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01 職業の就き方、続け方

殺し屋? 殺し屋になりたいのか?

……殺し屋になる、ってだけなら、簡単だ。誰かに頼まれて、恨まれている奴をブスリとやればいいだけだからな。世の中には誰かを殺したいって奴はたくさんいる。そう思っている奴らのほとんどが実行しないのは、……まあ度胸がないだけだろうな。

本人たちに言わせれば、見境が無くなるほど頭に血が上っていないから、って言い訳をするのだろうが、周りが見えてない殺しは失敗の元だ。だから、怒り狂ってないから殺さない、ってのは言い訳にはならねえな。殺しってのは、冷静にやるべきなのさ。

つまり、殺し屋になるのは、度胸と、あと適当な刃物さえあれば簡単って事だ。

意外か? でも考えてもみろ、何の実積もねえヒヨッコに、警戒厳重な貴族様を殺せ、なんて依頼は来ねえよ。来るのは、男と女のもつれから来る、腹いせか縁切りか。他には……ほれ、酒場の喧嘩でたまに死人が出るだろ? あれが全部罰せられるわけじゃねえから、殺された方の身内は復讐をしたがる。

こういう素人が相手だと、油断しているところをズブリとやればいいだけだからな。簡単だろ?

それに引き換え、同じ刃物を使っている仕事でも、肉屋になる方がもっと難しい。いきなり、鶏や豚を捌けるか? 羽根を毟ったり皮をうまく剥いだり、臓物だって傷つけずに使わなきゃならねえ。それはなかなかできねえ技だ。それだけじゃねえぞ。そもそも、その肉の元は何処から仕入れる? その人脈が必要だし、そこでどれくらいの値段で仕入れて、どれくらいで売らなきゃ客が買わねえか、相場ってのを知らなきゃならねえ。もちろん、金勘定もきっちり計算できねえとな。難しいだろ?

だけどな、おめえの思うとおり、殺し屋にだって難しいところはある。それは、殺し屋を続けるって事だ。殺し屋に成るのは簡単だが、続けるのは、もしかしたら一等難しい仕事かも知れねえ。

初仕事の報酬を貰うのが最初の山だ。事が済んだら途端に払い渋る奴は多い。そもそも言っただけの額を持ってない事すらある。だから、必ず手付金として幾らか貰っておかなきゃならねえ。この時貰うのは、全額の一割か二割ぐらいでいい。前金で全額払うのは、依頼人からすりゃ持ち逃げされると考えるから、それを要求するのは酷だ。やる方だって、最初はやる気があっても、もう手元に全額あれば危ない橋を渡りたくもなくなる。だから、橋を渡った向こう側に多くの報酬がある方がちょうどいいわけだ。

なのに、前金で全額と言う依頼人がいたら、逆に怪しい。後でこっちを罠に嵌めて、全額回収する気があると見るべきだな。

あとは……素人の依頼人だったら、特にありがちなのが、人死にが出た事でビビって手を引きたがるって流れだ。金をさっさと払って清々したいと傾けばいいが、殺し屋とは一切関わりたくないと出る場合もある。もちろん、こっちへの支払いも関わり合いだと考えやがる。そういった連中からもしっかり働き分を回収するのは結構ホネだ。四の五のぬかすとぶっ殺す、とビビらせるのまではいいが、実際にするのはなるべく避けたいな。金にならない殺しが増えるし、殺した奴が増えるほど居心地が悪くなるからな。もちろん、舐められるくらいならやるべきだ。舐められるようになったら、この仕事は終わりだからな。

そうやって、何とか初仕事を終えても続けるのは難しい。

まず、声高に殺し屋がここにいるぞ、と示せば、今度は色んな奴がこっちを殺しにやって来るからな。依頼で殺した相手の身内や仲間、後は縄張りで勝手に仕事をされて面を汚されたと思った組織の奴らが落とし前を付けに来る。

組織に関しては、いっそ仲間にしてもらうってのも手だ。そうすりゃ、今後厄介な依頼集めの手間は請け負ってくれるし、ちょっとした揉め事ならそっちで始末してくれる。その代わり、依頼料の幾らかはピンハネされる事にはなるが、まあよっぽどじゃねえ限り、その取り分は妥当だ。もし半分取られたとしても、組織が守ってくれるっていうなら全く文句ねえ取引だ、と俺は思うぜ。問題は、いざとなればこっちが切り捨てられる存在だという点だ。

元々、人を騙したり殺したりする連中が集まった組織だ。手下だったら騙されたり殺されたりしねえわけがねえだろ。

てめえが寄こした仕事なのに、騒ぎが大きくなりすぎたら、こっちの身が売られるなんて当たり前だ。酷えのは、自分でやってもいない別の誰かのヘマすら押しつけられるかもしれねえって事だ。組織のお偉方のバカ息子のために命を差し出してもいいってなら、組織の殺し屋になるのもいいだろう。

ん? 衛兵?

まあ、あいつらにも気をつけねばならねえ。いつもはやる気がねえから動こうとしねえが、殺した相手が衛兵の身内だったり、領主の知り合いだったりすると一斉に動き出す。動き出すと数が多いし、あいつらは別に隠れて動く必要もねえ連中だから厄介だな。でも、一人か二人くらいなら、金さえあれば話の分かる奴らだ。組織のクズ相手なら、口が軽くてすぐに金の払う相手が増えちまうが、衛兵はそのへん口が硬いぜ。きっと仲間に旨い話を持って行かれたくないからなんだろうな。

こう考えていくと、組織に属するのが面倒だと思うだろ? でもな、一人で殺し屋になるのはずっと難しい。こっちが独り者として、組織と折り合いを付けるには、組織が目もくれない小物の殺しにするか、逆に組織がビビるような大物を狙うか、だな。どっちにしても、そもそも組織に正体を知られるべきではない。首に賞金が掛かっちまえば、組織の奴らだってそれを受け取る権利があるからな。

しかし、正体不明を徹底的に貫いちまうと依頼がそもそも舞い込まない。だから、良い仲介屋を見つけられるかどうかが、仕事を続けられるかどうかに直結する。

副業も大事だ。

確かに、人殺しの依頼はそこそこあるんだが、全てが自分の元に来るわけじゃない。仕事がしばらく来なくても暮らせるくらい高い金を払われるようになったとしても、正体を隠すために副業は必要だ。と言うか、むしろ殺し屋の方が副業だな。それくらいの頻度で、目立たず跡を残さずやれないと続けられない。

血の臭いを消すための仕事選びは難しい。依頼があったら何日か空けねばならねえから、どっかに弟子入りするのはもっての外だ。

独り者が正体を知られちまったら、最終的には逃げるしかねえ。別の町へトンズラこくんだよ。その為にも、できるだけ殺しじゃねえ方の仕事は身軽なのがいいな。しかし、知ってのとおり流れ者は信頼されねえ。

そりゃそうだ。わざわざ魔物の出る荒野を渡って移ってきているなら、それ以上の何かを元の町でやらかしているって事だからな。だから、新しい町に着いたらしばらくはじっとおとなしく過ごすしかねえ。まるで、いわれのない迫害を受けたから出て来た、と言わんばかりの態度でな。あくまで態度だけだ。自分からベラベラ言うと信頼されねえ。

ん? ……まあ、それもそうだな。肉屋が相場を知らなきゃならないだの、仕入れ先を確保しなきゃならないってのは、確かに肉屋を続けるうえでの難しさだ。そこらの犬猫を捕まえて売るなんて誰でもできるが、これは肉屋を始めるって言えねえこともねえもんな。

…………つまり、どんな仕事も続けるのが難しいってこった。

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