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03 酒場

「一人頭、銀貨五十枚? ……しけた依頼だな」

 マコウはぼやきつつ、ハムエッグを突いた。テーブルには、他に白パンと薄めていないワインが入ったカップがある。貴族の食卓とは比べるべくもないが、一般市民としては豪華な食事だった。

 窓は開いているが、奥の席なので薄暗い。外からは物売りの声が聞こえてくる。賑わう商業区からは少し離れているので、うるさくない。

 酒場『オーガーのゲップ』。

 マコウはいつも、この宿で寝泊まりしていた。一階の食堂は食卓が四つあり、マコウが掛けている他に客は居なかった。

 朝から酒場の飯を食べる者の大半は、宿泊客だ。城壁内に住まいを持つ者なら、自宅で、パンや干し果実をかじり、余力があればスープを付けるくらいの食事を摂る。仕事に行きがてら、露店で食べる者も多いだろう。わざわざここに寄って食べる者は皆無だ。それゆえ、親父が食事の提供を始めるのも朝早くからではない。あるいは、遅い提供だから、客が寄りつかないのかも知れない。

 この食堂が混み始めるのは昼からだ。マコウを含め、一日二食の者がほとんどだが、早朝から働き出した者は、起き抜けにほとんど食べていない場合が多い。そういった連中が休憩がてら食事をするのが昼頃だ。その混雑が来るのは半刻から一刻後だろう。

 朝食を運んできた酒場の親父に伝えられた依頼は、待ちかねたものだったが、中身はあまり美味しそうではなさそうだ。

「行方不明者の捜索、いや救出なんだよな?」

「ああ。詳しくは依頼主に聞いてくれ」

 続けて言われた場所を聞いて、マコウは報酬額について納得した。商業区だ。中小の商人では、解消業の連中を雇う金が十分あるとは言えない。

「一人頭って事は、十人で受けたら――」

 言い切る前に否定された。

「ンなわけねえに決まっているだろ。依頼主は俺らと同じ平民だ。お前らが五人組だって事は伝えてある」

 出費は銀貨二百五十枚。経営が傾いた店なら厳しい。と言うことは、依頼主の経営は上向いているか安定しているかと考えられる。

 マコウはワインを一口飲んで考え直す。

 いや、傾きかけた状況を打破してくれる人が、行方不明になったのかもしれない。それだったら、なけなしの金を提示してきた可能性もある。

「もちろん、親父が既に二百五十枚預かっているんだろうな?」

 解消業として働く者にとって、働き損はしたくない。依頼を頼む側は、仕事をされずに金を持ち逃げされたくない。この事態を避けるため、仲介屋に一括で報酬を預ける仕組みがあった。仲介屋が持ち逃げするとご破算になる仕組みなので、ここの酒場の親父のように、気軽に逃げられない立場の者が仲介屋になる。

「いや、あんたらが何人動けるのか分かってなかったからな。最大で五人だと伝えただけだ」

「……って事は、急ぎの仕事かよ」

 魔道士のイーギエとドワーフのガラムレッドには、本業があった。優男やさおとこのウェイには定職が無かったが、人気者なのですぐに捕まえられるかはわからない。確実にすぐ動けるのは、マコウ自身の他に、決まった仕事もせずこの酒場に入り浸るアリだけだ。

 アリは放っておいてもこの酒場にやって来る。逆に、マコウはアリの家を詳しく知らなかった。

 母親と幼い弟を連れて王都へ移ってきたアリには、独り者のマコウと違って住まいが必要だった。その手配をしたのはウェイだった。マコウも手伝えたが、ウェイがいたので任せた。

 アリの母親は、会って得をする相手とは思えなかった。母親と仲が悪いアリの言い分しか聞いていないから、一方的な判断だとは分かっている。だけど、子供の頃のアリを放置していたのは事実なはずなので、勝手に悪い印象を抱いていても間違ってないだろうと考えている。

 ちなみに、ウェイはアリの母親について、「素敵な人ですよ」と評していたが、ウェイが「素敵ではない」と言う女は存在しないと思っているので、全く参考にはならなかった。

「俺が出た後に、アリが来たら、依頼があった事を伝えておいてくれ」

 簡単な頼み事だったが、酒場の親父はそれを断る。

「それを聞いた途端、ツケで食べようとしやがるからな。あんたから話がある、とは伝えてやる」

 マコウは、酒場の親父の読みは当たっていると思った。

「ああ、それでいい。受けるかどうかわからねえのに、ツケられると面倒になるからな」

 酒場の親父は頷く。

「できれば、受けてやれよ。今日中に誰も動かなければ、半額返さなきゃならねえんだからな」

 さすがに王都だけあって、マコウたちのように解消業を自称する集団は多い。ゆうに十は超え、もしかすると二十いるかもしれない。それぞれ拠点となる宿や酒場などが仲介屋となっているのだと思うが、ここを拠点としているのは、マコウたち『荒野の支配者』の他に、『赤熊』と名乗る髭面――と言っても男どもはたいてい髭面で、赤熊のリーダーは特にもじゃもじゃ度合いが凄い、というか酷い――連中がいるだけだ。赤熊の面々は、普段大半が人足をやっていたはずなので、急な仕事は向いていない。他に近所を拠点とする何組かが、仕事がないかと、ここに顔を出す事もあるようだが、それが都合良くすぐやって来る可能性は低い。だから、酒場の親父にしてみると、マコウたちに断られたら後がないのだ。

 しかし、実際に活動することのない親父にとっては、依頼が流れても損はない。臨時収入が減るだけだ。むしろ、話しぶりでは口利き料の半分はもう返さなくてよいらしい。とはいえ、返すことになる額によっては、溜息の出る大きさは変わってくる。

「……いつも思うんだが、仲介手数料ってのはどれくらい貰っているんだ?」

「いつも言ってるだろ。それはあんたらにゃ関係ねえって」

「へえへえ、そうでしたね。立派な御身分だ。自分では動かずに俺たちの上前をはねて、その後も俺たちから飯代をせしめてるんだからな」

 非難するような文句だが、マコウ自身はそういう気持ちはほとんどなかった。仲介屋がいるからこそ、自分たちに依頼が回ってきているのは、よく理解している。特に、王都に来たばかりの頃は、いくらプルサスで少し名が売れた解消業だと言っても信用されなかった。王都への移行を強行した手前、マコウはむしろ、この酒場の親父を恩人だと思っていた。

「抜かせ。飯代だけじゃねえ。宿代も巻き上げてるぞ」

 マコウの気持ちはわかっているようで、親父はニヤリと笑った。

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