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生存率1%の異世界で無双するクイズ王  作者: ろくろドクロ
2/2

Q1.行くか、留まるか

 

 ****

 

「……はっ!」

 

 意識を取り戻すと、そこは森の中。

 少し木が少ない広場のような場所に、木漏れ日が差し込んでいた。


「ここが……例の生存率1%の異世界か」

 

 感慨深く周囲を眺める高田。

 辺りに見えるのは、日本でも見かけたのどかな森の風景に見える。


「そういえば、しばらくこんな自然の中に来ることはなかったな」

 

 思い返せば、クイズに熱中した中学生時代から、はや10年。

 ずっと本やディスプレイに向かい合い、知識を詰め込む生活をしていた彼は、

 家と学校以外の場所には殆ど訪れることがなかった。


「そういえば、日本はもうすぐ夏になる所だったな」

 

 四季の変化も、ほとんど感じることがなかったが

 通学路に少しずつ緑が増えるのを、ぼんやり見ていた記憶があった。


 そんな風に、追想にふけっていると。

 

「wrmjkv,dmwmgwmw!」

 

 ふいに大声が聞こえた。


 驚いてそちらを見ると

 警戒した様子の女が、槍を構えていた。

 日本では見慣れない簡素な服で、少数部族の服のようにも見える。

 

「wrmjkv,tgbfklz?」

 

 彼女は右手に持った石を掲げながら、何やら質問しているようだ。

 が、全く言葉がわからない。


(あの女神、言葉が通じないとは言わなかったじゃないか……)

 

 そんな風に不満に思っていると、目の前に石が飛んできて、反射的に受け取る。

 どうやら、目の前の女が放り投げてきたらしい。


「あ、危ないじゃないか!」

 

 思わず口に出すと、女はほっとしたような顔を見せる。

 

「ヨカッタ……通じた」


 女が急に、意味のわかる言葉で喋り出した。


(日本語……ではないのか?)

 

 口の動きは、もっと多くの言葉を喋っているように見える。


「その石あると……話せる。マじゃなくてヨカッタ」

「……マ?」

 

 首を傾げると、疑問は伝わったらしい。

 

「マ、は、危険。マ、は、巨大。

 他の地域だと、ジャ、とか魔物、とかいう」

 

 急にわかる言葉になった。翻訳の機能の問題だろうか?

 マ、とは魔物。

 つまりファンタジー世界のモンスターのような存在らしい。

 

「マ、に会ったら、死。

 死んだら、終わり」

 

(当たり前のことを言うけど、なんだか重みがあるな)

 

 実際に死を身近にしてきたのであろう、

 言葉の重みがそこにはあった。

 

「マ、近くにいる。迂闊に動くと危険」

 

 そう言うと、彼女は指笛を吹いた。

 するとすぐに、別の場所から指笛が鳴り、数人の足音が聞こえる。

 

「マヤ、無事か!」

 

 やってきたのは数人の男女。

 格好ははじめの女と同じく、まだ文明の進んでいない、部族の格好に見える。

 

「問題ない。そいつ、見つけた」

 

 マヤと呼ばれた女は、高田を指差してそう言う。

 

「そいつ、何者」

「知らない。一人でここにいた」

「マじゃないのか」

「違う。会話できた」

 

 そう言ってクイズ王の持つ石を指差すと、後から来た男は渋い顔をした。

 

「石、渡したのか」

「必要だった」

「貴重な石だ。しかも、サタナの形見だろ」

「サタナ、もういない」

「……そうだな」

 

 男は口を閉じた。重苦しい空気が漂う。

 

(どうやら、貴重な石だったらしい。

 返すべきかもしれないが……)


 これを返すと、言葉の通じない異世界に放り出されることになる。

 その選択をすることは、高田にはできなかった。


(生存率1%、ってそういうことだよな。

 この石を返す、って選択したら、俺は生き残れない)

 

 サタナ、というのがどんな人だったかは知らないが

 今はその形見でもありがたく使わせてもらうほかない。


「……そいつ、よそものみたい。

 ガロ、村へ案内を」

 

 マヤと呼ばれた女がそう言うと、ガロと呼ばれた男は露骨に嫌な顔をした。

 

「マ、が近くにいる。余裕ない」

「斥候なら私やる」

「危険だ」

「構わない。何かあっても、悲しむ人もいない」

「……」

 

 ガロは黙り込む。


 マヤは再びこちらに目を向けた。

 

「村に行けば、なんとかなる。安心」

「……それは、ありがとう」

 

 拙い言葉ながらも、こちらを気にかけてくれたことがわかった。

 

「たらふく飯も食える。村長の飯はうまい」

 

