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11 双子樹の町

 双子樹の町は、中央にある大樹が象徴的存在として、大切にされている。その大樹は、地面から生えた二本の木が空へと伸びる途中で一本に合わさってしまっている。この形が双子樹と呼ばれる所以だ。過去に、この珍しい木を傷つけようとした者がいたせいか、双子樹の周りには、柵が張り巡らされ、衛兵まで立っている。この衛兵は、双子樹を守っているだけでなく、この中央広場の治安維持にも貢献している。ゆえに、中央広場の露店は、町の規模の割になかなか盛況だ。

 王都と公爵座都市プルサスを結ぶ主要経路だけあって、交易に利用する者は多く、王都或いはプルサスにまで至る前に、荷を売りさばこうとする商人は少なくない。マコウであれば、やはり本来の目的地である王都或いはプルサスに運ぶ方を選ぶ。荒野を旅する距離が増える分、高く売れやすいからだ。しかし、それは単純な計算であって、途中で盗賊に襲われる危険を無視している。実際に、過去のマコウはそれで、財産の大半を失った。

 あの時は、盗賊に襲われるリスクを認識していたが、自分は襲われないだろうと軽視していた。それに、もし襲われても殺されるなら、どこかに資産を分けて保管する意味などないと考えていた。だけど、現実は、命からがら助かったという選択肢があったのだ。

 その後僅かに残った資金を、賭け事に注ぎ込み、運悪くそれを失って、どうしようもなくなって、解消業を始めた。

 そうして始めた荒野の支配者は、稼ぎとしてそれなりの売り上げを得られるほどに成長した。しかし、こうして活気ある市場を見ていると、また売り買いの日々に戻りたいな、と思わなくもない。いや、そもそも、こんないつ死ぬかわからない仕事をずっと続けるつもりはなかった。どこかで引退し、商いに戻るつもりだった。引退するなら、王都やプルサスのような大都市は避けて、この双子樹のようなあまり大きくない町の郊外に屋敷を建てるのも良いな、と思う。

 そもそも、マコウが親から譲り受けた店兼家を妹夫婦に譲り、行商人に転じたのは、悪臭が一番の理由だった。父は、鍛冶屋や皮職人のような職人相手に、必要な品を調達するという商いをしていた。それらの品はたいてい王都内で見つかり、それを転売する事で利益を得ていた。だけど、まれに他の町まで、依頼した品を調達しに行かないといけない事態になった。マコウが十六くらいになったある日、その王都の外への調達に同行することになった。

 マコウは、王都で生まれ、そのまま王都の中で育った。同じ境遇の他の者と同じく、危険な荒野へ出たことはなかった。

 初めて王都の外へ出た時、マコウは衝撃を受けた。空気がおいしかったからだ。それほど、王都の中はどこへ行っても悪臭に満ちていた。特にひどい臭いの場所があちらこちらにあるだけ   で、普通の状態でも臭い、のが当たり前だった。あるいは、貴族や大商人のように、都市の中でも大きな土地を確保できている者なら、広い庭で香しい花を植えて、良い匂いの空間を作れているのかもしれない。しかし、それは庶民には無縁の場所だ。

 町の露天商は都市のそれとは趣が違う。幾つもの市場があちこちにできる都市では、ある程度品揃えが場所毎に定まっているが、町だとそれが一箇所に集まってくる。豚が売られているのを見た時、マコウは驚いた。

 王都であれば、豚などの家畜は肉屋が集まる専門の市場で売り買いされる。一般の客がその売買を目にすることはない。

 穀物は、収穫の時期の後にまとめて、都市に運ばれる。しかし、肉は定期的に、生きた形で都市に入ってくる。魚はその中間だ。新しいが、生きたまま運んでくるのは難しいので、ある程度離れた所からだと、塩漬けにされて、日常的に運ばれる。

 マコウはそうした生物なまものを取り扱った事はないが、都市へと運び入れられる物のかなりの割合を、食べ物が占めているだろう。それは、見方を変えると、都市が大量の食物を消費する大きな怪物のように見える。

 この見方はあながち間違えではないだろう。食べ物に関わらず、都市には荒野にはない様々な危険や堕落が待ち構えている。都市は紛れもなく魔物だ。

 そう考えた時、マコウは子供の頃に聞いた笑い話を思い出した。

 豚を売りに来た商人が、何頭かの豚を積んだ牛車を引いて、王都に入った。だが、その男が王都の門を出た時、何も持っていなかった。豚を解体業者に売った後、牛も売らないかと聞かれて売り、そうなると邪魔になる荷車も処分したからだ。

