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機械と愛と烏  作者: 諭吉
三章
23/45

MemoryLog: 2179 07 13 -[6]

 一時間も経たないうちに、健人の耳は聞き慣れたモーター音を捉えた。やがて背後に一台の車が止まったのが分かった。ドアが開く音がして、そして勲が横たわる健人の前に現れた。


「あなたが中沢さん?」


 健人の腕に指をあて脈をとりながら勲が聞く。

「はい、電話をかけたのは私です」

「本当にありがとう。苦労掛けたね」

「そんな。それより、健人くんは大丈夫なんですか?」

「命に別状はないかな……詳しいことはちゃんと調べてみないと分からないけれど」

「よ、よかった……」


 会話の内容から察するに、どうやら自分はこれからも生きていられるらしい。何よりだ。


 不意に、健人は自らの体とベンチの間に二本の腕が差し込まれたのを感じた。


「健人を車に運び込むから、荷物を持って付いてきてくれ」

「分かりました」

「よし。持てるかな……」


 ふんっ! という音が勲の口から漏れて、僅かばかり健人の体は浮き上がり、そしてすぐにベンチに叩きつけられた。


 差し込まれた手が一度引き抜かれ、少し位置を変えて戻ってきた。そして勲は腕に力を込め、健人を持ち上げようとする。


 同じことが繰り返された。


「あの……お手伝いしましょうか」

「……手伝って貰えるかい……?」

「いいですよ。えっと、そんなに強くないですけど」


 勲が弱々しく花菜に助けを求める声が聞こえてきて、健人は心の中で大きくため息をついた。表情筋が動作していれば、きっと落胆が顔に思い切りにじんでいただろう。身体が動かないというのは悪いことばかりではないようだった。





 花菜のサポートで勲は健人をおぶうようにして担ぎ上げ、足をふらつかせながらもなんとかその体を車内に運び込んだ。ベンチの固い板ではなく合成繊維製の柔らかい座面が体の下に存在することで、強ばった健人の体に僅かに血の巡る感覚が戻った。


 トランクが開けられ、そこに荷物や結局着ることのなかった服が入った紙袋が詰め込まれていった。


「中沢さんにもうちまで来て欲しいんだけど、時間はあるかな」


 不意に勲が花菜に尋ねた。


「え、どうしてですか?」

「何が起こったのか教えて欲しいのと、それと中沢さんが何を知っているのかを確認しなくてはならない。これで伝わるかな」

「……なるほど。じゃあついていく方が良いですね」


 その声とともにどさっという音がして、花菜が自分の荷物を車に載せたのが分かった。


「本当にありがとう。用が済んだらご自宅まで送るけれど、帰りはどうしても遅くなると思う。今の内にご両親に連絡しておいてくれるといいかな」

「門限が夜の十時なんですけど、間に合いますか?」

「あ、門限か……健人がどれだけ早く回復できるかによるかなぁ……」


 勲はそこで口ごもり、静かになった。

 少し間があってから、てち、と小さく手を叩く音がした。おそらく花菜のものだろう。


「送って下さるんですよね?」

「ああ。遅い時間に一人で帰す訳にも行かない」

「じゃあ、もし門限に遅れたら一緒に怒られて下さい。うちのお父さん結構怖いんで、覚悟決めといて下さいね」

「お、おうとも」


 頼りなさげな勲とは対照的に、花菜は既に覚悟を決めた様子だった。


 その後すぐに二人はそれぞれ運転席と助手席に座り、車は三人を乗せて走り始めた。窓が閉められたことで車内空間は外の世界から仕切られ、そしてその中で勲は花菜にあれこれと質問を浴びせた。勲には沢山の知るべきことがあったが、『秘密』の核心部に触れてしまわないために回りくどい質問にせざるを得ないことが多かった。しかし花菜は根気よく説明を続け、何度も確認するように聞き返されたり抽象度の高い質問をされながらも、知らないことや彼女の主観に過ぎないことを明確に言い分ける配慮すらしてのけた。健人は二人の会話を聞きながら、秘密を明かすことになった相手が彼女であったことは幸運であったのかもしれない、とすら感じた。



