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13 都市の盗賊

 村にはなくて、都市にあるものは、たくさんあるが、同業者による組合もその一つだ。これのジン・ヨウ語は、よく言われるのでアリも知っている。ギルドだ。

 織物ギルドや漁師ギルドなんかだ。そして、盗みなどの犯罪に手を染める者たちも、盗賊ギルドを作っている。ただし、あんまりおおっぴらにできないせいか、それとも単に上同士の気が合わないかは知らないが、一つではなく幾つかに分かれている。業界内ではそれを、組織と呼ぶ。

 細かく見ると、この組織は数え切れないほどある。アリはストリートチルドレン(ドブネズミ)上がりだが、ガキどもをまとめて組織のかしららしきものをやったことがある。同じように、いつもつるんでいる悪党どもは、それぞれが小さな組織と言え、自分たちで名前すら付けていることがあった。これら小さな組織は、たいてい大きな組織の下に付いている。そして、大きな組織は、プルサスでは、三つあった。

『割れ窓』『すばしっこいネズミ』『血塗れ(ちまみれ)布』だ。アリは、ドブネズミ出身だがネズミ繋がりの『すばしっこいネズミ』には縁がなく、所属していたのは、『血塗れ布』だった。

 それぞれの根城は、おおっぴらに盗賊の看板を掲げているわけではなかったが、存在の大きさから、多くの者が知っていた。割れ窓とすばしっこいネズミの根城は酒場、血塗れ布は屋敷だ。

 だが、少なくとも血塗れ布の真の根城は地下にあった。アリは直接会ったことはないが、血塗れ布には()()()ドワーフがいた。そのおかげで、地下に隠された空間が広がっていた。

 噂では、割れ窓にもすばしっこいネズミにも、地下の秘密部屋はあるらしい。だけど、ドワーフが居なければ、広く掘り進めるのは難しいだろう。

 このドワーフは闇ドワーフと言われていた。ガランに話すと「ドワーフの恥さらし」と命を狙いかねないので、話したことはない。闇ドワーフに会えていないのは、アリにとってはむしろ好都合だった。

 アリは、血塗れ布の中では変わった立ち位置だった。ドブネズミから這い上がった頃は、そこらのチンピラと変わらなかった。マコウに声を掛けられた時は、盗みを得意とする下っ端でしかなかった。しかし、荒野の支配者としての活躍が、アリの存在を大きくした。

 まず、ギルド内でも有数の短剣使いと見られるようになった。これは、最初あまり嬉しくなかった。なぜなら、盗みに入るのは全く気づかれないのが理想で、すぐに剣を抜いて荒事で解決するやり方は恥だったからだ。当然、理想の盗みを続けていれば、剣の腕前など上がらない。だから、そこを褒められても嬉しくなかった。

 しかし、そこらの奴には負けないという自信がつくと、ものの見え方が変わった。それが、案外気分良かったので、次第に満足するようになった。

 一方で、盗みの仕事からは足が遠ざかった。荒野の支配者として、野盗や魔物に気づかれず近寄る技術や、罠を仕掛けたり、罠を見破ったりする経験は積んだ。だけど、家人が寝静まっている屋敷に入り、高価な物を盗み取るという能力は錆び付いてしまった。

 結果、名だけは上がったが、盗賊としてはむしろ使えない奴になった。年が近い、かつてのチンピラの中には、運良く生き残って、幹部への道を歩んで行く奴もいたが、アリは、血塗れ布の根城の地下深くに入る機会はほとんどなかった。

 だから、プルサスの殺し屋について、探りを入れようとして、血塗れ布の根城をいきなり訪れる事はできなかった。もはや、王都に移った余所者よそものだったし、武力を認められているからこそ襲撃カチコミと警戒されかねなかったからだ。

