15 出発前
アリとウェイは昼過ぎに王都に帰って来た。同日の夕刻に、マコウは他のメンバーに召集を掛けた。
イーギエに告げに行くと、「急に言われても、予定が入っていたら対応できん」と文句を言われたが、マコウは気にしなかった。全くの飛び込みなら、イーギエの言うとおりで、イーギエも不満に留まらず怒ってきただろう。だが、文句を言うのは、イーギエにすれば平常どおりだ。実際、その日の夕刻にイーギエは予定が入っていなかった。これはマコウの予測どおりだった。
双子樹の町から帰ってから、アリとウェイがプルサスまで情報収集に行ったと、イーギエに告げていたのだ。イーギエの事だから、そこから旅に掛かる日付を計算し、アリたちが戻る前後の日は外せない用事を入れていなかったのだろう。その工夫を仲間に知られるのは恥だと思っているようなので、マコウは気づかぬふりをしている。
集まったのは、ガラムレッドの仕えている戦の神ケーオルの神殿。そこの談話室と呼ばれる場所を借りた。馴染みの酒場『オーガーのゲップ』もよく使うが、今回は時刻が合わないから避けた。夕刻は酒場にとって稼ぎ時だ。その時間帯を五人が席を占めて、話し合うだけでほとんど飲食しなければ、儲かるはずの金が入らなくなる。それは、酒場の主人に悪い。
対して、ケーオルの神殿は、ガラムレッドの顔が利くので、すんなり一時利用できる。ガラムレッドが神殿内でそれなりの地位に居るからこそ、なのは当然として、荒野の支配者の評判も神殿からの好感を得ていた。解消業と自称しているが、実際のところ問題解決は腕力に頼る事が多い。その戦果が、戦の神の信徒にとって、明るいものに映るらしい。
しかし、荒野の支配者の戦い方が、本当にケーオルの推奨する形態なのかは、疑問の余地がある。マコウはあくまで、ガラムレッドの言動を介してしか――そしてドワーフは寡黙である――わかっていないが、ケーオルは戦いであれは何でも持て囃す訳ではない。勇敢さや大義を重んじるが、反対の臆病さや卑劣さを嫌っている。
実際、荒野の支配者が未だ馴染む前、ガラムレッドは一行としての団体行動を、度々拒否した。反対の理由はやはり、臆病と卑劣が主だった。結果、行動を変えざるを得なかった事もあった。
この時、頑固なドワーフを見捨てなかったのは、ウェイも反対したからだ。ケーオルではない、エルフの神――それとも、大精霊か何なのか、マコウにはわからない――を信仰しているはずのウェイだが、この部分ではドワーフとよく意見を共にした。そして、幸い、意見の相違が起きた時、この二人を見捨てるのも止むを得ないという危機的状況には陥らなかった。
ガラムレッドを説得できる事もあった。臆病さからくる撤退は許されないが、体勢を立て直す為の一時後退は認められた。卑劣と思われかねない行動も、より卑劣な者を陥れるための策であれば許容された。
こんな実情だったので、ケーオル教団が荒野の支配者を歓迎してくれても、マコウは素直に喜べなかった。実情を変に解釈されれば、すぐに異端者だと非難されなかねない、とわかっていたからだ。
なお、ガラムレッドによる抗議は、近頃ほとんど発生しない。他の者が、ガラムレッドにとって許容できない事がわかってきて、それを避けているのが一番の理由だろう。しかし、ガラムレッドの方でも、現場ではハッキリ分けられる物事ばかり起きない、と理解して、煩くなくなったのもある。これは、「岩よりも頑固」であることを美徳するドワーフにとっては、褒められた変化とはおそらく言えない。だから、マコウは決して、ガラムレッドの頭も柔らかくなった、とは言わない。
こういった背景があるので、マコウはこの神殿を相談場所として真っ先には選ばない。どちらかと言えば来たくはない。ただし、個人的には、荒野の支配者とケーオル教団との関係が危ういからではなく、単に神殿だからこその厳かな雰囲気が、肌に合わないだけなのだが。
