21 襲撃前
アリが塔の中の偵察から戻ったのは、ガラムレッドが見張り番の時だった。ドワーフは、アリをそのまま寝かせ、報告は翌朝になった。
マコウが目覚めた時にはまだアリは寝ており、他の者も昨晩の仕事を労って、静かにしていた。ただし、まだ起きていなかったイーギエのイビキは止めようもなかった。
イーギエのイビキは夜にも問題になっていた。
寝泊地は、塔の丘から八半刻ほど離れた場所に設けていた。夜になるまでの観察具合によっては、もっと離れた方が安全だと判断するが、この野盗たちは自分たちが襲われるとあまり考えておらず、警戒が弱かった。
寝床は、段差がある地面の上面を延長するように天幕を広げ、その下に作った。天幕の上には、落ち葉や軽い枯れ木などをばら撒き、塔の方向から来た者が傍目には気づかれないように、工夫していた。
しかし、目で見つからない工夫をしても、イビキを聞かれたら、存在が知られてしまう。だから、ウェイが『静寂の香』を焚くことになった。
静寂の香は、ウェイの魔術の一つで、香が広がっている空間の音を他に伝えにくくする効果があった。香の広がる中にいれば外の音は聞こえず、外では内の音が聞こえなくなるのだ。よって、イーギエのイビキは、近くに居るマコウたちにはほとんど変わらずうるさいままだが、離れた所を通る者にはほとんど聞こえない。
イーギエは自身のイビキを、時折している――実際には、時折という表現に収まらないほど頻繁だが――ようだ、とは認識していたが、一行の安全が脅かされるほど問題とは思っていなかった。そこを指摘しても、気分を悪くするだけで、治まるものではないので、他の者は非難していない。昨晩も、あくまで「全体的な消音のため」という建前で香を焚き、イーギエが寝た後、香炉をイーギエに寄せた。閉鎖空間ではないので、香は広がってしまい、天幕の下全てに充満するわけではなかったからだ。煙は、夜なので、見られることを警戒する必要はなかった。
このせいで、見張り番も半ば自ずと決まった。まず、マコウが起き、香炉が消えそうになるあたりで、ウェイに変わり、ウェイが寝る前にまた香を焚き直さないといけなかったからだ。
ウェイは、朝から塔の監視へ行っていた。アリが起き出すあたりでまた戻ると言っていたが、戻ってきた時には未だアリは起きていなかった。
マコウは、ウェイにまた監視をしてもらうつもりだった。静かに動けるのは、ウェイとアリだけだったし、ウェイは遠見の術が使えるので、監視には適していた。木登りもおそらくアリより得意だ。アリからの報告は未だだったが、今晩に塔を襲う事はほぼ決まっていた。真夜中が良いか、明け方が良いかくらいの違いしかないだろう。すると、当然それまで交代で寝ておいた方が良い。となると、ウェイをいつ休ませるのか、考えなくてはならない。アリにもしてもらう事は多いが、ウェイの負担の方がきっと大きい。だからマコウは、そこでアリを起こした。もちろん、イーギエもガラムレッドに起こしてもらう。
誰しもそういう面はあるのだが、イーギエは特に、寝起きは不機嫌だ。だから、ウェイにさせると最悪で、ガラムレッドが一番適している。起きてから、頭が回り始めるのも、イーギエは時間が掛かる。
対して、アリの寝起きは素早い。昔は、揺り動かしたら跳ね起きて、こちらの腕なり襟元なりを捕まえられた。近頃はさすがに幾らか落ち着いたが、相変わらず目の焦点はすぐに合った。
昨日の潜入の報告で「ヤバかった」という言葉が何度も出た。しかし、「ヤバかった」というのはアリの口癖のようなものでもあるので、たいていの潜入は「ヤバかった」で語られる。しかし、昨晩は「マジでヤバかった」らしい。
隠れていたはずのアリのすぐ傍まで、幽霊の牙と恐れられた男――ボウロウと呼ばれていた――が迫ったと聞くと、アリの「ヤバかった」も誇張ではなかったな、とマコウも思った。この危機を救ったのが、依頼主の娘のゼナだった。
