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黒巫女

世界は混沌に満ちている。

特に、思春期なんて人間が一番成長する時期であり、多くの人間は多くの欲望と羨望など正の感情と、嫉妬などの負の感情を同時に内包し、そのことに全く気付かないという矛盾を抱えている。

つまり、学生生活など、世界で最も混沌で満ちたコミュニティーなのだ。


「行ってくるよ」


残念ながら晴れた空、蒸し暑いこの頃、学校に行くのがつらい。

家でゲームして、何かに興味を持てば、それについて勉強してだらだらしたい。

……ってほど心は腐ってない。


学校は面白い。授業はあまり好きじゃないが、家にこもるのは土日だけで十分だ。


下足で靴を履きかえる。学年ごとの出席番号で並んでいるここではまだ一言も発しない。しかし、木造の扉を開け、「おはよう」と教室に入ったら何人かとあいさつを交わす。俺は始業時間ぎりぎりに学校に到着するタイプの人間なので友達と話すこともなくそのまま授業が始まった。


学生とは同じ個性を身につけようと集ったコミュニティーで、自ら持ち合わせていた個性を消していく寄生虫だ。


そして、それを楽しいと思う、それが俺たち学生だ。


「飯食おうぜ、飯!」


そして重要なコミュニティーのうちの一つが友人関係だ。これは学生生活で一番重要と言っても過言ではない。


そして、恋愛。


これは人間である限り、恐らく捨てることができないのだろう。人は恋愛のために努力し、成功し、そして多くの過ちの上に幸福を得る。

それが間違いではないから、こうも恋愛というものに依存してしまう人達が多いのだろう。


ただ、俺はまだ恋に落ちたことがない。


感情は理解出来る。だが、自分にはそれが当てはまったことがない。


「おい、聞いてる? また出たらしいぜ」

「またって何の話?」

「街広場の火文字だよ! 毎週毎週ご苦労なことだよなぁ」


そう言えばここ最近話題になってたな。俺たちが住んでいる京鏡市けいきょうしの1番大きな広場で気味の悪いことが起こっているらしい。


これは()()()()()の幕間を終える物語である。


「『火文字事件』と呼ぶことにしよう」


俺は彼と似てるが故に対極にいる謎キャラ枠、縁下世界えんのしたせかいだ。特に覚える必要はまだない。



高校2年の夏休み初日のあの日、俺はとある少女と出会った。

綺麗な桜舞い散る風景、坂道の上に美少女が……先生に変な部活に入れられ、部室には美少女が……ヤンキーに絡まれている所を美少女が……シェアハウスに美少女が入ってきてラッキースケベな出会い………なんて非日常的な出会いではなかった。


()()()()()()的な出会いだった。


もう一度言おう。


とある少女と出会った。




「夏休みが始まっちゃったよ」


午前9時、起床。

いつもなら学校の1限目に遅刻して説教+反省文コースだが、今日はそんな幸せな予定はない。


何も無い。


初日からして予定が無いのだ。

あるとしたら明後日の夏祭りの出店の準備だが、タダのアルバイトの俺には当日、昼前に来いと言う司令しか来ていない。

ちなみにアルバイト先は喫茶店なのだが、出店では『カルボナーラ塩焼きそば』というパンチの効いたもの1つで勝負するらしい。こんな料理はもちろんメニューにない。


学校の友達と夏祭りに行ってみたかった高校2年の俺だが、お金のためとあれば仕方がない。花火大会には男子友達5人で行く予定だ。花火大会はお盆前なので、まだ先は長い。


「……起きるか」


家でダラダラしているだけでは、人の繋がりが全くない。

母?父?妹?兄?そんなものはいない。祖父母も曾祖父母ももちろんいない。

俺には血縁関係にあたる人がいない。


二歳の時から俺は孤児院に預けられた。もちろん家族の記憶はないし、家族がいない悲しみなんてものも味わったこともない。家族は連続殺人犯に皆殺しにされ、祖父母などはそのころにはすでに他界してしまっていたそうだ。

