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機械と愛と烏  作者: 諭吉
三章
18/45

MemoryLog: 2179 07 13 -[1]

〈Loading: MemoryLog: 2179 07 13: Section a:13-21〉





 均質な形状に整えられた堤防とその外の申し訳程度の歩道にとってつけたような緑を備えている、街と呼ばれる場所ならどこにでもあるような都市河川の河原は、夏真っ盛りに向かう中で小さな子どもたちの活気で溢れていた。虫取り網を抱えた男の子たちの集団は川の中程にまでサンダルを履いた脚で踏み入り、奥まった箇所をさかんにつついている。それを監督するべき母親たちは河原の一段高い場所で、別の子どもたちと四つ葉のクローバーを探すことに興じていた。


 都市の中にありながらもぽっかりと空いた空を見上げることのできる空間というのは、客観的な視点を持って眺めると少し不思議だと思えた。堤防によって切りわけるという人工的な空間の制御であったとしても、そこに人々の求める「自然な日常」の気配が感じられるからだ。


 そして、そんな日常をかき分けるように、健人と花菜は高校から支給されたクリップボードを小脇に抱えて幼児たちの視線を集めながら川の下流に向かって歩を進めていた。


「大丈夫? 水飲んでる?」


 健人は吹き出る汗を拭いながら、斜め前を日傘を差して歩く花菜に向かって話しかけた。つい数分前まで冷房の効いたバスに揺られ快適な環境にいたのにもかかわらず、日傘の影に入る彼女は既にすこしエネルギーを失ったように見えた。昨夜の気象予報曰く、今日の東京の最高気温は三十九度だ。とてもではないが、フィールドワークに適した環境だとは言えない。


「アホみたいに飲んでる。なんでこんな日にしちゃったんだろね」

「本当は田中とライさんの予定に合わせたんだけどね。二人とも風邪ってのは流石に笑うしかないな」

「ライは月曜から居なかったからいいにしても田中は絶対サボりだって、だって昨日はピンピンしてたし! いーな、私だってこんなことになるならサボりたかったよ」

「そして課題が出せなくなるんだ」

「一人になっても相田くんは絶対に現地から写真を送りつけてくれたはずだから大丈夫だと思うよ。親切が服着て歩いてるみたいな人間じゃん」

「……否定はしないけどさ」


 他人に不満を垂れる元気があるあたり、今はまだ平気そうだ。

 初めて見る私服姿の彼女は、普段高校で見ている姿とは違った人物に見えた。教師の監視の目がないからか、おそらく彼女は薄化粧をしてきている。いつも快活で調子の良い彼女から知的な雰囲気が漂っているという不思議に、健人は心の内で感嘆していた。


 うだるような暑さから少しでも意識を逸らすために、健人は河川敷の遊歩道から少し川べりの方に草地を降りた低い場所を歩くことにした。流量の少ない川ではあったが、それでもちょっとした窄まりに水が落ち込んで跳ね返る音や流れの速い部分の白波がたてるさらさらという爽やかな響き、そして子どもたちがたてるジャブジャブという水音は、健人の心をいくらか涼めてくれる。


 健人は子どもたちの方に顔を向けて、目を細めた。


「ああいう川遊びは数十年前までは考えられなかったんだよね。文化って三十年そこらで変わっちゃうものなんだなぁ」

「先生そう言ってたっけね。ええと。21世紀前半までに環境が綺麗に整えられて、後半にかけて一度人口低減のせいで整備の手が回らなくなって大きな川以外はみんな荒れちゃって、で22世紀初頭にかけて行き場のない移民が入ってきてスラムみたいになって、みたいな。あってる?」


 花菜は空を見上げ、この調査の前提知識として現代社会の授業で教わった知識を、既に朧げになるほど薄れてしまっていたのか、たぐり寄せるようにしてゆっくりと絞り出した。


「合ってるよ。先生が小さい頃とかは川遊びなんて恐ろしくてできなかったって。子どもだけで河原に行くなんてことしたら一瞬で身ぐるみ剥がされるから近寄るなみたいな」

「よし私ちゃんと授業聞いてた」

「僕が間違ってることを覚えてる可能性はあるからね」

「まさかぁ。中間の学年順位いくつでしたっけ?」

「……そんなでもないよ、七位とかだし」

「ほらそういうこと言う。相田くん、過剰な謙遜は謙遜に見えないって知ってる?」

「ちゃんと勉強すれば皆も点取れるって。この世に解けないテストはないって近藤先生も言ってるじゃないか」

「私あの人だけは好きー。授業プリント全部データ化して配ってくれるしテスト簡単だし。他の先生たちもみんな近ちゃんみたいだったらいいのに」

「ね」


 軽い調子で話しているうちに、川のカーブの先にフィールドワークの目的である橋が現れた。


「ねえさ、あれじゃない?」

「あ、ほんとだ!」


 二人が辿り着いたのは、川の中程に立った橋脚に両岸から伸びる二つの灰色のアーチの両方が脚を下ろすように作られた、コンクリートでできたアーチ橋だった。川の水面にほど近い場所から肉厚の弧が生え、橋の上を通る道路の路面を支えている。補修を重ねてきたのだろう、くすんだ黒い色味の部分とやや明るい色の部分が乱雑に交わってモザイク模様を描いている。人の手が入らない部分に路面から垂れるように残る水垢の数々が、その橋が生きてきた時の長さを今に伝えていた。


