07 報告
報告は、マコウとアリだけで行った。ウェイも加えたかったが、花売り娘とどこに消えたのか、わからなかった。
夕暮れの中、依頼主の店に着くと意外な事に、客がいた。マコウたちと変わらない年代の男で、身なりから町人だとわかる。それ以上は確認する前に、その男がそそくさと出て行った。よくある事だ。特にアリと一緒にいる時は。
「みかじめ料の回収と勘違いしやがったな」
客が出て行って閉じられた扉を見ながら、アリが軽く笑った。マコウも、アリが笑いたくなる気持ちがわからなくもなかった。昼間には、本物の回収屋と出会って、どちらかというとそれを追い払った立場だったからだ。しかし、店主としては笑えないし、商売をしていた者として、そちらの気持ちの方が良く分かった。
「済まねえな。客を追い払ったみたいになっちまって」
しかし、店主のライは怒っていなかった。首を左右に振りながら、人差し指でカウンターを叩く。近くに来て報告しろ、という意味だろう。
「気にするな。で、ゼナは殺されていたのか?」
衝撃的な聞き方に、マコウは驚いた。一拍思考が止まった後で、探している子供は依頼主の実の子ではないのではないか、と思う。実の子など居ないマコウは、あくまで伝聞でしかないが、実の親なら子が死ぬなどと想像もしたくないはずだからだ。
「死体はなかったぜ」
マコウが答えないでいると、アリが答える。アリには、マコウの感じた動揺など無かった。
「代わりに……」
アリがマコウを見た。その少し前からマコウは背負い袋を下ろし始ていた。二人とも革鎧を着たままなので、背負い袋は下ろしづらい。アリが、肩当てに引っ掛かった肩紐を外してやることで、ようやくマコウは足下に背負い袋を置いた。そこから取り出したのは木彫りの人形。それをライに手渡す。
ライは、それを受け取ると、黙って眺める。二三回、木彫りの獣の背中を撫でると、顔を上げた。
「確かに、俺が作った人形だな。……どこにあった?」
マコウは、ライが黙っている間に、獣は何を意図したのか聞きたかったが、口にするのは止めた。元々気難しそうな男だが、今は特に軽口が通用しそうになかったからだ。開けてしまった口は、質問を答えるのに使う。
「ここから、一刻、いや一と半刻ほど歩いたところに、廃れた村があってな。そこで野宿しようとしたみたいだな」
「そんなに近くまで……」
ライが人形をきつく握り締めた。あと少しで王都に着けたのに、と歯がゆいのだろう。しかし、ナック兄弟の選択は悪くなかった。マコウは、同業者として、そこの名誉は守ってやりたい。
「もしかすると、連れている商人の誰かが、町の外で寝泊まりするのを嫌がったのかもな」
ライが渋い顔をマコウへ向けた。壁の外側の治安の悪さは、中に住む者にも有名だ。理解しようとしている表情だと信じたい。
「あくまで、起きやすさの話だが、荒野よりも外の貧民街の方が治安が悪いぜ。俺たちの間では『門をくぐるまでが荒野だ』と言うくらいだからな」
ここでの俺たちは、解消業と行商人のどちらも含む。
「おまけに子連れだからな。まだ、人気のない場所の方が、安心できる」
子供は人手が足りていれば、運び出せる点が厄介だ。だから、人が集まっている治安の悪い場所では、より危ない。他に、連れが多い点も厄介だった。三人程度なら、粗末な宿でも一緒に泊まれるだろうが、その倍近くなれば、別の宿と分けなければならない、かもしれない。その宿が互いに近くにあるとは限らず、何か起きた場合、それぞれが孤立する。と、考えれば次々と出てくるほど、貧民街への不安要素は多い。
ナック兄弟の判断について、アリも同意する。
「野宿の場所も悪くなかったんだぜ。砦と思うくらい堅かった。……相手が悪かっただけだ」
アリが肩を竦める。ライは、マコウとアリをそれぞれ数拍見つめた後、呟く。
「詳しく聞かせてくれ」
が、アリがそれをあしらう。
「話してもいいが、その前に貰う物、貰っておこうか」
