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第3話 その男、優秀につき

ミルティア  侯爵令嬢 黒髪に赤い瞳


 カーラ   公爵令嬢 銀髪に翠の瞳

 レフ    転生者 琥珀狐 カーラの相棒(前世ではbarの店長)

 ヘルン   王女 金に近い茶色の髪 碧眼


 ロナルド  カーラの兄


 ジャスミン 町の料理店の店主

 ケイト   転移者 ジャスミンの店の店員(レフの元同僚)

 ミルティアは、ファレノプシス侯爵家に生まれた。


 中央国メソンでは、史料の作成・編纂を生業にする家が三家ある。


 ファレノプシス家は、その筆頭だ。


 書物に囲まれた環境で生まれ育ったからか、自分もそれを一生の仕事とする事を、幼い時から決めていた。


 多くの令嬢が華やかな結婚を夢見る年頃になっても、ミルティアの夢は違った。


 まだごく親しい友人にしか言ったことのないその夢が、大人になって、やっと動き出そうとしている。


 だからミルティアは適齢期だとまわりにいわれようとも、手頃な結婚を求めようとはしなかった。


 幸いにも、兄が家督を継ぐ事は決まっている。

 家族は全員ミルティアに甘かったので、それが本人の意思なのであれば結婚をしなくても良いという姿勢だった。


 ミルティアは、もしするならば、自分が選んだ人間と恋をしたかった。


 選ばれたいわけでは、ないのだ。


 選ばれるだけの結婚なんて、仕事の邪魔だと思っていた。


 夢のためにも。


 縁がなかったら仕方ない、一人で生きていくだけだ。






「今日からしばらくこちらで修行させていただきます。よろしくお願いします!」


 新しくやってきた期間限定の部下は、長身で、赤茶色の短髪だった。

 左耳に、瞳の色と同じ紫色のピアスをつけている。


 廊下ですれ違った他部署の女性たちが騒いでいた。顔も整っている部類なのだと思う。


 中央国の王女であり次期国王であるヘルンから、直々に頼まれたのだ。

 まだ学生だが優秀で見込みがあるため、しばらく預かって現場を教えてやってくれ、と。

 将来的には、上に立つ人間だと見込まれているのだろう。


「はい。ヘルン様から、伺っております。見習いとはいえ、仕事はきっちりしていただくので、よろしくお願いしますね」


「わかりました。ひとつだけ、よろしいでしょうか」


「はい、何でしょう」


「好きです」


 三言目はそれだった。


「はい?」


「あ、間違えました。いや、本心ではあるのですが。貴女に会うために、史料編纂部に参りました」


「はい??」


 どうして、よりによって。


 神聖な仕事場に、色恋を持ち込むのか。


 普通はこの笑顔で恋に落ちるのかしら、と、なんだか遠い目をしてしまう。

 ああ、安心してください、と、エリアス。


「贅沢は言いません。あなたを好きな男がここにいると、それだけ覚えていただければ」


 本当にこの人間が、優秀なのか?

 ヘルンは、何を考えている?


 困惑と、先の苦労が頭をよぎり、ミルティアは額を抑えた。

 この、顔だけは整っている、体だけは大きい、男。

 のしをつけて、ヘルンに送り返して良いだろうか。


(ああ、ヘルン様はしばらく王宮におられないのだったわ……)


 ここ数年、ヘルン主導で内政改革が進んでいる。


 水面下で、少しずつ。


 あのお方は、いろんなところにひょっこりと顔を出すので、うっかり忘れてしまいそうになるけれど。

 実は、あまりひとところにいないのだ。彼女は恐らく、この国で一番忙しい女性だった。


 さて、やり手の王女から投げられた難問に、意識を戻そう。


 なんだか主人に遊んでほしがる大型犬のような目を向けてくる、新しい部下。


 一体、どこからしつけたら良いのか、誰か教えてほしい。





「ええっと。エリアス・ザフォラ……。ん? あなたは、ザフォラ公爵家の?」


 あそこはご子息は3人だったはず。

 確か、スマラグドス家ほどではないがーー魔力の強い家系だった。細やかな魔力操作に絞って言うと、随一の実力を誇る家系のはずだ。

 あそこのご子息は皆、魔導系の学院に行っていたのでは?

 職場体験とはいえ、文官系の史料編纂部になどこないはず……。


 ミルティアの怪訝な表情を読み取ったのか、エリアスが言う。


「僕は遠縁のようなもので。こちらで働くにあたり、不便がないように名前を頂戴しております」


「ああ、なるほどね……」


 王都で暮らすには、まだまだ身分が物を言う時代だった。身分証の制度が整っていない以上、名前は大きな身分の証明になる。

 有力者が、縁者のために名前を貸すのはよくある事だ。


「じゃあ、まずは仕事の説明をするわねーー」


 仕事は仕事だ。

 相手を選んで手を抜くなど、そんな事はミルティアはしない。

 要点と物の場所、仕事の流れをざっと説明する。


「いちばん大切なのはジャンル毎のキーパーソンを覚える事ね。わからない事は彼らか私に遠慮なく聞きなさい。わからないまま、放置しない事。ーーここまでで、何か質問は?」


「僕のことは、どう思われますか?」


「はいい?」


 贅沢は言わないのではなかったの?


