。


 次いで、左端の男が何か指示を出し、健人の前に一つのコピー用紙が置かれた。うっすらと鏡写しにインクが透けて見えるから、おそらくは裏面になにかが書かれている。


「その紙に書かれた内容は極めてセンシティブなものであるから、決して口外しないようにして頂きたい。構わないね?」


 強面が睨むようにして健人に圧を加えながら語りかける。なるほど、彼がこの役回りを仰せつかった理由はそういうことなのだろう。


「……はい」

「よろしい。裏面の文字を追ってみてくれ」


 言われたとおりに健人はコピー用紙を裏返し、その内容を読み取ろうとした。

 しかし一瞬にして、内容そのものが頭に入ってくるよりも前に、健人はあることに気が付いた。


 筆跡に見覚えがあった。文字の綺麗さにてんで興味がないのだと一瞬でわかる上下に波打つ中心線や、筆を上げることなく連続で効率よく書かれる複数の文字、カンマとピリオドで代用される句読点、全て見慣れた勲の文字そのものだった。


 そして読み進めていけば、それは衝撃となって健人を襲うこととなった。



[ 第二次解放事件第一フェーズの詳細について.大量のクローン脳の瞬間的培養による生命量増大によって生命リソースを圧迫し,大量死を誘発するという手段がとられている.岡山県津山市,旧テラサワ工業工場跡地地下に問題の施設がある.今すぐにご対応されたい.切実な事情により,これ以上を書き記すことはできない.ギデオンの右手信者より ]



 健人は自分の目が正しく文字を読み取ったことを数回にわたって確かめた。「ギデオンの右手信者より」、と勲の筆跡で確かに記されている。


「この文字に見覚えは?」

「……あります。父の字です」


 おお、という声が漏れ聞こえてきたのを、健人はどこか遠い世界の出来事であるかのように聞きとった。

 信者などという単語があることからしてまず間違いなく、勲はギデオンの右手の関係者であるのだろう。それはつまり、勲が健人に対し隠し事をしながらこれまで過ごしてきたことを意味し、そして殆ど確実に、健人の電脳に何らかの悪意を持った細工がなされてきたことを示唆する。


 自分の身上が改めて「機械」として規定されたことを健人は悲しんだ。覚悟は決めていたが、この場でこのような形で突きつけられることになるとは思いもしなかった。


 それでも、今の健人には前を向かなくてはならない理由がある。過去と決別し未来を掴む決意を漲らせてきたのだ。


「……これは、どういうものなのでしょうか」


 だから、健人は歯を食いしばり、この部屋に来てから初めての質問をした。勲に繋がる情報を少しでも詳しく知り、それに応じて自らの知識を提供する必要があるという思考に沿っての行動だった。


 男は小さく首を横に振った。

「答えることはでき」

「それは中沢警視監の自宅に送りつけられた、推定ギデオンの右手のリーク文章です」


 突如、さっきまで健人に質問を投げていた背の高い男が割り込んできた。彼の目は爛々と輝いているかのようだった。強面は驚いた顔で横を向いたから、その台詞は予定されていたものではないことは容易に感じ取れた。


「我々警察はその文章の指示に従い、岡山県津山市の拠点、そして現在二通目のリークに従い茨城県常総市の拠点を摘発しました。しかし、得られたものと言えば既に犯行が済んであらゆる証拠が隠蔽された後の抜け殻となった地下空間のみであり、第三、第四の拠点に繋がる情報を得ること、そしてギデオンの右手の構成員を確保することには、いずれも達していません」


 彼が話している間に、部屋の中は騒然となっていった。驚きの形相で机を叩いて立ち上がる者もいれば、必死に外部と連絡を取っている者もいる。

 健人は目を白黒させながら、流れを見失うまいと必死に男の言葉に集中した。


「簡単に言い換えると、その文書はリークの体を成して我々に送りつけられた、彼らの策の一部であると考えられます。そして我々警察はその全容の見えない策に踊らされるばかりで、何の手立てもとることができていない。歯がゆいものです」


 男は一度そこで発言を止め、一気に騒がしくなった部屋を見回した。


「少し静かにしてもらえるか」

「ですが、これは! 公表すべき範囲を超えています!」

「ああ。しかし、問うべき物事でもある」


 すました顔で男は返し、そしてやおら神路の方を向いた。

 突如水を向けられた神路は、引き攣った顔で一つ息を吐き、そして覚悟を決めたのか、二度手を叩いて場の注目を集めた。

 

