表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

14 情報収集

 目的の酒場に着いた時には、もう日が沈んでいた。ただし、夜の闇はこのあたりには完全に染み渡らない。明かりがあちこちで灯っているからだ。

 子供の頃、アリにとって夜の闇は恐怖だった。夜になると、住処を荒らしに来る奴がいるからだ。運良く手にできた僅かな蓄えを奪いに来たり(後で考えると、掘り出し物を手にした、とバレていたのだろう)、子供を目当てに襲いに来たりする連中がいるのだ。明るい頃は、敢えて選ばれない外見ナリをしていても、夜の闇では関係ない。襲われる前に逃げたり隠れたりしなくてはいけなかった。おちおちゆっくり寝られない。そのまま何処かに連れて行かれて、帰ってこないツレもいた。おかげで暗がりでの潜み方や、罠の仕掛け方などを覚えられたが、あまり思い出したくない過去だ。

 暗闇への恐怖は、子供時代に克服できた。罠にはまった人攫ひとさらいたちをみんなでボコボコにして撃退したからだ。もちろん、武器を抜かれて反撃をされそうになった事もあったが、そうなる前に散り散りに逃げた。それを何回か繰り返すと、アリたちの住処には来なくなった。プルサスには他にもドブネズミの溜まり場は幾つもある。一つにこだわり続ける必要はなかったのだ。

 子供の時から、夜でも明るい場所があるというのは知っていた。しかし、大人になってから、その明るさが一晩中続くと知って驚いた。その場所の一つが、一部の酒場だ。

 夜更けから開き、夜明けが来ると閉まる。代わりに昼間は空いていない。これはおそらく王都やプルサスにしかない種類の酒場だ。旅で寄った他の町ではたいてい日が沈んでしばらくすれば店じまいになる。

 これは、それだけ都市には夜に活動する者が多い現実を示していたが、酒場に居残る者にとっては、身の安全のためでもあった。暗い夜道、まして酔いどれ足で歩くのは、まるで襲ってくれと言っているようなものだ。それくらいなら、朝まで居座っている方が安全なのだ。多くの酒場は、泊まれる部屋を用意しているが、客全員が泊まれる部屋を持つ大酒場はほとんどない。酒場にとっても、常連客が日毎減っていくのは問題なので、いつの間にかこういう形になったのだろう。

 アリが訪れた『(かね)(ぶくろ)の足音』という酒場も、夜だけ開く種類だ。話を聞こうと思っている相手、喇叭らっぱ吹きのハクタクの馴染みの店だ。

 中は幾つかの食卓が並び、奥には横長の台(カウンター)、その奥に酒場の者が立つ、という普通の造りだ。食卓の半分ほどが埋まり、その一つにハクタクが背を向けて座っていた。だが、もう一人知らない男と同席だった。ひとまず、アリは奥へ進み、長い台の前に設けられた椅子の一つに座る。

 酒場の中の明かりは、ほとんど油芯灯(ランプ)によるものだ。油を貯めている皿をひっくり返されると面倒なので、細めの鎖で天井からで吊り下げている。隅では蝋燭(ろうそく)が使われている。蝋燭より松明の方が明るいが、火持ちと扱いが蝋燭の方がましだ。

「何にします?」

 店の男が聞いてきた。行儀の良い店では、短剣に革鎧というアリの姿を嫌がるが、ここは気にしていない。

 アリは袋から取り出した銀貨を一枚置く。

「とりあえず、エールを一杯。釣りは取っておけ」

「ありがとうございます」

「つまみに、木の実の盛り合わせ。塩気も欲しいな。揚げ芋に塩を振ったのはあるか?」

「はい」

「後は……腹が減ったな。肉汁も一皿頼もう」

 アリは言いながら、銀貨をパシパシと音を立てて置く。詳しい値段はわからないが、これらの物なら、プルサスでも王都あまり変わらないはずだ。そもそも、値段をいちいち聞いたところで、計算は苦手だ。

