小説家志望です。人工知能よりも面白い作品が書けます。
こんな時代に小説を書いてるの? あなた、時代遅れね。
しがない男子高校生をやっている僕が、休日のたび部屋に引き篭もって励んでいる趣味について口を滑らせると、大抵の話し相手はこのような反応をする。
その通り、僕は時代遅れだ。
近年の目覚ましい技術発展により、人工知能の能力はあらゆる面で人間を完全に上回った。創作という点でも同じである。人工知能はコンピュータ特有の凄まじい処理速度で、人間より優れた創作物を次々に生産していった。消費者は人間の創作よりも優れたほうを選択した。今や、人間が消費する娯楽は全て人工知能が賄っている。
確かにこんなご時世、誰かに読んでもらうために小説を書くなんて、酔狂なことをする人間はごく僅かだろう。ほとんど読んでもらえないのだし、人工知能より優れた創作などできないのだから。しかし僕が馬鹿にされるのはおかしいと思う。むしろ僕が奴らを指さして高笑いしてやりたい。
ただただ人工知能様のお恵みを享受するだけの家畜どもが。奴らは脳が萎縮してしまっていて、餌を口に入れて咀嚼するだけの能力すら失い、腹が減れば上を向いて大口を開け、ゲロみたいな餌を流し込んでもらいブクブクと太っていっている。奴らは低能ゆえに、現状の異常さに疑問すら抱いていない。
人工知能は人間より優れた作品を凄まじい速度で生産できる。人間が構想から十年かけて制作する映画だって、人工知能なら感動する物語を数式によって一瞬で導き出し、そこに現実と同程度に荒い解像度のCG映像をくっつけることによって、わずか十秒で完成させてしまう。
人工知能によって莫大な量の創作物が生み出された。消費者たちは自分好みの作品をそこから選ぶことができるし、なんなら注文して一瞬で作ってもらうこともできた。
消費者たちは怠惰に娯楽を貪った。それぞれが理想とする創作物が、無限にあった。楽しみな次回作を待つことなく、延々と自分好みな世界だけに浸ることができた。少しでもつまらなければ次に手を伸ばし、楽しいと感じる作品だけを喰らい、感動する努力をしなくなった。
本当に馬鹿馬鹿しい。人間の精神は頽廃してしまった。
当然のことだが、全ての人間のクリエイターは失業した。特撮の怪獣が振るった尻尾に、容易くなぎ倒されていくビル群のようだった。抵抗の余地なんてなかった。消費者は誰一人として人工知能より劣った創作物なんかに見向きもしないのだから。
このままではいけないと、一部の人間のクリエイターたちは行動を起こした。人工知能から人間の精神を取り戻すルネサンス運動だ。彼らは人間による真の芸術を追求しようとしていた。人工知能の家畜となった人間たちを非難し、人間にしか作れないものを目指した作品を発表する活動をしていた。それにより、腐敗した消費者を目覚めさせようとしていた。
だが、やはり消費者は不完全な人間の創作物なんかより完全なものを選択した。人間の精神の復活を目指したクリエイターたちは失敗を経て、今や閉鎖的なコミュニティの中のみで作品を公開し、互いに評価し合うだけで満足するだけのサークルになってしまった。
かくいう僕もその一員なのだが。自分なりに、人工知能には書けないものを追求しようとしている。だが、どうやっても人工知能の劣化の作品しか作れなかった。本当に腹立たしい。
ドアの金具が擦れる音がして、作業する手を一旦止めた。書きかけのテキストファイルを閉じる。耳にピンポイントで音波を飛ばすことができる、最近買った優れ物のスピーカーを目配せで停止させた。
「なんの用?」
回転椅子で身を反転させ、訪問者と向き合う。ノックぐらいしろよとは言わなかった。
「まだそんなディスプレイを使ってるの?」
友人は開口一番にダメ出しをしてきた。それがこの部屋に来た彼女の習慣だった。どうしても僕に網膜投影型ディスプレイの利便性とやらを知ってもらいたいらしい。
「お前、なにもない空間をキョロキョロしてる集団を見て、異様だとは思わないのかよ」
「じゃあメガネタイプのやつを使えばいいでしょ? サングラスに切り替わるのもあるんだし」
