今日から僕らはすれ違う4
7月24日
夏休み前日が訪れようとしていた。
「凱くん!」
「ああ、見えてるよっ!」
交差した視線の先に映る、自分の背後に迫る異形の口を反転と同時に下から蹴り上げる。噛みつこうと開いていた口は上へと蹴り上げられることで閉じ、刹那、閃光がその頭蓋を焼き飛ばした。その軌道上にいた異形が数体、黒い塵を巻き上がらせながら消滅した。
「ルイーズ! 力の消費を抑えろ!」
「でもこのままじゃキリがないわ! くっ!」
「ルイーズ!!」
俺たちの足止め目的の異形は倒せばすぐに補充されてしまう。
月光かすかな闇夜、高校のグラウンドは戦いの舞台となっていた。
『【邪邪幽鬼】の小僧!! 特級のやつらと大差なし!!』
「うるせぇ!」
足止め目的の異形を生み出す首魁の高笑いが血を加速させる。
そもそもこうなってしまう前に手を打つべきだったのだ。
末世級【悩悩幽鬼】は末世級でも上位の力を持ち、あの戦争でも特級隊士を食った異形だ。
足止めの異形と戦う俺たちに手を出さず傍観している理由はいつでも俺たちを殺せると確信しているからだろう。
ルイーズも攻撃を受けることが多くなってきた。
ルイーズの主人に貸してもらっている剣型の武器も、俺が供給する陽力に耐えられなくなってきている。
「【邪邪幽鬼】! 全開で行くぞ!! ここでやつを殺す!!!」
『相棒、行くぜぇい!!』
俺の陽力と、【邪邪幽鬼】の陰力が同時に体中をめぐる。
手に持っていた剣は流れ込んでくる力に耐えられず内側からはじけ飛んだ。
陰陽形態、そう俺と【邪邪幽鬼】は呼んでいる。
母さんの遺産に書いてあった力の使い方だ。
『陰陽とは因果律によって決められた……どうしようもない運命』
手記の最後に、そう書かれていたがそれが何を意味しているかは分からない。
「限界は?」
『五分だ! それ以上は俺っちも、相棒も内側からはじけ飛ぶぜい!!』
「その時間内に終わらせる!!」
人間の俺と異形の【邪邪幽鬼】がまじりあったこの体でも陰陽力には耐え切れない。
足に力を籠めると、空間がゆがみ、爆発的な破壊が地面を破壊する。
巻き上がろうとする砂ぼこりが一瞬で吹き飛ばされる。
時空のゆがみは地面だけではない。
俺の左足を軸に、右足で空中を一蹴。
『こりゃあ格がちげぇなぁ!! 興奮するぜ!!』
「だまれ」
地面に着地する刹那、跳ねるように【悩悩幽鬼】にむかって前進する。
「異形と通じていた対異士も、父さんや母さん、審先生たちレジスタンスを殺したお前たちも許さない!!」
『陰陽力には陰陽力で相手しないとやってられねぇよなあ!!! 『此レ、悩メヌ』』
風圧だけで異形にダメージを与えるほどの速度が、ゼロになる。
『無防備すぎるぜ!』
「がはっっ!!?」
宙に無防備にさらされた体に、全身ほどの大きさの拳が迫る、いや、音速を超えーー刺さった。
大量の血が体を突き抜け、空気抵抗によって分散され、見えなくなる。
「……が、い」
戸惑う声をかき消すように、ぱんっっとはじけ飛ぶ音が響いた。
その音は……心臓がフェンスまで飛ばされ、はじけ飛んだ音だった。
「凱くん!!!!」
「『がはっ』」
最後の空気がのどから絞り出された。声ももう出ない。
『俺たちは二つの世界で運命を管理するもの、ダリアだ。じゃあな、レジスタンス最後の一人、ーーーー呪羽凱』
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
■
■
全力は間違いなく発揮できた。
それでも…それでも……それでもっ!!
勝てなかった。
くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、----ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
こんな最期を迎えるために復讐を誓って、無様に生きてきたわけじゃない。あの戦争で何を決意し、何をした?
すべて無駄だった。無意味に、託されたこの時間を過ごしただけだった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
どうか、俺を許さないで
■
■
■5月24日■
「……あ、あ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「凱くん!? 大丈夫!?」
流れ込んできた記憶。
これが何なのかは、分からない。
託された願いも力もすべて無駄にした。
守ってもらった未来を、次に託せなかった。
父さんは無駄死にだった
母さんは無駄死にだった
審先生は無駄死にだった
俺は、死を選べなかった
すべて、みんな、無駄な
「凱くん! 深呼吸して! いきなりどうしたの!!」
分からない
「ここは何月何日の何時何分だ? 俺は死んだ、こんな未練がましく走馬灯を見ているんだ? 俺に、そんな権利はない!!」
「呪羽! 落ち着きなさい!」
分からない
「三坂? お前なんて、三日前に死んだ。俺はお前の死も無駄にした」
分からない
「5月24日、午後4時を回ったところよ。ここはあなたの部室でしょ!」
分からない
「俺は、なぜ生きてる」
何も。分からない
「凱くん……始まったんですね。分かりました!」
「何が、何が分かったんだルイーズ? 教えてくれよ、俺はなんで!!」
「すいません皆さん。今日は帰ってください。心当たりがあります。また明日説明しますので早く!」
まじめな顔で、いつも振りまいている愛想笑いもなく、あの、あのグラウンドの時と同じ顔で、話している。
「凱くん。あなたはここからですよ。まだ何も無駄になっていません」
分からない
「ふふっ。アヤメさんの言ってた通りなんですね。凱くん、やっぱりあなたは……いえ、何でもないわ」
分からないから
「教えてくれ、何がどうなった。俺は、まだやれるのかこの戦いを」
「ええ、あなたが頑張れば」
分からないから知って、立ち上がりたい
「あなたに備わった力ですよ凱くん」
「陰陽とは因果律である。収束してしまう事象は変わらず、変えられるのはその過程だけ。あなたの我流は、それをくつがえす力を持っている」
昔から、自分で死に場所を決めたいと思っていた。
大事な人に囲まれて、笑顔で、死にたい、そんなーー破滅願望。
「すべて拾い上げて、パラドックスで私たちを救ってください」
それは、救世主として死にたい、究極の自己肯定欲。
「俺は、救いたい」
前日譚はここまで、これよりゆがんだ願いの為の……終幕劇が始まる。
どんな感想でもお待ちしております( ̄▽ ̄)