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機械と愛と烏  作者: 諭吉
二章
11/45

動機

 それからやや時間が経った頃、拠点摘発が完了したとのニュースをマスコミに流すという仕事を終えた神路は少しの休憩をとることとした。自販機で買ったコーヒーを片手に、廊下の奥、皇居を眺め下ろすことのできる窓の前の小さな空間を占拠する。その狭さ故にここにいる限りは他人はそうそう近寄ってくることはなく、そのためこの場所は神路のお気に入りだった。


「……」


 腑に落ちない、というのが現在神路が抱いている感触だった。罠を踏まされるのをも厭わないという意気込みで強制捜査を実行したことについては後悔していないし、間違った判断をとったとも感じていない。しかし、得られた結果は全くの空虚なものだった。何か今後の捜査につながる要素が発見されたという報告は未だに上がってこないし、かといって奴らの手にかかって何かを喪失したという状態でもない。ただギデオンの右手の打ち棄てられた拠点を一つ発見したという状況だけが生まれたことをどのように評価するべきか、神路は決めかねていた。



 一人の男が廊下の角を曲がって神路の元にずかずかと近づいてきたのが窓の反射で分かった。この警察庁内でそのようなことができる人間を、神路は一人しか知らない。その背の高い男は神路と同じように缶コーヒーを片手にしていた。


「お前が渋面を浮かべているのは久々に見たな、中沢」


 神路と向き合うようにして壁にもたれ、遠藤は当然のように神路が確保していたスペースの半分を自分の物とした。

 中沢神路と遠藤小春。共に警視監という立場で、今でこそ神路が一歩のリードを確たるものとしてはいるがそれまでは争うようにして次期警察庁長官の椅子を狙っていた二人。同期入庁であり、常に競い合うように昇進を繰り返してきた二人は、互いにとって最大のライバルであり、そして警察組織の中における最も気の置けない親友でもあった。


「……年中真顔のお前と違って俺には豊かな情緒ってのが残ってるからな」

「こちらとしては分かりやすくて助かるとも言えるが」

「お前も別にいいことがあったという顔はしていないな」

「だろうな。この展開は予期できなかった」

「俺の首まで懸けさせたってのにな。今となっちゃあの発言は悪手だ、後々お前の査定に響きかねんぞ」

「その首を懸けてまで得られたものは只のもぬけの殻の地下空間でしかなかった訳だがな」

「ははは、酷い話だ」


 言葉とは裏腹に、神路は全く笑えなかった。

 しばらく二人は黙り込んで、それぞれ好きなように窓の外を眺めていた。共に合点がいかない報告を受けた後の納得しがたさを抱え、悩んでいた。


「さて、我々はここから何をすれば良いんだろうな」


 遠藤が具体性を欠いた薄っぺらい問いで静寂を破り、神路は肩をすくめることでそれに答えた。


「今はたった少しでも物証が見つかることを祈る他ないだろうが」

「そんな物は見つからないだろうとはお前も薄々感じているだろう、奴らの手際の良さは尋常ではない」


 分かってるよ、と吐き捨て、神路は右手に持った缶を持ち上げ、まだ冷たいコーヒーに口をつけた。中身を啜る際にずず、という缶飲料特有のやや下品な音がして、それが嫌に大きく神路の耳に響いた。


「なあ遠藤」

「うん?」

「奴らの目的は何だと思う」

「……それを俺も考えていた」

「分からねえよな、そりゃ」


 遠藤は腕を組んで首を横に振った。神路はコーヒーをもう一口啜り、先までの自らの思考を整理するように口を開いた。


「行動原理が理解できない。もしリークが仕組まれた物だったとして、奴らが俺たちに施設を一つ明け渡すことを決めたっていうなら、そこには何かしらの動機があるはずだろう。だが奴らはこっちに何も手を出してこない。それならそもそも何のためにこの一連の流れが起こされたんだ」

「警察の無能性を嘲るという動機は一応考えられたが、意味がない。既に我々はこの二十五年の働きによって世間から大きなバッシングを受けている。それどころか、この摘発が公表されたことで世間は我々を高く評価するだろう」

「じゃあ何だ、奴らは俺たちを哀れんで分かりやすい手柄をくれたとでも言うのか」

「その可能性も否定はできない」

「くそう、何をやっても手のひらの上か?」

「さあな」

「チッ」


 神路はフラストレーションを隠すことなく踵で壁を蹴りつけた。それを眺める遠藤は相変わらずの無表情だった。


 窓の外から威勢の良いシュプレヒコールが聞こえてきて、神路の額に浮かんでいた皺は更に深くなった。時計を見ると十時を少し回った頃合いで、近所にある国会議事堂の前でいつものように市民団体が集会を始めたのだろう。


「今日も元気でおめでたいな。明日死ぬかもしれないこんな日にも元気に政権批判だ」

「彼らにとってはライフワークなんだ、取り上げられたらそれこそ死んでしまう」

「こんな時くらい止めてくれたって良いんだがな。移民排斥の叫びを大音量で叩き込まれるのは気分の良い物じゃない」


 諦めろ、といったように遠藤は肩をすくめた。


「同情はするが、こんな時だからこそ、だろう。日本人に与えられたはずの生命リソースを移民が食い荒らしているというなら、ギデオンの手にかかって殺されるのも移民のせいだという発想に至るのは不思議ではないさ」

「人口減少による社会崩壊を迎えようとしていたこの国を救ったのが誰だか学校で教わらなかったのか?」

「ああいう手合いは心地よく響く他人の思想をそのまま我が物として騒いでいるだけだからな。自分たちで主張を考え出す能力など持ち合わせてはいないさ。勿論一部の先導者層は別物で質が悪いのも多いが」

「流石警備局長だな。なかなか言う」

「だが事実として、21世紀終盤に勃発した警察機動隊との大規模衝突は移民政策への反感が招いたものだ。そこから混乱に乗じた暴動や強盗事件も数多く起こったし、その犯人は多くが移民系住民だった。その痕跡を市中から薄れさせ移民との融和を進めるための教育が進行して一定の効果を発揮しているとはいえ、当時の記憶が色濃く残っている上に融和教育を受けなかったネイティブ日本系の年寄りたちにしてみれば許せないものだろう」


 神路の顔はやや引き攣った。


「お前はまるで見てきたかのように語る。実の移民系日本人を前にして多少の温情ってものはないのかい」


 全くの普段通りに冷徹な意見を発した遠藤は大きく息を吐き、もたれかかっていた壁から体を起こした。


「そんなものがあったなら今頃俺はここにはいないな。どこぞの民間企業で相談役でも勤めているだろうさ」

「は、似合わねえな」

「だろう?」


 神路の口元に一瞬だけニヒルな笑みが浮かび、すぐにそれは消え去った。

 遠藤が缶を呷り、中身のなくなったそれを近くにあるゴミ箱に放った。カランという音がして、それに革靴の足音が続いた。


「決めた。俺は一度岡山に行って来る。現場を自分の目で確認しておきたい」

「そうか。何か見つけたら教えてくれ」

「お前はいいのか? 俺一人の手柄にするぞ」

「どうせ何も見つかりはしないさ。さっきそう言ったのはお前だろうが」

「それもそうだな」


 遠藤は片手をひらりひらりと振って去って行った。後には相変わらず不満げな顔をした神路と、窓越しにすら空気を不愉快に震わせるシュプレヒコールの叫喚だけが残った。


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