 アリが頼ったのは人だ。「頼る」と自分で思いたくないくらい、頼りがいないヤツだが、噂には詳しかった。ただし、その噂にはかなりウソが含まれていた。伝え聞いたウソなら仕方ないのだが、どうも面白いからと、勝手にウソを付け加えて広めている節があった。そう言う意味では信用ならないヤツだった。

 一緒に仕事をしたことはないが、付き合いはあった。馴染みにしている酒場も覚えていたので、そこへ向かう。

 城壁の上では、まだ夕日が見えたが、下りると城壁の影に入るので、かなり暗くなった。アリは顔をしかめた。都市では、慣れない夜道は危険だ。

 この辺りはほとんど来たことがなかったので、アリは道をよく知らなかった。

 少し前に目印にした塔へ近づければわかりやすいのだが、道はそう都合良く伸びてはいない。

 ウェイの後を何となく付いてきたのも良くなかった。これまで、仲間が知った道を行くと、たいてい帰りも先導してくれたので、今回も深く考えず後ろを歩き、来た道をはっきり覚えていなかった。夕暮れ時で、来た時と景色が違うせいもあって、たぶんこちらだろう、という勘も働きにくい。

 だからといって、ウェイたちが下りてくるのを待つわけにもいかなかった。ラモーラに馬鹿にされるのは目に見えている。それに、ウェイも道を分かっていない可能性があった。迷わず進むので、道を知っているかと思ってしまったが、あれは単に西の城壁に近づきたかっただけだ。城壁を見て、道は見ていなかったかもしれない。

 アリは歩き出す。ラモーラが下りてくる、という残り時間がある以上、離れなくてはならなかった。それに、育った地区がこことは違うが、プルサス育ちだという自負もある。地元で迷うなんて恥ずかしい。

 そうして歩き始めたが、ほどなく、来た時と違う道を進んでいるのに気づいた。戻っても良かったが、地元ゆえ、だいたいの居場所は分かっていたので、このまま進んで修正する方法を選んだ。

 しかし、知らない道は思うとおりに曲がってくれない。時には行き止まる。そうこうしている内に、辺りはすっかり暗くなった。ちらほらいた人通りもパタリと途絶える。

 そして、ある角を曲がった時、面倒臭そうな連中が道の脇に立っていた。男三人組。通りに入ってきた時から、アリをピタリと見定めている。

 一目見て厄介な相手なら、アリはつまらぬこだわりを捨て、すぐに引き返した。だが、薄暗がりでもこの三人が若いのはわかった。一番年下に見える男はガキとさえ言っていいくらいの雰囲気だった。アリは、引き返す必要を感じなかった。少し回り道を強いられてイライラしているせいもあり、そのまま進む。

 アリの堂々とした態度に、少し驚いた様子を示していた三人だったが、アリが前を通り過ぎると、互いに(つつ)き合い動き出す。一人がアリの行く手を遮り、二人が後ろへと回る。

「待ちなよ、おっさん」

 前に回った一人が抜いた短刀をゆらゆら揺らして、声を掛けてきた。間合いは二歩。後ろの間合いもほぼ同じだ。後ろの二人も、短刀を抜いていた。

 いきなり抜くのは、相手をビビらせるには良い手だ。ただし、荒事に慣れた相手だと、逆に抜かない方が、相手をビビらせる場合もある。抜く早さに自信があると言っているようなものだからだ。でも、この三人には未だそれがわかる段階に上がってなさそうだ。

 ひとまずアリは、短剣を抜かずに脇に一歩下がる。体の向きも変えて、三人の動きが目に入る位置を整える。抜かなかったのは、相手をビビらせない為だ。ビビりやすい野良犬は、ビビらせると興奮して噛みつきやすくなるからだ。

 そして、まずお説教を垂れる。

「おめえらの鼻の左右に付いてるのは何だ? 石ころか? オレがおめえらより長い剣下げてるのが見えねえのか? オマケにこっちは鎧を着てるんだぞ」

 三本の短刀の刃を見てもビビらず、堂々と言い放つ姿に、三人はまた互いの顔を見合わせる。勝手が違うと感じているのだろう。うち二人の視線が一人に集まる。どうやら、こいつが三人の中のかしらだ。そいつが余裕のある声で笑う。

