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機械と愛と烏  作者: 諭吉
二章
17/45

誇り

【整理が付いたから、帰ったら話をさせてほしい】

【わかった 起きとく】

【多分そんなに遅くはならないと思う よろしく】



 解放事件を受けての終の住処での業務はその日のうちに粗方片付いたので、健人は日付が変わる前に家に帰ることができた。

 玄関を開けるなり、リビングから不安な顔つきの花菜が顔を出した。


 靴を脱ぎ揃えて彼女の方を振り返るまでの間に、彼女は健人のすぐ側まで近寄っていた。そしてその勢いのまま声もなく健人の両肩に手を乗せ、顔をまじまじと見つめる。

 花菜が見せる心配のあまりの振る舞いに、思わず健人は苦笑いをした。どうやらタカイさんを失ったことを知らない今朝までの自分ですら、今にも折れてしまいそうに彼女には見えていたらしい。


「ただいま、待っててくれてありがとうね」

「大丈夫だった? あんな傷つくことを話してから半日もしないうちにまた無理をしなきゃいけなくなって、すごく難しかったと思うの」

「大丈夫だよ」


 それでも不安な顔を崩さない彼女には言葉だけでは足りないだろうと分かったので、健人は彼女とハグをして、できる限り全身で彼女に安心を伝えようと試みた。 


「大丈夫じゃなかったけど、大丈夫になったんだ。これからちゃんと話すから、聞いてみて欲しい。それでまだ僕が壊れてると思ったら止めてくれればいいからさ」

「……わかった」


 彼女の同意を聞き取った健人が彼女の体に回した手から力を抜くと、ようやく、花菜は健人の体から離れることを決心できたようだった。二人の手が殆ど同じタイミングではらりと下ろされ、そして二人はリビングに向かった。


 ほどなくして二人分の夕食がテーブルに並び、そして二人はいつものように向き合って座った。


 口火を切ったのは花菜だった。


「最初にもう一回言っておきます。私の希望は事件の解決だけど、そのために健人が心を壊すことは望んでない。無理して他の人のことを大切にしようだなんて思わないでね」


 いい?と真剣な眼差しで語る彼女は、健人自身以上に健人のことを大切に考えてくれているのだと感じられて、それが健人にはとても嬉しかった。


「うん、分かってる。優しくしてくれてありがとう」


 花菜はこくりと頷き、健人に話をするよう促した。


 健人はそれに素直に応じることにした。

 家に帰ってくるまでに、話すべき内容についての整理は終わっていた。


「今日、タカイさんが亡くなったんだ。昨日まで僕が担当していた、カラスの『知らせ』を見た人。話したことはあるよね」

「ええ。ご飯の度に話を聞くのが楽しいんだ、って言ってた人ね」

「そう。その人の話が、好きだったんだ。記憶が一日と保たない人だったから毎日初対面のふりをして同じ話を聞かされてきたけれど、全然苦じゃなかった。彼女はいつも僕に思い出話をしてくれるんだけど、その話は、僕にも人間として生きたことを示せるのかもしれないって思わせてくれる、ある意味で人生の講義だった。他の家族全員を一回目の解放事件で失ってしまった彼女はいつも、「私が一緒にこの世界に生きていたのだと、最後に他の人と振り返れることが幸せなんだ」って言っててね。それを聞いて僕はこう思ってたんだ。彼女の言葉に従うなら、今際の際に花菜や他のみんなと相田健人という存在が過ごしてきた時間を温かい気持ちで振り返れたら、僕も立派に生きたと思いながら来世へ逝けるんじゃないかって。僕の性質や生まれ方や育ち方なんて関係なくて、僕の心の持ちようで僕の過ごした時間を定義できるのかも、って」


 一度間を置く。タカイさんのことについて話すのは、やはりどうしても辛い部分があった。


「彼女は、どうしてか分からないけれど、初対面のふりを続けてきた僕の嘘に昨日突然気が付いてさ。今思えば、本当に運命的なタイミングだった。彼女は僕に「私のことを覚えていてね」って言ったんだ。彼女はさっきも言ったように天涯孤独の身で、僕以外に彼女を気にかける人間なんていなかった。僕は彼女のたった一人の理解者で、彼女が生きたことを証明するたった一人の存在なんだ」


 語っていると、どうしても彼女の姿が脳裏に浮かぶ。こうやって語ること自体が、もう二度と彼女の声を聞けることがないのだ、と自分で認めているように思えて、また悲しみがこみ上げる。

