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第5話 ネガティブ・ヒーロー

ミルティア  侯爵令嬢 黒髪に赤い瞳


 エリアス  ミルティアの部下


 エアル   宮廷魔道士


 カーラ   公爵令嬢 銀髪に翠の瞳

 レフ    転生者 琥珀狐 カーラの相棒(前世ではbarの店長)

 ヘルン   王女 金に近い茶色の髪 碧眼


 ロナルド  カーラの兄


 ジャスミン 町の料理店の店主

 ケイト   転移者 ジャスミンの店の店員(レフの元同僚)

「〜〜〜〜やめてください!」


 おろおろとする侍女の声が響く。

 苦虫を噛み潰したような顔のミルティアに絡む、様子のおかしな赤ら顔の男。

 立場が逆だと思うのだが、ミルティアは侍女の前に立って自分を矢面に立たせているように見える。

 彼女がそういう人だから、エアルは好きになったのだけれど。


 ーーあの男、昼間っから酒に呑まれているのか?


 服装や身なりは整っているので、そこそこの階級の人間なのだろうが、何せ目つきが悪い。口も態度も悪い。きっと頭も悪い。

 何より、ミルティアに絡む時点で許せるものではない。

 

「僕たちは運命なんだ。どうして前のように笑ってくれないんだ?」


「だからっ。愛想笑いです! そうやって勘違いするから、やめたんです! もう、近づかないでと、言ってるでしょう!」


 ミルティアがたまりかねて振り上げた手を、男が掴む。


「痛っ」


 酔っ払いだ。手加減もなく、おのれの感情のまま力を振るう。


「嫌がってるだろ」


 ギリッ


 男の腕を掴んだ手に力を入れる。

 こういう手合いは、自分がやった事は何倍にもなって返ってくるのだと、思い知った方が良い。


「い、いててて! 何だこのチビ!」


 ミルティアの手を放したので、男の手も放してやる。


 しかし、失礼だな。二年でけっこう伸びたんだぞ。


「これ以上やるなら、僕が相手になります。何になりたいですか? 豚やトカゲあたりがおすすめですよ。人に害を与えないだけ、あなたよりずっと好ましい」


 エアルの身に纏ったローブを見て、男が舌打ちをする。


 人の身の姿を一時的に変えるくらい、魔道士であれば容易い。


 いらだちは増したが、酔いは少し薄れてきた。目の前の魔道士とやり合って、かなう可能性がないことくらいは理解できるくらいに。


 そのおかげで、男は命拾いしたとも言えよう。


「チッ。魔道士かよ……。何なんだ。クソッ。ーーお前みたいな可愛くない女、いらないよ」


(ご冗談を。あげるつもりもありませんでしたわ)


 こちらこそ吐き捨てたいと思ったミルティアだったが、せっかく通りすがりの魔道士が収めてくれた場をまたかき乱すほど子供ではない。


「大丈夫ですか」


「ありがとう……ございます……。剣がないと、ここまで敵わないと思わなかったわ。もっと素手での戦い方を鍛えないとダメね」


 反省の仕方が男前すぎる。


 気持ちは大丈夫そうでよかった。


 クスッと笑ってしまうエアルだったが、白く細いうでを見て、眉間に皺を寄せる。


「あんまり、危ないことはしないでください。傷が残ったら……」


 ミルティアの手首には、男の指の跡が残っていた。


 エアルは舌打ちする。


「もっと早く、助ければよかった」


 一目散に、来たつもりだったけれど。


 ミルティアの気配が店に近づいた時点で存在に気付くべきたったと、本気で思っていた。


 無礼男に対する怒りが、心臓から頭をのぼる。

 そのせいだろうか、理性を感情が駆逐してしまった。


 ごく自然な流れだった。

 とても自然に。

 だから、ミルティアも反応できなかった。


 ミルティアの手を壊れもののようにそっと持ったまま、エアルは顔を近づけた。


 赤くなった場所に、そっとエアルの唇がふれる。


「え?」


 ミルティアの疑問の声に、一瞬でエアルの理性が蘇生する。

 サーッと、頭から血のひく音が聞こえた。


「あ、ごめんなさい! つい! 失礼しましたぁ!」


 つい、ってなんだよ。自問自答するエアル。


「あ、あなた、」


 フードで顔を隠していたのに、赤い瞳と目があってしまった。

 彼女は、覚えているだろうか。


 ミルティアの言葉を遮って、頭を下げる。


「すみません!」


(最悪だ!)


 また、逃げるのか。


 気づいたら、足が勝手に忙しく動いて、その場から逃げていた。


 手頃な路地に逃げ込んで、顔を抑えてしゃがみ込む。

 もたれた壁に頭を預けた。少しは冷えるだろうか。


「もうダメだ。気持ち悪いよな、俺」


 一度目の覗きは、事故だ。不可抗力だった。


 でもこの二度目は、申し開きのしようもない。


 何が下心がないだ。他の男たちと何ら変わらない。


 彼女の手が誰かに傷つけられたと思っただけで、この有様だ。


(あ、飲み逃げしちゃったな……)


 ケイトに謝りたいけれど、今あの店に戻るのは無理だ。

 友人が立て替えてくれたかな。

 今度、別の店で昼食でも奢ろう。


 そしてまた、失恋話を聞いてもらおう。

 始まる前に、終わってしまった恋の話を。



          ※



「お嬢様、これが」


 エアルが走り去った後。

 侍女が見つけた小さなカードを、ミルティアは検めた。


「落とし物かしら」


 学院の、身分証明書のようだった。彼のものだろうか。


 文字を追っていたミルティアの目が、大きく見開く。


 その文字に、見覚えがあった。


 ーーエアル・ザフォラ


(どうも、ザフォラ家とは縁があるみたいね……)


 さて、どうしたものか。


 偶然なのか、ヘルン王女の思惑が絡んでいるのか。


 ミルティアは考えながら、カードをハンカチで包んで大事にしまった。

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