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第9話 やり残した仕事

ミルティア  侯爵令嬢 黒髪に赤い瞳


 エリアス  ミルティアの部下


 エアル   宮廷魔道士


 カーラ   公爵令嬢 銀髪に翠の瞳

 レフ    転生者 琥珀狐 カーラの相棒(前世ではbarの店長)

 ヘルン   王女 金に近い茶色の髪 碧眼


 ロナルド  カーラの兄


 ジャスミン 町の料理店の店主

 ケイト   転移者 ジャスミンの店の店員(レフの元同僚)

「お嬢さん、ちょっといいかい?」


 職場の廊下で声をかけてきたのは、陽気そうな御仁だった。

 赤茶色の髪を見ると勝手な誰かさんを思い出すなとミルティアは思う。

 あの日以来、エリアスは本当に顔を出さなくなってしまった。寂しいなんて、思ってはいないけれど。


「はい。何か、お困りでしょうか」


 見ない顔だ。身なりからして、幹部クラスの来客だろうか。


「ここの代表に話があってね。しかし、普段来ない場所なもので、道に迷ってしまって。悪いんだが、彼の執務室に案内してくれるかい?」


「かしこまりました」


 道すがら、史料の歴史や仕事についての話をした。子供たちの未来につながる、これからの話も。


「いや、美しく聡明なお嬢さんだ。あいつが惚れる訳だよ」


「えっと……」


「騙すような真似をして、申し訳なかったね。改めて自己紹介をするよ。サヴマ・ザフォラだ」


「ザフォラ公爵でしたか。お初にお目にかかります。ミルティア・ファレノプシスです」


 差し出された手を握り返し、ミルティアは公爵の瞳をじっと観察した。

 紫色では、なかったので。


 公爵は笑って言う。

「そんなに見つめられたら、私まで惚れてしまいそうだ」


「ご冗談を。奥様は絶世の美女だと噂高い方。私など、足元にも及びません。恐れ多いですわ」


 公爵は、彼の仕事についてどこまで知っているのだろう。

 下手な事を言って、彼に迷惑がかかってもいけないし。

 言っても、良いだろうか。このくらいの、探りなら。

 ミルティアは自然さを装いながら、質問をする。


「……ザフォラ家の方は、皆、瞳が紫色なのかと思っておりましたので」


「うん? 違うよ、紫色は妻の色だね。うちの子供で紫色なのは、エアルだけだなぁ」


「そう、ですか……」


「おや。パパは何だか口を滑らしてしまったかな?」


 ミルティアの様子に気づいて、頭をかく。


「抜け目がないお嬢さんだ。ますます愚息のお嫁さんになってほしいなぁ。どうだい、これからの時代、年下も悪くないよ。なんたって、伸びしろがある!」


「ザフォラ公爵。今日はそういうのはナシって言ったでしょう」


 施設長の部屋から、ひょっこりヘルン王女が顔を出した。

 偶然とは思えない。

 会合の予定だったのだろうか。


「おや、叱られてしまったね」


「ごめんなさいね、すぐ口説くんだからこのおやじは」


「息子の嫁にと口説いていただけだよ」


「それが駄目なの。そっと見守ってあげなさい」


 ミルティアは、何というべきか悩んでいる。

 ヘルンは、もちろん全てを知っているのだろう。

 聞いても教えてくれるかは、わからないけれど。


 そんなミルティアに、ヘルンが耳打ちをする。


「いい男でしょう。()()()()()


「そう、ですね。私もそう思います」


 そうだった。この人の前では、隠し事など無意味だった。

 だったら、せっかく芽生えた気持ちに素直になってみようじゃないか。


「ヘルン殿下、お願いがありますーー」


  




「若いっていいわね」


 ミルティアの背中を見送りながら、ヘルンが呟く。


「あまり変わらないでしょう、あなたも」


 ザフォラ公爵の言葉に、ふっと笑う。


「私はほら、たぶん人の2倍、生きているから」


 たしかに、この有能な王女はいつ眠っているのかと思うくらいだ。

 ーーそうだ、お礼を言うのを忘れていた。ザフォラ公爵は軽く頭を下げた。


「ずいぶんと、愚息のわがままを聞いていただいたようで」


「きちんとこちらの作戦にも利のある提案だったから、受け入れたまでよ。ーーそれにね、私も、やってみたかったのよー。カーラちゃんのところのレフちゃんみたいな、キューピッド役♡」


「まぁ、そろそろご自身の事も考えていただきたいですがね」


 余計なことまで言ったので、思いっきり背中を叩かれた。相変わらずの馬鹿力だ。


「やっだあ、ザフォラ公ったら、私より強い男っているのかしら?! うふふ。この私を御せるのは、私しかいないのよー。困った事よねぇ」


「ふっ。そのような英雄が、今にも世界のどこかで産声をあげていることを祈りますよ……」


「いいわねぇ。未来が待ち遠しいわ」

 


         ※



「この間は、すまなかった。お詫びも遅くなってしまって」


 飲み代は友人が立て替えてくれていたが、ケイトへのお詫びが遅くなった。

 王都で人気の焼き菓子を持って、ジャスミンの店に訪れたエアルである。


「そんなのは全然! 大丈夫でしたか?」


「ああ、僕は全然ーー」


「こんにちは」


 ミルティアだった。今日は会わないだろうと、完全に気を抜いていた。

 ミルティアは後ろからエアルの顔を覗き込んで、にっこり笑う。

 なんだか良い匂いがして、心臓が速く打つ。


「この間は、助けていただきありがとうございました」


「い、いえ、当然の事をしただけで、」


(余計な事もしてしまったけれど)


 自分のした事が脳裏に浮かんで、赤面してしまう。


「えっと、こちらこそ、失礼をしてしまい申し訳なく」


「謝られることなど、ございません」


 あ、そうそうーー。と、ミルティアがカードを取り出した。

「落とし物です」


「あ、あの時。そうか、落としていたんですね。わざわざ、ありがとうございます」


 おずおずと受け取ると、ミルティアが首を傾げて問うてきた。

「エアルさんは、エリアスさんのこと、ご存知ですか?」


「あ、はい。ザフォラ家のエリアスで、よければ」


「伝言を頼みたいの。良いかしら?」


「あ、大丈夫です」


(ん? ミルティアさん、怒ってる……?)