「これで、足りるか?」

「はい」

「なら、釣りはここらに置いといてくれ。次のを頼む時に使う」

 毎度釣りをあげるわけにはいかない。懐事情がたっぷりというわけではないからだ。

 店の者が奥に行くと、アリはハクタクの様子を確認する。明かりがあると言っても、昼よりかは暗い。ハクタクと同席している男の顔は良くわからなかった。だが、雰囲気から組織の幹部などのお偉いさんと話してはいなさそうだった。もし、上から話があるなら、本拠地で話すだろう。また、仕事の話をしているわけでもなさそうだ。それなら、声を低くし、なるべく顔を寄せるよう話すからだ。

 店の者がエールを持ってきて、釣りの銅貨を置いた。アリはエールの入った木のカップを持つと立ち上がる。本来、この手の横入りは好みではないが、こちらには時間がないから仕方ない。

「おい、ハクタク!」

 声を掛けられて、ハクタクが振り返った。

「おお、アリ! 帰っていたのか?」

「ああ、さっきな。……どうだ、こっちで飲まないか? おごってやるぜ」

 この誘いは二つの意図を含んでいた。「二人きりで」と「聞きたいことがある」だ。それはハクタクに伝わった。立ち上がると、同じ卓を囲んでいたツレに軽く挨拶し、アリの横へとやって来る。

「どれくらい振りだ? 王都の女はいいもんか?」

 ハクタクがニヤリと笑った。唇の間から何本か抜けた歯が覗く。

 盗人(ぬすっと)家業をしていると、こういう外見になりやすい。ヘマをした時にボコボコにされるからだ。ハクタクはいつかどこかで歯を折られたのだろう。悪さをしないように指を落とされる者もいるし、目立つ(ひたい)に×印の焼き印を押される者もいる。アリは幸運な方だった。目も歯も潰されたり欠けたりしなかったし、指も落とされていない。ヘマを多くしなかったからというのはあるが、一番は運が良かったからだ。毎日のように、物をくすねたりひったくったりしていれば、必ずどこかでヘマをする。今まで一度もヘマをしたことがない盗人がいたら、そいつは単に回数が少ないだけだ。そうして、捕まった時、どの程度のケガで済むかは、相手次第つまり運次第なのだ。アリは、鼻の筋がちょっと歪んだくらいの被害しかない。瞼の開きが左右で違うのもそうなのだろうと思うが、これは生まれつきそうだったかもしれなかった。

「女なんて、こっちと大して変わりねえよ。……いや、ベッピンはあっちの方が多いかもな」

 今まで気にしなかったが、聞かれると差があるように思えた。それをハクタクが笑う。

「アリ、それはたぶん違うな」

「じゃあ、何だよ?」

「それは……」

 言いかけてハクタクは、何も持っていない手をまるでカップを持つようにして掲げる。アリは、自分から言いだしたことだが、舌打ちをする。

「ちっ。何を飲むんだ?」

「何でもいいのか?」

「ああ」

 アリがぶっきらぼうに言うと、ハクタクは両手を合わせてこすり合わせる。

「じゃあドワーフ火酒をいただこう」

 アリは、しまった、と思った。ドワーフ火酒は、高級品だ。王都なら、この程度の酒場には置いていないが、プルサスはドワーフの鉱山が王都に比べて近い。だから、出回っているドワーフ火酒も多いのだ。

「銀貨三枚です」

 店の者が言い、ハクタクを見る。ハクタクはアリを見る。アリはまた舌打ちをして、銀貨三枚を財布から取り出す。出回るだけあって、王都で頼むよりかは安い。それでも、一杯銀貨三枚だ。