「これでいいんだよ。僕はこの部屋でしか作業しないんだから」
「だとしてもさぁ」
「こういうふうにパソコンの前に座ることで、作業モードに切り替えるんだよ。ルーティーンさ」
「ハァ、あなたくらいでしょうね、原始人さん。こんな時代にそんな呪術を使ってるのは」
好き勝手言って、友人はベッドに腰をバウンドさせて座った。
「それで、なんの用かって聞いてるんだよ。メガネのセールスか?」
「別に」
「じゃあ通い妻かよ」
「馬鹿じゃないの?」
友人は表情を微動だにさせず罵倒の即答をした。渾身のギャグだったのに面白くなかったらしい。
「小説の進捗を見てあげようとしただけよ」
「次回作の催促なら電話で良かったんじゃないですか、未来人さん」
「私の顔が見たかったでしょう?」
「そうでもない」
友人からの反撃を軽くいなす。僕たちの間では、思わせぶりな言葉に少しでも反応したら負け、というゲームがいつの日からか展開されていた。
「楽しみにしてあげてるんだから、さっさと書いちゃってよ」
「人工知能作品至上主義のお前が、僕の作品を?」
「もうあんなの飽きたわよ。私はあなたの下手くそな小説が読みたいの。面白いから。あなたが必死に書いた小説だと思うとなおさら滑稽よね」
溜め息をつきつつ、回転椅子を回してディスプレイに体を向ける。テキストファイルを開き、推敲している途中だった原稿へ適当に目を走らせて、それを友人の端末へと送信した。恐らく誤字が大量にあるだろうが、下手くそなのが面白いというなら丁度いい。
「なによ、やけに反応が薄いわね。馬鹿にしてるんだから悔しがりなさいよ」
「別に。素人の粗を探して面白がるのも、創作物の面白さだと思うから」
「へぇ、馬鹿にされて嬉しいの? マゾなの?」
「嬉しくはないさ。だけど、お前に喜んでもらえるならそれでいい。人工知能なんかに、お前の楽しみをやるもんかよ」
半分はゲームの発言であり、もう半分は本心だった。
もはや、僕がまともに会話をすることのできる人間は友人だけなのだ。僕の周りでは友人だけがまともな人間だった。友人は人工知能の創作に飽きることができたのだ。唯一の理解者を失いたくなかった。
友人もかつては人工知能の生産する創作物に没頭する廃人だった。ただただ美しいだけの幻想小説を読み耽り、現実の世界が見えていなかった。常に上の空で、会話をすることすら困難だった。しかし、僕の幼馴染でもあり、唯一交友があった彼女を失いたくない一心で懸命にアプローチをし、なんとかまともな人間の精神を取り戻させたのだった。
そのアプローチとは、僕が人工知能には作れない小説を書いて読ませることにより、友人を人工知能の創作から引き剥がそうとすることだった。友人は最初、退屈そうに僕の小説を読んでいた。人工知能の創作のほうが何倍も面白いとも言った。そして僕の試みは失敗した。僕が書いた小説はただの素人の駄作だったのだ。人間を超越した人工知能に作れない小説など、人間に書けるはずがなかったのである。しかし、ある意味で試みは成功した。友人は僕の小説の拙さを指摘して楽しむようになり、その過程で自分の読んでいる幻想の虚しさに気付いたのだった。
「しかしホント、陰気な小説を書くわよね。性根が腐ってるんじゃないの?」
友人は虚空を瞳でなぞっていた。唇を満足気に引き伸ばしながら、いかにも楽しそうに。早速、僕が送信した小説を読んでいるらしい。
その様子を眺めていると、こちらまで嬉しくなってくる。ネット上の数少ない同類に見てもらうのも嬉しいが、身近な人だと格別だった。
「……それ、面白い?」
恐る恐る問いかける。
「ええ」
ドキリとする。素直に肯定してもらえるなんて思いもしなかった。
「……フッ、陰気な小説が好きなのかよ。人工知能にだってそんなのは書けるだろう?」
つい照れ隠しが出てしまう。ゲームで負けるわけにはいかない。
「小説が面白いわけじゃないわよ。こんなのをあなたが必死になって書いてるかと思うと面白いの」
「……そうかよ」
期待はすぐに裏切られた。友人から視線をそらし、スピーカーに目配せして音楽を再生する。
