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22 夜襲

 小雨が降っていた。そのせいで、ガラムレッドの機嫌が悪かった。仲間でも表情がわかりづらいのだが、不機嫌だけはわかる。それは妙に可笑おかしく感じるのだが、ガラムレッドの前でニヤニヤするヘマはしない。大人になって誰かに怒られる機会は減り、怖くもなくなったが、マコウはガラムレッドに怒られるのは恐かった。なぜか子供の頃、親に説教された気分にさせられるのだ。

 キャンプ地の片付けはしない。そもそも、必要のない荷物は置いていく。財布は、体の重心がずれるので戦う時には邪魔だ。だが、アリは財布を置いていくのを嫌がる。それで命を落とされれば、こちらが迷惑なのだが、幸いアリの財布の中身はたいてい軽い。今回も携帯を好きにさせた。

 置いていきたいが持ち運ばねばならない物として、食料があった。昔は嵩張かさばる食料を置いて戦いに出ていたが、ある時獣に荒らされて、酷い状態にさせられた。匂いに釣られてやって来た獣は、単に食料を食い散らかすだけでなく、他にも見つからないかと漁るのだ。おかげで、食べ物とは関係ない袋を幾つも裂かれた。

 持ち運ぶ荷物は、武器を除いて、全て背負い袋に入れる。戦いになっても両手が空くようにするためだ。それでも、荷物を背負わない方がもちろん戦いやすい。今回は、入口を静かに通れたら、ホールの隅に背負い袋を下ろせるかもしれないと、一度考えたマコウだったが、仲間たちに提案する前に取り下げた。もし撤退となった時に背負い袋を回収できなければ、食料を失うことになりかねないからだ。そんな危険を残すくらいなら、荷物を背負ったまま戦った方がマシだ。なんだかんだ言っても、マコウたちは背負い袋を装備しての戦いには慣れていた。

 ガラムレッドは既に鎧を着込んでいた。マコウは脱いでいた鎖帷子(チェインメイル)を着て、盾を持つ。長旅や急ぎの旅なら、硬革鎧ハードレザーを着るが、戦いが待っているなら、マコウはこの鎖帷子(チェインメイル)を着込む。刃や鉤爪を防ぐのに有効だからだ。

 野盗を夜襲する上で、最初の問題は、いかに接近するかだ。丘のふもとに出るまでも一苦労だった。暗い森は、進むのに全く向いていないからだ。

 明かりは敵に悟られるために使いたくない。さりとて使わなければ歩けないので、イーギエが杖の先を弱く光らせて、さらにその杖の先を低く、地面に近づけて、離れた所から見えないように工夫する。

 明かりの魔法は、弱い状態を維持するのは難しいらしく、時折揺らめいた。イーギエがよろめき、悪態をついた時もやはり揺らめく。敵に悟られないかとマコウは気になるが、イーギエが苦心しているのはわかるので文句は言わない。

 昔は、イーギエの弱い光はもっと明るかったが気がする。それだけ今はイーギエの技術が向上したのだと思うが、それでも実はウェイのホタルの魔法の方が明かりは弱い。こちらは元々弱めの明かりしか発せられないので、弱く調整するのは楽なのだろう。

 闇を見通せるドワーフは、この暗さの問題は関係なかったが、板金鎧プレートメイルの動きづらさと体の小ささのせいで、やはり夜の森は歩きづらそうだった。

 塔のある丘の麓に近づくと、イーギエは明かりを消した。ウェイは、ほとんど周りを照らさないほどまでにホタルの明かりを弱めた。これで、向こうからは見えないはずだ。

「さてと、ここからが第一の関門だな」

 木の幹に手をつき、マコウが大きく息を吐いた。

 事前に決めた作戦は単純だった。アリが侵入した時に使ったという、見張りが見ていない時に近づくという手だ。最大の違いは、素早く静かに動けるアリだけでなく、ガシャガシャドタドタと歩くドワーフがいるという点だ。だから、見張りに気づかれた時に対応できるように、アリとウェイが先行する。