 笑顔なのだ。笑顔なのだけれど、なんだかプレッシャーを感じる。


「請け負った仕事は、最後までやってくださる? って」


  




「あと、せっかくだから、あなたにも。お願いがあるの。聞いてくださらない? よかったら、ケイトちゃんも」


「あ、はい。今日は暇なので」


「いいですよぉ! 今日はお客さんも少ないし」


「私の故郷に伝わる作者不明の物語があってね。今度、絵本にしてみようかと思っているの」


 まだストーリーだけの紙を、ミルティアが取り出した。

 絵はこれからだろうか。きっと誰かに頼むのだろうなとエアルは思った。


「少しずつでも、子供たちに本や文字に興味を持ってもらいたくて。貴族以外の子供にもね」


「あ、本……」


 ヘルンの政策の一環だろうか。


「えっと、どんな本です、か?」


 ふふ。と笑うミルティア。


「ひとりぼっちの少女と、少女の家に花を植えにくるゴーレムのお話」




 あるところに、ひとりぼっちの少女がいました。


 ある日、少女は庭に花がひとつ咲いているのを見つけました。


 少女は花を大切にしていました。


 その姿を、森の中から一体のゴーレムが見ていました。


 またある日、花が増えていました。


 誰かが持ってきて植えたような跡がありました。


 少女は、誰かと話したくて、誰もいない草原に声をかけました。


 朝早くに窓から覗いてみたり、夜遅くまで玄関に座ってみたり。


 それでも花を植える誰かに会うことはできませんでした。


 少女が待ち疲れて眠ってしまったり、食事の準備をしていたり。


 少女が見ていない時に、誰かはこっそりと花を植えていくのです。


 いつの日か、小さな庭は花でいっぱいになりました。


 このままでは、家から出るのも大変です。


 彼女は、その花を売りに行くことにしました。


 その花はとても綺麗でなかなか枯れなかったので、たいへん好評でした。


 その頃には、家の庭からあふれた花は、草原にまでたくさん咲いていました。


 それでも、まだ誰かはせっせと花を持ってきて植えているようでした。


 彼女はたくさんのお花を売って、たくさんお金を稼ぎました。


 小さな家は、いつしか天井の高い大きな家に建て替えられました。


 大きな家が完成した日、彼女は森に向かって言いました。


 ねぇ、あなたも住める家ができたわ。


 私と一緒に、住んでくれない?


 ゴーレムは、答えませんでした。


 姿を見せてしまえば、彼女が怖がると思ったから。


 彼女は残念そうに、家に帰っていきました。


 ゴーレムは、次の日からも花を植え続けました。


 彼女は、毎日ひと言、森に声をかけ続けました。


 それは、彼女が動かなくなるまで続きました。


 ゴーレムは、彼女が動かなくなってからも、花を植え続けました。


 見渡す限りの花畑の中で、彼女は眠りにつきました。


  




「もとは、こういうお話なのだけれど。この彼女は、幸せだったのかしら。と思って。絵本ではラストを変えようか、迷っているの。意見を聞かせてくださらない?」


 エアルは真剣に考え込む。

 子供向けということは、少女目線でのハッピーエンドの方が良いのだろうか。でも。


「僕は、ゴーレムの方に共感してしまいます。僕も同じだから。自信がないのは、よくわかります。最後まで彼女を見守るのが、彼の幸せだったんじゃないかな」


「でも、彼女は望んだのよ。そんな彼と一緒にいたいって」


「だって、彼女は花を持ってきてくれるのが、王子様だと思っていたかもしれない。人は、相手に自分の望みを投影するじゃないですか。そして、勝手に落胆する。まさかゴーレムだなんてわかったら、嫌がられて、もう花すら届けられなくなってしまうかも」


「そうかしら。天井の高い大きな家が必要だって、彼女はわかっていたのではない?」


 少し目を伏せたミルティアの横顔を見つめる。

 彼女だったら、どうするのだろうかとエアルは想像する。


「人の望みなんて、皆違うものよ。ーーねぇ、ケイトちゃんはどう思う?」


「うーん。そうですね。勿体ないとおもいました」


「勿体ない?」


「だって、一歩を踏み出せば、例えば少女が強引にでも森に入れば、ゴーレムと一緒に面白おかしく過ごす日々もあったかもしれないんですよね? 私の故郷にはですね、好きな人と握手するためだけに幾多の苦難を乗り越えるイベントもあったのですよ……。そして、それを乗り越えた猛者ですら、すごく短い時間しか好きな人に会えない。それでも何度もチャレンジする、それが推し活というものでして!」


「オシカ……?」


「あ、ごめんなさい、そこは忘れてもらって良いです」


 カウンターの中で手だけは動かしながら、自論を述べるケイトである。


「本当に手に入れたいなら、機を逸せずに突っ走れって事です。好きな人がいること。好きな人に手を伸ばせることは、当たり前でもなんでもない。奇跡の積み重ねなんです。でもそれは、私の考えだから」


 グラスを拭きながら、にっこりと笑った。


「ラストは、読む人の数だけあっても良いかなとも思います」

読んでくださってありがとうございます!


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どうぞ、よろしくお願いいたします!

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