10 追加依頼についての話し合い
マコウとアリが、酒場オーガーのゲップで、朝食を摂っていると、ウェイがやって来た。
「おはようございます。お二人さん! 首尾はどうでした?」
朗らかなウェイは、明るい朝日を連想させて、場に合っていると言えばそうなのだが、マコウには「朝日は二つ要らねえよ」という気持ちがなくもない。早い話、朝から元気なウェイに出会うのは少しうざったい。
アリもマコウと似たような印象を抱いており、何も言わず、座るようにと食卓を叩く。ウェイは、近くの空いた椅子を持ってきて、そこに座る。
「ゼナちゃん、無事に保護できました?」
ゼナとは誰だ、とマコウの頭に疑問が浮かんだが、続く内容で、依頼人の娘だとわかった。そう言えば、そう言う名前だった。
アリも、マコウと同じようにちょっとした混乱から答えられないでいると、ウェイの顔が曇る。
「もしかして、間に合いませんでしたか?」
答えるのに少し考えさせられる問いだった。連れ帰るのには間に合わなかったが、助け出すにはまだ余地があるからだ。答えられないでいると、ウェイの顔がより哀しそうになった。
たとえ同性であろうとも、美しい顔から輝きが失われるのは忍びない。マコウはとりあえず否定する。
「いや、殺されてはいない……はずだ」
最後に付け足したのは、連れ去られた先でどうなっているか、この目で確かめていないからだ。しかし、この物言いが疑問を抱かせたおかげで、ウェイの顔から曇りが薄れる。
「ガキの死体はなかった。だから、連れ去られたのだろう。……まあ、他の死体はあったって事だが」
アリが説明をした。それを受けて、またウェイの顔に悲しみが重なる。
「ナックさん、お亡くなりになりましたか」
良く知らない相手なのに、悲しむことができるんだな、とマコウが呆れたような感心したような感想を抱いたが、直後に、よく知らない仲でもなかったかもしれない、と思い直した。ウェイの交友関係は広いからだ。しかし、またすぐに、ウェイはあまり知らない相手が死んでも悲しむような感性だったな、と思い出し、結局どうでもよくなった。
「腕は悪くなかったようだが……相手が悪かった感じだな」
アリが感想を述べたその時、黄色い歓声が投げつけられる。厨房から出てきた給仕娘が、ウェイの存在に気付いたのだ。
「ウェイさん! 来ていたんだ! え、注文は未だ? 何を食べますぅ?」
まとわりついて来る給仕娘に、ウェイは笑顔を返す。
「おはよう、セイイちゃん。それじゃあ、私もハムエッグいただこうかな?」
「わかりました! 飲み物はどうしますぅ?」
「えーと、ここはワインがお勧めなんですよね?」ウェイが聞いてきたので、マコウは頷く。「では、私もワインを一杯」
「はーい。……もう、久しぶりですよね。もっと来てもらってもいいんですよぉ」
この差は何だ、とマコウは思う。マコウはここを定宿としているし、アリも毎日にように顔を出す常連だ。それなのに、あまり顔を出さないウェイに対する扱いの方が嬉しさ爆発といった感じだ。もちろん、その理由を、別に鏡を改めて見なくとも、マコウは知っていた。だが、こうも露骨な対応の差に、不満を抱くのは自然なはずだ。
居残ろうとする給仕娘に、アリが苛立ったように追い払う。
「おい、注文は取ったんだ。とっとと向こうへ行け!」
アリも、マコウ同様、態度の違いに不満を感じたのだ。給仕娘は、アリに舌を突き出すと、厨房の方へと消えていく。
「そういや、花屋は今日はいいのか?」
アリが聞くと、ウェイが微笑んだ。
「ええ。あと二日分は余裕が出たみたいで、ゆっくり静養されるそうです」
「へえ」
アリが、自分から聞いておきながら、気のない返事をした。しかし、マコウは聞き捨てならなかった。今の話から単純に計算すると、ウェイが一日で三日分稼いだ、となるからだ。