 見張りが近づく敵に気づいたなら、アリは石弓クロスボウで、ウェイは弓矢、あるいは必中の風の矢の魔法で、狙撃することになっていた。それで黙らせられるかは運頼りだ。むしろ、成功する目の方が出ないだろう。だから、叫ばれれば、アリとウェイが中に入り、後続が到着するまで入口の広間を守る手筈まで決めていた。敵の気の緩みようから、広間の制圧は荒野の支配者が先だろうと読んでいた。

 そういうわけで、まずはアリとウェイが見張りの目をくぐる必要があった。ウェイの遠目の魔法は使えなかった。魔法の効果を自分で終えられる魔法もあるが、遠目の魔法はそれができないタイプらしい。最初から効果時間を短めに発動させる工夫はできるようだが、それでも八半刻くらいは効果が残る。しかも、この切れる頃合いは、常に一定でなく、本人でもいつになるか良くわからないようだった。その間、片目でしか戦えないのは危険だ。

 この問題以前に、遠目の魔法は暗闇に弱いという問題も抱えていた。マコウには良くわからないが、遠く引き伸ばした情景は暗くなる傾向があるらしい。だから、弱い光の情景は暗くてわからなくなる。暗い夜は余計にわからない。

 イーギエに言わせると、そこに明かりの魔法を組み込めば問題は解決するらしいが、ウェイにはその調整はできなかった。どうやら、独学の魔法と、魔道士ギルドで教わった魔法との差らしい。しかし、イーギエも、複合魔法そのものは難解であることを認め、自分が代わりに遠見の術は使えない、と言っていた。

 こういう時に頼りになるのはドワーフだ。背が低く遠くまで見通せないので目が良くないと思われがちだが、少なくともガラムレッドはマコウより目が良かった。ふもとの木陰から、塔の上を見つめる。

 百拍近い沈黙の後、ガラムレッドが呟く。

「おらんな」

「ん?」

 言われた意味が理解できず、マコウが聞き返した。聞き違いかもしれない、とすら思っていた。

「見張りがおらぬ」

 ぶっきらぼうにガラムレッドが言った。マコウより先に、アリが理解に行き着き、笑いながら首を振る。

「マジかよ。気が抜けてるにも、ほどがあるぜ」

 それからアリは手の平を天に向ける。

「この雨だ。で、中に入っちまったんだろ」

 マコウはようやく理解したが、今度は呆れて言葉が出なかった。土砂降りなら、視界も限られるので、屋内に避難ひなんするのはわかる。だが、たかだかこの程度の小雨で、見張りが役目を放棄ほうきするなど、発想としてなかった。

「小雨でも、降ってくれて幸運でしたね」

 ウェイが楽しげに言うと、ガラムレッドは不満げに鼻を鳴らした。


 塔への接近する問題が、向こう側から解決すると、荒野の支配者はあっさり塔への侵入に成功した。入口の扉は、アリの報告どおり、かんぬきが外されていた。おそらく、ゼナが手を加えたのだろう。

 しかし、ここで意外な問題が発生した。扉を抜けた後で、扉の構造について、イーギエが話し出したのだ。両開きのその扉は、古代魔法王国時代の物ではなく、魔道士ギルドによる前回の大規模調査の際に造られた物だ、とイーギエは主張した。その証拠に、扉は木製で枠組みごと出入口の穴にはめ込まれた形跡がある、と示した。これにアリが乗った。アリは後付けの扉なら体当たりで開いたのではないか、と興味を示したのだ。

 さすがに、興奮して大きな声で話し出す二人ではなかったが、気が逸れているのは良くない。

「そこまでにしておけ。続きは後にしろ」

 そう言ったマコウも、心の中では再調査の依頼はほぼないな、と考えていた。イーギエの分析のとおりなら、前の調査では大工まで連れて来た事になる。調査団の規模は、村を開拓する集団と同じくらいになるだろう。それほどの金がそう度々動くことはない。まして、ここは枯れた遺跡なのだから。

「では」

 ウェイが何かを握った。手の中のそれは見えなかったが、マコウにも何かはわかる。煙石と呼ばれる小さな穴がたくさん空いた石だ。煙幕の魔法の触媒なのだ。

 イーギエも前に出てきた。入口から向かって右はウェイがいるので、イーギエが向いたのは、マコウとガラムレッドがいる左側だ。魔法の言葉を唱えて、イーギエとウェイがそれぞれ煙石を廊下に転がすと、そこから音も無く、煙がモクモクと吹き出す。それをしばらく見てから、アリが叫ぶ。

