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02 夜明け

 夜が明けようとしていた。

 薄闇の中、黒い物体として点在するのは、不揃いの建物。ある物は屋根が落ち、ある物は壁が欠け、住まいとしての用途は果たさなく為っていた。

 ここは廃村。碧石の国のあちこちで、同じような場所があった。

 都市部の人口増加に弾き飛ばされた結果だったり、独立心を満たす目的で造られたりしたが、それらの試みは大抵の場合失敗し、こうした夢の残骸と成り果てる。

 村落の衰退には、例えば疫病や飢饉という環境的要因がある。魔物に襲われるのも、環境的要因と言えるだろう。そして、それとは別に、人的要因もあった。

 盗賊に襲われる、という単純なものから、村が発展するのを良しとしない勢力からの横槍もあった。

 例えば、宗教的な集団が開拓村を創ろうとする場合、その宗教とは仲の悪い集団が妨害してくる事がありえる。恐ろしいことに、同じ宗教派閥であっても、開拓村を成功させる実積を残させないために、ライバルが人を派遣したり、あるいは直接乗りこんでくる場合もある。この場合、教団には足を引っ張った事実を知られないよう、証拠を残さない事が重視される。

 もちろん、聖界だけでなく、俗界も歪んでいる。

 領地内に、税の免除という特権をちらつかせて、農地拡大を奨めているはずの領主が、本心ではそうした自由村が成立するのを好まず、排除する場合もあるからだ。

 だが、廃村のできる最も一般的なパターンは、単純に、試作段階から生活を維持できないだけだった。生き物の多くがそうだが、村も生まれて育つまでに死ぬ場合が一番多いのだ。

 開拓を試みた者にとっては、十分備えをしたつもりでも、実際には十分ではなかった。その単純な過ちが、多くの土地で試みられて、村は滅び、人の記憶から消え、やがて自然に呑み込まれていく。

 しかし、この廃村はまだ、完全に自然に呑み込まれていなかった。あちこち、藪に包まれ、壁や屋根の上には蔦や苔が生えていたが、大まかな形はそのままだ。残っている家屋の数の少なさから分かるように、ここもまた成長しきる前に放棄された村だった。

 徐々に薄れていく闇は、地面近くに隠れていた物を、まずは黒い塊として浮き上がらせる。

 死体だ。それが五つ。廃墟の中に転がっていた。

 村が死んだのは、何ヶ月、何年も昔だったが、それらの死体は未だ新しかった。実際、その夜の間に作られたものだった。

 廃墟の中央近くの家屋の屋根に一人の男が横たわっていた。こちらは死んではいない。名をボウロウという。少なくとも、周囲にはそう名乗っていた。

 そのボウロウが、薄明かりの中で、パチリと目を開けた。彼がすぐ陥ったのは混乱だった。なぜ自分はこんな所にいるのだろうという錯乱。しかし、それはすぐに消える。答えは、前後不覚になるほど酔っ払った者が目覚めてから、やがて至る中身と同じ、単純に「自分がそこで寝た」からだ。

 酔っ払っいと違い、ボウロウは自分がここを選んだ記憶はあった。そして、頭がすぐにはっきりした点も酔っ払いとは違っていた。すぐに意識が明瞭になったわけは、ある意味、ボウロウは寝てはいなかったからだ。体は休めていたが、頭は半分しか寝ていなかった。

 表面上寝ているように動きを止めながらも警戒し続ける行動は、ある見方をすれば、あまり難しいとは言えなかった。野生動物のほとんどが、この技術を習得しているからだ。

 ボウロウは動かないまま、自分が目覚めた理由を考えていた。何かが自分を起こしたはずだったが、それが何かわからなかった。まずは、身を起こさず、耳だけで周囲の様子を探る。

 鳥が鳴いていた。昼と夜では鳴く種類が違うが、外ではたいていどこかで鳥が鳴いている声が聞こえる。虫の鳴く声も聞こえる。しかし、ボウロウにはどれが鳥の声でどれが虫の声かはあまりわかっていないので、どちらも一緒の雑音だった。虫の立てる音で気になるのは、ハエがブンブン呻る音だ。ボウロウは見下ろさなかったが、死体に集るハエだと容易に想像できた。

 目覚めて、近くに死体が横たわっている事には驚きはない。その半分ほどはボウロウ自身が作ったものだからだ。

 それ以外に、気になる音はなかった。もちろん風が草木を揺らす音などはするが、人や獣が立てる音はしない。今のところは。

 ボウロウは半身を起こすと、この場を去る事に考えを傾ける。

 わざわざ、他の者と一緒に引きあげなかったのは、まだ生き残りがいるからだと思ったからだ。斥候は、あまり自信がなさそうだったが、もう一人いる報告をしていたし、ボウロウも先陣を切った時には、もう一人居た気配を感じていた。

 一方で、戦いの最中や後で、この場を慌てて逃げていく音はなかった。だから、未だ隠れているのでは、と判断したのだ。もし、戦いの最中に静かに落ち着いて逃げられていたなら、聞き落としていたかもしれない。その場合も、仲間の生死や回収できる荷物がないかと、確認に戻ってくる可能性があった。

 他の者なら、「きっと大丈夫だろう」と楽観し放置しただろう。だが、ボウロウはそうせず対処してきたから、今の自分がある、と理解していた。まして、「目撃者を逃がす」事は、それを阻むのに多少の危険があっても、許してはならないことだった。

 しかし、これ以上留まるのは、別の危険が大きくなっていた。死体に引かれて、肉食獣が、そしてもっと危険な魔物が寄りつくかもしれなかった。

 自分がパチリと目覚めた事に、違和感があったが、この違和感が常に正しいわけでもない、というのも知っていた。何でもない朝に、同じようにはっきり目が覚めることはたまにあった。それに、今の環境は長く寝ているべきではないという認識が、ボウロウを起こしたかもしれなかった。

 ボウロウは小さく首を左右に振った。警戒しすぎている自分への嘲りだ。しかし、判断と行動には悔いがない。待ち伏せても危険は少ないと判断したからこそ残ったのだ。たとえ、得られた物が徒労だけでも、損のない警戒は間違っていないはずだ。

 その時、ガサガサと草を揺らす音がした。ボウロウの背後方向からだ。ボウロウはそちらへ顔を向けると共に、腹ばいに伏せる。こちらはほとんど音を立てなかった。

 ボウロウは自分の違和感が間違えではなかったと知った。そちらにある廃屋から、人影が出て来たからだ。

 あと八半刻遅かったら、ボウロウは取り逃がしていただろう。自分でも過剰だと時折思うほどの警戒を、あわや潜り抜けようとした相手には、敬意すら覚えていた。明るくなってきた空は、隠れ潜んでいた相手から闇を払う。それを見てボウロウは、驚きと興味を持った。

 しかし、見つけてしまったからには、見逃すつもりは毛頭無かった。ボウロウは、ダガーを抜く。ダガーの刃には、まだ拭い切れていない血の跡が残っていた。

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