取って来られる花の量には限度がある。ならば、花を割高に売らないと、三日分は稼げない。ウェイは自分の稼ぎには無頓着だが、守るべき相手がいる時は、商売でも強気に出られる。この、言わば本気を出した時のウェイの商談力は、マコウにとって恐ろしかったり敵いそうにないからだ。
こんな能力を有しているのだから、ウェイが売り子として引く手数多なのは理解できた。むしろ、ウェイという商品は、荒野の支配者として使った方が、利益を出せてないのでは、とさえ思う。ウェイ本人が、荒野の支配者への興味が強いから、繋げられているだけだ。
改めて、ウェイを仲間にできたのは運が良かったとマコウは思った。
「で、次はゼナちゃんを助け出す、というわけですね」
ウェイがさも当然だと言い切るが、マコウは顔を顰める。それをどうするかを今から決めるからだ。その前に、片付けておくことがあった。マコウは腰から小袋を一つ外し、食卓に置く。
「一応、目印の人形を回収した事で、依頼は達成した。これが、お前の取り分だ」
マコウはウェイへと袋を押す。
「では、ゼナちゃんはどうなるんですか?」
「続きで、小娘を助け出す依頼をされた。今度は、一人銀貨百枚だ」
アリが言いながら、酢漬けの野菜を一つ頬張った。
「しかし、捕らわれている場所がわからんことには話にならん」
「それはそうですね」
ウェイが考え込みながら、報酬を受け取った。あわよくば分けてもらえないだろうか、と起こりえないとおもいながらも期待していたアリの目の輝きが失せる。
「それについては、イーギエと話したところ、遺跡に潜んでいるのではないかとなった」
マコウが言うと、既にこの事を伝えていたアリが頷いた。マコウがさらに付け足す。
「他には、村や町の廃墟だな。洞窟に隠れている可能性もあるが……心当たりはあるか?」
「素直に考えると、町や都市に潜んでいそうですが……あまり小さな村や町では目立つでしょうから、町としても大きな町になりますね」
もちろん、その可能性もある。ウェイ自身が言ったように、素直な考えでもある。しかし、それについて考慮していたマコウは、既に答えを持っていた。
「子連れになるからな。町などに入るなら、それなりに目立つ。長く連れ歩くわけにもいかないだろうから、まずは双子樹の町を調べるべきだろうな」
「なるほど。そういう意味では、プルサスまで戻るのは難しそうですね。反対に、王都に来た可能性は?」
「それは、お前の方が詳しいだろう。どうせ、既に門番にそのゼナとかいう娘が通ったか、確認しているんだろう?」
マコウの読みどおり、ウェイが頷いた。
「確かに、そうでした。一昨日と昨日、北門以外でも、女の子を連れた入門者はいなかったそうです」
毎日のように出入りする旅人はそれなりの数いるが、わざわざ子供を危険な荒野に連れ出す者はあまりいない。
「ナック兄弟を見かけたという商人は見つけたのか?」
「あ、はい。ヨルコさんですね。ロバを連れての旅だったので、待ちきれずに先に出発したそうです」
「その時、誰かが足を引っ張ってる様子はなかったか?」
アリが聞いているのは、護衛をしているはずの商人に盗賊側への内通者が居なかったか、という確認だ。このイーギエの意見を、マコウが話したところ、アリは大いに納得していた。
「足を引っ張る、ですか?」
イーギエからの話をしていないので、ウェイは意図を図りかねた。アリが簡単に説明する。
「ああ。連れていた一人がグルだったかもしれねえんだ」
「ああ、なるほど。それで、襲撃できたんですね。……ですが、そこまで詳しい話はできませんでした。わざわざ運んできた生地が、思うように取引できなかったようで、あまり機嫌が良くなかったんですよ」
よくある話だ、とマコウは思った。荒野を越えてきた後で、商品が思ったように売れない事態は、そこら中で起きている。荒野のあちら側にある商品は、実際高くなるのだが、売るためにこちら側に来ると、それだけで安くなりやすい。売り手からすると足元を見られているわけだが、だったら売らないとはなかなか突っぱねられない。荒野を越えてきた苦労をタダで済ませるわけにはいかないからだ。これだけを考えると、買い手がズルいように思えるが、実際は逆の場合もある。事前に聞いていた品より質が落ちる物を掴まされても困るからだ。だから、片方の話を聞いただけでどちらがズルいかはわからない。
