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08 魔道士ギルド

 魔道士の日常は、千差万別の過ごし方をされる。毎日決まった作業ばかりの魔道士もいれば、日々異なる作業をしている者もいる。それぞれが与えられている課題は、突き詰めると一つだけだ。それは、毎月決まった額以上の寄付をギルドに納める、という事だ。

 ポーションの部門だとわかりやすい。その部門の魔道士は、ポーション作製の一工程を任され、その働きぶりに応じて、部門長から報酬が出る。

 しかし、自分たちでポーションのように安定的に収入を産み出す手段のない多くの部門では、独自に仕事を抱えなくてはならない。多くの者が家庭教師を選ぶ。適当な富豪が見つからない場合、寺子屋を開く者もいるが、収入は落ちる。魔道士ギルド内の見習いや弟子たちを指導する仕事もあり、それに給金は出るのだが、効率で言えば家庭教師の方が良いので、どちらかというと嫌がられる傾向がある。

 このギルドヘの寄付のノルマを果たせず、脱退させられる者は毎年のように出て来る。魔導師に昇格すればノルマも増えるので、敢えて成りたがらない者も多い。

 しかし、お金さえ用意でき、他の者の迷惑にならないというマナーさえ守っていれば、何をしていても良い。日がな一日町をブラブラ歩いていても、自分の机で居眠りしていても、権利の上では問題ない。ただし、イビキが迷惑に触れる可能性はある。かつては釣りが趣味で、ずっと釣り糸を垂らしている魔道士もいた。

 そして、その日のペイルトン・イーギエは、ずっと巻物を読んでいた。旅の知識を買われて、博物学部門の一員として受け入れてもらえたが、博物学の知識は圧倒的に欠けていた。特に、植物の区別は全く出来なかった。だから、マスターが過去にまとめた資料を中心に読み漁り、遅れを取り戻すのに躍起になっていた。

 元々、部屋の出入りを気にしない質だったが、その時は集中していたので、扉にチラリとすら視線を向けなかった。

「おうおう。仕事熱心だな」

 扉から近づいて来た男に、そう声を掛けられて、ようやくイーギエは顔を上げた。眉間に寄っていた皺はそのまま、目が細められる。

「セキュリティはどうなっている」

 ボヤかれたが、マコウには意味が良く分からなかった。

「何だよ、それ」

「警備の事だ」

 マコウも会話にジン・ヨウ語を混ぜ込むが、賢者であるイーギエと比べると、語彙は圧倒的に負けていた。状況が違えば、「偉ぶって難しい言葉ばっかり使いやがって」と苛立っていたかも知れないが、そうはならなかった。アリがいたからだ。

 アリは、もはや日常生活に浸透しているくらいのジン・ヨウ語も、理解しない。その度に説明しなくてはいけなかった。その説明が面倒に思わないのは、マコウがイーギエの言葉がわからないことがあるという経験からで、イーギエに対してイラつかないのは、マコウが意識せずアリのわからない言葉を使ってしまうのと同じだ、と思えるからだった。

「それは、正々堂々と挨拶してきたから大丈夫だよ。ちゃんと剣は預けてきたし」

 マコウは左の腰を叩いた。ただし、止められなかった一番の理由は、この訪問が初めてではなかったからだろう。

 部屋に居たもう一人のローブの男が、ものを言わずに出て行った。この部屋は机が四つあり、間仕切りされている。他の二つはマコウが来た時には既に空だった。これで、部屋の中はマコウとイーギエだけだ。

「何か嫌な感じだったな」

 出て行った男についてマコウが感想を言うと、イーギエは鼻で笑った。

「連中からすると、横から魔導師の椅子を掻っ攫った相手だからな。ずっと嫌われているよ」

 イーギエは、読んでいる巻物の表面を軽く叩く。

「こっちはこっちで、移らされたお陰で、よく知らない知識を詰め込み直させられているわけだがな」

 王都への移行を進めたマコウへの恨み節に聞こえなくも無い。「だったら付いてこなかったら良かっただろ」と言う気持ちはないわけではない。

 事実、マコウが拠点を王都へ移そうと考えた理由として、深層心理でイーギエの切り捨てを期待していた、かどうか自分でもわからない。だが、結果的に、イーギエが付いてきてくれたのは、荒野の支配者として、プラスだった。他の魔道士であれば、さっき部屋を出ていった者のように、こちらを同じ人間として見ていないような態度をとる。イーギエは、口は悪いが、そこまで仲間を見下げてはいない。……あくまで、比較すればの話で、どちらというと、やっぱり他人を見下げているのは同じだが。