 花菜の協力的姿勢もあって、研究所に辿り着くまでに勲は花菜目線でのことのあらましを大体把握しきったようだった。


 勲は車から先に降りてストレッチャーを転がしてきて、またうんうん唸りながらなんとか健人の体をその上に据えた。


「中沢さんもついてきなさい。お茶とお菓子くらいは出すから」


 そして勲はその言葉通り花菜も連れて研究所の方に向かった。建屋のエントランスに辿り着くと顔認証システムのスキャナを先端に搭載したアームが三人を捉えるべく動き出し、たまたま近くにいた花菜の顔に狙いを定めた。それを初めて体験する花菜がすこし身を震わせたのが視界の隅に映った。


「顔面の静脈分布や虹彩も参照するタイプのシステムでね、どうしてもこういう風になってしまうんだ。驚いたかもしれないね、申し訳ない」

「遠隔のカメラだけだと足りないんですか?」

「シリコンマスクとかカラーコンタクトとかの変装も見破れる良いやつなんだよ。どうしてもこの場所はそういうセキュリティが必要になるんだ。理由はまあ、健人のためって言葉で察してくれるとありがたいかな」

「……これも黙っておくことにします」

「ありがとう」


 花菜の顔のスキャンを終えたらしいアームは勲の方に動き出し、そして施設の管理者である彼の顔を認識したシステムが重い扉を動かすモーターに指令を送り、三人は研究所の中に入った。冷房の効いた涼しい空気が頬を撫でた。


 入ってすぐ右に曲がった先の、入り口にほど近い場所に設けられたメンテナンス区画の使い古されたユニットに健人の体を載せた勲は、食べるものを持ってくるから少し待ってくれ、と花菜に伝えてその場を後にした。


 彼の気配がなくなってから、花菜は大きく息を吐いた。初対面の人間と話し続けることが彼女の精神的負担となっていたことは想像に難くない。

 一息ついてから、彼女は決して広くないメンテナンス区画を見回した。


「これ、全部相田くんのための装置ってこと……?」


 そう言って彼女は立ち上がり、部屋の中を歩き回って興味の湧いたものの近くに顔を寄せたりし始めた。


 健人は彼女にここまでの自由行動が許されているという現状をやや不思議に思った。


 いくら素人にはどれだけ観察してもこの部屋にある装置の持つ目的を計り知ることは不可能であるにしても、それでも明らかに彼女はこれまでに知り得た以上の情報をこの数分で手にしている。花菜が秘密を守ると約束したとは言え、それは勲のスタンスからして認められるものなのだろうか。それとも、勲は彼女が信頼に足る人物だと判断したのだろうか。


 やがて花菜が捜索に満足して部屋の隅に戻ったころに、勲が息を切らして戻ってきた。


「すまない、お菓子を探してたらここにはなくってね、家まで走ってきた」

「わざわざすみません」

「お茶でよかったかい」

「何でも大丈夫です」

「そうか、よかった」


 勲は花菜に色々なものを手渡して、そのまま扉の方に彼女を誘導した。


「ここからは部外秘だから、悪いけどしばらく一人で待っててくれないかい」

「わかりました」


 花菜はすんなり勲に従ってメンテナンス区画から出て行った。勲も彼女を案内するためにそれに付いていき、二人分の足音が一度遠ざかり聞こえなくなって、そして一人分になって戻ってきた。


「よし。色々やっつけよう」


 勲はメンテナンス用ユニットの横に置かれた椅子に座って、手元に仮想キーボードを出現させた。


「良い友人を持ったな」


 勲はそうしみじみと呟いてから、手早く処置の設定を組み上げていった。


「色々と察するに、フルパワーで動き続けた筋肉が重度の損傷を被って、筋肉痛の激しい奴をガンガンに発しているんだ。骨折したのもそれに拍車をかけて、猛烈に痛い状態がちっとも是正されず長時間続いた結果、生体側の防衛機構が筋肉の動作そのものを完全にブロックして動けなくなったんだろう」