ウェイがいれば、顔を顰めただろう発言だった。マコウも、言い方を工夫できただろうと思ったが、攻め方そのものは悪くないと思った。この仕事をする上で、心変わりはなかなかの問題だったからだ。報告をした後で、報酬を出し渋る依頼人は少なくない。だから、できるだけ早く報酬を手にする考え方は、問題回避の策として正しい。しかし、この心変わりが問題になるのは、依頼主の方でも起こりえた。極端な例は、護衛に雇った者が荒野で強盗に心変わりする、というやつだ。しかも、これは決して珍しい例ではない。
幸運なことに、ライは表情こそ不機嫌そうなままだったが、頷くと、奥の部屋に一旦消える。ほどなく、中身の入った小袋を二つ持ってきて、カウンターへ置いた。
すぐにアリが袋の中身をぶちまけて、銀貨を数え始める。マコウも、中から何枚か掴むとそれを数え、カウンターに置いていく。次に掴んだ数枚は、数えた途中から続けて、数え上げていく。一方アリは、十ずつ山にして、それを四つ作る方法だ。
ウェイなら、依頼主の目の前で確認するなんて信用していないようで失礼だ、と言いかねないが、一般には出す側もこうして欲しいと思っているはずだ。後から「足りなかった」と言われるくらいなら、目の前で確かめてもらった方が面倒にならないからだ。
ウェイを思いだした事で、マコウはライに聞く。
「そう言えば、俺たちの仲間が来なかったか? 名前はウェイで――」
「あの若い男か?」
詳しく説明するまでもなく、ライが思い当たった。ただし、「若い」について、マコウは同意するつもりはなかった。年齢はマコウと同じく、二十代後半のはずだからだ。それでも、四十近く見えるライよりかは若いはずなので、ライが「若い」という分には間違いない。そう思っても、その言い方に些か反発を覚えたのは、ウェイがいつも実年齢より若く見られるからだ。五つから十近く若く見られる。かく言うマコウ自身も、年下だと思って声を掛けたのだが、あの頃から変わりないウェイの若さには、釈然としない不公平感があった。
「えー、若いと言うか、女みたいにひょろい奴だな」
それでも通じた。ライが頷く。
「ナック兄弟が野宿した場所の当たりをつけたのは、あのウェイなんだ。だから、アイツの分も貰えないか?」
マコウは意図して、そうするのが当たり前だ、という雰囲気を出して、何気なく言った。しかし、これは拗れやすい話題だった。もし子供を連れ帰ってきたなら、喜びから問題なく払われるだろうが、依頼主が約束したとは言え、人形しか持ち帰らなかった相手には、多くの金を払いたくない心理が働くはずだ。いわば口だけで体を使って働いていないウェイへ、同じ報酬を与える必要はない、と普通の依頼主なら考える。だけど、解消屋の立場とすれば、一番課題解決に貢献した存在がウェイと言えた。それほど、今回の依頼では、場所の特定が肝だった。
「うむ」
意外に、ライはあっさりとマコウの要求に頷いた。また奥の部屋に消えていく。マコウが自分の銀貨を数え終え、与えられた小袋に詰め直していると、ライが袋を持って戻ってきた。
この袋はマコウたちが貰った物より幾らか大きい。カウンターに置かれたそれを、マコウは自分の報酬が詰まった袋と持ち比べる。まずは両手でそれぞれ持つ。すぐにわかった。ウェイの為に用意された袋の方が重かった。考えられる理由は一つしかない。
「ウェイは、手付金を要求しなかったんだな」
「ん? ああ、そうだな。代わりに、籠を買っていったくらいだ」
マコウは呆れた。お金を貰うどころか、逆に払うとは。だが、ウェイにしてはむしろ得をしたとすら思っているかもしれない。買った籠がどこに行ったかは、容易に想像できる。
「へえ。……そこにあったやつか」
ようやく自分の分を数え終わったアリが、銀貨を袋に入れながら、部屋の隅にチラリと目を向けた。それを見て、マコウは、やはりアリには狙われたくないな、と改めて思う。