おそらく、アリもこの手の場所は嫌いだ。合わない場所に来ると、アリはあちこちが痒くなるらしく、体を掻く回数が多くなるからだ。アリは、マコウが平気な、魔道士ギルドも苦手らしい。
その魔道士ギルドの住人であるイーギエが最後にやって来た。予定を空けてくれていたらしいとは言え、仲間の中では、イーギエとガラムレッドが忙しい身だ。そして、ここはガラムレッドの居場所なのだから、一番遅れるのはイーギエで当然だった。
用意されていたのは十人掛けの長方形卓。一方の短い辺にガラムレッドが掛け、その右手の長辺にマコウが座っていた。隣にウェイが座る。ウェイの向かい側はアリだ。イーギエの座る場所は自然と、空いているマコウの向こう側になる。アリがわざと一つ一つ席を空けていたのは、やはりイーギエがウェイと向かい合わせにならない為だろう。
イーギエが杖を片手に席に座ると、マコウが宣言する。
「では、早速、今受けている依頼について、話し合いを始める。なお、急ぎの内容なので、明朝出発予定だ」
急ぎだという点について、仲間に驚きはない。これが初めてではないからだ。
「依頼内容は、依頼人の娘の捜索。どうやら、プルサスから王都に来る途中、野盗に襲われ、連れ去られたらしい」
「待て」イーギエがカツンと杖を床に突いて鳴らす。「念の為に聞くが、そもそも娘が荒野に出ないといけない理由は何だった?」
イーギエに依頼の話をしたのはマコウだ。伝え漏れていたようだ。あるいは、イーギエと話した際、まだ理由ははっきりわかっていなかったか。いずれにせよ、こういう認識の不一致を均すためにも、確認の話し合いは必要だ。
この確認をしてくれたのはウェイだ。マコウがウェイを見ると、既にこちらを見ていた。目が合うとウェイが頷く。言おうとしている事はわかっている。ウェイから話すと、イーギエが突っかかってくるから、マコウから話してくれ、という訴えだ。マコウはわかったと頷き返す。
「よくある話だ。両親が離婚し、娘は母親とプルサスに住んでいたが、母親が新しい男と再婚することになり、父親が娘を引き取るとなった。だが、父親は既に王都に移り住んでいたので、護衛業の二人に任せたってわけだ」
イーギエは理解したと頷いたが、すぐに次の疑問を口にする。
「離婚で子供があちこちへ行くのは、確かに、よくあることなのかも知れないが、それで荒野を跨ぐのは珍しいな。どうして父親、今回は依頼人か? そいつがわざわざこちらへ移ったのだ? 母親の家が大物なのか?」
これに対する答えはあったが、答える前にマコウは感心した。まず、市内での引っ越しはよくあるが、別の町へ移るのはよっぽどの事だ。だから、別れた相手の家が、プルサスから出て行くように圧力を掛けたのではないか、とイーギエは推理したのだ。マコウにこの発想はなく、良い発想だと思ったあ。が、とりあえず、今掴んでいる答えを返す。
「たぶん密猟だろう。依頼主は、きっと石弓の使い手だ。それで度々獣を狩っていたと言っていた。ただ、狩り場が領主の森じゃなかったかと、俺は踏んでいる。本人は答えなかったが」
これにアリが付け足す。
「娘をその狩りに連れて行っていたらしいぜ。そこで教えてもらった狩りの心得が、今回生き延びられたわけなんだろ。……もっとも、狩る方じゃなく、狩られる方としてどう動くか考えたんだから、なかなか見込みのあるガキだぜ」
「……幾つくらいだ?」
この質問にマコウは答えられなかった。関心が無く、聞いていなかったからだ。ウェイなら知っているかもしれないと見ると、その眼差しを受けて観念したかのように口を開く。
「十三になるようです」
さすがに、これにはイーギエも噛みつかなかった。
「十三か……それくらいになると、体つきも女らしくなるのではないか? ……いや、だからこそ連れていったのか?」
