冒険者ギルドはなぜ街中の仕事を扱っているのか
冒険者ギルドでなぜ街中の仕事を扱っているのか。
冒険者ギルドではどぶさらいなどをはじめとする街中の雑務を取り扱っている。
その仕事は総じて報酬が安く、切り詰めた一日の生活費程度にしかならない。
なので登録したての駆け出し冒険者くらいしかその依頼を受注しない。
冒険者ギルドで、取り扱っている。
なぜだろうか。
前提として、冒険者は街の外で魔物に関係する仕事を命がけで行う職業である、と筆者は定義している。
冒険者に安全な街中の仕事をさせるのはなぜだろう。
チンピラまがいの輩も含まれている冒険者に街中のまっとうな人々と接触させるのはどういう意図があるのだろう。
そもそも(冒険者に、ではなく)冒険者ギルドに街中の仕事が発注されるのはなぜだろう。
結論から言えば。
冒険者ギルドは人間社会における最後のセーフティネットであること。
そして有象無象を間引き使える人材を選別することが冒険者ギルドの裏の目的であること。
この二点に収束すると考えられる。
つまりどういうことだ、飛躍しすぎではないか、と思われるかもしれないがこれから説明していきたい。
まず、冒険者は魔物を相手にする仕事である。
次に、冒険者になる者のほとんどはほかに職に就けなかった者である。
彼らは貧乏であり、教養もなく、なんならコミュニケーション能力も欠けているかもしれないし、口減らしのために家を出されていくところがない者も多い。人買いに買われるか冒険者になるか、子どもを売るのは体裁が悪いから自発的に冒険者になるよう仕向けられたものもいるかもしれない。
そんな彼らは装備もなしに魔物と相対して生き残れるだろうか。
ごくまれに生き残れるものがいるかもしれない。だがまあ大体死ぬだろう。彼らが生き残れるくらいなら、冒険者に危険を押し付ける必要がない。冒険者という職業が成り立たない。
魔物を相手にできないのでは冒険者として失格である。
しかし冒険者ギルドは失格の者たちの受け入れをやめないし、ほかの組織もそれを認めているし、態度が悪くてもそうそう辞めさせられることもない。
それどころか、魔物を相手にしない仕事を斡旋して食いつなぐことを助けている。
冒険者ギルドも、ギルドに仕事を発注する者たちも、協力して使えない有象無象を助けているのである。
これは利にも理にもかなっていないように見える。
しかし、実際にそうなのであれば何か理由があるはずである。
冒険者失格の者たちを、冒険者ギルドに留め置く理由。
それはつまり、冒険者を辞められると困るということだ。
では仮に、冒険者を辞めたらどうなるか考えてみよう。
ほかに職がなくて冒険者になった。
当然冒険者を辞めても他に職はない。
食がなければ飯も食えない。
もちろん死にたくない。
そうなるとどうするか。
犯罪者になるしかないのだ。窃盗、強盗など飯を奪って食いつなぐしか生き残る道はない。
そうなると困るのは一般の人々であり、治安を維持したい施政者である。
つまり、犯罪者予備軍を冒険者ギルドに留め置くために、最低限生きられる程度の安全な仕事を与えているのである。
体が動く間はそれで飯が食えるので犯罪者にならなくてもよいし、衰えて稼げなくなってからなら犯罪者に落ちても知れているので捕まえやすいというわけだ。
これがセーフティネット説である。
厄介な犯罪者を増やさないために冒険者ギルドをはじめ複数の組織が協力しているのだ。
だから冒険者ギルドに街中の仕事を発注するし、その報酬は生きるギリギリに抑えられているのである。
続いて間引き選別説に話を移そう。
セーフティネット冒険者ギルドであっても、抱えられる規模に限界はある。
もともとはみ出し者であり、後ろ盾は冒険者ギルドのみで犯罪者予備軍。
例えば飢饉で食料が不足した場合、そんな連中ともっとまっとうな者たちのどちらを残したいか、他者の視点で考えてみればそんなものは言うまでもないことだろう。
社会全体で抱えられる人数には限界がある。仕事を割り振ることができれば社会の発展につながるが、それができれば最終防衛線セーフティネット冒険者ギルドまで落ちてこない。