前にここを訪れた時は、カウンターの奥の品にしか興味を示さなかったのに、その他の品の配置を覚えていたからだ。マコウも一通り店を眺め回したが、籠についてはどこかにあった気がする、としか憶えていない。アリにとっては習性でしかないが、その能力に悩まされる側の商人としては、片鱗が見えただけで警戒心が湧いてしまう。
「あんたら、飯は食ったか?」
アリが銀貨をしまい終えると、ライが聞いてきた。
「いや、門をくぐってからすぐここに来たからな」
ライが皮の前掛けを外しながら言う。
「なら、話の続きは食事をしながらにしよう。……もちろん、俺のおごりだ」
これに、アリが喜んでカウンターを叩いた。マコウも提案は有り難く受けるつもりだったが、その気前の良さに驚いた。厳密には、銀貨の入った小袋が既に追加の褒美だった。断りがなかったので、そのまま貰ったが、袋は返してくれ、と言われるのはさほど珍しくない。ただ、遺品を回収する仕事だから、袋の在庫は多いのだろう、と推測してはいた。しかし、食事の提供は明らかに、意識せざるを得ない出費になる。何かあると怪しむほどではないが、報酬を絞っている懐事情では、意外に思う。
「あんたは、何か予定があるのか?」
答えないでいたせいで、マコウはライに聞かれた。
「いや、そういうわけじゃない。もちろん、おごってくれるなら乗っかるが、……やけに気前がいいな、と思ってな」
相手の様子を探るためにも、本音をぶつけた。ライは、少し肩を竦める。
「俺だって、あんたらを雇うのに十分な報酬ではないことはわかっている。だから、その穴埋めだ。それに、あんたらはこんなに早く、仕事を果たした。追加で何か与えるのが筋だろう?」
アリがマコウを肘で突く。タダ飯に有りつけなくなるのは困る、と言いたいのだろう。しかし、マコウは別の理由で驚いていた。自分たちの仕事が正当に評価されていた事にだ。
依頼主にとっては、むしろ不出来な結果だと受け取っているに違いないと思っていた。子供を連れ戻せなかったからだ。だが、頼まれてから半日も経たずに、子供がいた場所を突き止めた実積は、大きな成果だった。実は、マコウですら、改めて考えないと、そう気づいていなかった。順に進めていった立場で、運が良かっただけだという思いもあって、この成果が俯瞰できていなかった。
目利きだ。マコウは、ようやく理解した。ライは、物事を冷静に判断できる男なのだろう。最初は、この形態の仕事で暮らせていけるのかな、と思っていたが、今では、きっと適正な値段交渉や品の取り扱いをしているのだろう、と思える。
「では、遠慮なく、いただきましょう」
ライが連れて来てくれた店は、八半刻も歩かずに済む近くの食堂だった。外から見ると普通の家だが、一応看板がライの店と同じように扉に掛けられており、入ると広めの部屋に食卓が四つ配置されていた。うち二つには先客がおり、残っている二つのうち、奥の食卓に勝手に座る。椅子は二つしかなかったので、アリが隣の一人で食べている男の食卓から、空いている椅子を一つ持ってくる。
そろそろ日が沈む頃だった。沈んでも四半刻ほどはまだ活動できる明るさが残る。この日没を挟んで一刻ほどの時間が、一般的な夕食の時間だった。
ただし、この時間の中でもピークは前と後ろで分かれる。日が沈むまでに帰りたい外食派は前半、自宅で摂るか日の入りまで仕事をしている者は後半で食事をする。だから、その中間の今頃は、飲食に来る客がやや落ち着く時間帯だ。
遅れて奥から出て来た三十代らしき男に、ライが注文をする。揚げ芋を一皿に、スープとエールをそれぞれ一杯ずつ。代金は、言っていたとおり、まとめて払ってくれた。
アリにとっては、期待外れだった。始末屋が「今日は俺のおごりだ」と言えば、「好きな物を頼め」と大きく振る舞われることが多い。だから、それを期待していたのだが、出て来る食事は普段と変わらない物になるようだ。しかし、考えてみれば当たり前だった。始末屋でも、「好きな物を頼め」が最後まで守られる事はまれで、たいてい途中で止められる。今回のように、最初から料理が決められている事も多い。それでも、量は今回より多いが。だから、羽振りが良いわけでもない商人のおごりでは、こんな物だろう、と納得する。そもそも、初めての店なら何の料理が食べられるか、聞かないとわからないのだ。任せるのが無難だ。
