今日から僕らはすれ違う2
「こちら三坂二級隊士。対象異形を害世級と認定。幽香高校内で抹消任務にあたる」
「了解。隊士二名とともに直ちに実行せよ」
「了解」
娘に異形がついているのを見たときははらわたが見えかえる気持ちだったが、敵の能力が不明かつ、一般人の命が危機にさらされている状況で対異士が勝手な行動をとることはできなかった。
「今すぐ助けるぞ桐!」
結界は張り終えた。敵の攻撃を一度だけ肩代わりできる式神も準備した。三級隊士も二人いる。
「追跡開始!!」
「「了解」」
〇〇〇
「はぁ、教室に課題忘れるなんて、三日連続も」
明日までの課題を三日連続忘れた。今日だけは後回しにできない。
「あんまり寒くないよな?」
一応制服できたけど、案の定上着は必要なかったな。
「ん、なんかぶつかった? まぁいいか」
なぜ暗くなるだけでこうも不気味になるのだろうか?
色々気持ち悪いものは見てきたが、夜の学校はいつまでたってもなれない。
「……どうなってる」
不気味なんて言ってる場合じゃなくなった。
殺すべき気配が四つ、救わなければならない気配が一つ。
「対異士は半年ぶり、異形はあの時以来か。それより今は三坂だ! 三坂を家まで帰した後は……お楽しみだ」
俺は半年ぶりに心の底からの笑顔が漏れ出た。
しかし油断はできない。
対異士は3人いるが、異形に反する力、陽力は末世級と比べれば雑魚。
異形の陰力はおそらく害世級……を偽装している。
対異士は二級以上の隊士が異形を偵察し、その力の強さを本部に報告する。その後、本部の方から人員が補充され、抹消任務にあたる。
異形のランクは害世、殺世、末世の三つだ。
異形の力はその場や状況などの外的要因に左右されることが多い。そのため、異形の根本的な力を細かく測定し分類するのは難しいのだ。
「やっぱりクソだな、まんまと騙されやがって」
このままやつらに任せっぱなしでは三坂に危険が及ぶかもしれない。
「さっさと手を出すか」
陽力は血と同じように全身を駆け巡っている。それが異形対して強化服または防護服になっている。しかし、それを偏らせることは鍛錬次第でいくらでもできるようになる。
今は足に陽力を集め、脚力を強化している。これはもちろん対異士もやっているだろうが陽力の総量が違う。
「目標補足!」
「お父さん!?」
「待ってろすぐに助ける!!」
校門をくぐると校舎へとつながる道と、グラウンドに降りれる階段に別れる。俺は真っ直ぐ校舎へと向かい、階段をひとつ登った2階の渡り廊下に向かっていた。
俺が2階に到着した時、電灯に照らされた渡り廊下をフラフラと歩く三坂と、5メートルほど離れた場所に武器を構えた対異士が見えた。
ちっ! 間に合わなかった! ブランクだ、ブランクのせいだ、くっそ!