「火事だぁ!」

 続いてマコウも叫び、ウェイが最後に叫んだ。ウェイの叫びを聞いてから、一番上手かったな、とマコウは思った。演技もウェイは得意なのだ。

 イーギエは後ろに下がると、消してあった杖の先に明かりを灯す。塔の中は、アリの報告にあったとおり、中央の柱がぼんやり光っていたが、薄暗い。明かりの魔法で、戦いに十分な明るさが得られた。イーギエはこの柱にも興味を示していたが、さすがに調べるのは後回しにしていた。

 ざわめきはすぐに感じられた。廊下に面した部屋の出入口は、マコウの前の廊下に二つ見えた。そのどちらかはわからない、あるいはどちらもかもしれないが、寝ていた野盗が起き出したのに違いない。

 最初に姿を現したのは、意外な人物だった。出てきたのは、アリたちの側だった。

「ゼナ、ちゃん?」

 ウェイの戸惑った声が聞こえた。

「ジイナさんは下に居るから!」

 確かに、女の子と思われる声が返ってきた。しかし、言っている内容が何だか変だ。

「待て、ウェイ! 追うな! 穴が空く」

 アリの鋭い声が飛んだ。状況がわからないマコウは、思わず声を掛ける。

「確保したのか?」

「いや、それが……」

 戸惑ったウェイの声が返ってきたその時、マコウたちの前の煙から、男が一人現れた。その男は、この夜に野盗が取っていた行動の中で、最もまともな対応を見せた。煙の中へ引き上げると、叫びだしたのだ。

「敵襲だ!」


 ボウロウは起きていた。パッチリと目が覚めた後は、横になったまま、何をきっかけに自分が目覚めたのかを考えていた。あるいは感じ取ろうとしていた。

 微かに声が聞こえた。だが、それだけでは取り立てて変なことではない。別の部屋で寝ている者の寝言や会話はよくあった。

 火事だ、という叫びを聞いた時、ようやく異変に気づいた。最初に浮かんだのは違和感。それを探り、火元に思い当たらないので、付け火だろうかと考えた。ボウロウはようやく身を起こし、剣を帯び、ブーツを履き始める。何が起きているにせよ、動くべき時だと心が告げていた。

 その後で、また、何か話し声が聞こえ、パタパタと足音が近づいてきた。ボウロウは月光石がっこうせき に手を伸ばし、それを打ち付けた。光り始めた水晶を入口に向けた時、暖簾のれんが動いた。飛び込んで来たのはゼナだった。

 ボウロウは、無意識で剣の柄に手をやっていた。しかし、間に合っていなかったと気づく。もし、ゼナが入ってきて立ち止まらず、そのままボウロウに体当たりしてなら、そしてその小さな手に刃物が握られていたなら、ボウロウは完全に刺されていただろう。

 身のこなしの問題ではなかった。意識の問題だった。腑抜けた警戒心の野盗たちを見下げていたボウロウだったが、自分の緊張の糸も緩んでいたのだと痛感する。

 心の中で、自分の頬を張り倒すと、ボウロウは鋭さが戻った眼差しで、ゼナを見る。すぐに異常に気づいた。両足首を結んでいたロープが切れていたのだ。

 ロープの切り口は粗かった。何か硬い物にこすりつけて千切ったのだろう。それはできるだろう事は予測していた。それでも対処してなかったのは、千切ったところで無駄だと思っていたからだ。それだけでは逃げ切れず、ロープを勝手に千切った事で折檻せっかんを受け、下手をすれば鎖や鉄などでできた足枷を付けられる事になる。ゼナもそれをわかっていて、そうしなかった。だが、今切れているなら、ゼナは「今がその時」と思ったに違いない。

