勇者の条件
「成功だ!」「やったぞ!」
男が目を開くと、そこに広がる光景はとても奇妙なモノだった。
そこはどこかの部屋で、窓は無く発光する床によって薄く石造であることが辛うじてわかった。周囲を取り囲むのは、ローブ姿の外国人、だというのに彼らは流暢な日本語を喋っている。
発光する床には、幾何学的な円陣が描かれていた。
(これ、なんていうラノベ?)
男の感想は、それに尽きた。
しばし、歓喜に沸くローブ姿の人たちに放置され、すっかり心も落ち着いたところに、床を叩く音がする。
その音に反応して、ローブの人々が鎮まる。
「よく来られました、勇者様」
そう言って、男に話しかけたのは、最も豪華なローブに身を包む老爺であった。
「突然のことで、混乱もありましょうが、一先ず私の後をついて来ていただきたい。そちらで全てお話し致します」
「わかった」
老爺の言葉に男は大人しく従った。
そこは謁見の間、ではなく、王の執務室であった。
そこに辿り着いた男は、王より直々に事情を聞いた。
曰く、魔王とそれに従う魔族たちによって今、世界は危機に瀕している。
それを救ってもらうべく、神に祈れば、勇者召喚の神託を得た。
そして、召喚された勇者こそが、男のことである、と。
「どうか、世界を救ってほしい」
王が、深々と頭を下げる。
そして、その場にいた王子、王女、宰相、騎士団長、賢者もまた、頭を下げた。
男が口を開く。
「では一つ、条件があります」
「……それはどのような?」
「一人、自害してください」
「「「は?」」」
その場にいた男以外が、異口同音に呆然とした。
「では、私が」
そして、最も覚悟ある人物であった騎士団長が名乗り出る。
「いえ、あなたでは無意味です」
「むっ、何故ですかな?」
「あなたは従う側の人間だからです。私が求めているのは、支配する側の犠牲、それによる今回の事態が私利私欲を原因とするものでないことの証明です」
「なる、ほど」
騎士団長は、渋々と引き下がった。
「となりますと、私や宰相閣下もまた、無意味ですかな?」
賢者の問いに、男は肯定を示した。
「良かろう。騎士団長、剣を寄越せ。余が自害する」
男の思惑を理解し、王が名乗り出る。
「なりません、陛下!私の役目は、陛下をお守りすること、決して、御身を傷つけるようなことは、たとえ、陛下の御命令でありましても、断固として反対致します」
「そうです、父上。未だ、我が身は未熟なれば、父上無くしてこの国は立ち行きませぬ。私が自害致します」
騎士団長が断固として反対し、それに王子が続く。
「いいえ」
そこへ凛とした声。
「兄上もまた、この国になくてはならない後継者です。ここは私が自害致します」
王女であった。
「ならぬ!何もおまえが死ぬことはないのだ!」
それに対して王が激しく反対する。
「……しかし、陛下。それ以外に方法がありませぬぞ」
宰相が苦しげに提言する。
「宰相、だが……」
弱々しげに王は反論しようとし、しかし、言葉が続かない。
「父上、良いのです。その御心だけで充分でございます」
王女が覚悟を決めて王と向き合った。
「勇者様、どうかこの世界をお救いください」
悲壮な美貌で王女が男に微笑んだ。
『お待ちなさい』
そこに声が響く。慈しみに満ちた母なる声が。
「これは、神託!?」
『勇者よ、女神の御名において証とします。この世界は危機にあり、それを救ってほしいということを』
女神の声が、厳かに伝わった。
「女神よ、魔王とは魔族とは、何だ?」
男が問い掛ける。
『魔王とは魔族とは、魔界からの侵略者。私とは異なる神の尖兵。此度のことは、紛うことなき世界の危機なのです』
「おぉ、女神様……」
賢者が呻くように感嘆する。
「どちらが先に手を出した?」
『彼らです。魔界の者たちです。女神の御名に誓って』
「それが自然の摂理だ、強きモノが生き、弱きモノが死ぬ。そうだとしても?」
『私は、この世界の女神。この世界を生み、見守り、育むモノ。たとえ、それがエゴだとしても、私はこの世界を救いたい』
「認めたな」
女神の言葉に、男が笑った。
「ようやく我欲だと、認めたな」
王たちが息を呑む。
『はい、これは我欲です』
「そうか、ならば、助けてやろう」
「救っていただけるのですか?」
「いいや、救うのではない。そもそも俺は、ただ一人。世界を救うなどという重責、背負うつもりはなかった。そんな高尚な人間ではない。俺は、ただ助けるだけだ」
『勇者よ、どうか助けていただきたい』
「「「助けてください」」」
女神たちは、理解した。
勇者として招ばれたこの男が、本当に求めていたモノを。
「あぁ、助けてやる。俺とて死にたくはないからな」
それは、人間らしさなのではないだろうか?
勇者とは、世界を救う者。だが、それは結果に過ぎない。
本当は、勇者とは、死を恐れ、それでも生を諦めることのない勇気を持ったそんな、普通の人間なのかもしれない。