疑問の答えを待たずイーギエは考え込んだが、マコウはその疑問が頭に残った。妹がいるので、どれくらいから大人っぽくなるかは知っているはずだが、妹は妹で女として見たことがなかったので、覚えがない。確かに、胸が大きくなってきたな、と思った記憶はあるが、その時自分が幾つだったのかは思い出せない。
おそらく、この答えは娘のいる親ならわかっただろう。そうなると、娘どころか結婚すらしていない男どもでは話にならない。いや、女に関することだから、ウェイならわかるかもしれない。
そう思って視線を送ると、アリもガラムレッドもウェイを見ていた。ウェイが肩を竦めて、答える。
「個人差があるから、何とも言えませんね。子供っぽいままの子もいますし、もうちょっと早くから大人の体になる子もいます」
それなりに自信のある態度に、マコウは感心したが、イーギエは眉を寄せた。はっきりしない答えはいつも嫌いだ。しかし、アリが笑いながら付け足す。
「それを言うなら、好みの方にも個人差があるからな。どっちにせよ、同じだ」
イーギエの渋い顔が緩んだ。
「なるほどな。いずれにせよ。危険な身には変わりないか」
「うむ」
無口なガラムレッドが声に出して同意する。自然とそちらにみんなの視線が集まり、独特の緊張感が生まれる。わざわざガラムレッドが声を出したのは、早く娘を助けに行かねば、という意思の表れだ。話を進めないといけないという風が生まれたが、イーギエは杖を持っていない片手を挙げて、それを押し止める。
「もう一つ。娘の死体がなかったから、生きているという判断だったはずだが、体が小さいから獣に引きずられて持って行かれた、という事はないのか?」
「俺たちが着いた時には、未だ獣は来てなかった。鳥だけだったぜ」
「引きずられた後もなかったな」
マコウに続いてアリが、判断の根拠を述べた。イーギエは頷きながら、自分に向けて言う。
「そう言えば、獣除けの結界が未だ幾らか機能している可能性があったな」
「その場に居なかった、ってわけでもないぜ。形見の人形があったからな」
「アリ! 形見って、まだ亡くなったと決まったわけではないですよ」
ウェイが訂正する。
「その人形は、私が預かっています」
調査のために、双子樹の町へと出発する前、追加の依頼を正式に受ける旨を依頼人へと伝えに行った。その際、娘を見つけた時に、父親からの依頼だとわかり、娘を安心させる為に、人形を持っていくように渡された。
あの時、マコウは、ついでに報酬額の増額について押してみた。その後アリたちはプルサスまで行く予定だったので、前金だけではきっと赤字だ。そうでなくても、依頼内容からすると報酬は少なかった。だが、結局、マコウはその交渉を途中で下りた。「幾らまで出せば、やってくれる?」と逆に聞かれたからだ。
あれは、商人としてビビった対応だった。あそこで、マコウが依頼料を吊り上げ、向こうがそれに乗ってきたら、この仕事はもう途中で下りられなくなってしまう。それを恐れたのだ。……いや、本当に怖かったのは、あの時の依頼主の目だ。あれは、それこそ人を殺してまでも言われた金をかき集めかねない、それほどの覚悟を持った眼差しだった。本当にそんな事になったら、強盗殺人をけしかけたと、こちらまで巻き込まれかねなかった。
「人形には血が付いてなかった。血生臭い事をやっている間は、離れた場所で隠れていた、ってこった」
アリの話を聞いて、イーギエは目を閉じた。思考に漏れがないのが確認しているのだろう。そして口を開く。
「一人で荒野にさまよい出ている可能性は?」
ウェイが心配そうな顔をした。
「その可能性は否定できません」
しかし、アリが反論を述べる。
「いや、たぶん、それはないな。旅の道連れが殺されている間に、息を潜め続けられるほどのタマだぜ? 荒野に一人で出るのは無茶だってわかっているだろ」