 とにかく、マコウはイーギエの不満を聞き流した。ある時から、イーギエの口の悪さは、客と思って接すれば我慢できる、と気付いた。

「で、何の用だ」

 イーギエは言いながら、広げていた巻物を丸め始めた。イーギエの机は他と比べて片付けられている。羊皮紙や紙の数が多いのは、商人と比べての特徴だが、他の机では雑然と積み重なっているそれらが、イーギエの机では分けられている。羊皮紙の巻物は、紐で綴じて、籠に入れられる。

 マコウはその間に、椅子を準備する。本当なら、今は主の居ない魔道士の椅子を使いたい。座り心地が良さそうだからだ。しかし、その快適さが、持ち運びにくさに繫がっている。どれも机の奥に位置するので、完全に持ち上げないと出すのは難しい。その手間は戻す手間でもある。また、運び出す際に机の上の物を散らかしてしまう危険もあった。だから、入口扉の近くにある、来客用の椅子で我慢する。

「食べるか?」

 イーギエが自分の机の上にあるザルから、果物を手に取っていた。もう片方の手には、先の光っている杖を持っているので、それが少し萎びているのが良く分かる。それくらいならマコウは気にしないが、そもそも腹が空いていない。

「いや、いい。既に晩飯は食べて来た」

「そうか」

 イーギエはローブの袖で果物を少し磨くと、一口齧る。

「酒はいるか?」

「そりゃ、あれば」

 マコウは反射的に答えてから、どういう答えが返ってくるのを思い出した。実際、その通りの答えが返ってくる。

「なら、そこらへんから好きな物を貰え」

 イーギエは下戸だ。だから自分の酒など持っていない。代わりに、同僚の物を勝手に拝借しろと言っているのだ。

「大丈夫かよ。呪いが掛けられたりしてねえだろうな」

 これを、イーギエは鼻で笑った。

「はん! そこまでマメな奴なら、とっとと上に行っている」

 これもマコウは聞いた事があった。前回はここで、気持ち悪いから諦めた。しかし、二回目になると、慣れから怖さは薄らぐ。部屋を見渡し、壁に掛けられている皮袋に手を伸ばす。栓を抜いて、中身を嗅ぐとワインだった。

「中々上物そうだな」

 イーギエの机に戻ってくると、イーギエはマコウの分のグラスを用意していた。これは、迷惑そうな顔をしながらも、イーギエが仲間を歓迎してくれているとわかる珍しい例だった。出された容器は高価なガラス製で、綺麗に磨かれていたからだ。イーギエ自身は陶器のコップと水差しから、水を飲む。

 グラスに半分ほどワインを注ぎ、お替わり用に皮袋を机に置こうとすると、イーギエに手振りで戻すよう示される。

「一杯までにしておけ。追加は他の酒にしろ」

 確かに、つまみ飲みの作法と言える。マコウは皮袋を元の場所に戻した。結局、小さな果実も貰うことにした。

「仕事の話か?」

「ああ。盗賊にさらわれた娘を救い出す依頼だ」

「ふむ」

「だが、その前に既に依頼を受けていてな。緊急だったから、俺とアリで、あ、あとウェイで片付けた」

「ふん」

 イーギエの顔色が曇ったのは、自分が置いてけぼりをされたと感じたから、だけでなく、ウェイの名が出たからだろう。イーギエは、何かとウェイに突っかかる。

「どういう依頼だった?」

「その前に、さらに大本となるナック兄弟が請け負った護衛依頼があってだな」

「ナック兄弟?」

 アリが似たような反応を示した時には、マコウは呆れてしまったが、今回はそれを指摘することはしない。イーギエが注意しにくい雰囲気を持っているせいでもあるが、一番の理由は予想どおりだったからだ。

 イーギエは知っていることと知らない事の落差が激しい。人については、イーギエが知らない、そしておそらく興味のない対象だった。

「護衛を専門とした二人組だ。腕はそれなりにあったと思う」

 そしてマコウは説明を続ける。ナック兄弟の依頼が達成されていない見込みが大きい事から、マコウたちが急ぎで雇われ、依頼人の娘を迎えに行ったが、廃村で野宿していたところを襲撃され、娘は連れ去られたらしい、と。襲撃の推測についても話しておく。