 子供の頃はこれだけで面白かったが、大人になると、別の可能性にも気付く。その豚を売りに来た男が、そうまでして手に入れた金銭を、王都を離れる時にはほとんど持っていないかもしれない、という可能性だ。慣れない田舎者であれば、抗いきれない誘惑や罠が王都のあちこちで待ち構えているからだ。ここまで考えてしまうと、もう笑えない話になる。

 王都はそれほど恐ろしい魔物だ、という事なのだが、本質的には、その恐ろしさは人が内に根ざしている性質だ。この双子樹の町も、王都のように多くの人が住めば、魔物と化すに違いない。

 行商人は、その性質が表れやすい業種だ。決まった場所に店を構える小売商と違って、詐欺に近い売り逃げをする者が多いのだ。

 例えば、綺麗な色をした柘榴石の腕飾りを売っている行商人がいたとする。その腕飾りのお買い得感に釣られて、腕飾りを買った客が、雨に降られると、柘榴石の色が落ちるという被害に遭う。しかし、それの苦情を入れようにも、行商人が旅立った後では、訴えようがない。

 こんな連中が大勢含まれている、町の広場は胡散臭い空気も流れている。これでは、当初の、双子樹の町へ行けば、商人のふりをした盗賊の痕跡が追える、という目論見がうまくいかない。どいつもこいつも、胡散臭いからだ。足跡を追跡したいのに、辺りが足跡だらけな状況と同じだ。

 もちろん、何の手も打てない訳ではなかった。娘を連れた旅人、特に娘が同行者になついていない感じがする、について聞き込みをしてみたが、当たりはなかった。おそらく、依頼人の娘を連れて、この町には来なかったのだろう。目立ちすぎるからかもしれないし、たんに経路ではなかったのかもしれない。

 数日前に、ナック兄弟の一行へ旅の道連れになろうとした者がいたのか、という探りもうまくいかない。旅の途中で、道連れを探している者はあちこちにいるからだ。

 普通、行商をする時は、出発地で同行者を見つける。そのまま、終着地予定地まで同行できれば問題ないが、同行者が途中で荷を売り切り、同行が途切れる場合がある。他に、最初は一人旅をしてきたが、途中から誰かと同行したくなって、探している者もいる。こうした申し出はたいてい断られる。よく知らない相手を同行者に加えると、荒野で寝首を掻かれる恐れがあるからだ。だから、こういう申し出をする者は、胡散臭い目で見られる。

 こういう環境なので、数日前に旅の同行を求めている人がいたか、と聞いても誰も覚えていない。そもそも、盗賊と通じていた者は、プルサスから同行していたのかもしれなかった。

 ナック兄弟の出発が遅れた工作についても、詳しく知る者を見つけるのが難しいだろう。宿で揉めていたなら、宿の者が覚えているだろうが、その宿が幾つかある内のどれかがわからない。片っ端から聞いていけば突き止められるが、うまい言い訳を考えなければ、こちらが怪しい奴だと警戒される。そうなると、目当ての盗賊団にも警戒されることに繫がりかねない。しかし、マコウがこの聞き込みに乗り気でない一番の理由は、商人のふりをした盗賊がどこにいたのかわかったとして、そこから先が追える見込みが立たない事だった。

 今から考えると、一番確実な手は、双子樹の町、あるいは他の交易路上にある町のいずれかで、逗留し、怪しい奴が網に引っかかるのを待つ事だろう。しかし、それには時間が掛かりすぎる。なにせ相手は狩りを済ませたばかりだ。下手をすれば、次に動くまでに一ヶ月掛かる可能性すらある。それほどじっくり腰を据えられるほどの報酬は出ない。

 つまるところ、マコウの調査は失敗に終わりつつあった。そもそも、この手の探りを入れる役目は、アリやウェイの方が鼻が利く。マコウの鼻は、金に関することにしか、匂わないのだ。

「あいつらに任せるしかないか」

 広場の隅で、家屋の壁に寄り掛かっていたマコウは、そう呟く。

 アリとウェイは、この町まで一緒に来たが、すぐに旅立っていった。戻ってくるまでの五日ほどで、マコウが何か掴めるかもしれないが、見込みは薄い。

 プルサスまで行かなければ何も掴めない、と考えていた時点で、アリとウェイの鼻は既に利いていたのだ。

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