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機械と愛と烏  作者: 諭吉
三章
24/45

MemoryLog: 2179 07 17

〈Loading: MemoryLog: 2179 07 17: Section 13〉





 それから四日が経って、健人は再び高校に通い出した。

 週末を挟んで丸三日きちんと安静にしていたものの、流石にそれだけでは治りきらなかった体では普段のように健康体として振る舞うことは叶わなかった。一歩踏み出しては顔をしかめ、筆を持つにも苦労するような状態であり、一日を過ごすだけで健人には尋常ではない疲労が溜まっていった。


 しかし、それでも健人には学校に行かなくてはならない理由があった。



「お待たせ」


 放課後、校舎の屋上までの長い長い階段を登り切ったその先に広がる青い空の只中で、花菜は健人を待っていた。


 声に反応して振り返った彼女を手で誘導して、人目に付かない配電盤の裏に二人で入り込む。


「約束通り、『秘密』の話をしよう。待たせてごめんね」




 きっかけは、事が起こった翌日に花菜が送ってきた一通のチャットだった。


【相田くんのお父さんから、私には秘密を知る権利があるって聞きました

 知りたいことはいくつもあるんだけど、本当に聞いてもいいの?】


 勲に聞いてみると、彼女を家まで送ったときにその旨を話したらしく、

「初対面の大人から語られるよりもお前が直接説明した方が良いだろうと思って、細かいことは何も言わなかった。お前にも歳柄言いたくないことはあるだろうし、好きにすれば良いさ」

 とのことで、つまり勲は健人に全ての情報の扱いに関する権利を預けたらしかった。


 健人は一晩考えた末に、端的な一文を送り返した。


【答えられることなら、なんでも】


 勲は誠実に彼女と向き合おうという話をしていた。健人はその「誠実」を、隠し事をしないという態度として解釈した。



 その後二人は二日後の放課後に二人きりで会うことを約束して、この場が生まれていた。




「言えないことは言わなくても良いからね。ただ私が気になってるだけで、全然我慢もできるから」


 塀にもたれるような姿勢をとった花菜は申し訳なさそうに発し、あくまで健人の意思を尊重したいという姿勢を示した。生まれて初めて父親以外で秘密を共有することになった相手が、彼女という思いやりのある人間であったことが、健人にとっては嬉しかった。


「いや、言ったとおり、答えられることは全部答えるよ。中沢さんにはもう隠す意味もないから」


 健人は改めて、花菜に対して全てを明かす意思があると表明した。


「だから、好きなことを聞いて」


 花菜はしばらく天を仰いだ後に、健人の顔を見て小さく頷いた。


「じゃあ、まず。相田くんは、どうして痛みをなくしたり力を強めたり、ああいうことができるの?」


 一つ目、最大の問いに対する答えは、ある意味では単純で、考える必要のないものだ。


「ネタは簡単っていうか、お察し通りっていうかな。僕は生体アンドロイドなんだ。普通のヒトじゃなくて、半分はロボット」


 ふぅ、と息を吐く音が聞こえた。

 しばらく二人の視線が交わるだけの時間があって、そして不意に花菜は絞り出すように

「……私、いま夢見てる?ここ現実?」

と呟いた。


「少なくとも僕は現実だと思う」

「現実味なさ過ぎるんだけど。私教室で寝ちゃってるとかじゃない?」

「うーん、じゃあ頬つねってみたらいいのかもしれない」


 花菜は真面目な顔で言われたように右手で頬をつねり、更に左手も使って両の頬をぐにぐにとしてから、小さく息を吐いた。


「目が覚めないってことは、つまり、現実か」

  

 その後しばらく花菜は健人の全身をつぶさに眺め、そしてその中に人工的なものを見つけられなかったためか首をかしげた。

「ああ、普通の人間の身体に見えるようにできてるから、外から見てもわかんないはずだよ」

「……よくできてるねー、って言うのが正しいリアクション?」

「かな? 今まで誰にも言ったことないから中沢さんのリアクションが初めてなんだ」

「え、そうなの? それならもっと驚いた方が良かった?」

「いや別にそういう訳じゃないんだけど」


 どうやら花菜は軽口を叩ける程度には状況が飲み込めてきたらしい。

 一度研究所の中を見ている彼女にとっては、健人がロボットとしての側面を持っているというのはある意味では現実的な予想の範疇ではあったのかもしれない。


「質問いい?」


 どうぞ、と返すと、花菜は食い気味に聞いてきた。


「半分ロボットって?」

「ロボットと人間のハイブリッド、って言うのが一番わかりやすいかも。人間的な思考はするけど、思考演算行為自体は電脳がやってて、身体を動かす筋肉や神経は人工物に置き換えられてる。血液とか皮膚とかのベースは人間のもので、少し調整が入ってる。他にも色々入り混じってるかな」