「ほらよ」

 叩き置いた銀貨を回収し、店の者はまた奥へ消えた。ドワーフ火酒の樽は貴重品と同じ扱いだ。

「で、何だよ」

 アリが宙ぶらりんになっていた話の続きを促した。

「何だよ、って何だよ?」

「だから、女だよ。王都の女が――」

「ああ、それな。それは、魔法の技の差よ」

「魔法?」

 アリはわけがわからなかった。魔法を使えるのはごく一部の人だけだ。その多くは、イーギエもいる塔に()もっているはずだ。

「ああ、アイツらは魔女だからな」

「魔女?」

 アリはますますわけがわからない。

 その時、奥から陶器のカップを持った店の者が現れた。それをハクタクが受け取ると、アリもひとまず話を止めて、(さかずき)を掲げ一口飲む。

「魔法だか魔女だか言われても、意味がわからねえよ」

「そうか? お前も知っているはすだぜ。女たちの魔法。ま、中には男もする奴がいるが」

 そう言うとハクタクは、何か小さな物を握る手つきをして、その見えない何かで唇をなぞる。ようやく、アリにもわかった。

「ああ! 化粧か!」

 ハクタクが、一芸を終えた大道芸人のように、深々と頭を下げる仕草を見せる。アリは拍手こそしなかったが、なかなかうまい話だったと納得する。確かに、女は化粧で化ける。わからなかったイライラを流すほどの面白さはあった。

「……そういや、そうなのかもな」

 アリはエールを一口飲みながら、考える。言われれば、そう言う気もした。たぶん、金がある女たちの方が化粧の差は大きい。アリはハッキリわからなかったが、きっとウェイなら詳しいだろう。

 料理が届き始めた。木の実や揚げ芋の皿は二人で手を伸ばせるが、肉汁シチューは一人用だ。少なくともアリは一人で食べるつもりだった。

 肉汁とはよく言ったもので、何の肉を使っているかは店によって違う。中には、虫の肉を入れているような店もある。そんな店はここのように、夜だけ開いている場合が多い。いくら明かりを焚いているとはいえ、夜になると料理の細かい部分は見えなくなるからだ。ただし、アリは何の肉を使っていようと気にしない。(うま)ければいいのだ。あと、それなり安ければ。

「これで終わりか?」

 並んだ皿を見て、ハクタクが不満そうに言った。

「ひとまずはな。何か欲しいか?」

「鳥の丸焼きなんか、どうだ?」

 他人が払うからと、ハクタクが大きく出た。

「お前、さっきまであっちでも食ってたんだろ? そんなに、要らねえだろ」

「いいじゃねえか。久しぶりなんだからよ。お前は食えるだろうが」

 再会祝いというつもりなら、確かに多少豪勢にしても良いという気はアリにもあった。しかし、その出費が自分だという点で、もう乗り気ではなくなる。さらに、腹いっぱい食べられる状況でもなかった。

「いや、ダメだ。オレは明日出るんだよ。たらふく食って飲むと、朝起きられなくなるだろうが」

「おいおい、忙しい奴だなぁ。じゃあ、腸詰めにするか。あ、焼きじゃなくて()での方にしてくれ」

 料理方法でどれだけ価格が変わるかはわからない。変わらないのかもしれない。だが、焼くのより茹でる方が手間なのはわかる。だから、価格が変わるなら、茹での方が高いだろう。アリはしかめっ面になるのを止められなかった。

「で、久々のプルサスはどうだ?」

 呑気に世間話を続けるハクタクを不満顔で見つめていたが、その問いかけにアリはハッと思い当たる。

「それだよ、それ。ひでえもんだせ。カツアゲにあっちまった」

 ハクタクも意外だったらしく、あわや吹き出しかける。

「……どこでだよ」

 目印になる物は近くになかったので、商業区に出てから遡って説明する。

「そこらへんは……ネズミの縄張りか?」

 血塗れ布の構成員と元構成員の会話なので、すばしっこいネズミへ遠慮はない。

「ああ。そのようなことを言ってたぜ」

「でも、旨みのあるの店は近くになさそうだから、実質は空白地かもな」

 みかじめ料は、主に商店から回収する。民家からも巻き上げるが、あまり稼ぎがない家からはほとんど取れないので、放置されている場合も多い。確かに、アリが被害に遭った場所は裕福な家がある辺りではなかった。