 恐ろしい話が聞こえる。勲の言うことが正しければ、つまり、


「痛覚は戻すが、それ以降は悶絶するほど全身が痛むと思う。二、三日は起き上がるのもしんどいだろうな」


 そういうことなのだろう。


「痛覚が戻る瞬間のショックを和らげないと危ないから、全身麻酔で対処する。起きたときには全部元通りだから、覚悟は決めといてくれ」


 ガスマスクが力なく横たわる健人の顔に近づけられ、固定された。


「おやすみ」


 甘いと塩辛いの中間のような香りのするガスが流れてきた、と思った。









〈EndLoading〉

〈EncodingError - MemoryLog discontinuation〉




〈Redirect to Section b〉

〈Loading: MemoryLog: 2179 07 13: Section b:1-2〉






 唐突に健人は自分の意識が戻っていることを自覚した。

 見上げた天井はメンテナンス区画のもので、麻酔が切られてからも健人はこの場に留め置かれたらしかった。着ていたはずの服はゆったりとしたジャージに置き換わっていて、おそらく体は綺麗になっていた。


 予告通り、背中の右上あたりが重たい痛みを発していた。骨折した場所だろう。更におそるおそる手足に力を込めてみると、しびれのような鋭さで激痛が健人を襲った。


 どうやら本当に二、三日は動けそうにない。というか、三日で済めば良い方だろう。


 体に力を一切入れないでいようと試みたが、そうやって考えれば考えるほど全身にむず痒さが生まれ、どうしてもぴくぴくと各所の筋肉に無意識に力が入ってしまう。そのたびに痛みにもだえるということを繰り返していく内に、健人は全てを諦めた。しばらくはこの苦痛と正面から付き合うことになるのだ。なら麻酔が残っていてまだ痛みの大きくない今のうちに慣れてしまった方が良いだろう。


 口に装着されていたマスクは寝ている間に気管に伸びるチューブに置き換わり、健人の肺に空気を送り込んでいた。段々とそれが鬱陶しくなってきた頃に、勲が部屋に入ってきた。


「おはよう」


 彼はいくつかの計器に目をやってから、慣れた手つきで健人の気管に導入されたチューブを抜き去った。


「手を動かしてみて」


 容赦ないその指示に従って、痛みに顔をしかめながら手を揺らすと、勲は笑って「よく頑張った」と健人を労った。


「今は夜九時くらいかな。体から汚れを落とすのが思ったより大変でね、結構時間を食ったよ」

「そりゃあ、全身泥水に浸かってたしね」


 ゆっくりと口と肺を連動させると、若干のかすれは伴ったものの、普通に喋ることができた。痛みを伴わなかったのは救いだった。


「お、もう喋れるのか。それなら事は早い、あの子のご両親に怒られないためにもさっさとやることをやってしまおう。車の中で彼女が語っていた内容に間違いはあるか?」


 勲が真面目な口調になったので、健人も丁寧にそれに答えることにした。今日一日に起きたことを一つ一つ思い出しながら重要な箇所を拾い上げ、言葉に変換する。


「ない。僕は彼女に二つのコードを教えて、彼女は僕の書いた台本通りに僕に指示を送った。彼女には全部秘密にしてくれって頼みこんで、彼女はそれを承諾した。それ以上のことは教えないようにしてきた。これが僕の認識」


 勲は一つ頷いてから、上手く体を動かせない健人の顔の上に身を乗り出し、正対する姿勢をとった。


「確認だ。お前から見て、中沢さんは良い人か?」


 良い人か、というひどく具体性を欠いた問いが降ってきたことは驚きだったが、勲の目はとても真っ直ぐ健人の両目に合わされていて、彼が真面目にこの質問を発したことが理解できた。


 考えよう。中沢花菜は「良い人」なのか?


