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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

書き出しはネガティブに、結末はポジティブに。

作者: 私 / ?
掲載日:2023/03/23


【下書き #1】


彼女を殺したのは私だ。


***


『書き出しはネガティブに、結末はポジティブに。』


これは他ならないK先生に教わった、シナリオ作成のコツである。この“先生”は、私との間柄や上下関係を指すのではなく、単なる彼女のニックネームに過ぎない。私が友人である彼女を、常々“先生”と呼んでいたので、それに倣って“かの先生”つまり“K先生”と表記する、ただそれだけのことだ。


小学生の頃に転入してきたK先生は、漫画やアニメが好きで、クラスメイト皆にオススメの作品を布教してまわっていた。ませてはいたけれど、私立の小中一貫じゃ珍しくもなかったし、むしろあんまり陽気だったから、男子諸君を中心に間も無く人気を集めていった。


そして漏れなく私も、彼女に好感を抱いていた。当時の私は、クラスの一軍から迫害よろしくのいじめを受けていた。こう書くと、読者諸君は私を冴えない野郎のようにイメージするのかもしれないけれど、それは違う。私はK先生と同じく、女性である。


とはいえ私に、いわゆる女子力はなかった。K先生が華型ならば、私は地底を這う“根型”と言えよう。もっと手短に言えば、私は腐っていた。腐女子だったことに加えて、とにかく陰気で痛かった。平成の腐女子小学生なので、多少の醜態は可愛げとして許されたい。


当時の私は、アニメ好きらしいK先生と接触したかった反面、ハブられている手前巻き込みたくもなく、結局しばらくは何もしないまま、平常通りの日々を続けていった。


K先生が転入してから大体一年後のある日、なんと向こうから私に声をかけてきてくれた。今でもよく覚えているが、その時の彼女の振る舞いは、まさしく天使。「同じ趣味だと聞いて、居ても立っても居られなくなったんだ」と、彼女は前のめりになっていた。


嬉しかった。

本当に、心の底から。


期待通り、私たちは意気投合する。互いのオススメ作品を布教し合い、またアニメの放送直後には必ず連絡網を辿って、電話で感想を語り合う。母と父から、「一体いつまで電話してるんだ」と懲りずに何度も怒られる。


私がK先生を殺したのは、それから数十年後のことだ。



【下書き #2】


数十年後。今こうして文字に起こしてみると、想像以上に遅い犯行である。

犯行。これも改めて文字に起こしてみると、思っていたよりもずっと"らしい"響きに感じられる。

ただ、“らしい”のは肝心だ。K先生も昔、言っていた。


私たちが知り合ってから数年後の、中学一年生の時。

周囲も驚く仲良しバディであり続けた私たちは、エスカレーター式に進学した後、二人揃って、漫画研究会部に所属した。


今でこそキラキラしたオタクは珍しくないけれど、当時は珍しかった。K先生ほどに守備範囲が広い陽キャオタクは、他に居ない。K先生は、腐った趣味だって受け入れた。いやむしろ、能動的に腐っていった。詳しくは割愛するけれど、なんと言ったって最初に彼女を“先生”と敬称したのが、何を隠そう、ミス・オ〇ガバースこと当時の漫研部の部長その人で……とにかくK先生は見る見るうちに、腐女子へメタモルフォーゼしていったのだ。


またK先生の創作センスは、この頃から群を抜いていた。

彼女はとにかく筆が早く、アイデアが豊富で、展開にも貪欲だった。他の部員が書いた漫画やシナリオは軒並平凡だったけれど、彼女の書いた作品ばかりは、漫画の神様だってビックリの傑作揃いである。


そんな時分の彼女に教わったのが、冒頭の執筆のコツ、『書き出しはネガティブに、結末はポジティブに。』だ。冒頭部分ではネガティブな描写で読者を引き寄せて、クライマックスが近づくにつれて段々とポジティブに昇華していく。その過程こそ“えっち”なわけで、その構造こそ“らしさ”なのだと、K先生は得意げに語っていた。


そうはいっても、才能に乏しい素人学生らが一朝一夕で書き上げられるものなんて、やっぱりたかが知れている訳で、結局はK先生の一人勝ち……勝ち負けなんてものは初めからなかったけれど、我らが漫研部は、K先生をお抱え作家とする同人会サークルへと形を変えていった。


だから、私が殺したのである。

彼女の首を。

この手で。

締め上げたのだ。



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女はそこまで書くと、キーボードから手を放してスマホを操作し、かの先生に電話をつないだ。


「やっほっほ。ごめん、今平気?」

『なんだよ。いいところだったのに~』


不満そうに唸る電話先の美声は、出会った頃から変わらない天使の響き。


「ごめん。かけなおそうか?」

『だーめ。用件は?』


向こうも作業をしていたのだろうか。最終巻の締め切りが近づいていると、この前言っていた。沢山の用紙を寄せ集めたかのような音が聞こえる。


「頼まれていた仕事なんだけどさ」

『終わりそう?』

「ううん、まだまだかかるよ。ごめんね」

『ふーん、楽しみ! で、用件は?』


用件は? しか言わない。どんだけ生き急いでいるんだ、この人は。


「死因なんだけどさ」

『グロで』


即答だった。女はびっくりして、少しどもる。その隙に、中身の入った缶が無数に転がる音が聞こえた。


「まあその、先生なりのこだわり? があるのは分かるんだけどさ。指示はもう少し具体的じゃないと」

『そんなん、ちゃちゃっと書けばいいんだよ。優秀なワトソン君なら、この私が考えることなどまるっとお見通しなのだろう?』


確かに、この制限の少なさが面白みではあった。またそれこそが、執筆を引き受けた理由の一つとも言えた。しかしそれでも、一介の同人作家にとっては大分ハードルが高い。考えた女は、