「やっぱり見えてねぇじゃねぇかよ!」
確かに三坂に憑いているのは害世級かもしれない。
だが……その中にいる。
害世級の呪骸を被った殺世級だ。
呪骸っていうのは異形の死体だ。ほとんどの場合は消滅するが、たまに今回のように悪用される。
現状、このままあいつらが三坂に近づいたら、三坂の前で父親の無残な死体が転がることになってしまう。
「それは、気に食わん!!」
対異士の持っている武器は剣型なので、間違いなく3人とも近接戦闘型の対異士だ。
対異士には、武器に自身の陽力を流し戦う兵士タイプ、式神に陽力を流し、式神を操ることで戦う術士タイプがいる。
弓を使う兵士や、式神を操る術士ならば、直接ダメージを受ける前に対象の異形が姿を偽装している事が分かっただろう。
しかし、今は3人ともが近接型、一撃目で重症に陥り、殺世級だと気づいた時にはもう手遅れだ。
「無形術・弾!!」
右手を手を銃の形にして、指先から陽力の塊を放つ。
一般人には不可視の術弾が、3人の対異士を追い越し、三坂の背後に取り憑いた異形に命中する。
「引けっ! 何かおかしい。様子を見るぞ」
やはり2級隊士など雑魚だ。俺の放った術にも気づいていない。
異変があったのは、異形だ。
術弾を回避するために、呪骸を脱ぎ捨てたのだ。害世級の体では危険だと感じたのだろう。
対異士より有能だな。
「隊長! これは!?」
「ああ。呪骸を利用して力を隠し持っていたようだ。……殺世級となれば、私たちでは対処ができない」
「どうするんですか!?」
どうするんですか!? じゃねぇよ。
何らかの理由で対応不可だった場合として、マニュアルにも書いてあっただろうが。
3級のレベルも下がりすぎだ。本当にクソだな。
「マニュアル通りならば、1人を本部への連絡役として逃がす。だが……出てこい! 何者だ!!」
やっとか。
気づいていなかったらどうしようかと思った。
「なんだ無能」
「……何者だ?」「呪羽!? なんでここにいるのよ!!」
異形は呪骸を食っている。陰力を高める手段として異形を食うのは当たり前だからな。呪骸でも効果はあるだろう。
食い終わるまでこっちが手を出さなければ、話すくらいの時間はできるな。
「三坂、お前は助けてやる。お前たち5流対異士の出番はない、邪魔だ死んでいい」
「対異士のことも知っているとは。まさか潜入隊士か?」
「潜入隊士って、お前らみたいなのと一緒にするな」
潜入隊士というのは異形がいるかもしれない場所に潜入している隊士のことだ。若くて雑魚の隊士などは学校などに潜入していることもある。
「そうだな、三坂の父さんだけは見逃してやる。それ以外は異形を殺した後に俺が殺す」
「呪羽何言ってるの!?」
「お前は黙ってろ」
「っ!!」
三坂は何も知らないし、何も知る必要はない。
……目の前で殺させねぇし、殺さねぇから安心しとけ。
「何者だって質問に答えてやる。俺は元一級隊士、呪羽凱だ。知らねぇか?」
「聞いたことがないが、力は私より上だ。どうか抹消任務に手を貸してほしい」
今まで異形に向けていた視線をこちらに向け、頭を下げる代わりに瞼を下ろした。
自分より力が上だということを潔く認め、素直に協力を申し出るところは素晴らしい。
「やだね。俺の邪魔しなきゃ、こいつを殺してやる。大人しく見ていろ」
「っ、我々も助力を!」
「足でまといだ雑魚」
3級隊士がこっちに向かって何か言いたげに振り返る。
「ちっ! こっち見てんじゃねぇ!!」
異形は狡猾だ。
一瞬の隙も見逃さず、人間を容赦なく襲う。
目線を戻した時にはもう遅い。
3級隊士の首から血が天井まで吹き上がる。
「いやぁぁぁああ!!??」
残酷な光景に三坂が悲鳴をあげ、腰を抜かす。
そして、動揺を隠しきれないもう1人の3級隊士が1歩後ずさりをした。
『キキッ、ヨワイ、ウマイ、タノシイッ!!』
3級隊士の首を食い、口元から血を垂らした異形が次の獲物、もう1人の3級隊士へと襲いかかる。
異形の足はムカデのようで、何本あるかも分からない。ケンタウロスの馬の部位がムカデに置き換えられたような姿をしている。