だが、イーギエは納得しない。
「そうか? そもそも、息など潜めずに一目散に逃げたのかもしれないぞ。その人形は、途中で落とした――」
「いや、隠れていた場所に落ちていた。外じゃねえ」
「なら、そこに一旦立ち寄ったのかもしれない。その後、すぐに離れた」
アリは黙り込んだ。反論する材料がないのだ。しかし、感覚では娘が隠れ続けていたという手応えがあった。
「足跡ですか?」
ウェイが助け船を出すが、アリは首を左右に振る。
「いや、あそこには足跡が多くて、追えなかった」
マコウも手応えとしてはアリと同意見だった。自分がそう感じている理由の一つに思い当たったので、それを言葉にする。
「少なくとも、依頼主の父親は、こういう場合は隠れ続けるように教えていた、って感じだったよな?」
「ああ」
アリが同意する。だが、この説をより推したのは、疑問を呈していたイーギエだった。
「……足跡が多くあったなら、人が集まったという事になるな。人形が落ちていただけなら、そうはならない。いや、断言は出来ないが、生き残りが居たからと、集まってきた方が自然だな」
納得すると、イーギエは他の者を見回す。最後にガラムレッドへ目を留めると、言い訳する。
「すまんな。無駄足にならないよう、確かめておきたくてな」
横柄なイーギエが一言でも謝るのは珍しい。ただし、ガラムレッドに対してだけは別だ。つまり、「すまん」の部分はガラムレッドに向けたものだった。他の仲間にとっては、いつもの事なので、改めて注目しなかった。
「大丈夫だって、野盗の住処さえ見つければ、無駄足にはならねえよ。ガキが連れてかれた先で殺されてても、野盗どもが貯めこんだ宝があるからよ」
アリの発言に、マコウも同意したが、ウェイはアリを睨んでいた。ガラムレッドも不快なようだ。ドワーフは顔を髭で覆われているうえに、いつも厳めしい表情をしているので、感情が読みづらい。ただ付き合いが長くなると、なんとなくはわかった。イーギエは、否定的ではない態度だったが、乗っかってくるほどではないようだ。分が悪そうなので、アリには悪いがマコウは支援をするのを止めた。代わりに、浮かんだ疑問を出してみる。
「そういや、娘が死んでいた時の目印を何にすればいいか、聞いてなかったな」
最初は、人形を持ってくるように言われたが、それはもうウェイが持っている。他に、証拠となる物はもうないのかもしれない。
仲間からの返事はなかった。ウェイの睨みはマコウに移り、ガラムレッドの不快さは深まったようだった。どうやら、アリの発言より反感を買ったようだ。
アリは、解決策が一つ浮かんでいた。それは、体の一部を持って帰る事だったが、何日もかかると腐る。それに、ウェイの態度のおかげで、依頼主の反発も大きくなりそうだ、とわかった。だから、口を噤み、マコウの居心地が悪そうなのを見捨てる。
「いずれにせよ――」イーギエが話し出したので、緊張が解けた。マコウはホッと息を吐く。「盗賊の住処が見つけられなければ意味がない。それを掴んだからこその召集だな?」
「ああ。イーギエの言うとおり、古代遺跡について、ウェイに調べてもらった」
マコウが促すと、ウェイが話し出す。
「プルサスで遺跡調査を専門とするラモーラさんから聞きました。王都の近く――」
「ちょっと待て」イーギエがまた片手を挙げた。「ラモーラ? 聞いたことのない名前だが、最近、銀盤の水鏡に加入した者なのか?」
空白が生まれた。それぞれが思いちがえをしていたからだ。その差が一番見えていたのはマコウだった。ウェイとイーギエは、話している視点に捕らわれているし、アリでは銀盤の水鏡がプルサスの魔道士ギルドと思い出せていない。そして、ガラムレッドは基本的に口を挟まない。
「いや、賢者ではない。遺跡荒らしの方だ」
