第2話「未来の選択肢」
ヴァイス国の朝は相当早い。雨が降るだろうが、雪が降るだろうが朝日が昇る頃には、街の至る所は活気が溢れている。
色彩溢れる野菜屋や果実屋。楽しそうに見て回る人々の声や足音。店からのパンの匂い。
朝から五感全てが狂いそうで怠い。
マールはそれを全て遮断するかのように白いローブを髪が、目が、服が隠れるまで羽織ると人集りの中を歩き出す。
途中途中怪しさを隠すため、客として店の前で立ち止まっては考えるふりをする。
顔が隠れる白いローブの時点で怪しさ全開だが、不思議な事に皆気にしない。
理由としては兵の中にこんな格好をしている奴がたまにいると言う事だ。
巡回中の兵になりすまして堂々と歩く。
(これから、こんな状態で生活しないといけないな……)
確かに自分は兵だ。だが、元が付く。なぜなら、本来ここに居てはいけない存在になってしまったからだ。それでも生きていかなければいけない。
(にしても。お腹は空くんだな)
胃に今すぐ食べろと腹の虫を鳴らして訴えられる。なんでもいいから食べよう。でないと、次の行動を移す前に倒れる。
適当な店でじゃがいも料理を頼み、席についてゆっくりと食べていく。
食べている間でも自身の計画を立てるために頭を回す。
じゃがいも1口分につき、1つの考え。
国、戦争、宗教、その他諸々のことを自分は どう対処するのか自問自答を繰り返す。でも、考えても過不足なものが何個あった。
特に1人というところが問題だった。
マールは『呪い子』だ。普通の人間は当てにならない。
呪い子の特権として、マールには手や足から青い炎を出せる能力を持っている。可燃性の物が目の前に広がっていれば1人でも勝機はある。
圧倒的なダメージを与え、幅広い範囲を持つ能力だが発動のコツが掴めない。
初めて能力を出したのが、あの最悪な夜だったから無理もない。
(考えてもキリがないし、行く当てないから野宿確定だろ)
未来の事よりもまずは現状をどうにかしなければいけない。
快く異端者を家に上がらせ、危険な道に進む人などそうそうないだろう。
ここは神を信仰する国だ。そして、悪魔は消される存在。辛い人生になってしまった。
無限に現れる考えに一旦区切りをつくと同時に食べていた料理も完食した。
お会計を済ませ店を出る。
いつのまにか昼になったのか白い太陽が眩しい。マールはよりいっそうローブを深く被る。
行く当てを探しながら、かかとが痛くなるヒールと共に長々と歩く。
(ああ……1人だ……)
いつも歩いている時は必ず横にキャロルとギフトがいた。だが、この力の所為で一緒にいることができなくなってしまった。
はっきり言って寂しい。久々の感情だった。
(考えるのも歩くのも感じるのも……疲れた……)
かかとがビリビリとする。
休憩を挟むため人気のあまり無いベンチに座る。思考を停止させるのにピッタリな場所だ。
マールは被っているローブが取れない程度に首を上げる。
透き通った青空が綺麗だ。
(絶望感しかないのに空は綺麗に見える……。まだ、希望はあるんだ…………)
少し安心したのか、ため息が出る。
きっとこの希望はまたキャロルとギフトと親友……いや、家族でいられる未来だと思う。
まずはギフトを狂気から醒まさせてやる。
そして、次はヴァイス国だ。
この間にキャロルが狂気に染まる事のないよう願う。自然と手に力が入る。
再度脳をフル回転させている時、急に大きな影がマールを覆う。
「すまない。隣で休んでもいいか?」
バリトンボイスの男性に話しかけられた。
マールは顔を見ようとするが、相手の身長が高すぎてローブがずり落ちそうになるからやめた。
声まではいいが流石に顔は見せられない。
「ええ、どうぞ」
「ありがとう……」
ベンチが男性の重みでギシッと鳴る。
マールは脳にブレーキをかける。せっかくだからもう一度休もう。
人気の無い所で静かに休みたいのは相手も同じだろう。……それにしても気まずい。
これまで男性と話すと言ったらギフトぐらいしか居なかった。妙に緊張する。
