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第7話 ポーカーフェイス

ミルティア  侯爵令嬢 黒髪に赤い瞳


 エリアス  ミルティアの部下


 エアル   宮廷魔道士


 カーラ   公爵令嬢 銀髪に翠の瞳

 レフ    転生者 琥珀狐 カーラの相棒(前世ではbarの店長)

 ヘルン   王女 金に近い茶色の髪 碧眼


 ロナルド  カーラの兄


 ジャスミン 町の料理店の店主

 ケイト   転移者 ジャスミンの店の店員(レフの元同僚)

「ああ……犬より、猫の方が良いかな。鼠が、入り込んだみたいです」


 急に険しくなった表情に、部屋の空気まで緊張感を帯びたようだ。

 

 ミルティアの肩を抱いて、机の後ろに誘導する。

 エリアスの強い力に、抗う事も忘れて言われるがまま頭を低くした。


「ここに、隠れててください」


「あなたはどうするの」


 シー。


 静かに。と言われ、黙る。


「動かないで。俺が戻るまで」


 そう耳元でささやいて、彼は音もなく部屋から出ていった。


 




 コンコン


 エリアスは開けっ放しの史料室の扉を叩いた。


「! まだ、人が残っていたのか」


 何かを探していたらしい、黒づくめの男が振り返る。有人無人の確認もせずに悪事を働こうとしていたのだろうか。

 とんだ素人だ。


 刃物をちらつかせれば、誰でも言うことを聞くと思っている時点で、ぬるま湯でちゃぷちゃぷと育ってきた小悪人だと分かる。


「なぁ、痛い目に遭いたくなかったら、」


 最後まで口上を聞いてやるつもりもなかった。


「あなたは、何が目的ですか?」


「ああ? そうだな、自分がなぜ死んだのか、何の罪を着せられたのか、分からないのも可哀想か。教えてやるよ」


 男は一瞬、自分の言葉を遮られたことにイラついたようだが、すぐに刃物を持つ方の優位性にのぼせてにやつきはじめた。


 どうやら、エリアスはこの男の罪を着せられて、ここで死ぬ事になったらしい。


 たかが窃盗の罪を隠す為に殺人を犯すという愚かさを、恥ずかしげもなく口に出来る単純さ。


 思ったよりも、つまらない仕事になりそうだった。


 いや、こいつのおかげでミルティアの側にいられたのだから、感謝するべきか。


 エリアスは、あくびを噛み殺しながら、もう少し話を聞いてやる気になった。

 沈黙を恐怖のあらわれと受け取ったのか、男は自分に酔ったようにくどくどと話す。


「俺たちは、この国の未来を憂いている。何が、平和だ。何が、教育の普及だ。何が、識字率の向上だ。そんな金は軍部に回して、他国からさらに搾取すれば良いだろう。庶民は庶民らしく這いつくばって働いてりゃいいものの。せっかく官僚として甘い汁を吸おうと思ったのに、ヘルン殿下の提唱するこの国の未来には、俺らの()()()が無いんだよ。だから、俺たちはこの国を捨てるんだ。軍部の上官の名簿と家族構成の一覧を手土産にな。いまなら、帝国に高く売れるだろう」


 この国の未来を、あたりまでは聞いていた。

 頭に響く濁声を脳が拒否したので、途中からはこの状況をミルティアにどう説明しようか考えていた。


 考えていたら、声が聞こえた。


「待って! ヘルン様がどんな先見の明をお持ちか、あなたにはわからないのですか?!」


 ミルティアだった。

 どうして出てくる。隠れていろと言ったのに。

 エリアスは信じられないと頭を振った。


 お構いなしに、ミルティアは悪党相手に堂々と演説する。


「あなた方が見ているのはせいぜい1〜2年の未来でしょう。ヘルン様が見ておられるのは、50年、100年後の未来です!」


 なぁ。なんであんたは、他人が絡むとそんなに喧嘩っぱやいんだ。

 弱いくせに。

 簡単に傷つくくせに。

 ため息をついて、エリアスは一歩を踏み出す。


「おい、こいつを人質にするぞーー」


(二度も不覚をとらないわよ!)


 ミルティアが、念のためにと隠し持ったインクを相手の顔にぶちまける。

 手首に触れられないように肘を突き出し、相手の肋骨にぶつける。

 間髪をいれずにそのまま肘を上に突き出し、顎を突き上げた。


「くそっ! この……」


 男が手を伸ばす。

 頑張ったけれど、自分の力では、弱かったか。

 殴られる! そう思って、頭を庇ったミルティア。


「ごぶぅ」


 構えた腕に痛覚は伝わらず、ドサドサッと、人の倒れる音だけが聞こえた。


「すっげぇ。かっこいいです。やりますね」


 そこで笑っているエリアスの笑顔を見て、泣きそうな自分を理性を総動員してひきしめた。


「私だって、成長してるのよ」


「はは。さすが、有言実行の女ですね」


 呟きながら、魔力の縄で狼藉者をきつめに縛るエリアス。

 潰れた蛙のようなうめき声が聞こえたけれど、自業自得だ。ミルティアを怖がらせたのだから。


「そちらこそ。さすがザフォラ公爵家の血筋ね。それだけ実力があれば……」


 ガバっ


「え、ちょっと、何を」


 おもむろに抱きしめられて、ミルティアは硬直してしまう。

 押し殺した声で、エリアスは言う。


「魔力の奉仕のために、生きてるわけじゃないんで。そんな褒め方はやめてください。俺の全ては、ただの手段です。あなたの隣に立つための」


「エリアス……?」


「でも、まだまだだな。貴女に怖い思いをさせてしまった」


「私は、怖がってなんて」


「知らないでしょう。貴女は、ポーカーフェイスが下手なんですよ」


 エリアスの腕に力が入るのがわかる。


「そんな泣きそうな顔で、強がらないでください」


 ミルティアは、諦めたように力を抜いて、エリアスの腕に身を委ねることにした。

 ただし、この震えが止まるまでだけれど。と、自分に言い訳をして。







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