「少し遠藤に任せてみないか。どうやら俺たちの考えもしなかった道筋がコイツには見えているらしい」


 その発言を受けて、騒ぎ立てていた人間は大分勢いを削がれたようだった。


「本部長、進行を」


 その隙を突いて遠藤という名前らしい男が中央の本部長に告げ、そして本部長は一言「静粛に」とだけ発し、それが決定打となって部屋は静けさを取り戻した。


「ありがとうございます。では」


 遠藤は咳払いをして、改めて健人に目を向けた。


「君がこの場に訪れることになったのは、我々にとって僥倖でした。何故なら、君はギデオンの右手に縛られることなく、父親と積み重ねた二十年で知りうる限りの情報から適切な物事を選択して告げることができるからです。逆に言えば、君の頭の中にある情報を全て開示させるには、あまりにも時間がかかります。そこで、君には一つ考えて欲しい」


 遠藤は殆ど表情を変えることなく淡々と語っていく。健人は周囲から向けられる刺すような目線を全く意に介さない遠藤のことを恐ろしい人間であるというように理解しつつあった。


「今、私は我々警察の握る情報を殆ど全て開示しました。これと君の知識にある相田勲の姿や特徴、そしてギデオンの右手の拠点となったであろう研究所の姿から、彼らの練った策の全容を推定し、そしてその裏をかけるような作戦を考案して頂けないでしょうか」

「……は?」


 突拍子もない依頼に、思わず気の抜けた声が漏れた。


「ちょ、ちょっと待って下さい」

「そうですね、考える時間は必要でしょうから、しばらく待つことにしましょう」

「いや、そういう意味ではなく」

「事は単純です。我々警察を誘導するために書かれたそのリークと、実際に暴いてみれば現場からは全てが隠された後だったという事実、それと君自身の知識。これらから君なりの答えを示して下さい」


 会話が成立しないことに慄きながら、健人は必死になってタスクの整理を試みた。遠藤の発言を踏み台としてとりあえずの理解は進んだので、脳内に浮かぶ疑問を単純に投げつけることにした。


「私に作戦を考えろと言いたいのは分かります。でもそれは私のような素人のやることではなく皆さんの仕事であって、私はこの場に事件解決の助けとなるための情報を提供しに来たというつもりなのですが」


 遠藤はその程度分かっている、というように鷹揚に頷いて見せた。

 

「別に君の提案をそのまま採用すると言っている訳ではありません。それは私の一存ではできないことです。ただし、君の発想そのものには価値がある。それは我々警察の行動原理と軌を一にするものではなく、従ってギデオンの右手にも想像されにくく、操作されるものでない。お恥ずかしいことに、単純に事件解決のためにリークに従うほかない我々はこのままでは彼らの手のひらの上で踊らされるばかりであり、突破口を探るためには手段を選んでいられません」


 健人には部屋中の大人たちが表情筋をひくひくとさせているのがありありと感じられた。プライドが傷ついたとか、独断専行に怒りを覚えているとか、そういうことだろう。遠藤も同じことに気付いたらしく、ちらりと周囲を見回してこれ見よがしにため息をつき、

「参考人に考えるための時間を与えるという意味も込めて、少し弁解の時間とさせて頂けますか」

と反省している色を込めつつも健人のことを自分のコントロール下から離さないという慇懃な態度をとった。

 それが爆発寸前で張り詰めていた空気に最後の刺激を与え、一瞬にして聴取の場は怒号の飛び交う戦場と化し、本来の主人公であるはずの健人と花菜は見向きすらされなくなった。


 神路がおもむろに席を立って、そのまま二人の方に歩み寄り、背後の扉を開けた。

「健人君、花菜、少し外で待っていてくれるか」

「中沢さん! 何をなさっておいでですか!」

「遠藤にキレるのは俺もよく分かる。よく分かるが、どちらにせよこんな環境で事情聴取もクソもあるか」


 神路は一度遠藤の方を睨んだ。遠藤はどこ吹く風、とそれを受け流し、神路は疲れた表情で天を仰いだ。


「控え室があっただろう。こちらの状況が落ち着いたらもう一度呼ぶから、それまでそこにいてくれ」


 そう言って神路は二人を部屋から押し出し、扉をそっと閉めた。


 廊下にはきょとんとした顔の二人と、状況を掴み切れていない待機中の刑事が数人、ぽつりと取り残された。


「そ、その、誘導させて頂きます、ね?」

「……お願いします」


 若手と呼べる年齢の刑事が戸惑いながらも引率を申し出てくれたので、二人は彼について控え室に向かった。


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