 普段の学校で見る彼女は、活発で、それなりに勉強にも精を出し、沢山の友人に囲まれていて、同級生の前では少し不真面目なふりを装うような、一般に「悪い」という形容詞から想起される存在とはほど遠い人間だ。

 それに、彼女は今日の午後、健人のために消防士を相手に大立ち回りをしてみせたし、健人が動けなくなった後は必死に考えた末に勲に連絡をつけてくれた。だから、彼女が健人にとって不利益になることをするようには思えない。友人を守ろうとするその心は「良い」ものとして表現することができる、かもしれない。

 

「良い人だ、って言えるかな」

「そうか。それなら、良いんだ」


 勲はこの抽象的な問答から確かに何かを得たようだった。

 一つ咳払いをして、勲は健人の顔の横にそっと手をついた。

 

「一つ、大事な話をする。中沢さんの扱いについてだ」


 やけに改まった顔をするな、と思っていると、勲は思いも寄らないことを口にした。


「これから、彼女にだけはお前のことを話しても良いことにする」


 驚きがまず健人の頭を満たし、そしてすぐに納得に入れ替わった。

 「良い人」というのは、彼女が信頼に値する人間なのかを確かめるために訊いたのだろう。そういえば、勲は彼女がこの部屋を物色するのを妨げようとすらしなかったのだった。もとからこうするつもりで動いていて、最終的な決断を健人の言葉に委ねたに違いない。


「車の中でしばらく話をして、彼女は約束を守ってくれる人間だと判断できた。誠実に応対ができる人間には、こちらも誠実に向き合うべきだと思う」


 誠実、という言葉が強調されていた。


 花菜は勲に対して何も包み隠すことなく知るところを語りきっていた。側で聞いていただけの健人にすら彼女の語り方は好ましく思えたのだから、面と向かって話した勲が彼女を高く評価するのもうなずける。


 そう考えているうちに、勲はのぞき込む姿勢を崩し、健人の頭の横に腰を下ろしていた。


「もちろん、打算も込みだ。お前が彼女に秘密の一部を明かしてしまったのは、もう取り返せない。もしも彼女が持つお前に対する信頼が薄れてしまったなら、彼女は他人にお前のことを話してしまうかもしれない。だから、彼女の信頼を保つ必要がある。……そういう意味でも、こうせざるを得ないんだ」


 最早健人を視界に収めることのなくなった勲から語られた言葉は、徐々に勢いを失い、最後には微かなささやきとなって、メンテナンス区画に溶けて消えていった。これまでとは違い、彼の言葉に込められた意志の強さに揺らぎが感じられた。こちらが彼の本音に近いのかもしれない。


 「もう取り返せない」と言われて、健人は自分が責められる立場にあることに気付いた。


 今になって思い返すと、確かに、合理的でない選択が無数に成されてしまっていたように思われる。いくら『人を愛する』ためといっても、どうして自分の身体が機械でできていることをひけらかすなどという行為に及んでしまったのだろうか。あの時健人を病院送りにしかけた消防士のような不確定要素も多くあったし、予想もできていたはずだ。それなのに、冷静さを欠いた自分の頭は無謀極まる計画の遂行に否を突きつけることができなかった。

 それに、『人間らしく生きていたい』のなら、もっと普通の人間らしい方法で救助を試みなくてはいけなかった。当時の心境がありありと思い返された。機械の身体であることを利用するという嫌悪すべき策を思いつき、あまつさえそれを最高のひらめきとすら感じた。枷を外した肉体を動かしたときに感じた高揚感。救出後は大きな満足と達成感、あるいは誇りと呼べるものを自らに覚えた。当時の浮ついていた心境を思い出すと、寒気すらする。


 自分はどうかしていた。その結果が、今の勲の決断に表われてしまっているのだ。


「言われてたことを守らなかったのは、後悔してる。もうこんな真似はしないよ」


 ゆっくりと伝えると、勲は健人の頬に手を当てた。

 その手が震えていることが健人にはよく分かった。


 なぜだろう、と思い、眼球だけを動かして勲の顔を伺うと、彼の顔にはこれまで健人が見たことのないような笑みが浮かんでいた。


 彼は泣きながら笑っていた。


 大粒の涙を流しながら、しかし彼の口角はヒクヒクとつり上がり、何度も噛みしめられる唇にはこみ上げてくるものの大きさがにじんでいた。


「いいや、良いんだ。健人は確かに一人の命を救ったんだ」


 溢れる涙を拭うこともなく、勲はまるで独り言を呟くかのような音量で言った。


「そうさ。健人は正しいことをしたんだよ。健人は何も間違ってない」









 しばらく健人の頭に慈しむように手を置いていた勲は、不意に我に返ったのか立ち上がり、仮想キーボードに何らかのコマンドを打ち込んだ。ユニットが動き出し、健人は手首に針が刺さるのを感じた。