ゼナも「ヤバかった」らしい。これは、アリが危険になったというヤバさではなかった。潜んでいるアリを庇い、ボウロウを連れ出した行動は、確かに子供とは思えないほど優れていた。それだけでなく、他の人質と一緒でなければ逃げない、という度胸。野盗たちの数と配置を把握していた賢さ。最後に、今晩踏み込む手引きをしてくれる手筈だ、と聞くと、マコウも「確かにヤバい娘だ」と思った。
ウェイは、他の人質について質問した。ジイナという名前だったとアリが聞くと、さらにウェイの追求は続いた。名前から考えるに、女と思われたからだ。しかし、それ以上、アリは知らなかった。まだ捕らわれている人が居るのではないか、という問いにも答えなかったが、地下にまとめて捕らえられている、という事実は聞いていた。
なおも人質こだわるウェイを、マコウは止める。確実に金が出るのは、ゼナだけだ。他の人を助けても、感謝されるだけで金にならない可能性があった。むしろ、連れて帰るのには、手間が掛かり、食料も乏しくなる問題があった。だから、そこを掘り下げた所で、あまり意味はない。ただし、助け出した親族などを後から探し出して、金をせしめるという手はあった。
そこで、この助け出したゼナではない者の縁者を探し出す仕事を、ウェイに押しつける。これで、満足感をある程度満たせるので、ウェイの中で暴れている「何とかしないと」という焦りは落ち着く。ただし、縁者を探した後もそのままウェイに任せると、人質――マコウたちが捕まえた相手ではないが、金に換わる人だから、人質という認識で間違いではないだろう――だけを手放して、金を貰わない可能性が高くなる。だから、進捗を管理して、途中から手綱はマコウが握らなくてはならない。少し面倒だが、まだ先の話だ。
野盗たち七人の大半が一階におり、頭は二階にいるらしい。二階に居るのが頭だけかは、アリは聞いていなかった。が、話し合い、二階の人手は多くないだろうと、意見がまとまる。
盗賊団ははみ出し者の集まりなので、規律が整っている事はまずない。誰でもお宝に触れる状態だと、みるみるなくなってしまうだろう。だから、金庫番が必要になり、それは親分が受け持つのが自然だ。それゆえ、親分の周りにはよっぽど信頼のおける者が居るだけだ。大半の者が居るとは考えられなかった。
「入った所が広いから、そこで待って、出て来る奴をやるのが良さそうだ」
アリが、地面に見取り図を書いて、主張した。中央の柱を取り巻いている廊下は、二人が並べる程度の幅という説明だった。広間側で陣取れば、廊下との狭間で二対二の構図が作れる。間に、イーギエを守れるし、背面を突かれることもない、理想的な態勢だ。相手の数の有利に押される事もない。
そうなると、次に考えるのは、組み分けだ。前衛として、軽い重いで分けると、アリとウェイが軽戦士、マコウとガラムレッドが重戦士だ。互いの弱点を補えるため、両戦士は混ぜあう方がよい。
「なら、俺とアリ、ウェイとガランで分けるとして、右か左か……」
大きな違いはないのかもしれないが、二手に分かれる時はこの組み合わせの方が多かった。機会が多いと慣れるわけで、息もそれだけ合ってくる。
「あ、ダメだ。下りの階段を押さえないと」
アリが、否定するように言った。同じように、何か言うつもりだった顔をしていたウェイが、アリの意見に頷いた。同意見だったらしい。
下りの階段と言われて、すぐに意図はわからなかったマコウだが、ウェイの態度で思い出す。人質を盾にされると厄介だという事なのだろう。
「下りの入り口はどのあたりだ」
見取り図では、柱しか描かれていない。その周りにらせん階段があると聞いていたが、詳しくどこから下りられるかはわからない。
「こっち。このあたりだ」
