リノという少年への愛
リノは私が中学生の頃に書いていた、七神剣の森の前身となる物語(seven)においても、武闘会でクリスに激重感情をぶつけて死ぬという大筋が既にあった。ただし、当時はサイバーパンク世界ではなかったので、リノは普通にそのまま死んで二度とその後登場することは無かった。それが、私には心残りだった。
ただクリスに傷を付けるためだけの舞台装置。やがてクリスがインカーと出会って彼女に救いを見出すためだけの死だった。
そんなの可哀想過ぎるでしょ。
私はリノがクリスを愛していたことを知っている。しかし、リノがクリスに道を譲るためだけに死を選ぶとはどうしても思えなかった。何か決定的なピースが上手く填まらず、それゆえに、sevenという物語はインカーとクリスが結ばれる直前で頓挫してしまった。
勿論ノートを見返せば、当時の私なりに理屈は付けていた。ただ納得はいっていなかった。だから更にそこから七年経って、私がsevenを七神剣の森として書き直し始めた十二年前も、セルシアの世界までで長らく下書きが止まっていた。
リノのことに決着を付けなければ、この話は書けない。そう覚悟していた。
転機があったのは、わずか半年前。
クリスの世界を差分化する際に、現世より未来の都市にするのはどうだろうというアイデアが、ぽんと浮かんだ。
それはまさしく天啓だった。
あっという間に、「the dumb man」(sevenの頃のタイトルママ)は「治せるのに敢えて不便を抱えてまで傷を大切にする男」に変化した。そして突然、会話モジュールでめちゃくちゃ喋りだした。自分がどれだけクリスを大切に思っているか。彼との過去、喉の傷の経緯。そして、何故死を選ぶのか。
彼の中で、肉体の死は魂の死ではなかった。彼は積極的に死ににいった。つまり、クリスに殺してもらおうとしていた。そうすることでクリスに絶対に忘れられない存在となり、彼の中に魂の住まいを移し、一生を添い遂げる覚悟だった。
言葉を発せない儚げな美少年だったリノは、もう何処にもいなくなっていた。
私は自分でも覚悟を決めた。彼を八人目の七神剣の主としてメインキャラに昇格させ、必ず幸せにすると決めた。こんなにキャラの方から必死にアピールされたことは無くて、絆され、愛してしまっていた。クリスには迷惑を掛けるね、と言ったら、彼は「リノが傍にいてくれるなら何でもいい」とのたまった。あのまま死なれるよりはきっと幸せだから、と。彼も、私と同じ気持ちだったのだ。私がリノのために筆を置いていた二十年間、彼もリノを喪ったまま苦しんでいたのだ。それでも明るく登場したクリスを見て、私はその芯の強さ、英雄の素質に感嘆し……リノが、相対的に闇寄りになると気付いた。
彼がどうしても見たかったものは、クリスが自分の死に嘆き苦しむその姿だった。色々と自身に言い訳をしながら、結局その欲のために彼は死を選んだ。リノは自分がクリスの中で生き続けると知っていたが、クリスはそんなことは知らない。絶対に絶望のどん底に落ちる。リノはそう確信していた。
そこから逆算して、リノの加虐趣味が設定に加わった。自殺未遂の理由も増えた(ある夭逝した天才の記憶 より)。それでもクリスは、私は、リノが好きだと言い続けた。君を絶対に幸せにする、と願い続けた。元々クリスを癒すだけの予定だったインカーにも、リノも宜しくと、そう頼んだ。インカーは男前で懐が深い。しゃーねーな、と言ってくれた。
最終的に像を結んだリノはどうしようもない人間だった。嫉妬深くて、欲深くて、心が狭くて、打たれ弱くて、自意識過剰で、自分とクリスの境界が曖昧で。
辛うじて長所といえるものは、その外見と才能。それから、欠点だらけの自分を正確に把握できる程度の聡明さと、そんな自分がのうのうと生きるのを許すことができない、気高さだけだった。
人間は長所がなければ生きては駄目なのだろうか?私はそうは思わない。クリスも、インカーも、そうは思っていなかった。そんな人間でも愛し愛されることが起こりうる。リノはそれに成功した。
本当にお前は困った奴だ、と言われながら、それでも彼は愛される。…それはもしかしたら、彼を愛する者にとっても、救いなのかもしれなかった。
本来愛されることのないものを愛する者は幸いである。愛する者はその愛によって自己を強からしむることができる。クリスが英雄であれるのも、リノという庇護すべき闇が傍にいるからなのだろう。インカーがリノを好きだと言ったのも、庇護欲を掻き立てられてのことだったかもしれない。人は本来誰しも支えられて成立する。それをのうのうと生きていると思うリノの方が、間違っているのだ。死人は消えるべきだと彼は言う。しかし、そこに確かにいる、触れ合えずとも気持ちを交わすことのできる存在は、死人などではない。そうであるなら、彼は生きて欲しいと望まれる権利がある。
…夢のような結末、かもしれない。リノのような人間が愛されるなど現実ではまず起こり得ない奇跡かもしれない。それでも。
そこに救いがあるのなら。
クリスとインカーが手を差し伸べたなら。
私は、美しい絵画のような結末を、描かずにはいられなかった。