今日から僕らはすれ違う3
とある教会
「ついに【邪邪幽鬼】の陰力を観測しました」
「ん? それをなぜわざわざ僕に?」
「波伊庭家次期当主のご主人様には必要な情報かと思いまして」
穏やかな春の日差しは、様々な色で作られたステンドグラスを一層綺麗に輝かせている。しかし、薄暗く、ほこりっぽい教会はその程度で神秘的な場所にはなりえない。
そこにいる主人と使用人からは、周りが墓地だと勘違いさせるほどの、暗い、威圧にも似た空気が発せられているからだ。
「僕は兄さんを殺してくれた彼らには感謝すらしているんだ。僕はもう対異界隊じゃないし、末世級の異形だろうが、指名手配された隊士だろうが、関係ないね!!」
「では私は興味があるので、しばしお暇をいただきます」
「おー行っておいで」
暗い雰囲気を跳ね飛ばすような男のテンションと、それに全くつられない使用人の会話はほこりまみれの教会をさらに異質なものにしていた。
都会で一定数から熱烈な支持を受けるメイド服ではなく、英国式のあくまで古典的なメイド服を身に着けた使用人は、少し口元を緩め、自身の心の赴くままに足を向ける。
そこに使える主人の意思が介入する余地はない。鎖をつければ鎖ごと飼い主を食い尽くすじゃじゃ馬を手懐けようとする者などいない。放し飼いが一番いいのだ。
「ふっふ! やっと彼に会えるわ!!」
彼の事情を少なからず理解している彼女が心に秘めるのは、恋慕。
扉を開け放ち、春の風に当てられた彼女の視線の先には、よどんだ町と一つの高校が見えている。
〇〇〇
「へぶしっ!」
派手なくしゃみに対しクスクスと小さな笑いが起きる。
何せくしゃみをしたのは、教室でもボッチで、休み時間は自分の机とにらめっこしているようなやつなのだ。からかわれることも風邪を心配されることもないさみしいやつなのだ。
「あれ? 呪羽って花粉症だったっけ?」
「いーや、アレルギーゼロの恵まれた肉体ですよ」
「それなら誰かに噂でもされてるのかもねぇ~。いい噂であることを願っておくわ」
「ほっとけ」といい、おせっかい生徒会長三坂さんを追い払う。
いい噂なわけがない。
俺がくしゃみをするときには決まって……
「みんなおはよう! 今日からクラスメイトが増えるわよ!!」
……厄介事がやってくる時なのだ。
「ほら入って自己紹介して!」
元気が120%の担任の声に反応する元気な生徒の声。
俺は絶対に目を合わせまいと、いつも以上、いや……いつも通り顔を伏せた。
「初めまして皆さん。……藍・L・ヴィクトリア、と言います! 帰国の関係で転入が遅れてしまいこのような微妙な時期になってしまいました。残り一年、精一杯皆様と楽しみたいと思っておりますのでよろしくお願いします!」
一瞬の静寂が訪れる。
予想外の美少女が現れたからか、その名前と声に聞き覚えがあったからか。
「すっげぇえ!」「めっちゃ可愛いんですけど!!?」「あぁ天使」
爆発的な歓声が教室を超え、他クラスにまで響いた。それが彼女の宣伝につながったのは間違いない。
「ヴィクトリアさんの席は、すいませんが一番後ろの窓側の席でお願いします」
「予備教室から一式持ってきますね」
「ありがとう三坂さん! ほら男子手伝ってきなさい!」
ドアに一番近かった男子が隣の予備教室にヴィクトリアのため、机と椅子を取りに行った三坂の後を追いかける。
……俺のうしろかよ。
「せんせぇー! ヴィクトリアさんも来たことだし席替えしよーよ」
「そうですね! 次の休み時間にしましょう。皆さん! ヴィクトリアさんに注目するのもいいですが、授業が始まるので準備してくださいね!」
どうやらLとお近づきになりたい誰かが席替えを申し出てくれたみたいだ。
まじ、ナイス
「お久しぶりですね凱くん」
「……」
もちろん挨拶なんて返さない。
無視を気にする様子も見せず、「ありがとう」と机を持ってきてくれた男子にお礼を言って着席する。
あぁ、早く席替えしてくれ!