 二人は河川敷に置かれた「重要文化財」の碑文に気付き、近づいて古ぼけた碑石に刻まれたうねりから何らかの意味ある単語を読み取ろうと試みた。すぐに花菜がそれを諦め、少し後に健人も続いた。


 橋の方を振り返ると、ウェアラブルデバイスからカメラを展開していた花菜が健人を手招きした。ついさっきまで彼女が差していた日傘は、簡単にたたまれた状態で近くの草むらにそっと置かれていた。


「ね、二人で写真とってチャットに載せようよ」

「え、ツーショ撮るの?」

「なーに意識してんの、ただの記念写真じゃん。四人で来てたら四人の写真撮ってたよ」

「そっか」


 花菜が健人をからかうような声色で言い返し、それに対して健人は恥ずかしさを隠すことなく、そっぽを向いて頭をぽりぽりと掻いた。


「それにどっちみち休んだ二人もレポート書かないといけないんだから、写真は沢山撮っておかないと」


 花菜は片方の目を閉じ、伸ばした両手の親指と人差し指で四角形をかたどって、「ね?」と健人に投げかけた。その身振りが面白くて、健人は思わず笑顔になった。


「そうだね」

「はいとるからーこっちむいてー」


 彼女の側に近づいて、身長の差を埋めるように膝に手をつく。


 画角に川の中で遊んでいる子どもたちが入らないように気をつけているのか、何度か花菜の手は細かく動いて、そして「いくね」の一言とともにシャッター音がした。何度か写真をとった後に彼女は一度ウェアラブルデバイスの画面に意識を向けたので、健人は彼女の方に寄せていた体を引き起こした。近くに置かれていた日傘を拾い上げ、写真の確認にいそしむ彼女のためにそれを差してやり、その状態でしばらくの間彼女が満足のいく写真を見つけるのを待った。


 自分の写真写りには興味がなかったので、そのうちに画面を見せながら「これでいい?」と聞いてきた彼女に対して、健人はあまりよく確認することなく「いいよ」と答えた。


「じゃ送っとくねー。あとこうやってちゃんと相手を引き立てるポージングができる辺り相田くんいいセンスしてるよ」

「ほんと?後学のためにどこが良いポイントなのか拝聴しておいて良いすか」

「え、分かってなかったの?ここ、ちょっと私の後ろに肩入れたでしょ?構図的に、これ見るとき視線が私の方に誘導されるんだよね、それで私がちょっとだけ目立つって感じ。覚えときな?」

「わかりました先生」


 彼女はよろしいと言うかのように鷹揚に頷き、健人から日傘を受け取って橋の写真を撮り始めようとして、あそうだ、と言って彼の方に振り返った。


「ちなみにさっきの「拝聴」とか小難しい単語使ってくるのは減点ポイントね。私は分かるからいいけど」


 健人も彼女と同じように写真を撮るべくカメラを展開しながらそれに答えた。


「分かるって分かってるから使ってるんだよそれは。僕なりの中沢さんへの信頼じゃんか」

「え、私今褒められた!? 苦しゅうないぞ、苦しゅうない」

「褒めた褒めた。中沢さん賢い」

「そういう手抜きのコメントは大減点ね」

「だよねぇ」


 けらけらと笑う彼女につられて健人も笑う。

 普段そこまで話すこともない関係である二人だが、馬が合うのか、不思議と会話は弾んだ。


「重要文化財に指定されてるっていっても、ただのよくある第二次世界大戦前の遺構にしか見えなくない?」

「ぼろっちいコンクリの山、だね。でも水がさらさら流れてる音とか、水の流れに沿って橋脚の下の方が僅かに苔むしてる光景とかは風流って言えないこともないと思う」

「あ、ちょっと分かるかも。感想文それで書こうかな。相田くんは別ので書いてよ」

「えぇぇ酷いな」

「できるできるできるがんばれがんばれがんばれ」

「そういう手抜きの応援は大減点なんじゃなかった?」

「小言をいちいち覚えてるのは大大減点」

「そんなぁ」


 その時ふと、健人の視界の片隅にポップアップが浮かび上がった。反射的に意識を向けると、勲が健人の電脳内に組んだプログラム通りにその表示が拡大され、眼前に気象速報の表示が広がった。


「これは……」

「どしたの?」


 健人はウェアラブルデバイスを弄っている風を装い脳内に直接受信したことを明かさないようにしつつ、警報という題を持って飛び込んできた一文を読み上げた。


「もうすぐゲリラ豪雨、だって。逃げないとちょっと不味いな」


 花菜は自分の手元でも何かを調べ、そしてすぐに健人と同じ情報に辿り着いたのか顔をしかめた。

 

「うわ。やばいじゃん」

「三十分もしたら雲は抜けてくらしいから、その間の雨宿りだけできたらもう少しここに居られるかも。どっか近くに都合良くファミレスとかないかな」


 そういうことを調べるには自分よりも彼女の方が適任だろうと思い投げかけると、花菜はすでにある程度の目星をつけていたらしく、親指を立てた。


「近くの堤防沿いにカフェがあるみたい。そこ行かない?」

「いいね」


 そのまま彼女は「あっち」と指を差し、そして二人は河川敷を後にした。

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