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僕の彼氏と私の彼女  作者: 響城藍
第九話「春が来る」
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【三章】春の様な温もり

 杏と陽斗が合流して兄妹同士で隣に座り素直に事情を説明すると、凛と葵は驚いた後に笑い出した。照れ臭さも交じって杏と陽斗は視線を泳がせる。


「心配してくれてありがとう杏。折角だからみんなでお花見しようよ!」

「え、でもデートなのに……」

「大丈夫ですよ。お弁当作りすぎちゃって困っていたから、杏さんもよければどうぞ」

「お、オレも食べていいか?」

「陽兄は余ったらね」


 葵にとって陽斗の優先度は低いらしい。まあ葵の手料理を食べてくれるのが凛と杏なら問題はないのだが。羨ましくて泣きそうではあるが。

 葵から割り箸を受け取って杏は弁当を眺める。混ぜご飯や卵焼き、唐揚げにお浸しなど、どれから食べようか悩んでしまう位に美味しそうだ。悩んだ後、緊張した様子で卵焼きを取って口に運べば、控えめな甘さが口の中に広がっていく。美味しくて視線を上げると花が咲いた様な表情(かお)で見つめる葵と目が合う。


「……とっても、美味しいです」

「口に合って良かった。いっぱいあるから沢山食べて下さいね」


 満開に咲いた花はこんなにも綺麗だったのかと思う位に眩しくて。杏は頬が紅潮したのを隠す様に俯いて弁当へ箸を伸ばす。そんな目の前の少女をぼんやりと眺める陽斗に杏は気付かない。


「そう言えば陽兄と杏さんって知り合いだったんだね?」

「んーいや、今知り合ったばっかりなんだけどな」

「ふふ、縁が広がるのは僕も嬉しいよ」


 嬉しそうに笑う葵の前で凛も大きく頷いていた。確かに交流の輪が広がる事は喜ばしい事だ。少なくとも葵と凛にとっては。

 

「まー賑やかにはなるよな。誰かさんのせいで」

「……なによ?」

「別に深い意味はないけどなー」


 悪戯に笑う陽斗の表情が気に喰わなくて、杏は穴が開く程に睨み返す。睨んでいれば少しだけその笑みが変わった。なんだか子供を宥める様な柔らかさを感じて、杏は一瞬だけ目を丸くした後、視線を弁当へ戻した。見つめてくる視線の先で小さく笑われた事には気付かない振りをする。


「二人って仲いいんだね!」


 凛の嬉しそうな言葉に杏は箸を止めて凛を見る。その表情(かお)にも花が咲いた様な感覚を抱く。眩しくてゆっくりと視線を横にずらして行った。


「にーに目が悪いんじゃない……? こんな男のどこがいいと思えるのか教えて欲しい位……――」

 

 目が悪くなったのは自分なのかもしれないと、杏は瞬きを繰り返す。目の前に居る陽斗は無邪気に笑っていて、満開に咲いた花と似ている気がした。


「確かに、凛くんは目が悪いかもしれないな!」

「え? なに? にーにの悪口言わないでくれる?」


 杏は呆れながら返すと、陽斗は腹を抱えて笑い始めて、目には薄っすら涙が浮かんでいる。特段面白い事を言ったつもりは無いし、寧ろ貶したのにどうしてこの男は笑っているのだろう。それも嬉しそうに。


「……はー、笑いすぎて腹痛くなったからトイレ行ってくるわ」

「いってらっしゃい。帰って来なくてもいいよ」

「お兄ちゃん泣いちゃうからな!」


 葵の言葉に陽斗は笑っているのか泣いているのか分らない声で叫ぶと、三人がいる場所から離れていく。杏は小さくなっていく姿を疑問に思いながら見つめていると、前から小さな笑い声が聞こえて視線を向ける。困った様に笑う姿さえも美しいと好きな人に夢中になった。


「陽兄はさ、素直じゃないけど優しいんだ。まあちょっと度が過ぎる事もあるけど……」

「……はい、それは分かります」

「分かってくれて良かった。今度はさ陽兄に内緒で三人でお茶会でもしない?」

「ケーキはまかせて!」

「……にーにだけだと不安だからあたしも一緒に買いに行く」


 杏は照れ臭そうに、だけれども花が咲く様に笑った。その笑顔を見て凛と葵も一緒になって花を咲かせる。予定を確認し合って日程を決めるこの時間はとても居心地がいい。今後も一緒に過ごせる関係になって行く事が嬉しくて、杏はスマホのスケジュールに予定を書き込むと、視線を上げて葵を見る。見られていた事に驚いて、視線を合わせると擽ったそうに笑われた。


「もっと仲良くなりたいから、杏って呼んでもいい? 僕の事も呼び捨てで構わないからさ」

「……うん、よろしくね……葵っ」


 きっと杏の顔は林檎の様な色をしているのだろう。それ位の熱を感じていた。だけど永遠に近付けない距離もある。それでもただこの熱を感じていられる事が純粋に嬉しいと杏の顔には満開の花が咲いた。

 そんな穏やかな時間が崩れたのは空気が読めない兄が戻って来た頃の話。だけれどもそれが『読まない』だと気付くのはもう少し先のお話。

 騒がしい声と笑い声は、桜の花びらを躍らせる様に楽しそうに響いている。それにつられる様に暖かな日差しが四人を照らし続けていた。

 その日差しは春の様に鮮やかな色を彩り始める。


<十話へ続く>

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