「オッサンこそ見えてるのか? こっちは三人だ」

 これに残りの二人もヘラヘラ笑い出す。余裕が出てきたようだ。

 この指摘は正しい。

 革鎧は、使い手が鋭い短刀を使ったなら貫けるが、そのどちらかが欠けていれば貫けない。目の前の三人はどちら()欠けている。もちろん、革鎧に覆われていない部分なら傷つけられるが、たいていの急所は革鎧の下だ。剥き出しとなっている急所に首がある。二人が押さえに回り、最後の一人が首を突く、と動けば、実行できる。弱くても、数さえいれば、格上の相手を倒せるのだ。

 追い剥ぎのかしらがまだ続ける。

「それに、アンタは腰にかねの詰まった財布を付けているし、背中には荷物を背負っている。旅人だ」

 これは、当たりと外れ、半々だった。まず、アリの財布にはあまり金は詰まっていない。慣れてくると、膨らみ、音、持っている人の動きから財布の重さ、などが分かってくるが、そこまで至っていないようだ。あるいは、この追い剥ぎたちにとって、アリが少ないと思う財布の中身でも十分なのかもしれない。

 正しいのは、旅人を狙うという点だ。プルサスの者なら、どこで誰と繫がっているかわからない。ジジイを殴り倒したら、組織の幹部の父親だった、というような話はよくある。旅人であれば、その獲物が有力者と繫がっていても、別の土地の有力者なので大して怖くない。プルサスの有力者に会いに来た、という人なら、たいてい門で迎えの者と合流する。一人の旅人を狙う、という点は間違っていない。

 アリは、場合によっては短剣を抜くつもりだった。目の前の三人を倒せる自信はあった。

 三対一の一人側は間違いなく不利だ。それを打ち破る最も単純な方法は、三対一を崩す事だ。素早く短剣を抜き、油断している一人を倒せば、二対一になる。この二対一も、驚いて動きを止めている一人をれば、一対一になる。仲間をたちどころに二人やられれば、普通は戦える心持ちは崩れている。だから、これも問題なく終わる。

 まして、これまでの動きから、三人組のかしらが真ん中の一人だと分かっていた。さらに、仲間に対して勇敢だと示したいからか、この男は他の二人より半歩前に出ていた。一歩半の間合いだ。すぐに斬れる。

 しかし、この追いはぎたちに見込みがないわけではなかった。アリも若い頃は、今よりもっとバカだった。今すぐに、狙った相手が悪かったという現実を、わざわざ刃で示してやるほどでもない。

「おめえら、どこかの組織に繫がっているのか?」

 この問いかけに、また三人がうろたえる。まだ、どこの大組織の下にすら入れていないチンピラなのか。それとも、アリが組織の関係者だと思っているのか。

 この三人組が、血塗れ布の下なら、アリは手を出すべきではなかった。他の二つなら、競争相手と言うか、敵とすら言えるが、一応こちらから手を出すつもりはなかった。こんな下っ端を倒したところで抗争にまで発展しないだろうが、半分ほど足を抜いた組織のために、血を流すほど頑張ることもない。

「ね、ネズミだよ」

 かしらが詰まりながら答えた。

「ネズミ、か……」

 微妙な答えだった。

 組織名で言えば、「すばしっこいネズミ」の事だろう。だが、アリが血塗れ布に入って、すぐ教えられた事の一つが、「すばしっこいネズミの事を、ネズミとは呼ぶな」という教えだった。ネズミという呼び方は、基本的に相手をバカにしているからだ。血塗れ布の内部でネズミと呼ぶには問題ないが、すばしっこいネズミの構成員に対してネズミと呼ぶと、露骨な挑発と受け取られて(いさか)いになりかねない。それが元で抗争まで発展すると大問題だ。

