第2話 ウイスキーとアフタヌーン
ミルティア 侯爵令嬢 黒髪に赤い瞳
エアル ??
カーラ 公爵令嬢 銀髪に翠の瞳
レフ 転生者 琥珀狐 カーラの相棒(前世ではbarの店長)
ヘルン 王女 金に近い茶色の髪 碧眼
ロナルド カーラの兄
ジャスミン 町の料理店の店主
ケイト 転移者 ジャスミンの店の店員(レフの元同僚)
「君のその笑顔は僕だけに向けてほしい」
ごめんなさい、量産型の愛想笑いです。
「照れた顔も可愛いね」
これ以上、目を合わせていたら、不吉な事を言われそうだったので。逸らせても言われましたけれど。
「君の僕に対する笑顔を見ればわかるよ。僕たちは運命の番なのだと」
もういい大人だろう。一線を引きたい笑顔と、心からの笑顔の、見極めくらいつけてくれ!
スマラグドス本邸でのお茶会。
スマラグドス領の本邸は、王都と接する領境近くにある。
スマラグドスの血筋は、魔力の大きい子が生まれる事で有名だ。
王都に何かがあった時に、主力の人間がすぐ駆けつけられるようにと、数代前の領主が城を移遷した。
王都から近いが、本邸近くの街を越えると豊かな自然にも恵まれているため、好んで訪れる客人も多い。
本日も、スマラグドス公爵家の令嬢・カーラの友人たちが集まった、お茶会の場であった。
カチャン
今日は、ミルティアの様子がおかしい。
つややかな黒髪も、意志の強そうな赤い瞳も、いつも通り美しいけれど。
なんだか、いらいらしていた。
カップをソーサーに戻す際に、音を立てる事など今までなかった。
いつも流れるように綺麗な所作で紅茶を飲むので、ケイトは密かに憧れていたから知っている。
少しぬるくなった紅茶を一気飲みして、ミルティアは言った。
ずいぶんと鬱憤が溜まっていたようだ。
「決めた。私はもう、適齢期の男の前では笑わないわ!」
「ええ。ミルティア、何があったの……」
そう問うのはミーリだ。
金髪碧眼の、小柄な女性。
肩までの髪はふわふわとカールしていて、とっても可愛らしい。
「何かあった?」
カーラが問う。
翠色の瞳が、心配そうにミルティアの顔をのぞきこむ。
ミルティアは、深いため息をついて、口火を切った。
「私はね、自分が選んだ人としか結婚したくないのよ。財産や地位なんて自分で手に入れる。選ばれたいだなんて、これっぽっちも思っていないの」
なのに、社交界で出会う男たちときたら。
嫁に選んでやるという態度の令息ばかり。
「自慢と自信だけの男なんて、いらないのよ!」
あ、ミルティアが吠えた。
よっぽど溜まっていたのだなぁと、琥珀狐のレフはカーラの膝の上で思う。
こんな話、仲の良い友人としかできないものね。
今日のメンバーは、カーラ、ミルティア、ミーリ、そしてケイトとレフだ。
ケイトはもともと街のメイン通りのお店で働いていた。
最近では、月の半分はスマラグドス公爵家に出向してくれているので、お茶会のタイミングで手が空いていれば、一緒に参加していた。
身分の差など気にする人間は、この場にはいないので。
聞いてよ、と、ミルティアは言う。
「この間なんて、愛想笑いを向けただけで二言目には年齢を聞かれたのよ? 私が何歳であろうと、彼らには関係ないわ!」
「ミルティアの笑顔って、人の判断力をうばっちゃうのよね」
「確かに、私の事が好きなのかもって、思っちゃうもの……」
「ミーリ、それは誉めているの? ねぇ、カーラのことが好きなのは本当よ? でも、でもっ」
ミルティアは気が強そうに見えて、実は虚勢を張っているだけだ。
高身長ではっきりした顔立ちのせいで、よく知らない人間はミルティアの事を「気が強そうな美女」として扱ってくる。
いちいち訂正するのが面倒でそのように振る舞っていたら、いつのまにかそれが定着してしまっていた。
本当は、まわりにどう見られているのかとても気にする気の小さなところとか。
まわりをよく見ているからこそ、期待に応えようとして無理してしまうところとか。
なんでもそつなくこなすようにみえて、それは弛まぬ努力の賜物であることとか。
本当は少し不器用で、どんくさいところとか。
そういった愛すべき一面を知っているのは、家族と少数の友人たちだけだった。
「笑ったら勘違いされて粘着されるし、笑わなかったら愛想がないと批判されるし、どうしろって言うのよ!」
ああ、酔っ払いみたいに、つっぷしてしまった。
どこの世界にも似たような悩みがあるのだなと思う。
元の世界では、barの店長もしていたレフだ。
この手の悩みはたくさん聞いてきた。
(こちらの世界は貴族のしがらみもあって、余計にややこしそうだわね)
社交界からの紹介だ。
ただの合コンよりは、きっとだいぶ重い。
レフはケイトに目配せをする。
コクンと頷いて、ケイトが席を外す。
ああ、懐かしい。
二人で店をやっていた頃を思い出す。阿吽の呼吸。
こんな時には、そう。酒だ。
お昼なので本気飲みはちょっと。そんな時に!
「お待たせしました〜!」
ケイトの手には、ウイスキーの小瓶。
令嬢たちも、興味津々だ。
「秋の気配もやってきたことですし……」
何やらケイトの口上が始まった。
「ちょっと趣向を変えて、こんなのはいかがでしょうか?」
新しいティーカップに、ケイトがウイスキーを少しずつ注ぐ。
淹れ直したあつあつ紅茶を、そこに静かに注いでいく……。
「いい香り!」
「美味しい〜! こんな飲み方もあるのね」
「ああ、ささくれ立った心が癒されるわ……。皆、取り乱してごめんなさいね。ケイトちゃん、いつもありがとう」
「いいえぇ! お酒の力を借りるのは大人の特権ですからね。溺れちゃ、ダメですけどね」