第6話 アメシストは多くを求めない
ミルティア 侯爵令嬢 黒髪に赤い瞳
エリアス ミルティアの部下
エアル 宮廷魔道士
カーラ 公爵令嬢 銀髪に翠の瞳
レフ 転生者 琥珀狐 カーラの相棒(前世ではbarの店長)
ヘルン 王女 金に近い茶色の髪 碧眼
ロナルド カーラの兄
ジャスミン 町の料理店の店主
ケイト 転移者 ジャスミンの店の店員(レフの元同僚)
夜、ミルティアの執務室。
残業も終わったのに、帰る事も忘れて、ミルティアはひとり唸っていた。
厄年だろうか。
最近、ふりかかる難問が多すぎる。
ミルティアのキャパは意外と少ないのだ。
なんでも簡単にしているように言われるのは不本意だ。
根性と努力で、なんとかしてきただけ。
しかし最近の難問は頭で考えても解けない部類で、気持ちが揺れてこんがらがる。
「はぁ……」
ひとつずつ、解決していくしかない、か。
まずは、大切かつ期限のある最優先事項だ。
目の前の難問を、どう解決するべきか。
「どうかしましたか?」
ああ、こちらの悩みも歩いてドアからやってきた。というか、まだ帰っていなかったのか。
ひょっこり顔を出したエリアスに、先んじて断りをいれる。
「ああ、いや。私用なの」
「水くさい。言ってみてくださいよ〜! 役に立てるかもしれないし」
胡散臭そうに、ミルティアは眉間に皺を寄せる。
「あなたに借りを作るのは、なんだか危険な気がするわ」
「ひどいなあ」
苦笑するエリアスのその長身に、つい、と距離を詰められて、同じだけ後ずさる。
エリアスは両手を上げて、降参の意を示す。
「俺は、無理に迫ったりしませんよ」
「…………。友達のね、結婚式を。とっても、思い出深いものにしたくて。招待状を、自分で作ってあげたいのよ」
考えても答えの出る話ではないのだから、話してみても良いかもしれない。
思い直して、ミルティアは話し出した。
「はい」
「デザインは、考えたのだけれど」
「はい」
「上質な紙も、用意したのだけれど」
「付与技術のある魔道士が、つかまらなくって……」
「なんだ、そんな事か」
つまらなそうにエリアスは言う。
大切な悩みが馬鹿にされたように感じて、ミルティアは眉をひそめた。
「そんな事って……。魔道士が伝達魔法を付与してくれないと、仕上がらないのだもの」
貴族間の最上級の伝達方法は、魔道士による伝達魔法だ。
鳥や蝶など好きに姿を変えた書簡を、目的の人物に送る事ができる。
その場で返事を返す事も可能なので、とても便利なのだ。
しかしその魔法を使える人間は、多くない。
しかも魔道士はそれだけを生業にしているわけではないので、ひとたび他の仕事に人員を割かれると、すぐに人手不足となってしまう。
今現在がまさにそれだ。
ヘルン主導の事業のひとつで、国内の詳細な地図を作り始めている。
そちらに多くの人手がとられていた。
「あなたのそばには、いつも俺がいるじゃないですか」
「……話、きいてた?」
人生、楽しそうで、いっそ羨ましい。
ミルティアは頭痛がしてきた気がして、こめかみを押さえた。
「これが、デザイン画ですね? ぷふっ、意外と、へ……独創的なイラストですね。素敵です」
「わかってるの。これでも精一杯なのよ」
子供のように拗ねてみせる。
自分の絵が下手な事くらい知っている。
最終的なデザインの清書は、ケイトにお願いするつもりだった。
隠そうとした絵を、横からさっと攫われる。
「ふむ。こういう感じか」
「ねぇ、恥ずかしいからあまり見ないでーー」
パッ
「え?」
エリアスの手のひらに、美しい若草色の小鳥が現れた。
小鳥は宙をひとまわりして、また姿を変える。
招待状だ。
ミルティアの前に、透き通った無地の手紙が浮かび上がった。そこに、金色の文字がすらすらと書かれていく。
イメージ通り。いや、それ以上だ。
自分で言うのも悲しいけれど、小鳥かネズミかわからないようなこの絵から、よく読み取ってくれたものだと思う。
「素敵! エリアス、あなたすごいじゃない!」
つい、子供に戻ったように、はしゃいでしまった。
エリアスの愛おしそうな視線で急に我にかえって、ミルティアは距離をとって咳払いをした。
「その笑顔、よそでしないでくださいね」
「しないわよ。適齢期の男性の前だと笑わないって決めてるから」
「え、なんですかそれ。俺は適齢期対象外ですかぁ」
気になるのはそっちなのか。
「あなたはどっちにしろまとわりついてくるでしょう……」
「でも、役には立つでしょう?」
にんまりとして顔を覗き込んでくる。
ミルティアが犬派と知っての振る舞いだろうか。
しかし流されてはいけない。
上司の威厳を保って、ミルティアは言う。
「……お礼は、ちゃんとするからね。何でも言って。できる範囲で、だけれど」
「いいです、好きで手伝いたいだけなんで」
「そういう訳には」
「じゃあ膝枕が良いなぁ」
「え」
「冗談です。だから軽々しく言っちゃダメですよ、何でもだなんて。そうだな、一緒に夕食を食べたいです。二人で」
「そんな事? 仕事外の業務だからって、遠慮しないで。正当な対価を要求して良いのよ」
「ええ? 貴女こそ、自分の価値わかってます?」
紫色の瞳は、ザフォラ家に多い色なのだろうか。
真っ直ぐ見つめられるとなんだか居心地が悪い。
「それだけの価値があるって、言ってるんです」
本当に、やめてほしい。
いままでどうやってポーカーフェイスを取り繕っていたのか、わからなくなる。
「い……。いいわよ、私に二言は無いわ。エリアスあなた、うちの犬に似てるし」
苦し紛れに出てきたセリフがそれだった。
我ながらもう少し何かあっただろうと、ミルティアは心の中で唸った。
「犬か〜」
ははっ。と笑うエリアス。
犬呼ばわりされて、どうしてそんなに楽しそうなのだろう。
「まぁいいや、ミルティアさんの笑顔が見られるポジションだったら。犬でも何でも」
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