 言われて気づいたが、確かに空腹だった。急に心細くなってくる。


(ここは、日本じゃないんだ)

 

 温かいスープが手軽に飲める世界じゃない。飯が当たり前に食えるとも限らない。

 ようやく、異世界の恐ろしさを実感してきた心持ちになった。

 

「マヤ、気をつけろよ」

 

 ガロはそう言うと、身振りでついてこい、と告げるように先を歩き出す。

 他の人々もついていくのを見て、高田も慌てて着いていくことにした。

 一方で、マヤはこの場所に残るらしい。

 

「ええと、ありがとう」

 

 感謝を伝えると、薄ら微笑んだような気がした。


 ****

 

「よそもののおまえに、言っておくことがある」

 

 村へと向かいながら、ガロは少しずつ、語ってくれた。

 

「この辺りのマは危険。出会えばまず命はない」

「とにかく巨大なんだよ」と、横の男(アガタと呼ばれていた)が補足を入れてくれる。

「小さいので僕らの3人分くらいかな」


(クマとかの類だろうか?)

 

 それは確かに、文明が進んでいない人々には、恐ろしい生き物かもしれない。

 もっとも、巨大、というには小さい気もするが……

 

「……静かに!」

 

 小声で警戒するように、男が告げた。

 息を殺して待っていると、木陰の奥で、何かが蠢くのが見えた。

 

(なんだアイツ……やばい!)


 最初の印象は、黒い塊。

 樹木かと思ったが、動き出したことによって、生き物とわかった。

 形状で言うと、首が二つある、ゴリラのような生物に見えた。

 ただし――

 

「でかいな」

 

 遠目で見ても、木と同じくらいの高さに見える。

 ということは、近くで相対したら、どれほど大きく見えるだろうか。


(死ぬな)


 シンプルに、そう思った。

 あれは、真っ当にやっても勝てる相手じゃない。

 必死に息を殺して、気づかれないことを祈るしかない。そういう相手だ。


「……全員、音を立てるなよ……!」

 

 男が必死に動揺を噛み殺しながら、告げる。

 

「このまま待っていれば、気づかれないはずだ」

 

 巨大ゴリラは、右奥にいるが、そのまま右手前に移動していくつもりのようだ。

 つまり、この集団とはすれ違うような形になる。

 

(すれ違う……?)

 

 何やら、嫌な予感がした。

 

 経験上、この予感は、何かに気づいた時だ。

 例えば、クイズで先に押されて、自分がまだ答えがわかっていない時のような。

 トラックが近づいてくるのを、視界の隅で見かけた時のような。

 後の運命が決まったのを、見届けないといけない時のような、とても嫌な予感だ。

 

「あっちには……マヤが」

 

 誰かが口にした。思わず、というように。

 そして、誰もそれには答えない。

 

 黒い塊が、視界の右側を通り過ぎていく。


『そう、生存率1%』

 

 女神の言葉がリフレインする。

 

『簡単な二択を間違えるやつが多くてね』

 

(ああ、そうだ。だから、クイズ王の俺は間違えないって答えた)

 

『王様なんて言ったら、異世界では皆ひっくり返るかもしれないけどね』

 

(そうだ、やっとクイズ王になれたんだ。

 だから、異世界の住人に、そんな風に迎えてもらうまでは、俺は――)


「――――ィヤァァ――――!!」

 

 悲鳴。それは殆ど、言葉にならない音だった。

 遠くから、聞こえる悲鳴。

 さっき、自分たちがいた辺り。マヤがいた辺りから。


 ――足は勝手に動いていた。


「バカ、戻れ!」

 

 そんな声が背中に聞こえる。

 

(ああ、そうだ。俺はバカかもしれない)


 クイズ王だなんて、調子に乗ってたけど、簡単な二択も間違えてしまった。

 

 危険な奴がいる。悲鳴が聞こえた。行くか、留まるか?

 正解は、間違いなく「留まる」だよな。

 わかってるよ、女神。


 ――だけどな。

 

 知識を詰め込んだだけの俺にだって、なけなしのプライドはある。

 

『サタナの形見』

 

 会ったばかりのよそものに、大事な石を渡した。

 

『悲しむ人もいない』

 

 そんな寂しいことを言ってた。

 

『たらふく飯も食える』

 

 そんな場合じゃないっての。


 たとえ間違いの選択肢だろうと、構わない。

 間違いなら、全力で間違えるのが俺のポリシーだ。

 俺の回答を、全力で答えてやるよ……!


「マヤを、助けに行く!」

 

 言葉にして、気持ちが固まった。

 これが、俺の回答だ――!



 つづく

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