「双子樹の町まで、無事に着いたのは正しいはずだ。だから、そこで何か手掛かりが掴めるかもしれない」
マコウの話に、アリとウェイが頷く。
「もし、そこで虫が付いたなら、網を張っておくと捕まえられるかもしれない」
アリの主張は正しいとマコウも思った。だが、受け容れるかどうかは別だ。
「いや、そこまでは待てない。一度狩りを成功させた後だ。すぐには再開しないだろう。だったら五日が十日か、下手をすれば一ヶ月あたり、盗賊は動かないかもしれない。そこまで、宿に泊まっていたら、報酬の銀貨百枚の大半が失われるぞ」
「そっか。網を張るのは難しそうだな。だったら、足取りを辿るしかねえのか」
アリが腕を組んだ。その時、給仕娘が皿を持って現れ、アリがまたすぐに彼女を追っ払う。
「双子樹の町に着いて、一日。それで、足取りが掴めそうになければ引き揚げる。それくらいが、前金の銀貨二十枚の仕事量だろう」
ウェイが不満そうな顔をした。捕まっている娘を見捨てるのには反対なのだろう。しかし、調査に時間が掛かりすぎるなら、割に合わない仕事になるので、下りて当然だ。
「実は、遺跡について、当てがあります」
マコウは驚いた。やはり、ウェイは顔が広いので、色んな所から噂を聞いているのだろう、と感心した。が、その判断は半分しか当たっていなかった。
「私は直接知りませんが、詳しい方を知っています。ラモーラさんです」
「ラモーラ?」
マコウは知らない名前だった。アリを見ると、思い当たる節があるのが、思い出そうとしている途中なのか、考えている顔をしていた。
「ほら、プルサスで遺跡調査の護衛をしている『赤毛の狐』のリーダーですよ」
赤毛の狐には聞き覚えがあった。
「ああ。あの遺跡荒らしか」
遺跡荒らし。古代遺跡から骨董品を奪うのを専門とするグループだ。しかし、新たな遺跡はそう見つからない。多くは、既に荒らされた遺跡をさらに探ることになる。実際、魔道士たちは、封印された扉の開け方を古文書から見つけ出し、遺跡荒らしに案内させて、現場まで行くことをしているらしい。
そこで、マコウは問題点に気づいた。
「待て。プルサスまで行って、そのラモーラとやらに話を聞いたとして、また戻って来ないといけないんだぞ。何日かかると思っているんだ」
「急いで、三日。向こうで、話を聞いて、帰って来るなら、七日あれば可能ですね」
ウェイが、あっさり返事をするが、マコウはそういう意味で言っていない。
「うまく行って七日だ。そこから、盗賊の根城を見つけて、娘を助け出すのを考えると十日ほど掛かることになるだろう。それで、やっと銀貨百枚だぞ。割に合わないだろう」
うまく行けばの話なのだ。プルサスまで行って、有力な手掛かりが得られないと、前金の銀貨二十枚しかもらえない。それだと最初からこの依頼を受けずに、別の依頼を探して受けた方がよっぽど儲かる。
「お金の為だけではないでしょう。現に、今も女の子が誘拐されて困っているのですから!」
マコウとは違う苛立ちを、ウェイが見せる。話にならないと思ったマコウは、アリを見て、意見を求める。が、予想に反して、アリもまたプルサスに興味を示す。
「プルサスか。……実は俺も、あっちで調べておきたいことがあってな」
アリが、マコウとウェイを見回して、話を続ける。
「あの兄弟を殺ったのは、殺し屋の仕業だと思った。だから、昨日の夜、そのあたりの事を探りを入れてみたんだよ。そしたら、プルサスの方で、凄腕の殺し屋が弾かれたとかいう噂があってな。上の方だったら、もっと知っているんだろうが、しょせん俺は下っ端だからな。それ以上調べるには、プルサスまで行って、昔の馴染みに話を聞くしかねえな、と思っていたんだよ」