「わからないまま、放置したくなかったので」


 仕事の質問をしなさいよ。と、一気に脱力してしまう。


「それに答える必要性を感じるくらい役に立ってくれたら、その時に考えるわ」


「わかりました。その時がくるまで、毎日気持ちを伝えますね」


 何もわかっていない。

 役立たずは黙って仕事を覚えろと言ったつもりだったのだけれど。






 月一回のお楽しみ。

 ジャスミンのお店での、お忍び食事会だ。

 この日はミルティアもミーリも、スマラグドス本邸に一泊するのが通例となっていた。


 店の近くには、馬車も待たせてある。


 酔っても良いということだ。


 ケイト特製のカクテルを飲みながら、ひと月の疲れを癒す。

 女同士のおしゃべりは、BGMのように次々と話題が変わる。

 心地よい、ひととき。

 

「そういえばね、新しい部下が入ってきたのだけど……」


 ミルティアはそう切り出した。


「仕事は、出来るのよ。意外と。でも、ちょっと……今までにいないタイプっていうか」


 さすがヘルンの紹介だけあって、使える人材だった。

 教えた事はすぐ覚える。

 教えていない事も、自分で考えて動ける。

 横のつながりもよく理解し、仕事を潤滑に進める術を知っていた。

 あの押しの強さも人懐っこさも、彼の強みではあるのだろう。

 しかし。こと、ミルティアに対する態度に困惑を隠せない。


「自由っていうか、まわりの目を気にしないっていうか……」


 もう少し、奥ゆかしさがあっても良いのではないか。


「案外、いいコンビかもしれないけどね」


 ミーリが言う。


「ミルティアはまわりが見えすぎるから。自分の意志をはっきりと伝える彼に、学ぶ事もあるかもしれないわ」


「そうかしら」


 そうね、と、カーラも言う。


「ミルティアって、相手が望むように、振る舞ってしまう時があるでしょう? それって、時々窮屈なのではないかなって思うの。もしその彼が、ありのままのあなたが良いって言う相手なのだったら、意外と居心地がいいのじゃないかしらと思って」


「……まぁ、居心地が悪くは、ないのだけど」


 実際、彼はいままで出会った男性たちのように、自分の欲求をぶつけてはこなかった。


 ただただミルティアの隣にいるのが嬉しいという態度が本当に犬のようで、憎めないのだ。



          ※



 ミルティアは、自分の外見が人の目を引くことを知っていた。

 だから、視線など普段は気にもとめない。


 その日は、何かが違った。


 ふと何かを感じて振り返る。


 人混みの中で、ふわふわとした金栗毛が目に止まった。


 顔は見えない。すぐに誰だとわかるほど、近しい距離でもない。でも、なぜか目に留まった。

 

 そんな事は、初めてだった。


 考え事をすると、不注意になるのはミルティアの悪い癖だ。


 あっ! と、思った時には、遅かった。


 高いヒールが石畳の隙間にはさまった。

 バランスを崩して倒れる体を、ロナルドが受け止めてくれた。


「ごめんなさい。ありがとう」


「どんくさいくせに、そんな靴履くから」


 デリカシーのかけらもない。


「あなたねぇ、彼女には、ちゃんと優しくしなさいよ」


「彼女もミルティアくらいどんくさかったら、もう少し付け入る隙もあったんだろうか……」


 遠い目で言う。まだ意中の彼女に告白していないのか。

 というか、いくら昔馴染とはいえ、失礼がすぎるぞ。


「その言い草、どうかと思うわ」


 もう一度、人混みの方に目線をやる。振り返った先には、ただの雑踏。

 さっきの誰かは、もういない。


「ねぇ、ロナルド。私たちって、恋人同士にみえるかしら」


「え、お前、まさか、俺のことをそんなふうに」


「ち が う わ よ」


 断じて違う。こんなデリカシーのない男。


「何も知らない人間から見て、恋人同士に見えるかしらと聞いているのよ」


「まぁ、見えるかもな」


 格好つけて、ふっと笑う。そういうところが、モテない原因だと思う。


「まぁ……お前の気持ちには、答えられないが」


「違うって言ってるでしょう。あなたの足、ヒールで踏み抜くわよ」


「悪い悪い」


 両手を上げて、降参の意を示す。

 女性には逆らわないほうが得策だと、ロナルドは人生を通して学んだ。主に、母から。


「冗談は置いておいて。どうかしたか?」


「ーーーーううん。知人がいたような、気がしたから。ロナルドと恋人だと勘違いでもされたら困るなと思って。人違いかしらね」


「なぁ、俺に喧嘩うってる?」


「いつもの事よ」


 今日は、カーラの結婚式の招待状に使う紙を探しに、商業街へ来たのだ。

 雑念はとっぱらって、集中しよう。


「さ、早く行きましょう」


 ロナルドは素直に従った。


 足を止めたのはミルティアなのだけどな。などと無粋な発言をする男は、スマラグドス家では生きてはいけないのだ。

読んでくださり、ありがとうございます!

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