「で、ここに居て、俺に飯を(おご)ってくれているという事は、殺されなかったし、有り金全部巻き上げられた訳でもなかったようだな。どうやった?」

「大した事はねえよ。相手は殻が付いたヒヨッコだったしな……」

 そして、アリは何があったかを大体説明した。話し終える頃には、頼んでいた食事は揃っていた。

「へえ。さすがは荒野の支配者のアリ様だ。腕が立つねえ。俺だったら、待ち伏せされてるだけで、道を変えるな」

「それでいいと思うぜ。オレがひっ捕まえたガキも、ビビって縮こまってるつもりでも、小剣を持った手が固まってこっちを向いてたら、刺されてたかもしれねえからな」

「そいつは随分運が悪い話になるな」

「ああ。でも、死神は『運が悪かった』なんて言い訳を聞いてくれねえからな」

「ハハッ。ちげえねえ」

「そういや、その半人前たちが、オレの名前を出して、入れてくれ、って来るかもしれねえから、そん時は面倒見てやってくれねえか」

 ハクタクは、茹でた腸詰めに素手で掴み、塩を付けて食べようとしていたが、その動きが止まる。口を開けたまま、アリを見つめ、その後ゆっくりと首を左右に振る。

「おいおい、アリ。年を取っちまったなぁ。自分の出てきた巣穴の子ネズミの面倒を良く見てたのは知ってるが、そんな見ず知らずの、つーか、てめえの命も取ろうかって考えてたヒヨッコの面倒まで見るなんて……」

 言われてみればそうだ、とアリも思う。年を取って、丸くなったのかもしれない。が、一番影響があるのは末弟のトーリの存在だろう。漏らしちまったガキが、何年か後のトーリの年齢だと思うと、憎いとは思えなくなる。

「その点、俺様は『他人は他人』だ。悪いが面倒を見る(がら)でもねえからな」

「そうだな。でも、面倒を見てくれそうなヤツなら知ってるだろ?」

「……なるほどな。それは言える」

 ハクタクが腸詰めをプチッと音を立てて噛み割った。

「だったら、考えてやらなくもないぞ」

 ハクタクが、陶器の盃をあおると、それを宙でひっくり返す。中身はこぼれなかった。その意図を読み取って、アリは舌打ちをしながら、硬貨置きになっている場所に、銀貨を三枚足す。

「へへっ、悪いな」言葉とは裏腹に、悪びれた様子もなくハクタクが言うと、すぐに店の者に告げる。「ドワーフ火酒、もう一杯」

「お前の方はどうなんだよ? 何か変わったことはあったのか?」

「俺か……そういや、外回りをしなくなってから、太っちまったなあ」

 ハクタクが自分の腹を撫でた。

 ハクタクは、連絡役と呼ばれる、プルサスの外にいる協力者との使いとして組織に仕えていた。その役目が少なくなった理由として、アリが思いつくのは二つ。一つは、ハクタクが偉くなってしょっちゅう走り回らなくて良くなったから。もう一つは、上がハクタクはこの役目に向いていないと判断したから、だ。どっちかというと、後の方だとアリは思っている。本当のことを話していると思えない男は連絡役に向いていないだろう。オーガーの目玉を盗んだ話は、この役目で荒野を旅した時に思いついた――本人は経験したと言っているが――のだろう。詳しくは、敢えて聞いていない。同じ組織の者でも、役目が違うもの同士は、その中身を聞かないのが暗黙の了解だからだ。