ラモーラがどういう稼ぎ方をしているか、マコウは詳しく知らないが、簡単に思い付くのは、古代遺跡の盗掘だ。盗掘は先客がいたら実入りは少なくなるのだが、危険だったり規模が大きかったりするので、一気にかっさらえないので、後発でもそれなりに稼げるらしい事は知っている。他に起こり得る仕事が、古代遺跡を調査する賢者の道案内兼護衛だ。
前者であれば「遺跡荒らし」、後者であれば「古代遺跡の案内人」と呼べる。だが、それらを合わせて何と呼べばいいのかは、決まっていない。
マコウたち自身も、マコウは「解消業」、アリは「始末屋」、ウェイは「冒険者」などと好き勝手に呼んでいる。
この呼び名が決まっていないせいで、イーギエは賢者の視点で、ラモーラが遺跡調査の専門家と紹介されると賢者だろう、と勘違いしたのだ。ウェイが遺跡荒らしとラモーラを紹介しなかったのは、蔑んでいる感じがしたからだろう。
「紛らわしいな! それなら、遺跡荒らしと呼べ」
「しかし、彼女自身は『遺跡狩人』と呼んでいます」
「はっ! それならそう呼べばいい。しかし、調査と言うとだな――」
ついに始まったイーギエとウェイの言い争い。マコウがうんざりしかけていると、野太い声が割りこむ。
「静まれ! ここは神殿ぞ」
ガラムレッドの一喝で、二人は矛を収めた。しかし、互いに尖った態度までは戻らない。それは無視して、マコウが仕切り直す。
「で、その野盗が潜んでいるかもしれない古代遺跡は何処にある」
「ここから東に二日ほどの距離だそうです。しかし、遠回りになりますが、双子樹の町から行った方がわかりやすいと、そちらの道は聞いています」
「そっからだったら、何日なんだ?」
アリが聞くと、ウェイもラモーラに聞いていたらしく、すぐに答える。
「それも、二日です」
「丸一日分の回り道か」
双子樹の町までは一日だ。実質それがチャラになる。とはいえ、迷えば何日も無駄にするどころか、下手をすれば死にかねない。一日分の回り道くらい、安いものだ。マコウがそう考えたように、他からも不満は出なかった。代わりに別の事が気になったイーギエが質問をぶつける。
「そちらの方面には、発見されている遺跡が他に二つあるが、今回の目的地はどれだ?」
聞いた相手はウェイだったが、彼が答える前にマコウは感心した。先日話した手応えでは、イーギエの調査は進まなそうだと判断したが、イーギエなりに調べていたとわかったからだ。イーギエからウェイへと視線を移すと、マコウは心の中で「だが意地悪な質問だ」と付け加える。
古代遺跡を分類し、名前を付けるのは、賢者の仕事だ。そうでない者にとっては、遺跡は遺跡でしかない。現場に一度も行った経験があれば、その様子を語れるが、ウェイがそこに行った経験などないのは明白だ。
「それはちょっと、わかりません」
ウェイの当然な答えに、イーギエの眉が中央に寄る。が、イーギエから嫌みが出てくる前に、ウェイは続ける。
「ですが、ラモーラさんは、そこを『兵舎のような場所だ』と言っていました」
この答えは認められた。イーギエは「兵舎か……」と呟き、考え込む。
「ヘイシャって何だ?」
理解できなかったアリにウェイが説明する。
「兵士たちの詰め所ですね」
「詰め所……小さくねえか?」
その反応で、マコウにはアリの想像が読めた。
「今考えたのは、門や城壁塔の衛兵の詰め所だろ? そんな数人しか入らない場所じゃなくて、もっと大きい詰め所だよな?」
最後の部分はウェイに向ける。
「ええ、おそらく」
「襲われていた跡から考えるに、野盗どもの数は……」
マコウが思い出し、考えている間に、アリが答えを出す。
「六人くらいってとこだろうな」
その読みに、マコウも納得する。その上で、付け加える。
「住処の守りを含めると、全員で十人前後になるだろうな。そいつらが入りきる建物だろう」
「なるほど。衛兵のホンキョって感じか」