アリが図を描いた時から持っている小枝で示す。塔の入り口から見て、突き当たりの方向が円の始まりだとすると、アリが示したのは四分の一ほど進んだ場所だった。時刻で例えるなら、一刻半の場所。廊下と広間の境目は、二刻から二刻半に当たるので、廊下に入ってからでないと下りられない。マコウと同じ箇所を、ウェイも気にする。
「そこだと、周りの部屋から、挟み撃ちに遭いませんか? 扉の位置にも寄りますが?」
それについての確認を、皆がアリを見詰めることで促す。アリは思い出そうと目を瞑ったが、首を左右に振る。
「わからねえ。思い出せねえ」
しかし、これにはイーギエも追求しない。薄暗い中の隠密行動だ。見つからない事が優先で、内部の細かな造りの記憶までは求められない。
「なら、扉があるとして」イーギエが廊下の外壁を杖の先で示す。「そこに対応するために、斜方に構えるか?」
さらにイーギエが、仮定した扉の位置に挟まれないように、廊下へ斜めの線を入れる。二人をそのように並ばせる、という提案だ。
「いや、それなら、飛び出した奴が危ない。後ろの線に並ばせるべきだ」
アリがマコウの意を汲んで、線を描き直す。
「しかし、それでは下に降りる者を抑えられまい」
イーギエが反発したとおり、突出をさせるなら、下の階への降り口から離れなくてはいけない。だが、マコウは、仲間が孤立したり挟撃されたりする危険に比べれば、娘の確保は無理に優先すべきでないと思っていた。もし、誰かが下りて、ゼナを盾にしたとしても、交渉の余地がある。その時にこちらが塔を制圧していれば、交渉は圧倒的に有利だ。
「いや、だから、俺はそっちを俺とウェイで受け持とうかと思っている」
アリが言った。いわば譲歩案を考えていたマコウは、そもそも譲歩しなくてよいという考えに興味があった。それは、他の仲間も同じだ。注目を受けて、アリが手振りを混ぜて説明する。
「下り階段から離れると言っても、せいぜい二三歩だろ? それくらいなら、これを使えば良いだけだ」
アリが腰から小剣を抜いた。手首を曲げて、投げる素振りを見せる。
「仕留められなくても、足を止めればいいんだからな」
牽制。ダガーが刺さった相手は、確かにそこで足を止めるだろう。しかし、次の攻撃を避けるため、階段を駆け下りそうだ。……でも、それに続く者は二の足を踏む。ゼナを盾にするつもりの者が一人で、さらに手負いなら、交渉は弱気になって丸めこみやすい。
「なるほどな」
マコウが納得すると、珍しくガラムレッドが口を開いた。
「腕は鈍っておらんか?」
マコウはそれを聞いて、アリが投げるのを得意とする小剣は、ブーツに隠した直刃の方だと思い出した。
アリはくるりと後ろを向くと、素早く手を振る。放たれた小剣は回転しながら飛んでいき、五歩ほど離れた木の幹に突き刺さった。アリが使ったのは利き手ではなく、マコウには真似できない凄いことなのだが、アリがそれを出来るのはみんな知っていた。ゆえに、特に喝采など起こらず、アリもみんなに向き直ると、普通にウェイを指差し話し続ける。
「ウェイも、魔法使えば抑えられるだろう?」
「ええ。破裂の術なら……」
言いながら、ウェイは握った拳を横に振り、親指から中指までを開く。何度も見たことのある破裂の術を使う仕草だ。
破裂の術は、見かけでは、木の実を投げつけるだけだ。しかし、その木の実は何かに当たると破裂する。しかも、かなりの音を立てる。野犬や狼の群れを散らすのによく使っている。マコウはぶつけられた事はないが、当たると結構痛いらしい。牽制としては、有効だろう。ウェイがどれほど備えているかは知らないが、アリの小剣より数は多いので、継続的に抑え込む力は強い。
「イーギエの光の矢も牽制としては十分ですね」
「射線さえ通っていればな」