最初に出された、鶏肉が入ったスープを啜りながら、マコウが話を始める。ライの店から出た後、ウェイに話しに行った。そこで、揉め事があったのは飛ばし、ウェイが野宿の候補として、廃村を思い出した。
そこでライに話を止められて、街道沿いを候補から外した理由を聞かれた。ただ聞いているだけでなく、考えていた。マコウは感心しながら、その訳を説明した。その後は、廃村に着き、死体が転がっていた、と伝えた。今回も細かい部分は省く。特に食事中は好まれない話だからだ。
そこからは、アリに話し手を譲った。ライが、襲われた見立てを聞いてきたからだ。マコウは、アリほど襲われた様子が見えていなかった。
アリは、マコウと確認し合った内容を話した。ただし、子供の動きについては、あまり自信が無かった。脇から逃げ出した三人が犠牲になったあたりで、後ろの穴から這い出た、という予想を伝える。ライは、それに納得したように頷いたので、アリが抱いていた疑問をぶつける。
「しかし、このガキ、ギャーギャーわめかずに、逃げたことになるよな。ちょっとなんつーか……」
アリが、言葉が出ないとマコウに目で訴えてきた。一度経験した流れなので、すぐに補う。
「用心深い?」
「そう、それ。用心深いにしても、できすぎてねえか?」
これは、マコウも疑問に思っていた事だった。もし子供が、騒動が起きた時に騒いでいたら、中央の建物の中で捕まり、そこに人形が落ちていたはずだ。
「何かあった時は、息を潜めて隠れているように教えていたからな」
答えになっているようで、なっていなかった。今度は、なぜそういう教えをしていたのか、という疑問が浮かぶ。
それは、ライの方でも分かっていたようで、小さく頷くと、エールを一口飲み、話し始める。
「俺は狩りもしてな。ほら、あんたらも気付いただろう? あの石弓さ」
カウンター奥の棚の隅に置かれていた石弓は、アリもマコウも憶えていた。
「その狩りに、ゼナもちょくちょく連れて行っててな」
それでも、アリもマコウも納得できなかった。それが伝わったのか、ライが掘り下げる。
「あんたら、狩りをしたことはあるか?」
アリと顔を見合わせてから、マコウが答える。
「一応な。準備した食糧が尽きたら、捕まえて食うしかないからな」
そう言ってマコウの頭に思い浮かぶのは、食糧が尽きて餓死しかけた時のことだ。あの時はこっそりキノコを食べようとして、中った。あれ以降、マコウはキノコが嫌いになった。
「一番上手いのはウェイだが、アリもそこそこやるぜ」
敢えて言わなかったが、マコウ自身はは苦手だった。弓は使えないし、石弓もアリよりは下手だ。追い立てられてこちらに向かってくる鹿なら当てられるが、兎では当てられる自信は無い。
「だったら、狩りで一番重要な事は何だと思う」
アリに聞いたが、アリは答えなかった。自信がない発言はあまりしない質だ。イーギエにせっつかれた時は別だが。
仕方ないので、マコウが話を受ける。
「獲物を見つけることか?」
「……確かにそうだな。百発百中の腕があっても、そもそも獲物に出会えなければ話にならん。でも、せっかく見つけても逃げられては意味がない。いや、どちらかというと、こっちより向こうが先に気付くことが多いだろう」
アリは、ライの言いたいことが解り、頷く。
「なるほど。隠れ潜むことが大事ってことか」
「ああ。それに必要なのは忍耐力だ。獣に気取られないようと潜む。ずーっとだ」
ライはエールを一口飲むと、少し話を変える。
「ある時、ゼナに獲物の立場になって考えさせた。潜んでいる狩人相手に、獲物はどうするべきだ、と。その答えは、狩人以上にずーっと潜むことだ。だから、ゼナは気付かれずに潜もうとしたはずだ」
「あんた、教えるのが上手いな」