アリの言う「ホンキョ」か「本拠地」だと理解するのに、マコウは一拍掛かった。それより、理解が早かったイーギエは、さらに理解を一歩進める。
「ふむ。それと比べると、兵舎であるなら、牢獄はないと考えられる。それはなかなか良い視点だ」
イーギエの理解が賢者としてのもの、つまり放っておいてもよいと判断したマコウは、次に目的地へ至る旅について、話を進める。
「では、道案内をウェイに任せて、双子樹の町経由で、野盗の住処へ迫ろう。双子樹の町までは問題ないとして、その先は、すんなり行って二日か。余裕を持って、三日と考えよう」
ウェイを信用していないわけではないが、聞いた話を元に荒野を歩くのは難しい。目印を見失い、幾らか迷う可能性を考慮しておかなくてはならない。
「着いてからも、見張りに一日。……襲うのはやっぱ夜か?」
マコウはアリへ頷く。数が上の相手に、正面からぶつかるのは愚行だ。奇襲でも、相手が寝ている夜襲が一番だろう。
ちなみに、奇襲は、ケーオルの観点でも戦術の扱いらしく、禁じられてはいないらしい。ガラムレッドが拒否するのは、例えば、降伏すると見せかけて相手が油断したところを攻撃する、という行為だ。これは卑怯な手と考えられている。
「見張りがいるなら、そいつから片付けるとして、火を点けるかどうかは……」
火を掛けるのは、建物を燃やしきるのが目的ではなく、相手を慌てさせ、バラバラにまとまらなくさせるか、逆に密集させるのが狙いだ。バラバラなら各個撃破しやすいし、まとまっていてもイーギエの爆発魔法で吹き飛ばせる。
だから、マコウはイーギエに意見を求めようとそちらを見た。古代遺跡を攻めた経験はなかった。そもそも、火が点けられる物なのかも、わからない。だが、イーギエの前に、ウェイが不満の声を上げる。
「ちょっと、ゼナちゃんの安全が蔑ろです!」
「ああ、そうか」
つい、敵の数が多いと想定されるので、安全な策に気を取られすぎていた。確保対象の娘に火傷などさせれば、依頼主の心証を悪くする。下手すれば、報酬の減額に繫がりかねない。また、人質に取られても厄介だ。
「なら、分断するように火を点けるか」
この手は、以前、小さな村を丸々占拠していた盗賊団を倒した時に使った。盗賊たちにしてみれば、管理しやすいよう村人を集めていたのが、裏目に出たのだ。
「ちょっと! 火を使う必要がそもそもありますか? 煙だけで済みませんか?」
ウェイは未だそこにこだわっていた。が、改めて考えると、確かにそうかもしれない。そう言えば、村を解放した時も、助けた側なので露骨に非難されなかったが、村人たちは燃えた建物について愚痴を呟いていた。
「夜なら、ぬしらには煙は見えんぞ」
ガラムレッドが低い声で言った。ドワーフは暗闇でも見通せるが、そんな能力のない者は明かりがなければ、煙は見えない。
「確かに……。煙の匂いだけで、騙せますかね?」
「後は、いつもの『火事だぁ』だな」
ウェイに続いて、アリが策を補強するが、それぞれの頭の中には今一つ手応えのある像が結ばない。現場を知らないからだ。
「詳細な行動は、現場の確認をしてから再度決める必要があるな。その際、内情の把握も不可欠だ」
イーギエが隠密行動担当のアリを見る。
「忍びこんで調べるなら、夜だな。そこから手筈を話し合う事を考えると、夜明けに襲うのは無理そうだな」
「昼間に攻撃するなら、みんなで集まって何かをしている時になるが……」
そう言うマコウの頭に真っ先に浮かんだのは、食事時だ。しかしすぐに、あまり効かなそうだ、と感じる。もちろん何かを食べている瞬間は無防備だ。しかし、この手の襲撃はすぐに攻撃できる状況はほとんどなく、襲ってから武器を構える時間はゆうにある場合が多い。それでも動揺しているのが、まさに寝込みを襲う夜襲なのだ。食事中の喧嘩は、マコウも何度か巻き込まれたことがあり、わりとすんなり戦える態勢入れるものだとわかっていた。野盗たちは、どちらかというと酒場で喧嘩を始める側の者が多いだろうから、食事時を狙っても不意を突けそうにない。