「まず普通に考えて、盗賊どもの拠点は王都ないしプルサスと考えるべきではないのか?」

 イーギエの意見は、まさに普通に考えるとそうなる、とマコウも同意する。一番手っとり早い盗賊行為は、狩りをするごとく、荒野に繰り出し、獲物を襲う事だからだ。戦利品を手にすれば、また都市に戻れば良い。村や町では、世間の狭さから盗賊行為をしていると知られやすいので、都市の方が普段生活するには向いている。

「でも、子供を連れているからな。プルサスに戻るには遠いし、王都に入るのは目があるので難しい」

「だが、依頼主が見ていたのは一つの門だけだろう? 回り道して他の門から入ったのではないのか?」

「……それはありえるが、やっぱ子供は目立つからな。たぶん、そこはもうウェイが裏を取っているだろう」

 ウェイと言われて、イーギエの眉が寄ったが、反論は出なかった。ウェイのことを気に入らないのは見ていてわかるが、認めていないわけでもないのも仲間はみんな知っている。

「つまり、どこか比較的近い場所に隠れ家がある、と言う話か」

「じゃないか、と」

「ふうむ」イーギエは腕を組むと、自分の鼻の頭を指で軽く叩く。「盗賊どもにすれば、目立たない場所に強固な砦を構築したいだろうが、大工を雇ってそれをさせるには、莫大な元手が必要となる。たまたま元大工の集団が盗賊団を結成したとしても、今度は資材をどうするか、が問題になる。それを解決するには、元大工と元木樵が適当な数だけいないとならなくなる」

 ちょっと複雑に言われているため分かりにくいが、これはイーギエなりの軽口だ。

「そんな都合の良い話はねえな。だから、何かを再利用しているわけか」

「そうだな。その例の一つが、廃村だ」

 マコウは頷く。放棄された村や町は意外に多い。だが、手入れされていない建物はすぐに倒壊してしまう。今日訪れた廃村は状態が良い方だったが、それでも一時的な避難所として利用できる程度だった。拠点として住むには、先ほどイーギエが話したように、かなり補修の手が必要になるだろう。

「問題は、綺麗に残ってる町や村がほとんどない事だな」

 イーギエがマコウに同意する。

「そうだな。本当に住みやすい場所なら、また村として復興してもおかしくない」

「だったら、洞窟か? ゴブリンの巣穴だった洞窟なら、そこら中にあるんじゃねえか?」

 ゴブリンと呼ばれる子鬼族は、これまでに退治を依頼された事があるくらい、ありふれた魔物だ。穴を掘るのが得意らしく、たいてい群れで洞窟で生活している。

 イーギエは考えてから、ほどなく立てた人差し指を左右に振る。

「いや、違うな。マコウ、お前がゴブリンの巣穴を再利用する気があるか?」

 問われて、マコウも、なさそうだと考え直す。

「そうだな。狭いし……」

 ゴブリンの背丈は、大人の半分ほどか胸の辺りまでしかない。だから、作られる洞窟は、自然と狭くなる。ゴブリンにとっては十分な高さでも、普通の人なら屈まないと通れない。

「……臭いからな」

 もう一つが臭いだ。ゴブリンは悪臭の代名詞として使われるような存在だ。当然巣穴は臭い。

 この狭さと臭さから、ゴブリンの駆除は、巣穴の奥まで入って行うことは基本しない。煙でいぶしだして、駆除する。

「ドワーフたちの盗賊団でも、ゴブリンの巣穴の再利用はすまい」

 背の低いドワーフ族なら、洞窟の狭さに関しては問題ない。しかし、ドワーフのゴブリンへの嫌悪は有名だ。

「そうだな。それくらいするなら、自分たちで掘ってしまいそうだからな」

「ふむ。興味深い。先ほど砦を自ら築く盗賊団は、現実的ではないと話したが、ドワーフ盗賊団なら、洞窟を拠点化しうるぞ」

 イーギエは感心したが、マコウはそれも現実的に思えなかった。ドワーフは決まった場所でしか、ほとんど見かけない希少種族だ。それに、独特な同族意識があり、もし盗賊団をやっているドワーフたちが居る、とドワーフが知れば、「一族の恥」と積極的に排除しそうだ。少なくとも、仲間のドワーフであるガランの前で、ドワーフ盗賊団の存在を議論するだけでヤバい、とマコウは思う。

「何にせよ、洞窟も上手い具合の物はなかなかないって事か」

 マコウは溜息をついた。候補が多くて絞りきれないのは困るが、少なくて見つからないのはもっと困る。ワインを飲みきってしまい、次の酒を拝借しようと周りを見たが、面倒臭くなって諦める。代わりに、イーギエの水を分けて貰う。