ぶっきらぼうに言ったが、役に立てると評価されて、イーギエはまんざらでもなさそうだ。確かに、光の矢の方が破裂の術より、ずっと魔法らしく、魔法に慣れていない野盗たちを怯え竦めさせる事ができるだろう。
対するマコウとガラムレッドの組みは、戦鎚と鎚鉾なので、身軽な相手には手を焼くが、突破されなければ、役目は果たせる。
「良さそうだな」
戦法を確定しようかとマコウが考えたその時、イーギエが別の策を提案する。
「その広間に誘き寄せて、爆炎で一気に仕留める、というのはどうだ?」
「その時は俺たちはどうすればいい? 壁に張り付くのか?」
アリの問いに、イーギエは少し考えてから答える。
「いや、外に出ていた方が良いだろう」
だいたいの広さについては、アリが報告していた。爆発の威力から、中にいては危険なのだろう。
「でも、まとめて誘い出すには、囮がいるよな。やっぱ、オレとウェイが最初は時間稼ぎした方が良さそうだな」
ウェイの破裂の術は、追い掛けてくる敵の足を止めるのに適している。しかし、それでも一時的に二人を孤立させる案には危険がある。
「いや。イーギエの魔法で一発で決まるのは楽だが、安全に行くなら、先の案でいいだろう」
「まあな。衛兵たちと違って、こいつらはバラバラに動きそうだから、まとめるのは難しそうだもんな」
アリが軽く応じたが、マコウにはその根拠がわからなかった。イーギエも同じらしく、先を続けろと指を回して促す。
「うーん」少し考えてからアリが話し出す。「あんまり言いたくはないけど、衛兵の奴ら、なんだかんだ言ってもやりやがるから。特に、プルサスや王都の連中は、しっかりしてやがる」
アリは、褒めたくないのは丸わかりで、嫌そうに首を振るが、話は続ける。
「例えば、『カチコミだ!』ってなって……ん? 衛兵たちは『カチコミ』って言わねえか?」
「『敵襲』ですかね」
ウェイが修正した。
「それそれ。『敵襲だ~』ってなった時に、鎧を着るのか着ないのかは別にして、どっちにしてもちゃんと足並み揃えて来やがる。ここの野盗たちには、見回りとか見ていても、これは真似できねえだろう」
「規律と統制が欠けている。当たり前か。……それなら、自然に各個撃破できそうだな」
イーギエが頷いた。
「でも、それなら、出てこねえ奴もいるって事だよな。下手に進めば、後ろから挟まれかねねえぞ」
マコウが懸念を口にすると、アリがすぐに対策を上げた。
「いつもの手で行くか? 『火事だぁ』って」
「煙幕か……。実際に爆炎を廊下に放つのはできないぞ。爆風がこちら側に抜けてくる危険がある」
「ああ。煙だけでいけるだろう」
実際に、現場を確認したアリが想像した間を開けてから、保証した。
「煙幕があると、こちらで待ち伏せているのも悟られないから、都合が良いな」
マコウが肯定すると、アリが笑う。
「煙から出て、俺たちを見て、ビビって引き返す奴も出て来るだろうな」
失言だった。ウェイの顔が曇ったからだ。しかし、アリは気づかず話し続ける。
「逃げても、ぐるっと繫がってるだけなんだから、もう一方に出て来るだけ。そこも、押さえられてるって知りゃあ、どういう顔するだろうな」
ヒッヒッヒと笑うアリと対照的に、ウェイが暗い声で呟く。
「戦う意欲をなくして、投降してくる相手も……」
アリもようやくウェイの様子に気づき、「また始まった」と呆れた顔をした。イーギエは苛立ちを露わにし、ガラムレッドは眉を上げた。ただし、ドワーフのこの表情の変化が、どういう感情を表しているのかは、付き合いの長い仲間たちでも良くわからなかった。ウェイ自身ですら、困惑した顔をしていた。頭では分かっているが、気持ちの整理ができていないのだ。
そんな面々の中で、マコウがすっきりとした表情をしていた。マコウもかつては、このウェイの病気にウンザリしていたが、「月光石 のようなものか」と思えるようになってから、さして気にならなくになった。