「彼女と話をしてくる。事が済んだらこっちに連れて来ようと思うから、健人も一言、挨拶程度で良いから彼女にお礼を言いなさい。そうしたら彼女を家まで送るよ」


 勲はドアに手を掛けてからそう言って、返事を待たずに出て行った。


 そのうち、手首から入った薬が効いてきたのか、健人は身体から痛みや強ばりが取れていくのを感じた。そっと体を起こしてみると、あちこちが軋む感じがしつつもなんとか痛みに屈することなくユニットの座面に腰を下ろして座ることができた。



 流石に立って歩き回ることは困難に思えたのでその状態でしばらく待っていると、扉が開いて、そこから花菜を背負った勲が入ってきた。どうやら彼女は眠っているらしい。


「長いこと待たせすぎたみたいだ。疲れもあっただろうし、起きるまでそっとしておいてあげよう」


 健人を背負うには彼の肉体的スペックはいささか足りなかったが、そこまで体の大きくもない女子高校生程度であればまだどうにかできるらしく、勲は花菜を背負ったまま器用に部屋の隅に置かれたパイプ椅子を展開し、彼女をそこに座らせた。


 一連の流れの中でそれなりに揺さぶられていたものの目を覚まさなかった彼女は、パイプ椅子の背もたれと壁の間にくったりと身を預けるような状態で寝息を立てていた。


「彼女がいたところを片付けてくるよ。起きたらちゃんとお礼を言うんだぞ」

「はいはい」


 花菜が目を覚ましたのは、勲が念を押して出て行ったすぐ後のことだった。

 唐突にゆらゆらと首が前後に揺れた後に目が開かれ、彼女は何度か目を瞬かせた。

「……あれ?」


 眠りと覚醒の狭間の状態で彼女はきょろきょろと辺りを見回し、ぼんやりとした顔が健人の方を向いて止まった。

「おはよう、中沢さん」

「おはよう……? あ、れぇ?」


 なぜ疑問形なのか、と突っ込みかけて、健人は彼女目線では逆に彼の方が突如目の前に現れたのだということに思い至った。


「君が寝てる間に僕のお父さんがここまで中沢さんを連れてきたんだ。もう帰る時間だから、最後に挨拶だけでもしなさいって」

「あ、う、うん……」


 健人が話している間もなかなか意識がハッキリしないのか、花菜の頭は小刻みに前後に揺れていた。そんな中でも視線だけは常に何かに捕らわれたようにぶれることなく健人の方に向けられていたから、きっと健人の話を聞こうという意思はしっかりとあるのだろう。


「今日は何度も助けてくれて、本当にありがとう。中沢さんがいなかったら、どうなってたか本当に分からないよ」


 こんな状態の彼女にお礼を言っても伝わるのかは怪しかったが、しかし感謝の気持ちを伝えないというのも筋が通らないと思い、健人は深く頭を下げた。


「ああ、そんなこと、いいの、いいの」


 なんとか彼女は人間らしい会話ができる程度には目が覚めてきたようで、締まらない声ながらもそれらしき返事が返ってきた。


 丁度そこで勲が戻ってきた。


「ああ、起きたか、良かった。お礼は済んだか?」

「……多分?」

「多分って何だ、多分って」

「彼女の顔を見て貰えれば分かるよ」

「……なるほど、これは半分寝てるな」

「そういうこと」


 勲は苦笑いを浮かべ、未だに意識のはっきりしない彼女を椅子から立ち上がらせ外へ誘導しつつ、とにかくお礼は伝えられたんだな、と確認してきたので、健人は肯首した。


「片道四十分でさらに彼女のご両親に詫びをいれないといけないから、帰ってくるのは日付をまたいだ頃かな。眠くなったらそこで寝てしまっても構わないからな」


「わかった。いってらっしゃい」


 勲は手を振り、相変わらず健人をじっと見つめていた花菜のことをなんとか連れ出していった。




 


〈EndLoading〉

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