「何が起きている?」

「助けが来た。あんたたち、みんな殺されるよ」

 淡々と言うと、ゼナはボウロウの側へ近づく。

「でも、おじちゃんだけは、逃がしてあげるよ。それで、チャラ」

 気を張り直したばかりのボウロウは、混乱なく言われた内容を理解できた。だが、足を踏ん張っていた心持ちをもってしても、頭に血が上った。

 パチンと音がした。反射的に、ゼナの頬を張ってしまったのだ。

「生意気な! どれだけ目を掛けてやったと思っている」

 横に向けられた顔をゆっくりと戻しながら、ゼナがボウロウを見上げた。

「だから、逃がしてあげるんでしょ。殺さないでやった、とか思ってるなら、それはこんなとこに連れて来たことでチャラ。だから、さっきのは一つ貸し」

 ゼナがぶたれた頬をさすった。痛いからというより、貸しとなった行為を確かめさせているようだった。

「くっ!」

 またボウロウはゼナを張り倒したい衝動に駆られたが、腕を震わせただけで、堪えた。この気持ちは、追い詰められたという焦りから来ている自覚もあった。だから、余裕のあるゼナに腹が立つのだ。

「あんまり時間はないと思うよ」

 そんな事はわかっていた。状況が良くわからないので、どうすべきか考える余地がないのだ。

 敵は何人なのだ? 本当に、ゼナの父親がここを突き止めたのだろうか?

 疑問は浮かぶが、状況を確認している間に、手遅れになる可能性は高かった。もしかすると、この後で野盗たちが襲撃者を撃退する展開もあり得たが、見つけられた以上、ここはまた襲われる危険があった。

 この塔は守るに適した建物であるはずだったが、ちゃんと守れる人材も備えもなかった。……引き払い時だ。

 腹が決まると、もたつきはしない。ボウロウは最低限の装備を調えながら、ゼナに聞く。

「どういう策だ?」


 しばらくして、野盗の一人が「ボウロウ、お前も手を貸せ!」と言いながら、部屋に入った時、薄暗い部屋には誰も居なかった。


 敵襲と言う声を聞いた後、敵はなかなか現れなかった。煙はさらに深くなり、下りの階段口はウェイたちから見えなくなった。広がる煙にウェイたちも徐々に下がる。ウェイは、奥に消えたゼナと、そのゼナが助けるように示唆した人質について気になったが、そのウェイの焦りを把握していたアリに「突っ込むなよ」と注意されていた。

 焦って待っている時間は長く感じる。盗賊たちが煙の向こうで喚き立てているのが聞こえた。しかし、パニックになって飛び出してこないほど、冷静さを保っているらしい。

「助けてー!」

 突然、女の子の声がした。ゼナに違いない。煙から飛び出してきた小さな影は、煙が薄くなっている場所で一旦止まると、ウェイへと抱きついて来る。ウェイは細剣レイピアを鞘に納める暇もなく、剣先を下げて、空いた手で抱き抱える。

「ゼナちゃん、ですよね? 怪我はないですか?」

 本当なら、しゃがんで目の高さを合わせて聞きたかったが、煙の向こうに敵がいるかも知れないと思うと、そうそう無防備な体勢にはなれない。それ以前に、ゼナの抱きつく力が強く、かがむのは難しかった。それほど不安だったんだろう、と同情すると同時に、今のままではマズいと思う。敵が飛び出してきた時に、ゼナに危険が及ぶからだ。

「ウェイ、気をつけろ!」

 アリから警告が飛んだ。ウェイは剣先を上げて、煙に目を凝らす。しかし、そこに影は見えなかった。そもそも、ウェイはそちらをチラチラ見ていたので、まだ誰も現れていないのは確かめていた。

「違う、横だ」

 その指摘に目を転じると、下の方から薄い煙に紛れて人影が見えた。下り階段の途中からい上がって来ていたのだ。

 予想外の接近だった。相手はまだ不十分な体勢だったが、ゼナに縛られて、足を踏み出せないウェイは、弱点を突けない。仕方なく、ゼナを守る為にも抱えながら、後ろに下がる。