 かつてのアリたちのように、路上で生活する子供たちが、ドブネズミと呼ばれているのは、バカにされているからだ。害を与えてくる存在というのもあるだろう。

 このドブネズミからすると、すばしっこいネズミは憧れの存在だった。昔のドブネズミの集団が、プルサスの三大組織にまで成り上がったという噂もあり、プルサスのどこで生活していようとも、ドブネズミはすばしっこいネズミの一員に成りたいと思っているだろう。実際、アリもそうだった。

 だから、目の前の若いチンピラが、ドブネズミから成り上がって、すばしっこいネズミの一員となった可能性はある。そして、内部の者だからこそ、自分たちのことを「ネズミ」と呼んでいる事も考えられた。

 だが、アリがすばしっこいネズミの一員なら、半人前の若造に組織のことを軽く言わせるのは許さない。敢えて「ネズミ」と呼んだ事で一人前と見せようとしたとも考えられるが、一番しっくりくるのは、ハッタリだ。おそらく、この三人は三大組織に属せていないほどの小者こものだ。おおかた、三大組織に関わっていないと舐められると思って、とっさに憧れのある組織の名を出したのだろう。

 アリが盗賊として一人前になってしばらくして分かったことだが、すばしっこいネズミの連中はドブネズミ上がりのガキどもを使い捨てにする。考えてみれば当たり前だ。全市からドブネズミが集まって来るのだ。それくらいの扱いでないと逆に(さば)ききれない。この噂は、ドブネズミの元に届かない訳はない。実際、アリも聞いた記憶があった。でも、憧れからその噂は無視してしまった。それよりも、すばしっこいネズミで幹部になったドブネズミ上がりがいるという成功例だけ、耳に残ってしまう。

 アリは、血塗れ布の縄張りで生活していたドブネズミだったので、そちらと繫がったが、今となっては、すばしっこいネズミに入ってなくて良かったと思っている。自分なら、すばしっこいネズミでも生き抜いてやると思えるが、アリの面倒を見たガキどもも、繋がりができたおかげで、血塗れ布に流れやすくなっていたからだ。あれが、すばしっこいネズミだったら、どれだけ死んだだろうと思う。

 大ざっぱに言うと、実は三大組織でのドブネズミ上がりの扱いは、どこも使い捨てだ。だが、すばしっこいネズミが特に酷い。

 こうした思いが数拍のうちに流れると、アリは目の前の三人が少し哀れになった。盗賊稼業が、噂で聞くほど当たりがでかい事はないのを知らない。噂に上るのは、大成功した場合だけなのだ。とはいえ、学もなければ金も力もない連中は、そう流れるしかないのだ。

 目の前の三人はおそらくドブネズミではなかった。それよりかましな、貧しい家の出だろう。着ているのはボロではない。腹は空かせているかもしれないが、飢えてはいない。

「ここはすばしっこいネズミの縄張りなのか?」

 アリの問いに、三人の視線がまた揺らぐ。やはり、良く分かっていない。ただつるんでいるだけのチンピラか、三大組織から数えて下の下の下くらいなのだろう。

 しかし、この態度は、アリに今の位置をだいたいの推測させてくれた。

 この手の罠(あるいは網、と言われる)を張る場所は、商業地区の近くが良い。商業地区の中だと目立つので危険だ。よほど自信があるか、組織などの後ろ盾がしっかりという保証がない限り、中ではなく、その周辺で罠を張る。そこが、縄張りとしている組織の盗賊の仕事場だ。この半端者たちは、そこには居座れないが、住宅街のど真ん中に居ても目立つだけで旨みも少ないので、なるべく商業地区に近い場所を陣取る。つまり、今のアリは商業地区からある程度の距離に居る、と考えられた。