「じゃあ、もう食う必要はねえな」

「そいつとこいつは話が別だ。食える時に食っておかないと、後で腹が減った時に後悔するだろ。……卵が欲しいな。炒り卵作ってくれ」

 ハクタクが途中から、店の者に言い、釣り銭置き場から代金が引かれ、少なくなる。

 食い物に限らず、買い物は先払いだ。だが、馴染みになっている店は違う。食い終えてからまとめて払ってもいいし、何なら後日金ができた時に払うツケも利く。しかし、この店ではその手は使えない。アリは少なくなっていく財布の中に片手をつっこみ、ジャラジャラと鳴らす。ハクタクがどれくらい食べる奴かは知らないわけではない。だから、この場はおそらく払いきれるだろう。だけど、アリには今晩の宿代と王都への帰りの旅のための費用を残しておかなくてはならなかった。そこまで余裕があるのかどうかは、計算が苦手なので自信がない。

 最悪、道端で寝るしかない。すぐに、かつてのねぐらを思いついたが、そこに住むドブネズミたちは顔ぶれが変わっているので、アリが仕切っていたのを知る者はほとんどいない。だから歓迎はされないだろう。いや、むしろ、アリを知る者がいたなら、土産を持ち込まなくてはいけない立場だ。あそこには行けない。そもそも、ウェイとの待ち合わせは、プルサスで活躍していた時によく使っていた宿だ。ウェイが翌朝来た時に、アリが泊まっていないのがばれて、路上で寝ていたとばれると恥ずかしい。

「宿代が足りなければ、ウェイに払ってもらう手があるか」

 アリは呟いた。きっとウェイなら肩代わりしてくれるだろう。旅の準備も同じだ。しかし、そうなると、帰った時にマコウが怖い。借りた金を返す前に、ウェイに借りると知られると、かなり説教されるだろう。

「どうした?」

 ブツブツ言ったのを気にしてハクタクが聞いた。

「いや、なんでもねえよ」

「そうか……。で、そっちの仕事はどうなんだ? また野盗を食い物にしてるんだろ」

「嫌な言い方だな。退治だよ。人様に頼まれて、世直しに力を貸してやってるんだ」

「へっ。何が世直しだ。世直しするような顔か」

 ハクタクが笑う。アリも笑った。世直しと自分で言ったが、本心ではどうでもよかったからだ。

 もし、マコウが野盗ではなく町の盗賊を退治する始末屋を始めていたら、アリは仲間になっていたどころか、敵に回っていただろう。血塗れ布ではない、他の組織を標的にする場合も、アリにとっては触れにくい相手だった。(うえ)同士が結んだ取り決めに逆らうことになるかもしれないからだ。野盗相手だから良かったのだ。野盗を一番目の敵にするのはもちろん行商人だが、町に入ってくるはずの荷物が奪われ、品薄になり価格が上がる被害が出るので、町に住む者全てにとっても野盗は敵だった。世間の者は不思議に感じるかもしれないが、同じ盗賊でも、荒野と町とで、考え方が違うのだ。

 ハクタクももちろん、野盗が嫌いだった。旅をする――今は、していた――者として、警戒すべき相手だったからだ。

「まあ、あいつらを掃除してくれりゃあ、旅もしやすくなるってもんよ」

 そろそろ、切り出し時かとアリは思った。世間話を続けていたのは、もし聞き耳を立てている者がいたとしても、本題が重要そうに思えない工夫でもあった。

「そういや、こないだ、変わった野盗に出くわしてよ。……いや、出くわしたというより、襲撃された後を見つけたんだが……」

 そして、アリはナック兄弟が殺された現場について話した。依頼については話さない。娘が惨劇から逃れられたらしい事も、もちろん話さない。ハクタクもわざわざ、なぜそんな現場に行ったのかは掘り返してこなかった。

