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第8話 本当の俺は

ミルティア  侯爵令嬢 黒髪に赤い瞳


 エリアス  ミルティアの部下


 エアル   宮廷魔道士


 カーラ   公爵令嬢 銀髪に翠の瞳

 レフ    転生者 琥珀狐 カーラの相棒(前世ではbarの店長)

 ヘルン   王女 金に近い茶色の髪 碧眼


 ロナルド  カーラの兄


 ジャスミン 町の料理店の店主

 ケイト   転移者 ジャスミンの店の店員(レフの元同僚)

「落ち着きましたか?」


 温かいコーヒーの湯気が、鼻腔に抜ける。

 ミルティアの体の震えは、もう止まっていた。


「ありがとう」


 コーヒーカップを持ちながら、淹れてくれたエリアスに礼を言う。


 すでに、侵入者は衛兵に連行されていった。

 

 ミルティアの執務室。


 ソファに座っているミルティアから少しの距離をとって、エリアスは壁にもたれて立っていた。


「すみません。黙ってて」


 何を、とは言わないけれど。


 ミルティアは頷く。

 そういう仕事だったのだ。

 責める道理もない。


「ただの、見習い……では、無いわよね」


 魔力操作といい、身のこなしといい、エリアスは普通の文官ではない。

 武官だとか言われたほうが、まだ納得する。


 しかし、遠縁とはいえーー今となっては真偽はわからないがーーザフォラ公爵家に連なる者だとしたら、やはり本業は魔道士なのだろう。


「もう言っても、いいかな。()()は終わったし」


 うーん、と、唸るエリアス。

 ミルティアにどこまで話をして良いのか、考えているのだろう。

 誰が相手だとしても、機密は機密だ。


「見習いは、見習いです。まだ学生なのも、本当。でも、文官じゃない。今回の仕事は、密偵、です。ヘルン殿下直属の」


 でも、と、珍しく歯切れが悪く、続ける。


「本当の俺は、魔道士です」


 やはり、そうか。

 ミルティアは頷く。


 エリアスは言葉を選びながら、話せる範囲で説明してくれた。

 ヘルン王女のやり方に不満をもつ幾人かが、反逆罪に問われる行為を行い、あるいは画策していること。

 国民及び国家に危機が及ぶ前に、密偵たちが動いていること。

 それ以上は言えないとエリアスは申し訳無さそうに言ったが、もちろん仕方のない事だ。


「俺は、鼠の一匹を捕まえるために、その仕事でここに来ました」


 つまり、ミルティアが教えていた仕事はカモフラージュであったということだ。


「あなたに会いに来たと言ったのは、本当です。万が一の場合にあなたを守る役目を他の人間に譲りたくなくて、ヘルン王女に頼み込みました」


 そうだったのか。

 直訴できるくらい彼女に認められているのだなとか、初めて顔を合わせた日の光景だとか、様々な思考が頭を滑っては消えていく。

 けれど、口から出てはこなかった。


 エリアスの紡ぐ言葉を、黙って、聞いていた。

 人が暴かれたくないと思っているだろう事を追及するのは、苦手だ。


「……なので、残念だけど、明日、俺は元の居場所に戻ります。ここでの仕事は、終わったので」


 深く深く一礼をして、エリアスは顔を上げた。


「でもまた、あなたの所に戻ってきます。絶対に。今度は、ただの男として」


 だから、と、振り絞るような声で言った。


「待っててほしい」


 ミルティアは、なんと答えたら良いのかわからない。

 あなたを待つと言ってしまえるほど、まだ自分の気持ちを理解できていなかった。


「待つのは、苦手なの」


 こんなに歯切れ悪く、言葉を濁す自分がいたのだな。と、ミルティアは思う。

 いま初めて、相手を見て真剣に答えようとしている証拠だと思いたいけれど。


 眉を下げて、しょんぼりと笑うエリアス。


「じゃあ、忘れないでいてください。あなたを好きだった部下の事。もっと素直になって、一から出直してくるんで」



          ※



 エリアスは、湖のほとりにいた。


 ヘルン王女に報告を終えて、でも家には戻りたくなくて、学院近くの湖畔に頭を冷やしに来た。


 腕の中にミルティアを抱きしめた感触が、まだ残っている。


 片膝を抱えて、深く長いため息をつく。


 草の擦れる音と、虫の声しか聞こえない。


作った自分(エリアス)の時は、素直になれるのにな」


 本当の事は、最後まで言えなかった。


 エリアスの秘密を知ったら、彼女はどう思うだろうか。




 左耳のピアスを外す。


 月明かりに、紫色の石が光る。


 赤茶色の髪はふわふわと伸びて、金色がかった栗毛になった。

 少し小柄になった体が、ゆっくりと伸びをする。


 先程までの精悍さが影をひそめ、幼さの残る柔和な顔つきになっていた。


 ヘルン王女から受けた任務は、終わった。


 当たり前の顔をして、彼女の側にいられる時間は、終わってしまった。


 学院に戻って、また明日から日常が始まる。


 エリアスは、ヘルン王女に命じられる、裏の仕事のときの呼び名だ。

 

「皮肉なものだな」


 エアルは魔道具のピアスを握りしめて、ひとりごちた。


 本当の自分とは正反対の性格を演じていれば、本音も臆さずに伝えられるのに。


 自分の作り出した人格に嫉妬するなんて、おかしな話があるだろうか。




 本当の自分は、逃げてばかりの臆病者だ。


 一から出直すといったものの、エアルとしてミルティアの前に出ることなどできるのだろうか。


 本当の自分を知ったら、ミルティアはどう思うだろうか。

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