 小難しい話になってしまったためか、花菜は苦笑いを浮かべ、ふーんという軽い反応しか示さなかった。


「なんか色々ファンタジーに聞こえるんだけど、もはや相田くんって地球じゃないとこで生まれたんじゃない?」

「間違いなく、地球でお母さんのお腹の中から生まれてる」

「そこは人間と同じなんだ」

「ちなみにお母さんのお腹の中での記憶があるから間違いない」

「なにそれやっば」

「記憶は完全な情報として蓄積されていくから、昔のことも思い出そうとすればいつでも思い出せるんだよね」

「え、めちゃくちゃ羨ましいんだけど」


 花菜が驚きの表情を見せたことにやや満足していると、彼女は何かを思いついたようで、ぱっと手を挙げた。彼女の顔には若干の笑みが浮かんでいた。


「はい先生」

「何でしょう」

「それならテストでなんで満点取れないんですか」

「テストは、なんていうか、満点は狙って回避してる」


 そう言うと、花菜は案の定驚いた顔になった。


「え、どうして?」



 この問いに答えるには少し自らの根源的な場所に触れなくてはならない。人に見せたい物ではないが、しかし全て答えると言った手前、口を濁す訳にも行かないだろう。

 健人はやや考えつつ、答えを練り上げた。


「それは、口にするのは恥ずかしいんだけど、僕の願いみたいなもので。化け物じみた存在でいるんじゃなくて、皆と同じような存在でいたいって思うから、そうやって人間っぽいミスとかをするようにしてる。周りの人たちに僕のせいで変な感情をもって欲しくないんだ」


 花菜は何度か目を瞬かせ、そのまま動かなくなった。長引く沈黙に健人が気まずさを覚え始めた頃、彼女はぽん、と手を打った。


「つまり、人間になりたい、みたいなこと?」

「ああ、そうだね。大体合ってる」


 彼女に引かれていなかったことに安心した健人は、一呼吸置いてから言葉を続けた。


「自分が生きてるのかどうかわからないんだ。意識もあって、心もあるのに。それが気持ち悪くて仕方がない。だから、せめて、人間らしく日々を過ごしていたい」

「……心があるなら、それは人間って言えるんじゃないの?」


 探るように花菜が口にした「人間らしさ」の解の一つは、健人がこれまでの人生の中で何度も行き当たり、そして否定せざるを得なかったものだった。


 もし事がそう単純だったなら、どれほど良かっただろう。


「僕の心はね、僕だけのものじゃないんだ。僕は全ての人を愛するようにできてる。より正確に言えば、人の不幸に反応して、幸福をもたらすための道筋をつけるように行動することが原則として設定されてる。だから、あの時みたいに人が不幸な目に遭っていると、僕の元々の意思とは全く関係なく、絶対に助けないといけないって強く思うことになるんだ。間違ったことはしていないから全部が全部辛いってわけではないんだけど、こんな自分の自由にならない心なんて人間の心じゃないってどうしても思うよ」


 偽らざる本音をつらつらと語っている間に、花菜の目線がだんだんと下を向いていったのが見て取れた。

 人にぶつけるにはやや重たすぎただろうか。


「なんか、ごめん。変な話だったかな」

「いや、気にしなくていいから。あの時相田くんが突然態度を変えたわけが知れて良かったし、それにね」


 花菜はそっと首を振ってから柔らかく笑った。その笑みは健人の心に何か温かいものを植え付けた。


「それに、今までずっとそんな大きなものを抱えてきたんだって思ったら、ちょっとぐっと来ちゃって」


 胸に大きく育っていくこの感覚は何だろう、と考えて、健人は一つの可能性に思い至った。


 何を隠すこともない、全てを受け止めてくれる、そんな人間を、健人は心のどこかで求めていたのだろう。


 生まれてこの方、健人は勲に言われたように自分の身体に込められたものを隠しながら生きてきた。仲良くなった人とはよく話すようになるからこそ、言葉の選び方に気をつけなくてはならなかった。結果として、この世で自分は孤立しているという感覚が自分の中で育っていた気がする。