「……そいつは物騒だな。そこまでして抜かれると、もう野宿はできねえぜ」

「だろ? なんか普通の野盗の手口じゃねえんだよな。どっちかというと、殺し屋の手口だ」

「……確かにそうだ。……だけど、殺し屋は町の商売だ」

 ハクタクの顔から笑みが消えた。ようやく、アリの知りたい情報が絞れてきたからだ。

「そう。町のモンがどうして外で仕事をしているのか、そのへんのところ、なんか耳にしたことねえか?」

「そうさなあ。聞いてない事もないが……」

 また盃がひっくり返った。今度はすばやくアリが銀貨を補充する。店の者がドワーフ火酒を入れに置くに行くと、ハクタクが話を続ける。

「割れ窓の方で、暗殺者が一人、追い出されたらしいな。あくまで、噂だけどな」

「噂ねえ」

 アリが相槌を打って促すと、ハクタクはドワーフ火酒の盃を受け取って、一口飲んで飲む。

「ふぅ。……ま、最初はよくある話だ。何のギルドだったかなぁ。……まあどっかの職人ギルドの親方夫婦の、男女のもつれ、だな。どっちがどっちかは忘れたが、男だか女だかが愛人を作って、もしかしたら両方そうだったのかもしれねえな。それがある時、一線を越え、邪魔な旦那だか奥方だかの命を奪って、もう一人が資産を独り占めにしようとした。大きな金が動くので、それなりの腕が必要ってことで、組織に声が掛かる。そして、専門家の登場となり、依頼は首尾よく果たされ、愛人が身代わりにされた。ま、良くある話だな」

「まあな」

 身近でそんな事件が起きたことはないが、確かに似たような話はよく聞く。男女のもつれと遺産の一人占めだ。アリが頷くと、ハクタクは木のフォークを軽く宙で回す。

「だが、そこからがややこしくなる。殺された側の人脈がどう繋がったのかは知らないが、領主の耳に届くことになった。まあ、領主本人じゃなくて、その側近の一人かもしれないが、なんにせよ、領主の問題になったわけだ」

「確かに、ややこしいな」

 領主と言えば、貴族。プルサスの場合、ただの貴族ではない、公爵様だ。

「ああ。下手すりゃ、組織が一つ潰されかねない。もちろん、水面下の交渉で、三大組織は誰も『関わっちゃいない』を通した。ウチも自分たちがやっていないのはわかっているし、どうも割れ窓が怪しいなとは思っていたが、口は出さなかった」

 アリは頷く。敵対する組織を庇ったわけではない。領主の力が大きくなり過ぎないように、こういう時はお互い協力するものなのだ。

「で、肝心の割れ窓は、実行犯を組織から出した。最悪、そいつが単独で()った、という仕掛けだな。一月(ひとつき)二月(ふたつき)前の話だ。噂じゃ、そろそろ、そいつの首に賞金が掛かるって話だぜ」

「そりゃ、逃げ出したくもなるよな」

 アリは少し同情した。組織から回された仕事をこなしただけなのに、賞金首になるのは不運だ。が、気にはなる。

「どれくらいの賞金だ?」

「さあな。領主筋だから、少なくとも千枚くらいからじゃねえか」

「千枚か……」

 これは大きい。受けている依頼がシケているので、もしこの分が加わるなら――いや、むしろ加わってほしい。となると、問題となるのは……

「そいつ、腕が立つのか?」

「そいつはさすがに噂だけじゃ良く分からねえな。……だが、凄腕の暗殺者と言って、話に上るのは『幽霊(ゆうれい)(きば)』だな」

「幽霊の牙? なんだそれ」

「モグリの暗殺者だ」

「は? モグリだぁ?」

 興味を惹かれていたアリは肩透かしを食らった気になった。モグリ、すなわちどこの組織にも属していない者は、小物ばかりだからだ。小物だからこそ、組織も放っておいているのだ。

「当時の組織の連中も、みんなそういう認識だったらしいぜ。請け負う仕事も、みんな小さいものばっかりだったらしいからな。組織に持ち込んでも、半殺しで済まされるような案件を、ぬるいと思う依頼人はいる。そういう連中が、確実に最後までやってくれる仕事人として、モグリに頼む。組織にしちゃあ、大して金にもならねえ、危険だけが大きい仕事だからな、誰がやったところで気にしていなかった。ところが、『幽霊の牙』はそうした依頼を引き受けてはいたが、大した腕ではない、ということではなかった。むしろ、凄腕だった」