アリが感心した理由が、マコウにはなんとなくわかった。狩りにおける心構えというより、盗みにも通ずる心構えとして、納得したのだろう。
「だが、結局は捕まった」
周りからは言いにくい結果をライが口にした。
「あんたらは、どう思う。やっぱり捕まって連れて行かれたと思うか?」
「一人で逃げた可能性も――」
言いかけたマコウを、ライが止める。
「それはねえな。さっき話したとおり、ゼナは潜み続けるはずだ。俺か、俺の送る誰かが来るまで。そうすべきだと、教え込んだ」
マコウにしても、連れて行かれた可能性が高いと思っていた。同意を示して頷く。
「でも、死体を食いに鳥が来ていたからな。賢いヤツなら、獣が来る前に逃げねえか?」
アリが反対意見を挙げた。マコウは説得力があると感じた。ライもそう感じたようで、考える顔つきをしたが、ほどなく首を左右に振る。
「いや、だったら人形を置いていかねえ。逃げた方向を地面に記すとかしていたはずだ。どうだった?」
それは想像もしていなかった目印だった。だから、見落としていてもおかしくなかったが、幸いもっと単純に、足跡を見つけようとしたので、地面は良く見ていた。
「いや、なかったぜ」
アリが答えると、決まりだと言わんばかりに、ライは音を立ててカップを食卓に置く。
「ほらな。だから、ゼナは敵の手に落ちている。……既に殺されていると思うか?」
今回も踏み込んだ質問だった。部外者であるマコウの方が、言葉の残酷さに少しヒヤヒヤする。
「その前に確認だが、その子供は女か?」
ライの眉が寄った。意味するところを理解したのだろう。が、マコウがそう思った以外で、引っかかりがあった。
「あんたらの仲間には話したが?」
それでマコウは安心した。怒らせたわけではなかったようだ。
「ああ、それは、門を抜けてすぐあんたの所に行ったからな。ウェイとはまだ会っていない」
実際には会いたくても、今どこにいるのか知らないので会えないのだが、これについては伏せておく。しかし、話した内容は噓を含んでいない真実だ。
「……じゃあ、なんであの男はそんな質問をしにやって来た?」
「それは、ウェイにはウェイなりに確認したい事があってだな……」ライの表情に納得が見えなかったので、マコウは少し角度を変える。「今回すぐに見つかったが、もし見つからなければ、別の当たりをつけなくてはならないからな。その為だろう」
これには納得してくれた。ライが頷く。
「で、結局、ガキは男か女か、どっちなんだよ?」
「娘だ。俺の一人娘だ」
未だしていなかったもう一つの質問に対する答えも返ってきた。これはマコウにとって驚きだった。過激な発言内容から、実の親とは思えなかったからだ。
「それで、女だから生かされているという事か?」
これも親なら聞きたくない質問だろう。そこを踏み込んでくるのは、かなり精神的に頑丈な男らしい。
「どれくらいの年か、ってのにも依るな」
「十三だ」
すぐに答えられるあたりは、実の親らしかった。問題なのは、聞いてはみたものの、年齢を言われたところで、マコウにはそれがどの程度の成長かわからない事だ。年齢差から妹たちが十三歳の時を思い出そうとするが、自分が十五と十九の時が思い浮かばない。
アリは、マコウに比べると、有利な立場にあった。末の弟のトウリントッドが幼かったからだ。しかし、アリの方の問題は、日常的に数を意識しない姿勢だった。弟が今幾つなのか、すぐにはわからない。だけど、アリは気にしなかった。別の要素が重要だと思ったからだ。
「そいつの顔はどうなんだ?」
「顔?」
「ああ。女だから美人かどうか、だな」
「それは……」ライは困惑していた。「普通だと思うが……親ってのは、みんな自分の子供がかわいく見えるだろうから、俺からじゃはっきりわからん。……悪いと問題なのか?」
「問題っていうか、良いと連れ去られやすい、ってだけだ。俺も周りじゃ、幾つでも関係なく、顔がいいヤツから男女も関係なく、連れて行かれたからな。俺はこの面のおかげで残ったが」