 しかし、彼女がくれた力は、決意は、ここで口にできなければ意味がない。故に健人は話し続ける。


「だからこそ、僕は彼女の言葉を信じてみることに決めたんだ。僕は自分が誇りに思える生き方を貫いて、いつか来る最期の時に胸を張っていたい」


 花菜の目を真っ直ぐに見て、彼女を安心させるために少しだけ微笑む。

 自分でも驚くほど、とても自然に笑みを浮かべることができた。


「神路さんと話をするよ。そうすることで多くの人たちが幸せになる可能性が上がるなら、僕は何が起こっても誇りを持って受け入れようと思う」


 言いたいことを言い切った。おそらくは、伝えなければならないことは全て伝えられているように思う。


 花菜は健人と同じように、真っ直ぐな視線でもってそれに応えた。


「それは、本当に健人が自分で決めたこと?」

「間違いなく、僕が自分から望んでいることだ。何も恐れていないとは言わないけれど、受け入れるだけの準備もできてるよ」


 深く頷いて、丁寧に告げる。

 しばらくの間考えてから、花菜は目を閉じて深呼吸をした。


「……分かった」


 彼女はついに健人の思いが本物であると納得したようだった。


「じゃあ、今からお父さんに連絡する。良いよね?」

「大丈夫」

「信じていいんだね?」

「いいともさ。これ以上何を言えば信じてくれる?」

「……うん、元気そうで何より」


 厳重に確認をとってから、花菜は電話番号をウェアラブルデバイスに入力した。

「かけるよ」


 健人が頷いて、そして発信ボタンが押された。


 仲が良くないために普段は全く連絡のない花菜からの直接の電話ということもあってか、電話先の神路はすぐにそれに応答した。


 一言だけ挨拶が行き来した後に、花菜はいきなり本題に踏み込んだ。また何回か会話のやりとりがあって、そして一度彼女はスピーカーから耳を離した。


「明日の朝九時からだと?」

「問題ないです。早いほうがいいのは明らかだしね」

「おっけ」


 それだけ聞いて、彼女は父親との会話に戻った。今度はそれなりに長い間言葉が交わされた。しばらく後になって彼女が何度か気だるそうに了承の返事をして、直後に再び健人の方を見た。


「朝の八時にここに迎えを寄こすって。警察庁の中まで案内してくれるみたい。現時点ではお父さん一人の判断だから、明日の実際のスケジュールは変わるかもしれないってのは頭に入れておいて」

「分かりました、と伝えてください」


 花菜はそのまま「分かりましただって」とマイクに向かって呟き、直後に電話が終わった。


 ふぅ、と大きく息を吐いて何かを振り払ってから、彼女は健人に向き直った。


「ありがとう。昨日の今日で決めてくれるとは思ってなかった」

「いや、こっちがありがとうって言わなきゃいけないんだ。昨日の気分のままで進めてたら、どうなってたか分からないよ」

「ん。健人が変なことでくよくよするのはもう慣れてるしね」

「滅相もございません」

「はいはい」



 やっと状況が落ち着いたので、健人は夕食に手を伸ばした。今日のメニューは冷奴に棒々鶏擬きだ。両方冷えたままでもおいしく食べられるようにできている辺り、花菜は長話を覚悟していたのだろう。


「なんか、憑き物が落ちたって顔」

「本当にそんな気分さ。二十五年もこの国が抱えてきた問題と、二十五年僕が抱えてきた問題が、両方いっぺんに解決するって考えるだけでせいせいするよ」

「そうね、思ってみれば。まだ健人のお父さんが犯人と決まったわけじゃないけれど」

「それもこれも明日からだ。朝早いし、今日は早めに寝るね」


 そう言うと、花菜はなんでもない風に付け足した。


「あ、私も付いてくから」

「え、そうなの?」

「一応、健人の発言に虚偽がないかを判定する必要があるんだって。それに、私もあの人のことはそれなりに知ってるしね」


 虚偽なんてまさか、と言いかけながらも、自分が犯人グループの一員として疑われている可能性に思い当たり、健人は苦笑いを浮かべた。 


「正直なことしか言うつもりないんだけどなぁ。あ、じゃあ一日休みを取らせることになるのか。悪いね」

「いいのいいの、私の所なんてもう超不景気で暇まっしぐらだから」


 花菜はそう言ってからからと笑った。第二次解放事件が始まって以来、日本国内の経済状況は二十五年前にも増して荒れ果てていた。自分もビジネス相手もいつ天に召されてもおかしくないという状況で、新たな契約を結ぼうという発想が出にくくなるのは当然のことだった。


「なるほど、僕の証言には花菜の仕事口も懸かってるのか」

「そうとも言えるのかな。ま、千万人の命と比べればどうでもいいことだけど」


 さっさと食べて寝よ、と彼女は続けて、それに従って二人は夕食を食べるペースを速めた。そしていつもよりは急ぎ目に夕食後の片付けに入浴と掃除を終え、二人の家からは早めに明かりが消えたのだった。


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