 アリも、突然の接近者に対応できなかった。よろよろと下がってくるウェイが邪魔だったからだ。煙の向こうの敵も気になった。

 相手を混乱させ、分断を期待していた煙が、今は見通しが利かないため、アリの足を止めていた。

 その間に、い上った男は、ウェイたちに目もくれず、駆け出す。

「マコウ、一人抜けた。アイツだ!」

 アリは、その意外な登場と身のこなしから、初めて会うその男が、伝説の殺し屋『幽霊の牙』に違いないと思っていた。


 ゼナが一旦塔の奥へ行く、という謎めいた行動を取ったのは、敵を警戒しながらの報告で、マコウたちの組も聞いていた。それを受けて、ウェイが突入すべきかと悩んでいたので、マコウは厳しく禁じた。

 それから、煙の向こう側では混乱している様子がうかがえたが、しばらく誰も飛び出しては来なかった。ウェイたちの方から、ゼナの助けを求める声が聞こえて、それをウェイが確保したのはわかった。が、その後の変化は聞いているだけではわからなかった。マコウは、向こうの様子が少しでもわかるように、ガラムレッドに手振りで前線を下げる指示を伝える。

 その直後、アリから警告が飛ぶ。

「マコウ、一人抜けた。アイツだ!」

 アイツ。具体的ではなかったが、マコウにはわかった。新たに見えた人影の身のこなしからもその推測が正しいと裏付けられる。その男は剣もなめらかに抜いた。

 間違いない。こいつが、凄腕の暗殺者だ!

 マコウがそう考えた時には、ガラムレッドは既に動いていた。暗殺者の行く手を阻むように、横に移動している。それでも広間には、ガラムレッドの横を抜けられる余地があった。しかし、ガラムレッドの戦鎚ウォーハンマーの届く範囲だ。無事には抜けられない。

 それが相手もわかっているなら、ガラムレッドをせめてよろめかせるか、手傷を負わせるかなどの隙を作らないと無事に突破できないこともわかっているはずだ。しかし、マコウは、奥から野盗たちが突撃してきたのに備えて、その場を動けなかった。廊下で止められないと、数が上の野盗たちが圧倒的に有利になる。アリたちの側も一人残らないといけないのは同じだ。ウェイは娘を抱えているため動けない。これでは野盗たちとも戦えないが、牽制すればよいだけなら、ウェイはいくらでも手がある。それをわかっていて、ガラムレッドの援護に動いているのはアリだった。しかし、ウェイとゼナの塊が邪魔で、少し手間取っていた。

 ガラムレッドと暗殺者が打ち合うのは一合か二合。これは最も重装備のガラムレッドが一番適していた役目だった。背後から迫るアリが来るまでしのげばよいだけだ。アリとガラムレッドで挟み撃ちにすれば、幾ら手練てだれの相手といえ、勝ち目はない。さらに、こちらにはイーギエがいた。時間的余裕ができれば、魔法の力で暗殺者であろうと数が多い野盗であろうと、戦況をこちらに傾けることは容易たやすい。

 一合か二合。たったそれだけの時間を堪えれば、勝てる。だが、マコウはその短い時間が怖かった。

 もし、ガラムレッドが一突きで倒されてしまったら、治癒魔法を使える者もいなくなり、死に直結してしまう。ガラムレッドが倒されなくとも突破されたら、イーギエが危ない。

「ガラン、下がれ。そいつは標的じゃない。標的は確保した」

 気が付くと、マコウはそう口にしていた。それを受けて、ガラムレッドの足が止まる。

 束の間、沈黙が訪れた。アリだけが舌打ちをして、進もうとしていたが、よろめくウェイに阻まれていた。

 暗殺者が剣を鞘に納めた。言葉を交わさなかったが、マコウは交渉が成立したのを確信した。

「イーギエも、そいつに構うな」

 これは、多分に盛った言い方だった。まるで見逃せと言ったようだが、見逃してもらうのはイーギエの方になるからだ。早い術でも一拍か二拍かかる。それは早抜きの使い手にとっては、あくびが出るほど遅い時間だ。

 実際に、イーギエが下がったかは確認する余裕がなかった。煙の奥から雄叫びを上げて、野盗が飛び出してきたからだ。

 数は二人。鎧を着る暇はなかったようだが、武器は持っている。盾で押し、戦鉾メイスを払い、ガラムレッドが戻るまでの時間を稼ぐ。アリたちの方でも声が聞こえた。

 野盗の攻勢が始まった。


 下り階段の半ばからい上がっている途中、ボウロウは相手が只者ではないのがわかった。静かに、煙に半ば隠れて上っており、ゼナが気を引いていたはずだから、体勢が整うまで見つからない見込みの方が強かった。だが、相手はちゃんと周囲を警戒していた。ボウロウに気づいてからの対応も早かった。ゼナが居なければ、殺されていただろうと感じた。