その姿からは想像もできない俊敏な動きで、三坂(父)の攻撃をするりと躱し、3級隊士に向かって剛腕を振り下ろす。
「ーーーー我術・【死ニ還ル】」
3級隊士を手で払い除け、剛腕の筋道から外した。
「呪羽っ!!??!! いやよ……助けてよお父さん!!!」
『キキッ!! ツヨソウナノ、シンダ? シンダァ!!』
剛腕が肺を貫通し、大動脈を断ち切った。
異形が剛腕を俺の胸から抜き、鮮血が、心臓へと帰るはずだった血が外へと溢れ出す。
血まみれになった腕をナメナメする異形は、まるで犬だな。
「がふっ。これは撲殺による出血多量による死だな。俺はそう思う」
「式神は使えないぞ元1級隊士!」
全く、身代わりの式神は被害者用だろ? 分かってるっての。
あー、体の痛みは無い。感じられない。
けど、目が痛い。赤い血で染まり、明暗する視界が辛い。
我術・【死ニ還ル】は、自身が致死のダメージを受けた時に発動できる。
我術というのは、自分しか使えない術っていうやつだ。自分の持つ陽力の性質に依存している術のため、凡庸性はないが、とにかく強いものが多い。使える人も限られている。
俺の我術は、認識した死因から新たな陽術を創るというものだ。俺を殺した相手には計り知れない強さを誇るが、他の異形への効果はそこまで強くない。
燃費のことを考えると、そう易々とは使えない。
「それは三坂のために取っておけよ。俺は……反撃に出る!」
赤い鮮血を模した6本の剛腕を異形の周りに展開する。
6本だけなのはそれ以上は制御が甘くなり校舎を破壊する恐れがあるからだ。
『イキテル!? コイツ、ツヨイ!!』
「ご愁傷さま」
一撃、いや、六撃か。
電灯に照らされ、不気味に赤く光る剛腕は、異形を押し潰し、汚い紫色の液体を飛び散らせた。
「呆気ないな」
死に際の悲鳴を出すことも出来ずに死に絶えた異形の死体の前に立ち、そう言葉をこぼす。
三坂は俺を見れないようだ。胸に風穴開けて、黄泉の国に片足突っ込んでるような同級生なんて怖すぎるもんな。
「だ、大丈夫なのか?」
心配そうに声をかけてくる三坂(父)も、俺を警戒したままだ。証拠に剣を構えたまま下ろさない。
「ああ、少しの間1人にしてくれ。三坂をしっかり家まで守れよ」
「それは君に言われるまでもないが……了解した。今回の件は君がなければ成功していなかった。本部からも謝礼が出るだろう」
「ははっ」と乾いた笑い声が漏れる。
あいつらが俺に謝礼? そんなことする訳が無い。
だが、その光景を想像しただけで笑い声が漏れてしまった。
「気分がいいから見逃してやる。さっさと立ち去れ」
そう言うと頭を1度下げ、そそくさと去っていった。
三坂も何か言いたげだったが、放心状態はまだ続いていそうだ。口から言葉が発せられることはなかった。
「ふぅ、来い【邪邪幽鬼】」
『おいおい、異形の気配がプンプンするぜぇ? どっからだァ?? 俺っちからじゃねぇか!』
「御託はいい。早く食え」
『全く、久しぶりに会ったってのにつめてぇな?』
むしゃむしゃむしゃと咀嚼音が夜の学校に響く。
声を発したのも、倒した異形の死体を食っているのも、俺の右の手の甲から肩までの大きさもある、大きな異形の口にほかならない。
とある事情で、俺は人間をだいぶ前に辞めている。
後悔はあるが、またそのような場面に出会っても、同じ選択をし、また後悔するだろう。
死に際というのは生き様の集大成であり、汚されるべきでは無いものだ。
『じゃあな相棒』
やることを終えた【邪邪幽鬼】はまた俺の奥底に帰っていった。
「俺も帰るか」
傷跡は残らない。
おびただしい量の血が、服に染み付いただけだ。
「おっと、宿題忘れるところだった」
そうそう。俺は宿題を取りに来ただけだったの忘れてたや。
「……では歯が立たないな」
何が聞こえた気がして振り向いたが、そこにはやはり不気味な校舎があるだけだった。
「こわっ、はよ帰ろ」
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