 彼女だけが、違う。本当のことを明かしても良い。思ったことをありのまま伝えても良い。



「君みたいなひとを、僕はずっと探していたのかもしれない」

「……え」


 きょとんとした顔で花菜が反応して、それで健人は自分が口走ったフレーズがどれほど浮ついたものだったのかに気が付いた。


 ポロリとこぼれた想いを今更隠す訳にもいかず、健人は慌てて説明を練り上げた。


「あ、いや、変な意味じゃなくて。安心して話すことができるひとは、僕が生きてきた中で中沢さんが初めてなんだ。だから、そんな相手ができたことにちょっと感動してる」

「なるほど?」


 いつの間にか腕を組んでいた花菜は、焦る健人を眺めてニヤニヤしている。誤解はされていなさそうだが、これはしばらく弄られるかもしれない。

「……本当に変な意味はないから」

「大分攻めてきたなって思ったんだけどな。口説かれてたわけじゃないのか」

「口説くんだったらもっと良い場所選ぶよ」

「へぇ、じゃあそういう場所に呼ばれたら口説かれるんだって思っていいんだ」

「ああもう、一回忘れて! お願いだから!」

「はいはい、忘れた忘れた。もっと聞きたいことはあるしね。次の質問するよ」


 どうやら揶揄いのフェーズは終わったらしい。満足した顔の花菜を前にして、健人は思わずため息をついた。


「どうぞ」

「この前私に教えてくれたやつあるじゃん、これってなに?」


そう言いながら彼女は右手の人差し指を突き出し、健人の額の前でくるくると動かした。


「僕の電脳を言語によって直接コントロールするためのコマンドみたいなもの。親父が僕の身体をメンテナンスする時に使ってる。僕も詳しいことは知らないんだけど、多分「指先に注目して」って言った後に指を回して僕の額を触りながら指令を伝えると、電脳が反応するような仕掛けになってるんだと思う」

「へ、へぇ……これ、おっそろしいことができそうなんだけど」


 花菜は彼女の手の指先と健人の頭を交互に見つめて呟いた。

 彼女の言うとおり、彼女は健人の身体を意のままに扱う術を手にしている。


「悪用は厳禁で」

「もちろん」


 同意を取り付けながら、健人は一つ伝えなくてはならないと心に決めていたことがあったのを思い出した。麻酔から目覚めた後に勲と話してようやく気が付いた、自分が犯した決定的な過ち。


「それと、そもそも本来と違う使い方でこのコマンドを使ったことは後悔してるんだ」

「え、どうして?」


 花菜には全く意味が分からなかったようで、声のトーンが数段跳ね上がっていた。彼女にしてみれば当時の健人はある種の英雄にも見えただろうから、本人がそれを否定するのは不思議であるに違いない。


「あの時、僕は人間とはまるでかけ離れた自分の存在を肯定するみたいに動いていた。さっき、人間になりたい、っていう話をしたけどさ、よく考えてみたら自分で人間ではないモノに成り下がっていったような気がしてならない」


 あんな人外にしかなしえない技を活用したということは、自分で自分の願いを踏みにじったとすら表現できるだろう。


「だから」

「理屈はわかったよ、理屈は」


 花菜が遮った。


「でも、相田くんはあの女の子を助けたんじゃん。それならそれでいいんじゃないかなって思うんだけど、違う?」


 それも一つの考え方だろう。命を救うことは絶対的に正しいと言うことはできる。


 だから、これはある意味では、人の命よりも自分の願いを優先したいという健人の我儘だ。


「例えそうだとしても、僕はもう二度と機械としての自分に頼りたくないんだ」


 思っていたよりも低い声が出た。気圧されたように、花菜は胸をしぼませた。


 丁度良い。さっき遮られたことを言い直すことができそうだ。

「だから、これから何か起こったとき、僕を機械的に操作して解決しよう、とか、そういうことは言わないで欲しい。一度知ってしまったのは仕方ないけど、このことはどうか忘れて欲しいんだ」

「……おっけい。忘れる。すっからかんにする」


 花菜はたっぷり時間を掛けて、健人の発言を咀嚼してから頷いた。



 その後、二人は改めて健人の秘密を守ることを約束して、別れたのだった。







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