「ほほう。どの程度の凄腕だ」

「昔、割れ窓が荒れていたのは知っているよな?」

「ああ。詳しくは知らねえが」

「あの当時は、俺も下っ端だったから、見えていない事ばかりだったが、このまま割れ窓が拡大するか、ってウチが警戒している時に、逆の事が起きた。仲間割れだ。そういう時は、ウチからすれば手を伸ばす機会なわけだが、それほど動かなかったらしい。暴れ回っている奴がかなり厄介な奴らしくて、変に手を出すと火傷する、って感じだったそうだ。が、そいつがある日突然止まった。息の根を止めたのが、『幽霊の牙』だったらしい」

「ほう」

 敵対する組織が手を出すのをためらうほどの相手を殺す。確かに、かなりの腕前だろう。簡単に消されないよう、警戒をしていたはずだからだ。

「噂では、その『幽霊の牙』は目立ち過ぎたから、また闇に消えたと言われていた。実際、単なるモグリの暗殺者ではないと組織も気づいたわけだ。上の方からすると、自分たちの首も危ないと警戒するよな。しかし、その尻尾は掴めなかった。が、一説には、崩壊の危機を救ってくれた礼として、割れ窓が自分の組織に組み入れたと言われている。領主が出張ってきた事件も、もしかするとその『幽霊の牙』が手を出したのかもしれないな」

「幽霊の牙か……」

 アリは呟きながら、その凄腕の殺し屋と銀貨千枚の賞金とを心の中で天秤にかけていた。正直なところ、銀貨千枚もらっても関わらない方が良い相手だと思う。しかし、殺し屋の恐ろしさは、いつ忍び寄って来て殺されるかわからないという点が大きい。逆に、相手に気づかれずにこちらが狙うのであれば、殺し屋の強さは活かされない。

「なるほど。いい話を聞かせてもらったな。他に、何か頼むか?」

「ん? いや、今はいいぞ」

「じゃあ、オレもドワーフ火酒を一杯いただこう」

 ずっと飲まれているだけで我慢できなくなったのもあるが、手応えを得た気分の良さを祝いたい気持ちもあった。アリはニヤリと笑って、銀貨を追加した。



 酔いが回る前に、アリは店を出た。ハクタクは気分が良いようで――ドワーフ火酒を何倍も飲んだなら当たり前だ――、別の話し相手を見つけて、そちらへ移った。ハクタクの馴染みの店なので、顔見知りも多いのだろう。

 外は完全に夜の闇に包まれていた。アリは背負い袋から松明を出し、店の蝋燭で火を点けると、それを頼りのかつて馴染みにしていた宿へと向かう。

 暗くなれば同じだと思われがちだが、一人歩きに危険な時間帯はある。基本的に、真夜中になるほど危ない。暗くなってしばらくは、狙う得物が多いのだが、それは人通りがまだあるという意味でもあった。襲う側からすると、騒がれた時にまだ寝ていない周りの住人などが出てくる危険もあった。普通は関わり合いになりたくないので、住人たちは外での叫び声に反応しない。だから、強盗は気にしなくてもいいのかもしれないが、寝ていて気づかない状態の方がより安全だ。

 今回は、無理をせず、知っている道を通る。縄張りの関係上、多少遠回りになっても、安全な方を通る。一日に二度も追いはぎに会うのは面倒だ。

 帰りながら、今頃ウェイはヨロシクやっているのだろうなあと考える。もっとも、ウェイだからそうなのであって、代わってくれると言われても、アリは断わる。ただし、ヨロシクやるのは大歓迎だった。

 気分的には、このまま娼館(しょうかん)へ向かいたかった。プルサルに住んでいた頃には、頻繁に通っていたので、アリが顔を出すと喜ぶ娼婦もいるだろう。だが、金がなかった。ハクタクと飲んでいる時はひやひやしたが、終わってみると宿代や帰りの支度の代金はなんとかありそうだ。今更ながら、マコウの金銭感覚の正しさに感心する。情報料と宿代と旅の準備は、銀貨四十枚借りたおかげで足りた。しかし、娼館で遊ぶだけの余裕はなかった。そこの余裕を出さないところもマコウらしい。娼館では、かつてツケが利いたが、プルサスから離れた今では無理だろう。宿に向っているのは仕方なく、だった。