そう言ってアリが笑った。アリは両目の大きさが違う。左の目が右に比べて細いのだ。瞼の長さが違うせいか、過去に手ひどく殴られた後遺症なのか、マコウは知らない。ただ、この目つきのせいで、普段から何もしていないのに睨んでいる、と言われることがあった。交渉の時に邪魔になる事があったが、本人は周囲に恐れられる方が良いと思っているので、「楽で良い」と積極的に捉えている。
「いずれにせよ、生き残っている可能性が高い。そういうわけだな」
「どういう目にあっているかは、わからねえがな」
言い終わると、アリが飲み切ったカップを食卓に音を立てて置く。ライは、それを目で確認したが、二杯目をおごるつもりはないようだ。これはアリが悪い。親の気に障るようなことを言ったせいもあるだろう。
「生きているなら、見つけて助けてやって欲しい」
ようやくライが本題に入った。この追加の依頼こそが、夕食をおごる理由だったのだろう。マコウはそうではないかと思っていたが、切り出されるまでは無視していた。
「報酬は一人頭銀貨百枚で、どうだ?」
これにアリが身を乗り出す。単純に、前の依頼報酬の倍になったからだろう。マコウは、やはりライも商人か、と感心した。
報酬が倍になると、かなり得をする気にさせられる。だけど、重要なのは依頼内容と報酬が釣り合うか、という点だ。そもそも、前の依頼は内容に釣り合わない安さだった。それでもマコウが受けたのは、暇だったからと、労力が少なく済む可能性がある――つまり、死体を見つけるだけで済む――と踏んだからだった。依頼人には、廃村で見つからなければ、別の場所に当たりをつける、と話したが、実際そうなっていたら降りていた可能性が高かった。娘が誘拐されて、王都の一室に閉じ込められている、などと明確で早く話が済む、という展開なら別だが、どこで襲われているか手探りで調べるしかないなら、依頼人には悪いが続ける方が金にならない。
次の依頼内容は、娘を生きたまま連れ帰る事だ。これは、襲撃現場を見つけるだけで済んだ、先の依頼と比べて随分難しい。まず、賊がどこに潜んでいるかわからないし、運良く見つけ出せたとしても、人質を無事に助け出すのは難しい。正直、マコウの見立てでは、難しさは倍では済まない。
マコウがこう考えていると、アリがキラキラ光る眼差しを向けてくる。未だ手にできていない銀貨の輝きだ。
「いいんじゃないか? 手付け金は?」
「こちらも倍の二十でどうだ?」
これにはマコウも少し動かされた。依頼主には言えないが、ほとんど何もしなくても銀貨二十枚くれる、という話だからだ。またウェイたちに相談して、それで見つけられなかったら降りてもいい。
が、これは悪魔の囁きだった。マコウの採ってきた、依頼主を裏切らない解消屋としての立場を危うくしかねない。まだ許容範囲内ではあると自分でも思うが、中心的な対応ではない。
マコウもエールを飲み切った。アリは自分ではもう頼むつもりもなさそうなので、自分の分のお替わりを頼むついでにアリの分も頼んでやる。これは、最終的に依頼交渉がまとまらなかった時に、アリが文句を言うのを封じる意味もあった。マコウはエールよりワインの方が好きなのだが、初めての店ではどれだけ薄められているかわからないので、まだ味のわかったエールにしておく。
「娘を救い出したい気持ちはわかるが、冷静に考えて、銀貨百枚に釣り合う中身じゃないな。盗賊の住処を襲って、人質を無事に助け出す、だぞ。難しいに決まっている」
「だったら、幾らまで出せばいい?」
切り返しが早かった。マコウは一瞬たじろぐ。交渉としては、金額を引き上げられる好機が来たはずなのだが、マコウは逆に追い詰められ気がした。ここで具体的な金額を言って、相手がそれに応じれば、もう降りられなくなってしまう気がする。だから、マコウは、自分でも珍しいと思いながらも、金額の上昇には話すのを避ける。
「正直言わせてもらうと、盗賊がどこを根城にしているのか、見当がつかねえ。居場所がわからなければ、救い出すのも無理だ」