「いや、そうとは限らんぞ」

 マコウへと水を注ぎながら、イーギエがニヤリと笑った。

「心当たりかあるのか?」

 イーギエは頷くが、答えはすぐ出さない。むしろ、意味ありげにマコウを見てくる。マコウは、イーギエがこちらが思いつくのを、あるいは思い出すのを期待している、とはわかるが、その中身はわからない。すると、イーギエの顔が曇った。

「もしかして、本当に思い当たらないのか?」

「……あ、ああ」

 イーギエは先の光る杖をこちらに突き付ける。魔道士の事をよく知らなければ、チビリかねない恐ろしい行為だ。マコウは、魔法については未だにさっぱり理解していないが、イーギエについてはわかるので、こんな事で恐ろしい魔法を掛けられないだろうと信頼はしていた。

「貴様! 私を勧誘した時に言っただろう? いずれは古代遺跡の発掘なども行うかもしれない、と」

「あー、はいはい」

 思い出したかのように答えたが、マコウは全く憶えていなかった。仲間を集めた時は、強引に商談を纏めるようなものだった。その場で上手く流れそうなら思い付いたことを口にする。そんな何年も前のでまかせを、憶えているはすがなかった。

「つまり、盗賊たちは古代遺跡を住処にしていると?」

「ああ。理屈で言えば、廃村と同じような物だが、古代魔法王国時代の建物は頑丈だ。何百年経っても原形を留めたままの建物は多い。それが生きた遺跡なら、盗賊風情の手に負える物ではないが、盗掘され尽くした枯れた遺跡なら、荒野での住処としては申し分なかろう」

「それは近くにもある物なのか?」

「ああ、特に王都の近くは遺跡の数が多いと聞く。これも、私が王都へ移る理由の一つとなったのだから」

 マコウは全く意識していなかったが、イーギエの中で古代遺跡の存在はかなり大きいらしい。

「では、盗賊が潜んでいそうな遺跡はどこかわかるか?」

 途端に歯切れが悪くなった。言葉が出て来る前に、それについて知らないのだろうな、と態度でわかる。

「い、いや、具体的にまではちょっと……。専門の部門というわけでもないからな」

「じゃあ、魔道士ギルドの中にはそれに詳しい連中がいるのか?」

「ああ。ただ、噂には文献の調査が主で、現地に出掛ける機会はあまりないとは聞くが、それでも場所くらいは把握しているだろう」

「そうか。なら、その候補を幾つか聞いておいてくれ」

「あ、ああ。努力してみよう」

 その言い方で、マコウはダメだなと思った。イーギエは色んな事を知っているし、何かを調べる時もかなり深く調べてくれることが多い。だが、稀にさっぱり調査が進まないことがあった。考えてみると、それは他の魔道士の知恵を借りる時で、魔道士同士はそういう関係かもしれないし、単にイーギエと同僚の人間関係に依る問題かもしれなかった。いずれにせよ、頼りにはならなそうだ。

 マコウは頭を切り替える。古代遺跡が盗賊の隠れ家として有力だとわかっただけでも成果だ。そこから先はウェイが進められるかもしれない。

「そう言えば、もう一つ、進め方があるのにアリが気付いてな。ナック兄弟が付けられていた、と言うんだ。さもなきゃ、明かりを目立たせないように野宿していた所を襲われるわきゃないと」

「ふむ」

「プルサスから付けられていたのかも知れないが、少なくとも双子樹の町では目を付けられていたんじゃないか? だったら、双子樹の町で調べれば、目つきの悪い奴が居たとかわかるだろう?」

「なるほどな」

 イーギエはかじりつくした果実の芯を、床に放り投げた。後で下っ端に掃除させるのだろうが、それを当たり前に振る舞っているのを見て、やはり魔導師様なのだなと改めて実感する。

「しかし、襲う側として、一つ重大な問題が存在していたのに、気付いていたか?」

「問題? 攻めるにしては守りが堅いって事か? しかし、それは殺し屋――」

「いや、違う。そこではない。もっと根本的な問題だ。もし、城に入って領主の首を取れるような辣腕の暗殺者だろうと、その条件が満たされていないと活躍の場はない」

「……わからんな。どういう意味だ?」

「野宿されずに王都に着かれては、襲う機会がないだろう?」

「まあ、そうだが、子連れだし、連れている人が多ければ、双子樹の町から一日で着かない事は大いに有り得るぞ」

「わざわざ付け回していた獲物を、そんな不確定な要素で取り逃すのか?」

 言われてみればそうだ。むしろ、ナック兄弟は王都に着きかけていた。野宿は準備の時間も考慮して決めるものだから、足りなかった一刻半の距離うち、半刻は廃村への移動と野宿の準備に費やしただろう。暗くなってきても一刻なら強行できなくもないので、ナック兄弟が野宿を選択したのは、ギリギリの判断だったと言える。そちらがより安全と考えたのだが、そうではなかったのだ。