月光石 は便利な道具だが、使えば魔力を補充しないといけないのが、大きな欠点だ。それと同じで、ウェイも優れた人材ではあるが、月光石 における魔力の補充のように、言葉で気持ちを整えてやる必要があるのだ。そういう使い方の男、というだけなのだ。
そう割り切れているマコウは、早速ウェイという月光石 に魔力を補充し始める。
「やるしかねえだろ。逃がしたところで、また次の殺しをする。見てない場所の殺しは気にならないのか?」
「いいえ。……そうですね」
「口では『改心します』と言うが、人の性根はなかなか変わらねえだろ」
「そうだそうだ。俺が良い例だ」
アリが、ふざけ半分という調子で口を挟んだ。しかし、ウェイには説得力があったようで、真面目に頷く。その様子を、アリは笑うのを我慢して見ていた。
「道義的問題とやらは片付いたのか?」
嫌みったらしくイーギエが聞いたが、ウェイは素直に答える。
「ええ。すみませんでした」
結局、煙幕を使っての燻し出し策で落ち着いた。配置はアリの提案が通った。
塔への接近は、見張りがこちらを見ていない時に移動する、という単純な方法でできそうだった。アリの侵入の後、見張りは寝ていたようで、野盗側に攻められる危機感はなかった。
作戦がまとまると、後は夜になるまで待つのが作業となる。
相手の気が緩んでいるとはいえ、一応監視は続けたかったが、マコウは、まずウェイを戻したくなかった。野盗を襲う気持ちの整理が着いたばかりなので、自分に言い聞かせる繰り返しをするだろう。その時、無防備になりやすいからだ。そうなると、斥候に適したもう一人、アリの出番になる。
朝の見張りで、桶を持った二人連れが塔から離れて森へ入っていたのを見た、とウェイから報告されていた。水汲みだろうと思うが、もしそうなら何往復かするはずなので、アリに追跡させようとちょうど考えていた。水場がわかれば、こちらもそこで水を足せる。場所を知っておいて悪くない。
他の者は、各々時間を潰さなくてはならない。もちろん、相手に見つからないことが条件だが、今回の相手は警戒度が低く、見える範囲に近づかない限り、問題ないだろう。
この待ち時間は、意外にも堪える。慣れない頃は、死ぬかもしれない戦いに臨むのだから、神経がすり減らされる思いを強いられた。そんな心持ちの頃は、長い待ちがより耐え難い。慣れてきても、強敵が相手とわかれば、緊張させられるが、そういう場合はむしろ撤退を含む戦闘回避を考える。戦争で命令されているわけではないのだから、無理をする必要はないのだ。依頼主に、戦力不足を伝えるのも仕事だ。
この緊張を上手く処理できたとしても、暇という敵が待っている。いかに警戒度の低い相手であっても、無防備に寝て待つわけにはいかない。ある程度の警戒をしつつ、時間を潰せる何かがないと、待つだけで疲れてしまう。
これに一番適しているのはウェイだ。ウェイは周囲を散歩しているだけでも役に立つ。見回るだけなら誰でもできるのだが、難しいのは相手より先に気づくことだ。ウェイとアリならこれを安心して任せられる。ウェイはさらに、使える薬草を摘み取れるし、食料が不足してくれば狩りもしてくれる。動き回らなくても、魔法で使う触媒の準備や手入れという作業があるし、絵を描いて時間を潰すこともできる。むしろウェイにとって、待ち時間は忙しいと言えた。
アリも待ち時間に外回りをする。標的の監視、罠――誰から通ったかを確かめる、相手に察知されないタイプも含む――の設置や確認。相手側の罠の把握や解除。今回も任せた巡回の尾行なども役目としてあり、アリもまた忙しい。逆に、拠点に戻った時は煙草を吹かす以外にする事はないようで、寝て過ごす事が多い。