「……足跡は追跡できないのか?」
「それは試した」
アリが言いながら、首を左右に振る。
「お前さん方が、囮になるってのはどうだ?」
これにもアリがすぐ反対する。
「ゴメンだね。相手がヤバすぎる。仲間全員で行きゃあ、何とかなるかもしれねえが、そうなると向こうが襲って来ねえからな」
言ってから、廃村で襲われた様を想像し、アリは身を震わす。
「ありゃあ、ただの盗賊じゃねえぞ」
ライが頷く。
「暗殺者の手口だ」
アリは驚いて口を開けたまま、数拍ライを見つめた。自分が思っていたことを言葉にされたからだ。だが、同時に、同じ意見を持つ人がいるなら!自分が過剰に警戒しすぎているわけではなかった、という安心感があった。
「その辺りはどうなんだ? 暗殺者から野盗に流れた者がいるとか」
ライの質問にマコウは頷くと、アリを見る。裏社会の情報は、アリが詳しい。
「いや、聞いたことはないけど、探りを入れてもいいな」
「王都ではなくて、プルサスの方かもしれないぞ?」
「そっか……そっちの方が顔は利くんだが、顔を出さなきゃならねえからなあ」
そこでアリはふと思い出して、聞く。
「そういや、あんたもプルサスの出じゃねえのか? 娘とそっちに居たんだろ? なぜ今王都に居るんだ? て言うか、娘も何で今頃王都にやって来るんだ?」
質問が続いている最中から、ライの表情が堅くなった。答えたくないのは丸わかりだ。
「その話が、娘の居場所を突き止めるのに必要なのか?」
「いや、どうだろう。聞いてみないとわからないかな」
アリは、ライからの圧力を感じないようで、あっさり話す。
「娘については、嫁が、いや、元嫁になるか……こっちは別れているつもりは無かったが、ずっと住んでなければ、文句は言えないな。その元嫁が再婚することになって、私が娘を引き取ることになった」
考えてみれば、夫婦とは不思議な関係だ。親兄弟は、本人同士が認めていなくても、血の繋がりから切っても切れない縁だ。友人は互いの認識がそうさせている関係だが、それを公に宣言することはない。だけど、夫婦は、たいていどちらかか信奉する教団で、夫婦であることを宣誓する。しかし、それは親兄弟とは違い切れる縁で、切る際には通常宣言は要らない。離婚の宣言が必要となるのは、資産がそれなりにある夫婦がその分配に揉めた時くらいだろう。
この、少なくともライの立場からすれば、一方的な離婚についてもあまり他人には言いたくない話だろうが、プルサスを離れなくてはならなくなった理由は、もっと話したくないらしい。しかし、マコウには、ある程度当たりがついていた。
「密猟か?」
気にしているようなので、声を落として聞いた。
領主の森、領主の川と言われる場所がある。そこの所有権は領主にあるので、勝手に猟あるいは漁を行ってはならないし、薪を拾ったり花を摘むのも許されない。もし、それらの行為をし、発覚すれば、多くは罰金刑となる。しかし、ほとんどの量刑でされるように、為政者の裁量で罪の重さは変わり、密猟が死罪になる事もあり得る。
そうであるなら、目の前の男は逃れてきた死刑囚かもしれなかった。が、マコウはそれで動揺はしなかった。なぜなら、自分たちの方が血で汚れていると思うからだ。一応、斬ってきた相手は悪人ばかりのはずだ。だが殺されて当然の奴らばかりとは言い切れない。依頼主はそう思っていても、その依頼主が歪んでいれば、マコウたちが悪事に荷担したことになるからだ。それは、荒野の支配者の名誉に関わるため、依頼料さえ良ければ受けてきた訳ではなく、それなりの正当性があるかどうかも、見極めてきたつもりだ。だが、その判断が正しいと言えるほど常に根拠があったわけでもなく、灰色と言える境界上の依頼を受けてきた事もあった。
「そうであっても、俺たちは気にしないぜ」
