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魔女の記憶

目覚めた部屋は二階であった。

階段を降りるとすぐにリビングがあり、中央のテーブルにはこちらに背を向ける形で老人が座っていた。


おそらく彼が"おじいちゃん"だ。


「おはよう、おじいちゃん。」


声をかけ、おじいちゃんの正面に座る。

母はキッチンで朝食の準備をしてくれているようだ。



「おはようクララ。よく眠れたかな。」


おじいちゃんは長い眉毛でほとんど目が隠れ、長い口髭を生やしていた。喋ると白い口髭がフサフサと揺れる。

眉毛と口髭の毛量に反してほとんど毛の生えていない頭には、背の高い青い帽子を被っていた。

帽子には、不思議な木のような紋章が描かれている。


この紋章は見たことがある。

今作のゲームに登場する、確か名前はーーー



その時、頭の中を光と映像が駆け巡った。


それはこちらの世界の私が魔法使いとして生きてきた今日までの記憶だった。



全て思い出すことができた。

文字の読み方も、魔法の使い方も。

そして私に課されたある使命のことも。



「今日はお前の使命について話に来た。」



ゲームの展開らしく、唐突で簡潔に周りくどく話が進んでいく。



「ええ、勇者様のことね。」


「さよう。オクノ村から伝令が来た。2日前、勇者が旅立ったそうだ。」



オクノ村とは、標高の高い山奥に存在する静かな村である。

実はその村には代々勇者の子孫が暮らしている。

魔族の力が強まり魔王となる者が出現した際には、不思議なことに身体に紋章を持つ男が生まれ、彼は勇者として、魔王討伐の使命を背負うのだ。



「勇者は伝承に則り、まずは王国首都に向かわれる。国王に勇者の証となる品を献上し、勇者の称号を得る。そして晴れて勇者となり、魔王討伐の為の旅に出ることとなる。」



キッチンの方から、母の嗚咽が聞こえたような気がした。



「我が里シャルムの選ばれし魔法使いは、勇者が現れた際には彼に同行し討伐の手助けをする使命を持つ。クララ、お前は族長であるワシの孫だ。勇者が現れたならば、共に魔王討伐の使命を背負うのは、お前しかおらぬ。」



長くて白い眉毛の下から、鋭い眼差しが光る。

かつては世界に名の轟く大魔法使いであったおじいちゃん。

引退したとはいえ、その魔力の凄まじさは衰えていない。



「わかってるわ、おじいちゃん。私にまかせて。絶対に勇者様を見つけ出し、守り抜いてみせるわ。」



おじいちゃんは強く頷いた。

幼い頃から、その使命については教えられてきた。



太古の昔、初めて魔王が現れた際、勇敢に戦い人々を救おうとした人間がいた。しかし非力な人間は魔王討伐には至らず敗れ、一度世界は闇に堕ちてしまう。


しかしその後、勇敢な戦士の子孫の中に不思議な紋章を身体に宿した者が生まれた。その者は強く清廉で、次々と強い魔物達を撃破し、ついには魔王すらも倒してしまった。一説には、魔物が嫌がる強い力を有していたという。


人々は彼を勇者と呼び。光晴れた世界の王になるよう懇願した。しかし勇者はそれを断り、いつの間にかどこかへ消えてしまった。


そしてその後も幾度となく勇者は現れ、世界の危機を救ってくれた。その出自が全てオクノ村であり、勇敢な戦士の子孫となるのだ。

一説には、無念の内に命を落とした戦士の願いが、勇者を生み出しているのだと考えられている。


そしてシャルムの里は、代々魔法使いの一族である。

何番目かの勇者の時に、魔法使いとして里の者が勇者に同行したことをきっかけに、シャルムでは勇者が誕生すれば必ず同行し手助けするという使命が生まれたのだ。


勇者とは違い、謎の大きな神的存在に選ばれるわけではないけれど、私がその使命を背負うなら立派に果たしてみせる。



「さぁ、朝食にしましょう!」


母がスープの入ったお皿を持って現れる。若干目が赤くなっている。

使命とはいえ、旅立つ私のことを心配してくれているのだ。


私は母を手伝って、テーブルにパンやジャムを並べ、おじいちゃんにはコーヒーを、私と母には紅茶を用意した。



昨日まで雑多な街でゲームをしながら平凡にただ生きていただけの私が、こちらの世界では大きな使命を背負った魔法使い。

なんだか滾る展開だ。

だからゲームは面白い。






旅立ちの日は翌日だった。

目覚めた時には記憶が無かったが、思い出してみるとずっと旅の準備はしていていた。


オクノ村とシャルムの里はどちらも幻と呼ばれるような土地であるが、2つの村での交流は盛んだ。

勇者の紋章を持つ者が生まれたことはシャルムに伝えられていたし、その者が旅立つ日程も伝わっていた。


オクノ村から王国首都に行くルートの中間にシャルムが位置する。

勇者が王国首都に辿り着くまでに会いたい。

徒歩なら1週間くらいかかると思われるが、すでに勇者は2日前に旅立っているため、急がなければならない。



旅の荷物を背負い、両手杖を握りしめ、里のみんなに見送られる。

母は涙を浮かべながら

「辛くなったらいつでも帰ってきていいのよ。」

と抱きしめてくれた。


おじいちゃんも

「今生の別れではない。困ったことがあれば、勇者と共に訪ねて来なさい。」

と言葉をかけてくれた。



里のみんなが見守ってくれると思えば、ひとつも不安に思うことはなかった。


こんな満たされた気持ち、前世では何年も感じていなかった。


もしかしたら、急に夢から覚めて現実に戻る日が来るかも知れない。


それまでは、この世界で生きていきたい。



里のみんなに手を振りながら、私は街道への道を急いだ。

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