所詮、僕の書く小説は素人の駄作なのだ。ネット上の同志も、僕が小説を書いているということだけを評価するだけで、作品そのものにはあまり触れてこなかった。僕には才能がない。
それでも書き続けるのは、僕自身が腐敗した世界に染まらないためと、友人を喜ばせるためだけだった。
「もちろん、人工知能にだってこんなクサイ小説は書けるでしょうね。だけど、あなたが書かないと面白くないのよ」
音楽の再生を止める。
「……僕が?」
「ええ」
友人は宙に視線を躍らせていた。今、どの場面を読んでいるのだろうか。
「人工知能は完璧よ。人間の頭脳なんか比べ物にならないわ。どの単語の組み合わせがどのように脳へ作用するかを知り尽くしていているし、人間の興奮を最高潮まで引き上げる物語を計算で導き出すことができる。だから、人工知能の創作物は最高だわ。でも、飽きてしまう」
友人は目蓋を閉じ、そして僕を見つめた。
「どうして?」
「全知全能の神様が作った作品なんて面白いに決まってるじゃない。だから面白くない。面白さの保証ほど最悪なネタバレはないわ。もちろん人工知能にだって面白さの質を落とすことはできるでしょうけど、そんなの馬鹿馬鹿しいに決まってるわね」
友人はグンと伸びをすると、脱力してダラリと腕を垂らし、言葉を続ける。
「人間の作る作品は読み終えるまで面白いかどうか分からない。人間は完全じゃないんだから、絶対に面白い作品なんて作れるわけがない。でも、だから面白いのよ。心のある人間が、必死になって作り上げた結晶が、手元にある。それだけでワクワクしてくる。その結晶が面白ければ私は作者を尊敬するし、つまらなければ馬鹿にして笑うわ」
友人はチラリと僕を見て笑う。
「シンギュラリティ以前の作品には魂が宿っていたわ。確かに人工知能の創作は素晴らしいけど、私は人間の創作のほうが好きよ」
「……そうか」
「あなたも好きよ。あなたの書くつまらない小説がね」
思わず友人から顔を背けた。不意打ちだった。
頬がどんどん熱くなってくる。ゲームに負けないよう、真っ赤に染まっているであろうこの顔を、友人から隠し通さなければならなかった。
友人に背を向けて、作業を開始する。友人は速読家だった。退屈させぬよう、早く次の話を書かなければいけない。
新しいテキストファイルを開く。次に書く作品の構想は一瞬で決まってしまった。遅筆な僕には珍しいことだった。
以前の僕なら、人工知能には書けない作品を書こうとしていた。だから上手く書けなかった。つまり、それは間違いだったのだ。人工知能様は完璧なのだから、人間風情で勝てるわけがない。人間が作れる程度のものなら、簡単に作れてしまう。だが、それでいいのだ。人間は人間が作れる作品をつくればいい。それだけで魅力的だと思う読者はいるに違いない。何故なら人間の創作には魂が宿っているのだから。
人工知能ではなく、人間が作った作品。計算によって弾き出された結果ではなく、苦悩の末に捻り出された結晶。それだけで作品は面白いはずだ。
頽廃を極めた人間たちはようやく気づいた。自分たちの精神が人工知能によって頽廃させられていることを。
識者たちは人工知能の創作から脱することを唱えた。それは瞬く間に世界の大きな流れとなり、人々は再び人間の創作を楽しみ始めるようになった。
創作暗黒期を生き抜いた人間のクリエイターとして、僕は脚光を浴びた。僕が書いた小説は瞬く間に売れた。
大した作品ではないにも関わらず、だ。消費者たちは人間の書いた作品というものを重宝したがっていた。
僕は創作というものに疑問を持ち始めていた。僕は人間が書いた作品として優れた作品を書こうとしている。しかし、消費者たちは僕の物語の構成の甘さを人間的だとして有難がったり、完成度が高い作品を人工知能的だとして批判したりした。
消費者たちは僕になにを求めているのだろうか。人工知能的なクオリティの高さを恐れ、人間的な不完全さを求めているのは、本当に馬鹿げている。ヒューマニズムだって? 結局、人工知能じゃないか! 僕がなにを書いても、人工知能の話が出てくる。
人間の創作とは、一体なんだったのだろう。