その次にマコウが思い浮かんだ団体行動は、祈りの時間だった。この時なら、急に戦える気持ちになりにくいだろう、と思う。だが、言葉として意見するのは控えた。ガラムレッドが反対するのが目に見えたからだ。それに、改めて考えてみれば、野盗どもが一同に会して祈りを捧げるはずがなかった。そんな習慣の人達は、きっと野盗なんかにはならない。
いかにも具体例が出てきそうな雰囲気だったので、他の仲間はマコウの発言を待ったが、マコウは具体例を出さずに肩を竦めた。
「イーギエの言うとおり、詳細な攻撃方法は現地で決めよう。えーと、潜入調査、攻撃、お宝の捜索と――」ここで、ウェイが口を挟む。
「人質の救出!」
「おお、それもだな。……てことは、現地に着いてからも二日、夜襲になるなら三日は掛かる計算だな」
「だが、帰りは道がわかっているから二日で行けるだろう」
イーギエの意見に、アリが首を左右に振る。
「ダメだ。ガキがいるから、進みが遅くなる」
「となると、行きで三日、現地で三日、帰りも三日となって、合計九日か。余裕を持って、倍の食料を用意するとなると……」
「十八日」
イーギエの計算の方がマコウより早かった。
「十八日か……」
マコウは考え込んだ。
行商人にとって一番嵩張る荷物はたいてい商品だが、解消業にとって一番嵩張る荷物は食料だ。補給ができる場所などない荒野を進むからだ。行商人は普通、町から町への片道で済むので、往復分の食料は必要ない。
この食料を、行商人時代の気質から軽視したせいで、マコウは死にかけた。彼の指針に従った仲間も死にかけた。あれは荒野の支配者にとって、最大の全滅の危機だった。その敵は飢えだったが、マコウの場合は毒キノコだった。
この教訓から、旅立つ前に掛かると予想される日数の倍の食料を用意するのが、第一の基準となった。ただし、実際、それだけを使ったことは未だなかった。余った分は無駄になる。もちろん、王都に着いてから食べられるのだが、保存食は喜んで食べたくなるほど美味しい物ではない。もっと美味しい物がすぐに食べられる環境に居ると、わざわざ食べようとは思わない。もちろん、これはそれだけできる金銭的な余裕ができたから、言えることではある。
だから、食事代が増えることはさほど気に掛かる事でもないのだが、嵩張るのが問題だった。荷物を無理に多く持つと疲れるのが早くなり、歩みが遅くなる。すると、時間が掛かり、目的地まで着く日が延び、また携行しなくてはいけない食料が増える。それよりかは、携行する食料を減らす方が良い。悩むのは、どこまで余剰分を削るべきか、だ。
「ロバを連れていきますか?」
ウェイが嬉しそうに言う。
いわゆる荷馬は、旅のお伴として重要な存在だ。自身はそこらの草を食べるので、食事もあまり考えなくていい。だから、純粋に運べる荷物の量が増える。しかも、大幅に増える。
「ロバか……肝心なところで鳴かなければいいがな」
アリが渋い顔をした。荷馬は基本的に従順だが、所詮は獣。勝手な動きをして困った事態を招かなくはない。
「ロバや小馬がいるなら、帰りはゼナちゃんを乗せることもできますね」
ウェイはなおもロバを推す。理由を聞かなくてもわかった。ウェイは動物が好きだからだ。女子供だけでなく、動物にも優しい。
マコウたち旅の仲間にとって、ウェイの歌は良い気晴らしになる。ただし、イーギエはたまに煩いと怒るから例外だ。このウェイの歌は、動物を連れていると、乗りが良い。これだけを考えると、マコウもロバを連れていくのには賛成だ。