「うるせぇ。オッサンは黙って、金目の物を置いて行けばいいんだよ」

 短刀を突き付けられた。まだ届かない距離だが、アリは半歩下がる。相手がさらに踏み込んで、跳びかかってきても、こちらが早く抜ける間合いを保つためだ。だが、相手はこちらがビビったと感じたようだ。明らかに、勢いが盛り上がるのを感じた。調子に乗られる前に、言葉を差し込む。

「『荒野の支配者』って知っているか?」

 水を差されて、チンピラの勢いが弱まった。また、三人で顔を見合わせる。今までも思ったが、この動きが大きすぎる。アリたちも互いの意思確認のために良く目を合わせるが、せいぜい顔の角度を動かすだけ。体の向きまではまず変えない。隙ができるからだ。こうも繰り返される、隙だらけに、アリは思わず苦笑いをしてしまう。

「……いや」

 代表してかしらが答えた。無理もない。いわゆる業界内では有名だったが、関わらない暮らしをしているなら、知る機会がないからだ。盗賊稼業は多少関わりがあるのだが、こんな半端者なら知らなくて当然だ。

「そうか。そこそこ有名な始末屋なんだけどな。オレはその一人だ」

 動揺というより、空白が生まれた。どう対応したらいいかわからないらしい。

「ま、それより、血塗れ布の関係者と言った方がいいか? おめえら、そんな奴に手を出していいのか?」

 ようやく動揺が広がった。小声で「ヤバイよ」と言い合うのが聞こえる。が、かしらはそんな弱気な仲間を奮い立たせる。

「いや、ウソだ。血塗れ布の人なら、なんでこんな格好してんだよ」

「確かに……町のもんじゃねえよな」

 相槌を打つ仲間。対するアリは溜息を吐いた。

 組織の者の大半がプルサスにいるのは間違いないだろうが、割り振られた仕事によっては旅をすることもある。連絡役と呼ばれる者はむしろしょっちゅう旅をしている。そういう実情を、この三人は知らないのだ。教えたところで、素直に信用するとは思えない。とはいえ、他人を疑ってかかる姿勢は悪くない。

「本当に、血塗れ布の人だと言うなら、そのあかしを出せ」

「はぁ? おめえ、バカか! そんな物あったら、衛兵にとっ捕まった時に一発でバレるだろうが」

 アリの指摘に、自分の提案が間違えだったと、かしらも気づいたようだった。また、変な事を言われないうちにアリがぼやく。

「証の代わりになる何かがあればなぁ」

 言いながら、アリは既に幾つか思い付いていた。迷っていたのは、どれが一番安全か、という判断だ。それもすぐに決まる。

 次の瞬間、アリは動いた。「あ!」と驚いた声が聞こえたが、体がついてくる相手は誰もいなかった。アリは、右にいた一番年下の相手に駆け寄ると、短刀を持った手首を掴み、相手の体を振り回しながら、背後に回りこみ捻り上げる。

「イテテ」

 腕を取った相手が悲鳴を上げ、持っていた短刀を落とした。逆に、アリは自分の短刀を抜いていた。短刀を持った左手は、人質に取った相手の胸元を押さえる。

 残りの二人は、状況の変化に付いて来ていなかった。動きが中途半端な姿勢で止まっている。

「おい。人に刃物向けるって事は、自分も殺されかねないって事だとわかっていたのかよ?」

「あ……はい」

 若造のかしらが、ぼんやりとした口調で答える。おそらく、嘘ではない。でも、頭で考えているのと、現実に起きているのと差が大きかったようだ。明らかに呑み込めていない。

「に、兄ちゃん……」

 アリの手の中にいる子供ガキが泣きべそをかいた。直後に、アリの鼻に独特の刺激臭が届く。漏らしたのだ。

「ちっ」思わず舌打ちをしてから、他の二人に対して先手を打つ。「おい、だらしねえとか思うんじゃねえぞ。少なくとも、こいつは、どれだけ怖い事をしていたか、わかっているんだからよ」

