嘘告白されたので惚れさせる
「七宮くん。好き、大好きですっ!」
高校二年生の春終わり。
桜が散り、緑が色づく微風が気持ち良い季節。
人生の鮮やかな春がやってきた。
◇◇◇
陰キャ。
と言っても、クラスに馴染めない教室の隅っこで音ゲーをカタカタしているような立場の人間ではない。
片手で数えられるほどだが、陽キャとは仲良くさせてもらっており、キョロ充ほど前に出ようとは思わないが、時折声をかけてくれるほどの陰キャ。
運動も極端に出来ないわけじゃないし、頭もそこまで悪くは無い。
何をするにしても中の下。
陽キャと陰キャという二種に部類分けすふのであれば陰キャになるが、陰キャの中でも陽キャに近い側の陰キャである。
少なくとも俺自身はそういう認識だ。
「七宮くん。今日の放課後屋上に来てくれるかな」
そんな俺は机で突っ伏せて眠っていた。
正確には寝ている振りなのだが。
そんな中、とんとんと肩を指で突っついて俺を起こし、彼女は声をかけてきた。
茶色っぽい黒髪が特徴的で、横顔は正に天使。
整い過ぎていて、見ているだけで精神が統一されてしまう。
この世の不条理を全て許してしまおう。
そう思ってしまうほどの顔立ち。
簡潔に言うのならば美女。
以上だ。
「え、なんで」
千守さんとは今まで大きな接点があったわけじゃない。
何か恨まれるようなことをした記憶もない。
だからこそ、呼び出された原因が分からず困惑してしまった。
同時に、知らぬうちになにかしてしまったのではという不安が心を覆う。
「今ここで言えるような事じゃないし……恥ずかしいから」
頬を赤らめる千守さんを見ていると、断るのも野暮な気がしてならなかった。
モジモジと捩る体はまるで恋する乙女であった。
「放課後に屋上行けば良いんだね?」
「うん。出来れば一人で来て欲しいな」
「わ、分かった……」
頷くと彼女はパタパタと駆けて、陽キャ女子の集まる机へと帰っていく。
何だったのだろうか。
ワクワク半分、恐ろしさ半分を胸にしまい、再び眠る。
この後受けた授業は全く頭に入ってこなかった。
◇◇◇
屋上へ向かう。
重たい扉をゆっくりと開ける。
ギギギと建付けの悪い扉の音が普段人が立ち入らないことを証明してくれる。
一歩外に出ると、気持ちの良い風が俺を受けいれてくれる。
野球部やテニス部の打球音、陸上部のスターターの音、サッカー部の叫び声なんかが校庭の方から聞こえてくる。
「やっときた」
雑音に紛れながらもはっきりと聞こえてくる千守さんの声。
緑色の柵から手を離し、こちらへと一歩、また一歩と近寄ってくる。
「話って……?」
恐る恐る訊ねる。
彼女の口から一体何が飛び出すのか分からない。
分からないからこそ恐ろしい。
「七宮くん。好きです、大好きですっ!」
飛んできた言葉は俺の予想を遥か斜め上に行くものであった。
千守さんははっきりと、視線を逸らすことなく好意を伝えてくる。
鈍感主人公ではない。
風の音で声が遮られることも無く、野球部の打球音で遮られることもない。
しっかりと一言一句耳元へ届く。
届いた上で理解ができない。
「え、今……好きって?」
口に出し、理解しようと試みる。
「うん。好きだよ」
「何かの間違いじゃ……」
俺はキョロキョロと周りを見渡す。
何か惚れられるようなことをした記憶はない。
そもそも接点自体多くはない。
それに自分で言うのもなんだが、一目惚れされるような容姿でもない。
違和感しかない告白だ。
「ううん。私は七宮くんが好きなの。目の前にいる君が好き」
俺の否定に彼女は肯定で答える。
その視線は俺を狂わせるには十分すぎる。
既に思考を放棄しようと思ってしまう。
「七宮くんの気持ちを教えて欲しい」
真っ直ぐな視線。
無碍にする訳にもいかないだろう。
なぜ、どうして。
疑問が心に残ったまま、俺は意を決する。
美人な同級生に告白されているのだから、素直に受け入れれば良いだろう。
俺の中に存在する悪魔と天使が同時に囁く。
「こんな僕で良ければ」
美女に告白された。
これは紛れもない事実だ。
人生で最初で最後かもしれない。
このチャンスを逃すのは馬鹿のすることだ。
経緯なんて後で幾らでも聞ける。
なぜ、どうしての部分が不鮮明だから保留するのはあまりにも愚策だろう。
だから、承諾する。
思考の放棄。
そう捉えられても構わない。
と、自分の中で言い訳していると、千守はパンっと手を叩く。
その音と共に何人かが物陰からやってきた。
手にはスマホを持っている。
「ウケる、本気にしちゃった?」
「秋ちゃんが七宮に告白なんかするわけないでしょ」
「このマジな顔ウケる」
出てきたのは三人だった。
それぞれのセリフで何がどうなっているのかを察知した。
世間一般で言うところの嘘告白と呼ばれるものだ。
告白された人間の反応を見て楽しむとかいう趣味の悪い遊びである。
普通だったらブチギレるのが筋だろう。
俺はキレることはなかった。
ただ、嘘告白を見抜けなかった自分に悲しくなった。
なぜ、どうして。
この部分を突き詰めれば嘘告白という答えには簡単に辿り着けたはずだ。
目先の結果に釣られたが故の嘘告白である。
「そっか」
淡白な反応を見せる。
「反応うっす」
「ちょっ、もっと叫んだりあるでしょ」
「これはこれでウケる」
千守を除く三人はワーワーと俺の反応にグチグチ文句を吐く。
でも、怒りという感情が一切湧いてこなかったのだから仕方ないだろう。
「これ嘘告白だから。本気にしないでね」
長い髪の毛を靡かせる千守はそう澄ました顔を見せると、何事も無かったかのように屋上から立ち去る。
気持ちの良い風を浴びながら、屋上へと取り残される俺。
俺はただの陰キャじゃない。
何をするにしても中途半端な陰キャである。
だが、陰キャなりにあれこれ考えながら生きている。
どうしたら周りに取り残されないか……とか。
良く言えば打算的、悪く言うなら捻くれている。
嘘告白をされました、はいそうですか……と納得出来るわけがない。
やられたのなら何かしら仕返しをしなけれな気が済まない。
怒りとかそういうわけじゃなく、純粋にやられてやられっぱなしじゃ面白くないというだけの話だ。
だから、俺は一つの目標を決めた。
絶対に千守秋を惚れさせる……と。
◇◇◇
「というのが僕と彼女の馴れ初めです。そして、こうやって皆様に祝福して頂くことになりました」
白い可憐なウエディングドレス姿の千守……。
「当時はこういう関係になるとは思っていませんでした。しかし、どんどん彼の魅力に触れていき、気付けば私は彼の虜になっていました」
誰かが作ったビデオはいつ撮影したのかも分からない過去の写真が使われている。
高校二年のあの屋上での写真も紛れ込んでいる。
隣で座る千守は苦笑する。
当時は俺も子供だった。
嘘告白されたという事実に悔しくなり、千守秋という女を全力で俺に惚れさせようと努力した。
そして年月が経過し、状況も何もかもが変わった。
例えば……そう。
隣に座る『千守秋』は、千守という苗字を捨てて新たに『七宮秋』を名乗る事になったとか……かな。