イーギエは、見回りを全く任せられないので、拠点に張り付いてもらうしかない。しかし、そこでの時間の過ごし方は密だ。魔法に関する準備などで多大な時間を必要とするからだ。呪文書を開き、読んだり書き入れたりし、触媒の準備や手入れにも時間を掛けていた。動植物についての資料を作るというさ作業もあり、動き回らなくてもイーギエは忙しそうだった。
ガラムレッドは、待ち時間の多くを祈りと冥想に費やしていた。目を閉じたまま一刻近くも動かない時もあり、実質横にならないだけで、寝ているのではないか、とマコウは思う。目を開けてからも、木切れを削って細工をする暇つぶしがあった。できあがった物は、器用で知られるドワーフのテによる物らしく、工芸品として売れるほどだったが、それはほとんどアリに与えられた。
マコウもガラムレッドの意向だから、口出ししなかったが、いつもそうだと、アリより高値で売り捌ける自信があったので、手を貸そうかと声を掛けようとしたことがあった。その時は、その動きを察したウェイに止められた。ウェイによると、アリは与えられた木彫りの人形たちを、ストリートチルドレンたちに与えているらしい。ならば口出しする必要はないな、と以降マコウは関わっていない。
マコウはマコウで、待ち時間はそれなりに忙しかった。まず、アリとウェイが前線での監視を受け持つ事が多いので、拠点周りはマコウが見回りすることが多かった。アリやウェイが拠点に戻っている時は、基本的に監視を休ませている時なので、頼るべきではなかったからだ。これは、マコウが静かに動くのが得意だからではなく、イーギエとガラムレッドが向いてなさ過ぎるから、という消極的な理由だった。
仲間の割り振りを考える仕事にも力を割かれていた。ウェイとアリの前線での見張りの交代指示、夜に備えての仮眠の順番回し。ここに、別の用件が食い込んでくる。
今回は、イーギエが、ウェイが森の中で見つけたという遺跡を調べてみたいと言いだした。標的によっては、動くべきでないと強行に拒否できたが、今回の相手だと、イーギエでも移動できる余裕があった。イーギエの主張は、森の中の遺跡を調べることで、塔の中の秘められた仕組みの幾つかが解明できるかもしれない、という事だった。しかし、マコウは、それが建前で単に暇を持て余しているから調べたいのだろうと読んでいた。だが、マコウにも乗る理由はあった。古代遺跡の遺物は時にかなりの値段が付くのだ。
イーギエが言うには、野盗が籠る塔はもう枯れた遺跡だった。ウェイの働きで、ラモーラ率いる遺跡荒らしが掻っ攫った後だから、もう金目の物は残っていないはずだ。だが、隠された部屋などを見つけたら、そこは手つかずのはずだった。それをこのイーギエの調査で鍵を開けられるかもしれない。
あまり金への欲を表に出すと、ウェイに怒られるので、マコウはあくまで一行への貢献になる可能性を調べる体で、イーギエがキャンプ地を離れるのを認めた。ただし、道案内人はウェイではなく、アリにした。これは、マコウが敢えて指示しなくても、イーギエとウェイ同士も嫌だったろうが、口にする事で「そういう指示なら仕方ない」という逃げ道を作ってやる。イーギエは、ウェイを敢えて避けていると思われたくないらしい。小物相手に道を避けるのが気に食わない、というつもりなのだろうか。マコウは良く分からなかったが、そこをほじくり出すのも面倒だとはわかっていたので、その面倒をこちらから避ける。
食事は、各々で暇を見つけて取るように、一応指示しておく。普段であれば、食事はみんなで集まって摂る。食材はそれぞれが自分の分を運んでいるが、ウェイがそれを美味しく調理してくれる。しかし、この食事は火を焚く必要があった。火を焚くと匂いと煙が出るので、いくら警戒心が薄い相手でもそこまで舐めるわけにはいかない。だから、干し肉や干し果物などを噛みしめるしかない。