「私は、追加で護衛する事にした商人の中に、盗賊の一味が居たと考えている」

「え!」

 驚いて声を出したが、その時にはマコウは、イーギエの考えが正しいとわかった。ぼやけていた事が、明確になって繫がる。

 依頼主が、ナック兄弟たちが双子樹の町まで来ていたという話を聞いた行商人。考えてみれば、護衛がいるとわかっているなら敢えて一緒に出発し、庇護下に潜り込もうとするはずだ。マコウたちからすると、ただ乗りと言われる行為だ。それをナック兄弟が嫌がって、故意に出発を遅らせた可能性はあるが、行商人が待ちきれずに出発したのは間違いない。それは、護衛対象の商人の一人が、準備にもたついたからかも知れない。ナック兄弟が、王都まで強行しなかった理由も、護衛対象の商人の一人が「もう歩けない」などと弱音を吐いたせいかも知れなかった。それだけではない。三人の商人が、防衛に適した場所を捨てて飛び出した理由は、その直前に商人の一人が勝手に飛び出したせいだったかも知れなかった。しかし、それは商人ではなく盗賊で、続いた三人は罠に嵌められたのだ。

「そうだったら、いや、そうだったと思うが、なかなか厄介な盗賊団だな」

「そうか? ……確かに、暗殺者が絡んでいるのならその点は厄介だと思うが、他は小細工を弄しているからこそ足跡を残しているんじゃないのか?」

「……そうだな」

 例えば、双子樹の町でもたついていた商人は目を引いたかもしれない。手掛かりは得られそうだ。

 正直なところ、マコウは古代遺跡についての調査が止まるであろう事について、イーギエを使えない奴だなと多少思っていた。しかし、この新たな切り口はかなり盗賊たちの足取りを掴むのに役立ちそうだ。心の中でひっそりと詫びておく。

「何とかなりそうだな。実は、盗賊たちの足取りを追えそうにないなら、依頼は受けないつもりだったが、まだ目はありそうだな」

「ふむ。後は、最初に話した、盗賊たちがわざわざ荒野で拠点を抱えなくてはならない理由が、相手を絞るのに役立ちそうだな」

 そのとおりだとマコウは頷く。

「それは、アリに聞くのが良さそうだな」

 そこで、マコウは一番重要な話をしていなかったことを思い出した。

「そうだ。この件、子供を救い出して、一人頭銀貨百だが、イーギエは乗るのか?」

「銀貨百枚か……多くはないな」

「ああ、だからさっきまでは断る事も考えていたが、お陰で目鼻が付いた。前金は銀貨二十枚だから、双子樹の町へ行って調べるとなると、ギリギリの線だな。でもまあ、あっちで糸が切れれば、下りればいいさ」

「そうだな。では私は、襲撃する古代遺跡が確定してから参加しよう。前金は不要だ」

 マコウはしばし考えた。これは、調査をマコウたちに任せるという意思表明だ。マコウはなるべく仲間と報酬を山分けする事を重視していた。働きに応じて、マコウが配分を変えたら、格差に不和が生じる恐れがあるからだ。しかし、あまりにも貢献度に差がある場合は、本人の確認を取ってから、報酬を間引くことも止むなしと考えている。今回それに該当するかと考えたのだ。

 すぐに今回は問題ないと思えた。それくらい、イーギエの見解は為になった。それに、もしイーギエを双子樹の町へ連れて行っても、情報収集に役立たない、という思いもあった。人から話を聞き出すのが下手だからだ。また、急いで行動することが求められるが、それもイーギエには向いていなかった。イーギエとガランは歩くのが速くない。

「わかった、では、また決まってから声を掛けに来る」

 マコウは立ち上がると、椅子を片手に持って、出入り口に向かう。

「今度は、弟子なりに案内してもらってもいいんだぞ」

 マコウはニヤリと笑うと言い返す。

「そんなに直接会いに来て欲しくないんなら、直接会えないくらいのお偉方になるんだな」

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