 ゼナのお陰で抜けられたはずなのに、ドワーフに行く手を遮られた時も、驚かされた。完全に不意を突いたはずだったのに、それに合わせてこられるのはかなりの手練てだれだ。この塔を突き止めた事からも、その構成や動きからも、この男たちがかなりの腕の始末屋だとわかった。

 ボウロウには、ここが知られた理由が良くわからなかった。襲撃の生き残りはただ一人も許しておらず、痕跡こんせき辿たどられないよう細工もしていたからだ。思い付いたのは、補給係が尾行された可能性しかなかった。しかし、それにしても数多くいる食料品の買い付けをしている者から正しい相手を見つけ出す手間は大きい。それに、塔を襲ったタイミングも微妙だった。補給係が出て行って数が減った直後なら納得できるが、あと一日すれば帰ってくるようなタイミングだったからだ。ただし、このタイミングなら、少しずれると補給係が戻ってきてしまうが、この時期が一番守り手の気が緩んでいる時かもしれないかった。それを狙っていたなら、本当に恐ろしい相手だ。

 そう考えていたボウロウだったが、背後から「アイツだ」と声を掛けられた時、肝が冷えた。始末屋たちは、行方知れずになった商人たちの仇を討ちに来たのではなく、ボウロウの首に掛かった賞金を目当てにしていたのか、と思ったからだ。直後に別の者が、「標的ではない」と言ったので、ボウロウの思い過ごしだと落ち着けた。だが、それだと「アイツだ」と言われた意味がわからなかった。しかし、それを考える余裕はなかった。

 敵意がないことを示すために剣を納めると、リーダーと思われる相手に伝わった。暗に、邪魔をしないなら早く立ち去れ、と示された。

 どのみち、ボウロウには勝ち目がなかった。立ち塞がったドワーフしかり、リーダーらしき男しかり、後を追おうとしている男は恐ろしかったし、ゼナが下半身の動きを封じている細身の男でさえ、勝ち筋が見えなかった。刃を叩き込める軌跡が見えたのは、奥に居るローブの男だけだった。その男にしても、魔道士に違いないのだから、単純に隙があるからと近寄るのは危険すぎた。だから、剣は抜いたところで身を護れる道具になっていなかった。

 出入り口の扉に差し掛かったところで、背後から突撃してくる野盗たちの声が聞こえた。すぐに始末屋たちの意識がそちらへ向く。

 その瞬間、ボウロウの頭に、近くにいる魔道士を仕留めるべきか、という選択が浮かんだ。声を出さずに仕留められたら、もう一人くらいは、一撃で倒せるだろう。そうすると、挟まれた形になる始末屋たちは一気に不利になる。

 しかし、その企みは一瞬で冷まさせられた。すがりついていた相手から素早く離れ、魔道士の側まで来たゼナが、ボウロウを鋭い視線で見ていたからだ。

 気圧けおされたのを自覚したボウロウは、苛立ちからゼナを仕留めてから去るべきかと考えた。が、始末屋の標的はおそらくゼナだ。それを倒すと、今逃げられても恨みは残る。同じく、のちに相対した時に楽になれるよう、魔道士だけ削っておく案も、恨みを買う。特に後者は、仕事そっちのけで追い回される危険があった。組織の助けを借りられない今、ボウロウは鼻の利く猟犬から逃げ続ける自信はなかった。

 束の間の判断の後、奥を見ると、野盗たちは鎧を着けずに戦っていた。いつ襲われるか判らない状況だったので、その選択は間違いとは言えない。廊下の双方から同時に打って出る策も悪くない。しかし、そうするなら、あと二十拍ほど早ければ良かった。ボウロウが意識を引いた直後だから、勝ち目は大きくなっていた。