アリが戻ってくるまで、マコウは個人的な調査をまとめることにした。あらかじめ旅先の相場などを控えており、それを季節毎や土地毎に見直して、どう売り買いすれば儲けが大きいかの計算をするのだ。荷物が嵩張るため、実際に品を流すことはほとんどないが、引退した後で商いを再開する時に、勘を鈍らさないようにしていたのだ。
アリが戻ってくると、まず首尾を聞く。
やはり桶を持って行った二人は泉で水を汲んでいた。アリの追跡には気づいていないようで、二人が話す声は良く聞こえたようだった。それによると、この後は休憩を挟むらしいので、水を汲みに行くなら今が機会だと報告された。
マコウは、少し考えてから、イーギエを連れて行かせて、水汲みの後、遺跡の調査に付き合うように指示した。もちろん、イーギエが調べている間、周囲警戒をするのがアリの役割だ。ついでに、見つけた石像も金になりそうかどうかを現場でイーギエに聞くように、小声で伝えておく。持ち替えられる欠片が金になるなら回収するようにとも話したが、全て言わずとも、アリはわかったと頷いた。
水を汲みに行くことをウェイに伝えてから行くようにとも注意しておく。戻って来る途中に、また水汲みに出た野盗と鉢合わせるとまずいからだ。アリだけなら、先に気配を察して隠れられるだろうが、イーギエも一緒ではうまく隠れられないかもしれない。そうならないように、ウェイから鳥真似の警告を出してもらえれば、余裕を持って隠れられるだろう。
調査が済めば、三人を一旦戻して休ませるしかない。アリはイーギエの相手で疲れているだろうし、ウェイにずっと監視をさせるのは集中力が途切れて危ない。その間、監視し続ける必要があるとウェイから報告を受ければ、マコウが出ていくしかない。それに備えて、マコウは仮眠をとることにした。
調査でわかった事は、喜ばしい内容ではなかった。石像はそのまま持ち帰られれば高値で売れそうだが、大きすぎて無理だった。そして欠片では価値はなかった。イーギエは、石像とその周りを調べて、一つの仮説を導き出していた。それは、十年以上前に大規模な遺跡調査があったという推測だった。かつて石畳があった通路を使って、荷車で塔から物を運び出したという見立ては、その通路にあたる部分の木々が他と比べて成長しきっていない、という観察から導き出されていた。他にも、通路の先は川に繋がっているだろう、などと色々な説明をしてくれたが、マコウがわかったのは、塔はまさに枯れた遺跡で、目ぼしいものは残っていなさそうだ、という悲しい結果だった。これは、イーギエが追加調査を進めようという話も暗くした。イーギエはまだ、封印された扉などあれば発掘できる余地がある、と言っていたが、マコウは進まないだろうなと予想していた。荷を運ぶ道がまだ開かれていれば、次の計画も芽があるが、そこを切り開く手間を含めてなら、計画する者もなかなか踏み切れないだろう。そもそも、道がまだ健在だった頃に、再調査の話が進んでいなかったのだから、残っている物はほとんどないという見立てで間違えなさそうだ。
それからは、退屈な待ち時間が続いた。何も問題が起きないのは良いことなのだが、遺跡の宝がないという落胆から、マコウのやる気はかなり低下していた。
日が沈み、また短い仮眠を順番に回す。
夜襲がうまくいけば、慌てふためいている野盗を一方的に蹂躙できるだろう。楽な仕事だ。しかし、気を抜いては命を落としかねないのも理解していた。マコウは緩んでしまった気持ちを張り直すためにも、この仮眠を利用した。寝て起きれば、気分は幾らかすっきりするものだ。
事実、ガラムレッドから揺り起こされた時、マコウは準備ができていた。
殺しの時間だ。
最終的には、この章、丸々消すか削るか、するかもしれません。退屈でしょうが、今だけのもの、としてお楽しみください。
消すのも面倒くさくなった、というのもありえそうですが、そうなっても、この後書きは消す予定です。