繋がりを断ち切られる悲しみはもともと繋がりがなければ感じることもない。


「学校に勉強でもするために行けば、誰かいるだろ」


そのあと適当にご飯でも食べに行けばいいや。


「ちゃうわいな、みんな部活だべか」


高校2年なんて部活絶頂期だ。バイトや、勉学に本気を出していなければ大概の人は部活動にいそしんでいる。


「たこ焼きの準備のために買い出しに行こう」


花火大会に行くのと同じメンバーで俺の家でタコパをする予定もある。タコ焼き機は前にタコパをやった時に買ったが、具材は全くない。その買い出しに行くのもいいだろう。……だろう……zzz





「はっ! ……結局2度寝してた」


まぁ、特にやることがなかったのは事実だが、寝てしまったのはもったいない。せっかくの夏休みを謳歌しなければ!


「昼ごはん食べに行くか!」


初日の昼間から外食とは財布の紐が緩すぎるかもしれないが、今のところ金に困ってはいない。国からの補償金もあるし、バイト代もある程度貯金に回せているのが現状だ。


「駅前のファミレスでいいや」


かといって、散財していい訳でもないので、ファミレスに落ち着く。たこ焼きの素材も近くのスーパーマーケットで買って帰ればいいだろう。


顔を洗って歯磨きをして、髪をある程度整えて着替える。


午後12時半、出発。


さすがは夏休み。ジリジリと肌を焦がす日光がまともに目に入り、一瞬真っ白になる。どうやらお天道様も張り切っているようだ……すごく暑い。家に着く前にアイスでも買おう。とにかく今はファミレスが涼しいことを願って灼熱のアスファルトを歩くしかないのだ。


「あれか、噂の火文字ってやつは」


俺の目的地のファミレスは、円形の広場と道路を超えた先にある。広場を通り抜けようとしたが、どうやら立ち入り禁止のようだ。けが人などが出たという話は聞いていないので、そんなに危険性のある事件(?)だとは思っていなかった。

警察が出てくるということは何かあったのだろうか。火文字の上には写真などによる拡散防止のためかブルーシートがかけられている。見張りの人などがいる訳では無いので、あくまで一般人への牽制という意味合いがあるのかもしれない。黄色と黒の虎色のビニールテープが広場全体を囲っていて、ぐるっと周囲を回るしかファミレスに辿り着けなさそうだ。



「それにしても、何が目的なんだろうなぁ」

「気持ち悪いです」


っ!?!?


「あなたはとても気持ち悪いです。見てる私が吐きそうです」


っ!?!?!?!?


「まだ分からないですか? あなたの事ですよ」


……………?


「もしかして、俺?」

「そうです。この場には私とあなたしかいませんから、あなたに決まっています」

「えっと、どこかで会ったっけ?」

「初対面です」


ダメだ、余計分からない。

え?間違いなく気持ち悪いって言われたよね?吐き気するって言ったよね??

この子どうなってんの!?


歳は俺よりも少し下か、同じくらいに見える少女だ。服装は……黒い巫女装束?っぽい服だ。地雷系ファッションとかじゃなくて、喪服のような雰囲気のある服装だ。


「別に外見の話では無いです。あなたの内面が気持ち悪いって言ったんです」

「なんで初対面のどこの誰かも分からない君にそんなこと言われないといけないんだ!?」

()()()()()()()()、私にはそうしか見えません。そんな人に話すことはないかと」


怖い。彼女の無機質な瞳に心の奥底から何かを引きずりだされそうで怖い。

彼女の名前なんて知らなくていい。この場所からさっさと離れたい。


俺は逃げるように走った。後ろを振り返るのが怖かった。後ろを向いたら、次こそは心が飲み込まれそうだ。


「いらっしゃいませ! おひとり様でよろしいでしょうか?」


気づけばファミレスに駆け込んでいた。猛ダッシュで駆け込んできた俺に不審者を見るような眼を向ける人はいたが、あの視線とは違うことに少し安心を得る。


「はい、一人です」

「お席にご案内いたします!」


完璧な営業スマイルを崩さない女定員に案内されて窓儀はの席に着く。汗だくで猛ダッシュしてきた俺を見ても全く動揺していないのがすごい。実は俺が知らないだけでファミレスには走って入ってくる客も多いのだろうか?