 しかし、そうなると、偶然の一致なのにボウロウも襲撃の一環と見なされ、見逃し対象にはならないだろう。結果的に、始末屋を倒せる可能性は高くなるが、その時ボウロウが最後まで立っていられる保証はない。そして今、ボウロウが加勢する意義は弱く、野盗たちの勝ち目は少ない。

 ボウロウは扉を引き開け、外に出る。そちらを見なかったが、最後まで、ゼナがボウロウを見つめているのは感じていた。きっと名残を惜しんでいたのではない。見張っていたのだ。


 野盗たちはほどなく片付いた。鎧を着けていないのは大きかった。戦い慣れている荒野の支配者の面々は、人の弱点を心得ている。その弱点を護る物がなければ、あっさり倒せる。相手は降伏する暇すらなかった。だが、これはマコウが意識したことでもあった。

 事前にウェイとガラムレッドを説得していたが、改めて考えさせる場面を作るべきではないと考えたからだ。おそらく、アリの方でも同じようにしているだろう。

 煙は薄く、しかし広がりつつあった。ほとんど広間にまで後退してから、マコウはもう一方の戦況を確認する。戦いが終わっていたのは音でわかっていた。むしろ、あちらの方が早く終わっていた気もしていた。

「こっちは二人仕留めた。そっちは?」

「こっちも二人だ」

 アリが返事をした。

「合わせて四人。先ほど逃がしてやった一人を加えて五人か」

 ホールにいたイーギエが素早く計算して答えた。

 イーギエの魔法は今回も大きな成果を上げた。光の矢の魔法を、それぞれの戦場へ一本ずつ撃ち込むよう、マコウが指示したのだが、それは肉体への怪我としてより、心に効いた。野盗たちにとって、煙幕の魔法で薄々気づいていたかもしれないが、恐れていた魔道士の存在が確実になったのだ。その一撃を境に、野盗たちの動きが萎縮いしゅくした。アリたちの方面でもきっと同じ効果だったのだろう。

「確か、七人だったはずだな?」

 総数について、マコウがアリに聞いた。が、答えたのは、いつの間にかイーギエの側に移動していたゼナだ。

「うん。あと二人。たぶん、上にいる」

 ウェイが武器を納めると、娘へと駆け寄り、片膝かたひざをつく。怖がらせないように、という気持ちだったのだろうが、マコウが見る限り、ゼナはおびえてはいなかった。

 煙ではっきりとは見えないとはいえ、人が殺されたのだ。血の臭いもする。だが、おびえは見られなかった。あの廃村での殺戮さつりくでも、隠れ続けられた精神は本物のようだ。

「下にはまだジイナさんがいる。助けてあげて」

 ウェイに言ってから、ゼナはマコウを見上げた。もう指示を出す相手が誰かを見抜いたようだ。

「よし、では、ウェイとガランは下に行って、女を助けてやってくれ。後の三人は上へ行く」

「皆で行かなくて良いんですか?」

 ウェイが心配そうに見上げてきたが、マコウは首を左右に振る。

「狭くて、全員いると邪魔になる」

 特に困るのが、ゼナやまだ捕まっている女だ。守るべき相手が別に居る方が邪魔にならない。ガラムレッドも連れて行かせるのは、もしゼナの言うとおりでなく、下にも敵が居た時に対応できるためだ。それに、捕まっている女が無傷とは思えなかった。ならば、ガラムレッドの治癒魔法が役に立つだろう。

「ぬしの怪我はいいのか?」

 ガラムレッドに聞かれた。マコウが、野盗の一撃を受けていたからだ。しかし、鎧のおかけで大した傷にはなっていない。脱いだ後で、あざになっているくらいはしているだろうが、それはこの仕事をする者にとって、虫に刺されて痒くなるのと同じくらい、あって当たり前の怪我だった。

「他に怪我をした者は?」

 マコウが聞くと、ウェイがゼナに同じ質問を繰り返した。ゼナも他の仲間も問題はないようだった。

「あ、そうだ。上にはもう一人、女がいる」

 ゼナがあまり気にしていないように付け足した。ウェイが、心配な顔をしたが、ここで掘り下げると面倒臭そうだ。マコウは、作戦を押し進める。

「よし。では、二手に分かれて、行動開始!」

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