マコウは手をヒラヒラと動かした。そういえば、イーギエが『荒野論』という呼び方で、領主側の主張とそれの反論について話していた事があった。確か、理論としては領主は権利を主張できても、荒野を統治できていないから、権利を主張する資格がない、とかいう話だった。荒野では自分たちの命は自分たちで守らないといけない事を良く知っている、マコウはその通りだと思った。
ライが、小さく頷く。
「まあ、そんなものだ。あちらには居づらくなってな。だから、今回も自分では迎えに行けなかった」
「行かなくて良かったんじゃねえか? 行ってたら、アンタも殺されてたかもしれないからな」
アリの言葉に、ライがニヤリと笑った。
「さあ。どうだろうな。ゼナだけを連れているから、目立たないと思うが」
「あ、そう言えば、アンタ、誰かに恨まれているとかないか?」
アリの質問にまたライの表情が強張る。
「恨まれる?」
「ああ。その線で娘が誘拐されてるなら、当たりがつけやすいだろ」
確かに。ウェイがいたならまた「失礼です」と怒る質問だったが、狙いは良かった。それをライも理解したのか、表情を緩めるとしばらく考え込む。
「いや、そんなはずはないと思うが、全くないとは言い切れないかもな。商いをしていると、自分の得の裏には、誰かの損がたいていあるものだからな」
これは、マコウにも良く分かる話だ。ライの場合、遺品を思っていた以上買ってくれなかったから、と言う理由で恨まれていてもおかしくはない。その後で行動に繫がるかは、恨みの大きさより、恨みを持った者の性格に依るところが大きい。
「ふーん、そうか。だから、付けられていたのかな、と思ったけどよ」
さらりとアリが言った内容は、マコウにとって驚きだった。
「ん? 付けられていたのか? ナック兄弟が?」
「あの兄弟というよりか、連れていた商人の誰かじゃねえかと思うが。……いや、兄弟が恨まれていた線もあるよな。あいつらできるヤツだったからな」
アリはさらに話を発展させようとしていたが、マコウはアリの中では当たり前になっている、付けられていた部分が未だ根を張っていない。そこを問い詰める。
「なぜ、付けられていた、と決められる?」
「だって、そうとしか考えられないだろ? 焚き火は遠くから目につきにくいようにしてあった。あの村も街道からは外れている。わざわざ探しに来ねえだろ。だから、付けられたとしか考えられない」
言われてみれば、そうだとしか思えない。マコウは、アリの目の付け所に感心しながら、全く目がないと思っていた、依頼主の新提案を通すのが不可能ではない気がしてきた。
「とすると、付けていたのは双子樹の町からか?」
「どうかな。その前からかもしれないが、あんまり長いと付けるのが大変だから、プルサスからべったりではないだろうな」
「いや、双子樹の町でヒモが付いていたならそれでいい。そこで聞き込みできそうだな」
「受けてくれるかね?」
ライが嬉しそうな顔をした。
「仲間の話を聞いてから決めさせてもらおう。ただ、受けるとなれば、今度は五人全員の力を使うことになる。盗賊の住処を襲うんだからな。準備しておいてくれよ」
「うむ」
ライが力強い頷いた。
「前金は?」
アリが恨みがましい声で聞いてくる。ライにではなく、マコウに、だ。
「翌日、出発前に、受け取りに行く」
「そうか。なら、渡した袋を返してもらえないか?」
仕事柄、在庫として袋を複数抱えていると思っていたが、財布サイズの小袋はあまりないらしい。そう言えば、ウェイ用の袋は既に大きめだった。
「ああ、もちろん」
マコウが、もらった小袋の中身を本来の財布へと移し、空になった袋を渡す。アリも渋々同じようにした。袋一枚損した気分になっているのだろう。
「これを飲み終わったら、早速仲間に話をしようと思う」
そう言うと、アリが残っていたエールを一気に飲む。まるで、早く飲むことで明日も、と言うか明日の手付け金が貰える時が、早く来ると思っているかのようだ。仕方ないので、マコウも早く空けることにする。カップを掲げると、依頼主に聞きよい言葉を言う。
「娘さんの無事を祝って!」