つまるところ、冒険者ギルドの下層構成員は何かあったとき切り捨てられる優先席にいるのである。
そしてその何かがある前に、勝手に席から転げ落ちて席を空け続けてくれることが望ましい。
つまり冒険者ギルド内で自発的に自己責任で減ってくれるとそのほか全てにとって都合がよいのである。
残酷な話であるが、前提として冒険者ギルドがある世界は、魔物と常に戦争を続けているような世界である。武力が民営化されるほどだ。食料の生産を増やすのは大変なコストがかかるし、そもそもマルサスの人口原理から人口と食料の増加は人口のほうが大きくなる。また農業には不作がつきもので、急に食糧が不足することもある。食料問題と人口問題は人間に食事が必要でかつ子どもを産んで人口を増やす仕組みである限り不可避であり、まあつまり、人口調整は必要悪なのである。
そして処分優先席が冒険者ギルド内にある。
冒険者は魔物を相手にする都合上死者が出るのは当たり前の職業であり、仕事の選択から達成への過程まで自己責任。後遺症が残るけがを負って冒険者を続けられなくてもも自己責任。
自己責任。管理者から見れば都合のいい言い訳である。
だが、それなら街中での安全な仕事はどうなるのか。意図と逆のことをしているじゃないか、という考えもあるだろう。
そこで現れるランク制度である。低ランクは恥、高ランクすごい、低ランクはさげすまれる、高ランクはほめたたえられる。
冒険者になった以上、ランクを上げるのが当たり前で、長期間低ランクに甘んじていればいるほど蔑まれる。
と、そういう風潮があればどうだろうか。
街中仕事を受ける冒険者は駆け出しかクズの最低ランク。
そういう風評があれば、最低ランクで満足できなくなる者は増えるだろう。
さらに街中仕事も数に限りがあるとすればどうか。
どうにか最低ランクを脱出しようとするものが増えるのではないだろうか。
自発的に、安全な街中仕事から魔物を相手にする危険な仕事にシフトする後押しになるのではないだろうか。
安全な仕事から危険な仕事へ移る勇気、その過程で必要な知恵と運。
初めから危険な仕事しかなければ皆死ぬだけでこれらを測れない。
そうして向上心を得たものを選別する。
有象無象の中に使える人材が眠っていたら拾い上げてこっそり優遇する。
使える人材とはつまり上に行く方法を自分で考えられる人材である。
資料室を用意するだけで使われていなかったり、薬草採取の手順が普及しておらず受付でもめるのもこの一環である。
冒険者ギルドの運営、依頼の受注と達成だけを考えれば教育したほうが利益が出るだろう。
だが間引きと選別を考えるなら、放任のほうが都合がいい。
もとが社会の底辺である。基本的に冒険者ギルド外の席は埋まっているのだ。そのうえで拾い上げたい人材はつまるところ特別有能な人材に限られる。
自ら考え行動できるということはその大前提である。
それくらいできなければ拾う価値がないのだ。
自ら資料室を活用すること、必要な情報を収集し、生き残り実績を重ねる。
なんとなく言われたことをやっているだけでは求められる線を越えられない。
そうしてランクを上げていけば、冒険者ギルドの外の社会に受け入れてもいい有能な人材と認められるのである。
冒険者ギルドがもっと冒険者の育成に熱心であればまた違った結論が出ていたかもしれない。
しかし、冒険者ギルドテンプレでは放任自己責任主義が圧倒的に強いのだ。
そして冒険者の相手は魔物であり、命がけの仕事である。
自発的に失敗して死ね。
そういう仕組みだと解釈するのが自然だろう。
間引きと選別については今後も補足することがあるだろうが、大筋は以上である。
冒険者ギルドは犯罪者を増やさないためのセーフティネットであり、合法的に口減らしするための間引き組織であり、そんな中から有能な人材がいれば拾い上げるための選別組織である。
そのために街中の仕事を扱い、あぶれものを受け止め、間引きと選別の第一段階として活用している。
ずいぶん怖い組織に見えてきた気がする。
次回はランク制度についてか薬草採取について考えてみたいと思う。どっちがいいかな。