マコウは呆れていた。アリが気になる事を調べたいのはいいが、それが今回の依頼の解決につながるとは思えなかったからだ。
「その暗殺者の糸から辿って、盗賊たちの根城を見つけられると思うのか?」
「それは……ちょっと難しいかもな。だが、殺し屋がどれだけヤバいやつなのか、ぶち当たるなら調べておきたいとは思う」
マコウは少し考えた。アリの懸念は、うまく行った時に、役に立つ可能性はあった。しかし、経済的な側面で考えた時、何も得になる要素はなかった。万事うまく行ったとして、ギリギリ採算がとれる依頼だ。情報が得られない可能性を考慮すると、受ける意義はほとんどない。
「いや、駄目だ。許可できない。プルサスに行ってまで調べるだけの依頼じゃない。どうしても行くってのなら、依頼人に話して、報酬を……せめて倍にしてもらわないとつり合いが取れない」
「倍って、そんなのただの町人のライさんが急に払えるわけがないじゃないですか!」
ウェイが、腰を浮かした。怒っている理由は、マコウにもわかっている。娘を救い出せない事が悔しいのだ。しかし、その怒りをマコウに向けられても困る。適正な報酬を払えない依頼主が悪いのだ。
「だったら、そういう巡り合わせだった、ということだ」
「しかし、ゼナちゃんが……」
なおも食い下がろうとするウェイを、マコウは睨みつける。
「ウェイ! かわいそうだと思うのは勝手だが、それだけで助けられると思うな。動いて見て届かない事にはならない保証も、お前にもないだろう? それに、世の中で困っているのはその娘だけじゃない。俺たちは、別の困っている人の力になれるんじゃないのか?」
最後の部分は、ウェイを説得するために言っただけだ。マコウには人助けを好んでしているわけじゃない。金になるから、人助けをしているだけだ。
「そ、それは……」
ウェイが力なく席に座る。困っている人が他にもいる、という言葉が効いたようだった。
その時、アリが口を挟む。
「昨日、ガランに話をしたんだが、ガランは『その娘は今も戦っておる。戦い続けている者を助けに行くなら、いつでも力を貸す』と言ってた」
「そうですよね!」
ウェイが、目を輝かせた。余計な事を言ったアリを、マコウは睨みつける。が、アリはそれをニヤリと笑って受け止めた。
「マコウ、見落としている事があるぜ。盗賊の奴らは、仕事をした直後だ。つまり、お宝を抱えているってわけだよ」
それは、確かにマコウの見落としている事だった。報酬だけでなく、盗賊がため込んでいる宝を奪い取る事を考慮に入れると、この依頼はまずいものではなくなる。ならば、いったいどれくらい貯めこんでいるのだろうか? いや、貯めこんでいる量が、銀貨千枚あるならば、一人頭二百枚の分け前になる。それならば、試す価値は出てくる。
「アリ、どれくらい貯めこんでいると思う?」
「さあな。だけど、今回の仕事では、まあ少なく見ても、銀貨五百枚分は稼いでそうだな。初めての仕事ではなさそうだし、それまでに何回かやっているなら――」
「千枚はあると思うか?」
「まあ、そう見ても、外れてはいないと思うぜ」
結局のところ、商売は賭け事だ。運試しの部分は出てくる。その賭けが、分が良いか悪いかの違いなのだ。今回の話は、盗賊のお宝まで含めると、分が悪い賭けではなくなってきた。
「わかった。では、ウェイとアリは、プルサスまで行って来い。俺は双子樹の町まで一緒に行って、そこで探りを入れてみる。お前たちは、プルサスで一晩だけ明かして、すぐに帰って来い。それで何も掴めなければ、そこで降りる。いいな?」
ウェイとアリが頷いた。アリは、確認をしてくる。
「ガランはどうする?」
「急ぎの用事だ。ドワーフの足はちょっと短すぎるな。盗賊の根城が決まってから合流してもらう」
アリが笑った。ガラムレッドの前で言えば、厄介なことになる発言だとわかっていたからだ。
「よし。では、依頼主の所へ、受けるという話をしに行くぞ」