黒巫女 終幕
これは1人の少女と出会う物語。
そして、彼が繋がりを大切にする意味に気づく物語。
◇◇◇
「えっと、初めましてじゃないんだよね」
「本当に何も覚えてないのね」
目覚めたら全てが終わっていたとはこういうことを言うのだろう。
目の前の美少女は黒咲リアさんで、俺は表裏唯人。たったさっき出会っただけ、本当にそれだけの関係だ。
ただ、そこに客観的に違いはなくても、黒咲リアという個人の中には俺にはない記憶が刻まれている。
「魔術と異能」
聞き覚えがあるとしたら、創作物の中だけだ。自分にそんな力が備わっていると感じたことは今まで1度もなかった。
だが、黒咲リアの記憶には俺が魔術と異能よりも上位にあたる力を持っていたらしい。
「私もその力があるんだけど、あなたにはもう効かないみたいなの。抗体ができたのか分からないけど、もう迷惑はかけません! 朝から迷惑かけてごめんなさいでした!!」
昼間に聞こえていたあの幻聴はこの子の能力のせいだったらしい。
しかし、俺が違うオレになっていた時に抗う力を獲得したのか、今ではなんともない。
「で、その魔術を知るためにヨーロッパに行くんだっけ?」
「はい。仕事の関係で向こうにツテがあるので」
まさかの、彼女は容姿端麗、頭脳明晰らしい。俺より年下に見えるのに言語の壁を全く問題視していないようだ。
「表裏さん。あなたは確実に魔術以上の力を秘めています。力を持つ者が力を欲する者に狙われるのはこの世の道理、気をつけてくださいね」
「それは俺が誰かから狙われ始めるってこと?」
「あなたが撃退した焼死の魔女もといパーカーの少女は逃げてしまいました。もし、彼女がどこかの組織に所属していた場合、復讐目的で狙われる可能性もあります。そして、力を欲する者というのは常に潜んでいると考えてください。私の経験上、人は意外と裏がありますから」
いきなり狙われるとか言われても頭が追いつかない。自分がすごい力を持っているなら危機感も抱くかもしれないが、こちとら健全な青春を謳歌しようとする男子高校生だ。
「もし、自分の正体が知りたくなった場合は、イギリスの聖教会、フランスの薔薇十字、インドの神仏天、そのどれかを訪れるといいらしいです」
「一応メモっとくよ」
ま、何かあった時の駆け込み寺先として考えておこう。幸い1人分の海外旅行費くらいは出せるくらいの貯蓄がある。
行く気はさらさらないけどな?
「家までお邪魔させていただき申し訳ございませんでした。そろそろおいとまさせていただきます」
「また何かあったら家に来ていいからね」
「はい。お気遣いありがとうございます」
俺のせいで漏らしたらしいが、俺は信じていない。
多分、トイレ行けないような状態を作り出した黒咲リアさんの自己責任だ。
彼女は一礼して家を去った。
「ふぅ」
何があったのかは結局よく分からないが、記憶が飛んでいるのは確かだ。
一息つくためにコーヒーを入れに台所に行く。
「魔術、魔術ねぇ」
魔術に関しては彼女も知ることが少ないようで、少し知っている異能について話してくれた。
彼女がこの街に来たのは『焼死の魔女』という超越者を倒せという依頼を遂行するためだったらしい。
超越者は魔術と異能どちらも併せ持つ人の事らしい。その『焼死の魔女』は恐らく今後は現れないだろう、様子見をすると言っていたので、それにも記憶が無い間の俺が何かしたのだろう。
「ここら辺で組織として成り立っている異能結社は2つか」
1つ目は『異界の森』、2つ目は『ラテ』だ。
『異界の森』は絶賛勢力拡大中の新興異能結社らしい。怖い。
『ラテ』は逆に組織名だけが広がっていて、特に悪さをしている訳ではなく、黒咲リアが仕事中に商売敵として名前を見た事があるだけだそうだ。だが、活動範囲的にこの街が拠点である可能性が拭えないらしい。怖い。
ピンポーン
玄関の呼び出しベルが軽快になった。さすがにこのタイミングは警戒せざるを得ない。軽快な音だけに警戒……疲れてきてるな
「げっ喜楽満」
「やあ、オレンジジュースを貰いに来たんだ。中に入れてくれ」
「お引き取り願いたい」
「気になることがあるだろう?」
「何もございません、無興味、無関心」
くだらん、警戒したことが馬鹿らしい。
何がオレンジジュースだ。
「起源者・表裏唯人」
「はっ?」
「無興味、無関心はどぉーした?」
起源者、聞き馴染みがないが、さっき似たような言葉は黒咲リアから聞いた。
目の前にいるのは、俺の知っている人間か?
「お前、喜楽満か?」
「だから、昼間わざわざ忠告しただろ? 余計なことに首を突っ込むなって言っただろ?」
そんなこと言っていた気もする。
でも聞きたいのはそんな事じゃない。
「……何なんだ」
「何が?」
「俺は、何なんだよ!? 次から次へと意味不明なことばっか言いやがって! もっと分かるように、1から10まで丁寧に説明してくれよ……くそっ」
魔術が何だ、異能が何だ、そんなことは所詮そんなことでしかない。そうじゃないだろ!
「……俺は、何なんだ」
渦中にいる俺は、普通の人じゃないのか?
俺は一体
「鳥籠の中の王子様、それがお前だ」
「妙な例えは止めろ! はっきり言葉にしてくれ!」
「言ってもわかんないくせに偉そうだな。もうめんどくさいよ」
「めんどくさいってお前っ!」
いつものらりくらりと煽るこいつの話し方が妙に気に触る。分からないから説明してくれって言ってる何が間違ってるんだ、おかしな事じゃないだろう。
「とりあえず今日は寝とけ。明日の朝、お前をまた迎えに来る。その時は黙って着いてこい。お前の知りたいことを教えてやれる人の元に連れていくから」
「っ、分かったよ。怒鳴って悪かった」
埒が明かないし、俺も頭に血が上って冷静じゃない。
「じゃあオレンジジュースは明日の朝に用意しとけよ」
「はいはい」
オレンジジュースに何故そんなにこだわりを持っているのかは知らないけど、家にもオレンジジュースくらいはある。
バタンと扉がとじた途端に一気に疲れが出た。
疲れているのは多分心だ。
自分の周りが既におかしな方向へと進んでいる。自分が生きてきた世界の裏側がこっちに向いてきている。
そんな予感がしていた。
その日、夢を見た。
ーーーー先生
ーーーーー俺は出来れば死にたい
ーーーーーーそのために今を生きます
救いのない夢だった。