〇
「改めてよろしくね!」
「……目線が痛い」
俺のパーソナルスペースが嫉妬の視線と、その元凶に侵食される。
「なんでこの学校に? 弟さんの使用人になったんじゃなかったのか」
「まだ使用人の任は解かれてないわ。ちょっとお暇をいただきますって言ってきたんです」
藍・L・ヴィクトリアは……説明しにくいが、指名手配を受けている元対異士だ。
俺と同じくあの戦争で指名手配を受けた特異隊士で、今は波伊庭審の弟の使用人になっていると聞いていた。
対異士の階級は三級から特級まで。
特異隊士とは、異形に憑かれたが、逆に抑え込み契約を結んだ隊士のことだ。異形の陰力を使い戦う人間の中の例外的な存在で、我術を持っていることがほとんどだ。
「この前【邪邪幽鬼】を使いましたね」
「まさか、あれが探知されたのか!?」
「まっさかぁ! あれを探知できるのは私くらいですよ!」
胸を張ってどやぁとこっちを自信満々に見てくるヴィクトリアさん。
腹立たしいとはいかないまでもムカッとする。
【邪邪幽鬼】を探知されていたら今頃、対異界隊から特級隊士でも抹消任務でやってきているはずだ。
嘘はついていないが、波伊庭家次期当主にも報告しただろうから、こいつだけの秘密って訳じゃないだろう。
「何しに来た?」
「凱くんに会うためです」
「……何しに来た?」
「凱くんに会うためです!」
思わず「はぁ」とため息が出る。
幸せが逃げちまった。
藍・L・ヴィクトリアは俺をヒーロー視している節がある。戦争以後はそれが顕著になった。
俺はそんな立派なことをした訳では無いし、人間として根の部分は、決して綺麗なものでは無い。
「俺がお前を殺すことは絶対にない」
こいつの口にする望みは叶えられない。
叶えたくない。
「でも凱くんは何よりも納得のいく死を大事にするでしょう? 私にとって最も幸せな死は、凱くんにこの命を貰ってもらうことです!」
しかし、こう言って聞かない。
ルイーズはタチが悪い。
俺のモットーとも言える『死を選ぶ権利』を十分に理解した上で願いを口にすることをやめないのだ。
『殺してくれ』
これは必要に迫られた人間が、乾いた、諦めと絶望で歪んだ笑顔で、最期の願いとして口にする言葉だ。
決して死にたい訳でもない。殺されたいなんて以ての外。
それでも死んだ方がマシだと思えてしまうような状況に置かれた時に発する呪いの言葉。
しかしルイーズにとっては違う。
彼女の人生のゴールは俺に殺されることだと、彼女自身が決めてしまっている。
そのため、今俺が殺しても満足気な顔で死ぬのだろう。
俺にどこまでも妄信的ながら、強烈なエゴの塊。
「ルイーズ、本当に何しに来たんだ?」
「ふふっ! 私はあなたのそばに居るの、殺してもらうためにね」
そんな彼女を、俺は嫌えない。
〇
ーーーーいやっーっったぁ!!
本当に嬉しい。
ついに、ついに……この時が来たのよっ!
今までは青春には程遠い、血みどろの戦場でしか会えなかったけど、これからは違うわ!
ご主人様の案に乗ったのはちょっとしゃくだけど、狸親父のところにずっと軟禁されているよりはずっとマシだわ。
「ほら入って自己紹介して!」
ふふっ、驚くかしら? 喜んでくれるかしら?
でも凱くんのことだから目も合わそうとしないんでしょうね〜!
みんなの前で恋仲だと宣誓してみようかしら?
……ダメね、舞い上がってるわ!!
「初めまして」
ここから始めるのよ
普通に休み時間にクラスメイトとして挨拶するの
そしたら、だるげになんで?って聞いてくる
だから会いに来たって言うの、冗談っぽくね
彼だけが私をーールイーズと認めてくれる。
だから、胸を張って名前を言おう
私の名前は
「藍・L・ヴィクトリア」
凱くん、君に逢いに来たのよ!
どんな感想でもお待ちしております( ̄▽ ̄)