「あ」

 かしらが弟分の粗相に気づいたようだ。そこからの態度は早かった。持っていた短刀を捨てる。

「参りました。降参します」

 おい、とかしらから声を掛けられて、もう一人も短刀を捨てた。アリは、相手から敵意が消えているのをもう一度確認してから、捕まえていた子供ガキを放してやる。その子は、頭の元へよろめくと「ごめん」と呟き、泣き出した。

「おい。人様に迷惑かけておいて、参りました、だけじゃ済むわけないのわかってるんだろうな」

「はい……」

 かしらは泣き出した弟分を後ろに下げると、懐から小袋を出した。もう一人の弟分にも、財布を出すように手振りで示す。

「今持っている全てを差し上げます。合わせて銀貨数枚くらいしかありませんけど……」

 袋を持った両手を差し出した後、それでは足りないだろうと自覚して、付け加える。

「あ、あと、その刃物。良かったら持って行ってください」

「ふざけんな。そんな小銭いらねえよ!」

 元よりアリに、相手から何かを巻き上げる気はなかった。ただ、世の中はそういうものだという掟を教えてやっただけだ。

「え……じゃあ……」

 自分の命につり合う金がないと言われれば、取られるのは命の方だ。しかし、アリの態度から、そうするつもりはないと相手も感じ取ったようだ。許してやると言うのは恥ずかしいので、そこは口にしないまま、アリは話を続ける。

「さっきも言ったとおり、こんな事していたら、いつかは殺される。そうなりたくなかったら、どこかの神殿へ行って、下働きさせてもらうようお願いしろ。こき使われるだろうが、こんな事を続けているより、死ににくいはずだ」

 言い捨てると、アリは自分の短刀を鞘に納めて、そこを立ち去る。すぐに、かしらが頭を下げた。

「あ、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 もう一人も続く。泣いている子供ガキも促されて、言ったが、声が小さくて聞こえなかった。

 アリは小さく頷いて立ち止った。

「そういや、すばしっこいネズミの下にいるってのは本当か?」

「……あ、それは……一応、兄貴分に当たる人が、ネズミの人です」

「そのネズミって言うのは止めておけ。すばしっこいネズミの者に聞かれたら、舐められていると思って、ぶちのめされるぞ」

「あ、はい」

 余計なおせっかいだと自分でも思うが、アリは続ける。

「すばしっこいネズミにまだ足を入れてないなら、あそこは止めておけ」

「え?」

「血塗れの布なら、荒野の支配者のアリの紹介だと言えば、少しは目を掛けてくれるかもしれない」

「あ、はい……お前、覚えておけ。『荒野の支配者アリ』さんだ」

 かしらが隣に言いつけ、そいつがブツブツと覚える内容を繰り返すのを聞きながら、アリはその場を去る。

「ありがとうございましたぁ」

 背後から、またお礼の言葉が投げかけられた。その後、仲間内で「カッコイイ(かっけぇ)」と言い合っているのも聞こえた。

 正直、悪くない気分だったが、心のどこかでこれで良かったのか、という思いもあった。アリが伝えたように、盗人家業に進むのは命を縮める道だ。今の流れだと、「神殿にでも行け」という忠告は、未熟な追いはぎたちの頭には残っていないだろう。一方で、闇を歩むなら少しでもましな道を示せれた。良かったような、悪かったような、すっきりしない後味だった。

 その時、ウェイの事が思い浮かぶ。ウェイのおせっかい焼きは病気と言ってもいいくらい酷いものだ。しかし、(すじ)は通っていた。その筋は、世間の感覚とは大きくずれた、ウェイ独特のものだったが、ウェイが正しいと信じる道筋だった。だから、おせっかいを焼いた後に、今のアリのようにもやもやした気持ちにはならないだろう。

「あいつ、世間とずれている割には、妙に座りがいいってことなのか」

 仲間の意外な長所に気づき、アリは感心した。

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