 せめて、もう一杯くらい飲んでから寝ようと考える。ドワーフ火酒の後、安酒を飲みたくなかったが、歩いているうちに旨かった感覚も消えた。目的の宿は、そろそろ酒場が閉まる頃合いだったが、かつての馴染みが来たのなら、エールの一杯くらい飲むくらいは待ってくれるだろう。

 宿に着くと、アリは松明を強く振って火を消し、中へ入る。この宿は、完全に松明を消す用に、言えば水桶を用意してくれる。幸い、既に水桶は用意されて、松明が一本差し入れられていた。室内に目を向けると、まだ食事を摂っている客がいた。先程の酒場は夜遅くまで開いているが、ここはそうではない。それを知っている客は閉められる前に、というよりかまだ道が安全なうちに、帰っているはずだ。

 よく見ると、その客はウェイだった。

「あれ? ウェイ!」

「ああ、アリ。そちらの首尾はどうでしたか?」

「そちらの、って」アリはウェイへ近づこうとしてよろめいた。驚きの余り、酒の酔いを押さえられる余裕がなくなっていた。「いや、そっちこそ、どうなってんだよ。ラモーラと――」

 ヨロシクやっている、と続けようとして、さすがに本人の前でいやらしい言い方をするのは控えた。

「ラモーラさんはスヤスヤ寝ていますよ」

 ウェイは事も無げに言い、アリを見ずに食事の手を動かし続ける。

「え? だって……」

 アリは店の親父に、片手を上げて挨拶してから、ウェイの向かいの席に座る。

「一晩中って、あいつ言ってただろう!?」

「ええ。ラモーラさんはその気だったようですが、そうなると明日の出発が遅れてしまいますから。そうなると、ゼナちゃんの救出も遅くなるわけですから」そこでウェイは手を止めると、アリを見て、にっこり微笑む。「早めに済ませました」

「早めって、言っても……あいつ、体力あるだろう?」

 ヤリ疲れて寝かしつけるのにはそれこそ一晩中かかりそうだ。むしろ、アリは、先にバテる自信があった。

「ええ。ですから、私も多少無理をしました」

 そう言うウェイの料理を見ると、ワインを飲み、肉切れを食べていた。ガッツリ食べるのはウェイらしくない。確かに、体力を使ったのだろうと思わされる。

「寝てしまう前に、ちゃんと目星が付いている遺跡の場所を聞いていますから、安心してください」

「いや、それは……」

 そんな事までできるのだろうか、とアリは不思議に思う。あのしつこそうなラモーラを倒すだけで大仕事だ。なのに、ちゃんと情報を引き出せるものなのだろうか。成果は信じられないが、ウェイの言葉だから信じた。こんな事で見栄を張る男ではない。見方を変えると、ウェイそのものがやっぱり信じられない存在なのだ。

「そちらの首尾は?」

「あ、ああ。こっちも、殺し屋については掴めた。やっぱり、野盗に紛れ込んでいるみたいだな」

「そうですか。詳しい話は、また帰りながらでもいいでしょう。私は、早くこれを食べ終えて寝ることにします。……スタークさん、すみません。もうちょっとで終わりますから」

 酒場の親父が、いいって、と手を振り、その後、アリにエールを一杯持ってきてくれた。代金を払おうとすると、「ウェイちゃんの余りで十分ですから」と流された。どうやら、ウェイが多めに払っていたらしい。

 まあ、これで飲むつもりだった一杯を飲めるからいいか。アリはそう思いながら、モリモリ食べるウェイを見る。そして、改めて思う。

 こいつは、女に関しても、本気にさせるとヤバい奴だ、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