しかし、他の要素を合算した最終的な判断としては、アリと同じく、ロバの使用には気が進まない。この反対の一番の理由は、ロバが荷を多く運ぶ事にあった。何か起きて、ロバを失った時、その損害が大きくなるのだ。実際、マコウはかつて、この手痛い失敗を経験していた。荒野の支配者を始めざるを得なくなった、野盗による強盗被害だ。あの時、マコウは命からがら逃れられたが、荷物の大半を運ばせていたロバを失った。
マコウは自分でも、今回の判断であの体験が足を引っ張っているのがわかっていた。あの時とは違い、信頼できる仲間もいる。ロバの世話はウェイが主に見てくれるだろうから、滅多なことで失うことはないだろう。そう自分に言い聞かせ、ロバの使用を前向きに考えようと切り替えようとした時、アリが笑いながら言う。
「そういや、帰りの分の飯は考えなくてもいいじゃねえか。だって、野盗たちだって、何か食っているんだろ? それをいただいちまうから、問題ねえじゃねえか」
「盗賊たちから奪うんですか?」
未だに他人の物を取ることに抵抗があるのか、ウェイが不満げな声を上げる。それとも、ロバが必要ないと判断されたくないのかもしれない。
「そうに決まってるだろ。置いて行って、腐らせちまうのはもったいねえだろ」
アリの追撃に、ウェイが黙り込む。ウェイの心酔するエルフから、物を粗末にしてはいけない、という教えを聞いていたのは、何度も説明されているマコウたちも知っている。
この食料の奪取、あるいは再利用については、もちろん野盗たちを殺すことが前提になっている。生かして、王都に連れて帰り、衛兵などに突き出すことはしない。かつてのウェイはそうすべきだと言っていたが、その手間はとても大きい。野盗たちより人数が少ないので、いくら縛り付けていても危険だ。歩みは遅くなるのに、食料の消費が多くなる。そして、そこまでして連れて帰ったところで、何人もの旅人を殺している野盗はどのみち死罪になる。生かしておく意味がないのだ。むしろ、死を意識した後での不自由な旅、一方的な裁判、磔などの刑罰を与えられて殺されるのだから、一思いに殺してやる方が野盗たちのためだという考え方もある。
「なるほどな。帰りの分を省けるなら、三日減って、旅に掛かる日程は六日か。なら、食料は――」
「倍で十二日分」
今回もイーギエが先に教えてくれた。マコウは頷く。これならば、各自が無理せず運べる量になる。
「よし。それで行こう。……他になければ、これで解散し、各自準備に入れ。集合は、明日、朝の四刻に北門。いいな」
マコウは仲間たちの顔を見回す。イーギエは、表情の変化に乏しいドワーフに改めて聞く。
「ガドュウ、ないか?」
呼びかけた言葉は、ドワーフ語だ。イーギエは、ガラムレッドに対しては、そう呼びかけることが多い。いつか二人に意味を聞いたが、まともな答えを得られなかった。その後で、ウェイから「おそらく、『先生』とかいう尊称だと思います」と教えてもらい、マコウは大いに驚いた。
「うむ。では、掛かれ」
厳かに宣言した後、ガラムレッドが椅子を下りた。テーブルの高さに合わせるため、ドワーフの使っている椅子は高さを増したものになっている。だから椅子から降りると、テーブルから上で見えるのは、肩のあたりから上になり、座っている時と比べて沈み込んだ感じになる。
その時、ウェイが思い出したように話す。
「ああ、そうだった。帰って来た時の、精霊たちの声によると、この数日の間に雨が降りますから、その備えを――」
ガラムレッドが「ぐぐっ」とくぐもった声で唸った。ドワーフの水嫌いは有名だが、少なくともガラムレッドは雨も苦手にしていた。
思わず背筋を曲げたドワーフがより小さく見えたのがおかしくて、マコウたちは笑いそうになった。が、そんな事をすれば、面倒で恐ろしい説教が待っている。テーブルがうまく隠してくれるのを利用して、背を向けると、声だけを押し殺して、顔は笑いでゆがめた。