「君は昨夜、教会が火災になったのを知ってるかな」
急に話しかけられる。しかも、1番思い出したくない話題。
火災の原因を作った本人が隣にいるのになんて話題を出してきたんだこの人は。
「街中で話題になってました。青い炎が教会を包んだことですよね」
冷静になって芝居をする。
「ああ。僕はその時、仕事終わりだったから丁度見ていたんだ。
青い炎は普通着火剤で出ることはない……。あれは、呪い子の能力だろうね」
100点満点中100点の解答。
男性は過去に何回か呪い子に出くわしたことがあるのだろうか。
それよりも、このバリトンボイスに聞き覚えがある。
「呪い子ね……興味があるのですか?」
少し相手の方に顔を向けてみる。
「呪い子はここではあまり見ないからね。僕達の軍にはそもそも存在しない……。
存在したら仲間たちが血眼になって殺しにかかってくる。僕は狩るのではなく、この国の未来に利用をする方がいい」
「なるほど……。…………ぇ……」
軍と言ったか?そしてこの聞き覚えのある声。
まさかとは思いたくない。だとしたらこのままずっと隣にいるのは危険だ。
勢いよく椅子から立つ。その反動でローブが落ち、顔が見えてしまった。
「マール。久しぶりだ。半年前に1週間僕の治療をした以来……?」
「リッター・アルマドゥーラ……」
神学校の最上位ランクに立つ異才。
もう、足取りを掴まれてしまった。
ギフトと国を変える前に殺される道に辿り着いた。ここが終着点になるかもしれない。
マールは昨夜の感覚を思い出し、相手に触れて炎を放とうとする。が、先にリッターに両手首を掴まれた。これではシャツまで手が届かない。
足からも炎は出せるが不幸なことに下はレンガだ。燃えるわけがない。
……完敗だ。
非力な自分は何もかもを変えることはできないことを実感した。
「敵対心は無い。僕はマールに提案をしに来た」
意外な相手から意外なことを言われた。
「信じられるか!どうせ釣り餌を撒いているだけだろ!!」
リッターが呆れたようなため息を小さく出す。
何だこいつ。イラつく。
「話聞いてた?僕はマールのような呪い子達を集めて未来に利用すると言っているんだ。
君は友達を狂信から救いたいのだろう?僕は国を変えたい」
「嘘を吐くな……」
「……嘘じゃない。僕の仲間が君を待っている。断るというのなら僕はこれ以上攻めない。
未来を決めろ。自分自身で」
マールは迷う。
リッターの言動には確信が持てない。口先だけならなんとでも言える。
人生の中で1番怖いのは死よりも裏切りだ。
だから仲間を集める事は積極的にしなかった。
相手は現在進行形で軍に所属している。裏切りがあってもおかしくはない。
でも、目的は一緒だ。今は、友人を救うが目的だが、いつかそれは大きな目的へと広がる。
リッターの言っていた通り、決めなければ。
未来を。
「わかった。私の能力を好きに使って……」
「そう言ってもらえて嬉しいが……使う人が逆だな……。
マールが僕を好きに使え」
軍学校の最高位という有利な立場にある自分を使えと言うことか。
マールは仲間がいないが、能力は力の1つとして与えられる。
逆にリッターは能力はないが、仲間と言う戦力を与えられる。
どちらにもないものを埋められる、完璧に満たされた協力関係。
「……了解。よろしく、リッター」
「ありがとう……。
丁度夕方だな。僕達の拠点に案内しよう」
夕方は朝と違って、開いている店の数や客が一気に少なくなる。
移動するなら今から日の出前までだ。
リッターと共に拠点へ歩き出す。
正直、不安でしかない。
リッター達の仲間入りと言うことは、ギフトは容赦なく友人に向かって剣を振るう。
そして、マールは自己防衛としてギフトを焼き尽くしてしまうかもしれない。
いつかそんな日が来てしまう。
……キャロルを一人ぼっちにさせてしまった。きっと、マールとギフトの間をフラフラとしているだろう。
それでもマールは助けには行けない。今は前だけを向かなければ。