席に座って無意識に窓の外を見た俺は一瞬ぎょっとする。さっきの少女が立っていた場所が、広場を挟んで向こう側にちょうど見えたのだ。だが、ぎょっとしたのが一瞬で済んだのは、もうそこに彼女はいなかったからだ。


「はぁ」


とんだ災難だった。

一息ついた俺は完全に彼女と会う前の精神状態を取り戻し、メニューに目を落とした。


「ファミレスって意外とすずしくないんだな」


俺が望んでいたほどの涼しさはここにはなかった。


◇◇◇


「あああぁぁぁ~~~!! もう‼」


広場近くには小さな公園もついている。その公園の木陰で日光から守られたベンチに座る黒装束の少女は、うなだれていた。どこかの少年のように暑さで気がめいっているわけではない。どこかの女定員のように、不審な客の対応につかれてうなだれているわけではない。


「ジャックのせいだからね」

『はっはー! 私を作っているのはあなたでしょう? つまり自業自得でぇーす!』


彼女は一般的感覚に当てはめると、いい子に分類される子だった。

しかしある日の夜、不思議な夢を見た。

真っ青な空から隕石が落ちてくる夢だった。世界には私しかいなかったのか、大地そのものが私だったのかは分からない。しかしそこには孤独があり、痛みがあった。隕石に衝突された私はバラバラに砕け散っていた。大きな不安とともに少しの快感が伴った状態だった。私が何かしようとしなくても勝手に破片は集まり、私になった。今の私にだ。


「なんでこんな変な力になったの……」


その日不思議な力に目覚めた私は少々色々あった後、今やっている殺し屋家業に落ち着いた。

その能力には大小様々で、表に出ていない独自の世界が多々あることも知った。起源を獲得したやら、固有魔術やら、異能者になったやら、神に触れたやら、どれも信憑性に欠け、結局のところ何もわかっていない。


私の能力は【狂気】。

この能力といくつかの霊装を武器に殺し屋をやっている。


【狂気】は人を狂わし、幻聴が聞こえるようになり、人によっては幻覚まで見えるようになってしまう。物理的に狂わすこともできるので、戦闘になった時は精神と肉体を攻撃出来る万能な力だ。

ただ、さっきのように接触した人が()()()などの時は、勝手にその人の精神を私の【狂気】が侵食してしまう。

そして、ジャックは私自身の狂気の塊だ。私の中に潜む第二人格のような存在。


「あの人は、どういう気持ちなんだろ」


【狂気】が他人の心に影響を及ぼしているとき、その他人の心が私の中に流れてくる時がある。

彼の心には、矛盾、破綻そのような言葉が似あう。

核心にあるものとは真逆のものを求めて自らの精神を削っている。しかし、核心で望んでいるものを求めることはなく、真逆のものにすがって生きている。


「しんどい生き方をする人だな」

『自分を否定しながら生きているとよくないよなぁ? お前も心当たりがあるんじゃないかー?』


私が能力に目覚めたのは、心が耐え切れなくなったのと、超次元的な力を獲得するという才能があったからだ。うちにある狂気を受け入れなくて、何とか分離しようとした結果、力として心の矛盾は解消された。

彼には超次元的な力を獲得する才能がなかったのだろう。多くの人はそんな力として分離できることなんてない。だから自己嫌悪にも陥るし、その中の葛藤と折り合いをつけて、いくつものことを諦めながら生きているはずだ。

彼もその中の一人にすぎない。私の【狂気】なんて力じゃ救えるものでもないし。


「彼ならどんな力になったのかな」

『そりゃあー俺なんてものよりよっぽどおぞましいものになってたんじゃないかぁ?』



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