「じゃあ先生は、どうやって死にたいと思うの?」


と、逆に仕掛けてみせる。

K先生は少し悩んだのか、五秒ほど沈黙してから、


『ワトソン君に直接、手を下されたいな』


と答えた。ここでいうワトソン君とは、某推理小説の登場人物ではなく、この女の愛称であった。女は「答えになってないよ」と茶化すが、K先生は『十分答えだよ。君に任せたいの』と鼻で笑い返す。


女は迷った。K先生の死因は縊死で決めたいところだが、問題はその方法だった。手で絞めるのか、ロープで絞めるのか。女はミステリーには詳しくないけれど、手よりもロープの方が簡単で、証拠が残りにくいことくらいは知っている。だからこそロープで絞め上げたいのだけれど、今の意向を汲むならば、ここは女が直接その手で、K先生の首を締め上げるほかない。


『あー!!』


スピーカーが割れるほどの悲鳴が、電話先から聞こえた。「どうしたの!?」と女が訊くと、


『そういうこと!? 証拠が残っちゃうってこと!?』


どうやらK先生は、今更問題に気づいたらしかった。どうしよう、どうしよう……と頭をかかえている風な彼女に、女は「今夜はいったんお休みしたら?」と柔らかな声で提案する。


K先生は『そうするね。お休み』とだけ言って、電話を切った。



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【下書き #3】


私は最初、彼女の首をロープで括らせようと考えていた。

しかしあまりの憎しみに耐え切れなかったので、最終的には、自ら直接締め上げることに決めた。

彼女の首元、浅黒い肌に、私の乾燥した指がゆっくりと沈んでいく感触を、今でも鮮明に思い出す。



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翌日の夕刊に、K先生の訃報が報じられた。青年漫画史を語るうえで欠かせない傑人の訃報ともあって、それは紙面全体を大きく飾る。


《実家兼、制作スタジオのデスク前で、本日未明、薬物大量摂取で死亡。警察の調べによると、自殺で間違いないとのこと。》


以前から未遂の噂が絶たなかったのもあって、大勢がこれに納得した。


無論、女もそうだった。納得して受け入れた。が、しばらく日が経ってから唐突に実感する。


道端で膝から崩れ落ち、K先生の名前を何度も繰り返しては、そのせいでまた泣き崩れる。


幸か不幸か、偶然すぐそこにいた警官が彼女に気づき、女はそのまま交番へ連れていかれた。



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【下書き #4】


しかし、K先生はよっぽど邪悪だった。

K先生は私を見もせずに、こうほくそ笑む。


「お休み」


殺害の動機。

ただこの瞬間に、全部が憎かった。


思えば最初から、K先生は、本当に無神経な奴だった。

自分が才能に恵まれているのをいいことに、他者を見下していた。

顔が良くて性格が良いから、人気を掻っ攫って、逆にそうじゃない私を見下していた。

私のそばにきたのも。

私に先生と呼ばせたのも。

私の作品を読んでくれたのも。

偉そうにアドバイスをくれたのも。

全部が全部、私をあざ笑っていたからだと思えば納得だった。


気づけば私は、彼女の頭をわしづかんで引きずり回し、目に入るもの全てを彼女の喉奥に放り込んでいた。


ハンカチ。ティッシュ。メガネ拭き。いい加減に古いメガネ。カッター。コピック。Gペン。ふざけた表紙の自由帳。液タブとマウス。埃っぽいキーボード。チョコの包み紙。齧りかけの苦い方。コップ。時計。初めて見るアルバム。スマホ。ノート。高いだけのカメラ。空のハンドクリーム。いっぱいのゴミ箱。いっぱいの化粧水。ヘアオイルにヘアアイロン。くたびれたスリッポン。くたびれたイヤホン。学生証と交換日記。連絡網。財布。ピアス。合鍵。


もっともっと。思いつくもの全て。全て、全て。



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「ゴーストライターでした」


女は、取り調べで語る。


「先生、最初は原作と作画の両方をやっていたんです。でもほら、だんだんと動けなくなったでしょう。精神的なアレで……それで付き合いの長い私が、少しずつお手伝いをするようになりました。私、漫画家やってるんです。全然趣味でやってるだけの、同人作家ですけど」


警官は、女のスマホに『K先生』というエッセイの下書きがあるのを確認した。


「先生ね。ひどいんです。自分の伝記を書いてほしいって、私に頼むんです。死に際はなるべく酷く惨く劇的にしてほしいって。そうしたら、伝説になるからって。でもそんなの、私、先生なんかよりもずっと下手なものしか書けないのに。今だって書けていないんです。全然、進んでいないんです。かろうじて書けているところすら、中身すっからかんなんです。先生のアドバイスがないと、私はたったの一行だって書けやしない」


女は、頬が震えるほどに歯ぎしりをした。

それを見かねた警官は、一枚の紙とペンを女に差し出した。

女は一式を受け取ると、静かにペンを握って、重たげにしたためた。



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【下書き #5】


書き出しはネガティブに、結末はポジティブに。


ふざけるな。


ちゃんちゃらおかしい。


お前の人生など、何の価値もない。


生まれて無駄、死んだって無駄。


あんまり無意味だから、ネガティブもポジティブもへったくれもありはしない。



清々しました。


さようなら。

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