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自分を変えたい元社会人のボクシングライフ  作者: 陰猫(改)
第2章【勝負への葛藤】
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第5話【使命感の名の元に】

 鈴木さんの試合当日。


 俺は坂田さんの車でハローワークへと向かった。

 坂田さんに車で送って貰うその際、母さんが坂田さんに「息子をお願いします」と頭を下げてお願いしていたので、少し恥ずかしく思う。

 そして、ハローワークに寄って30分くらい仕事を探すが、特に目新しい求人情報はなかった。

 まあ、この不景気では、あるとしても介護系の仕事だろう。

 精神的にも肉体的にもきついと聞くし、なにより、営業系の仕事をしていた俺には難しいと思う。

 なにより、資格や経験が必要されるので面接するとしても、受からない可能性の方が高い。


 なので、今回も就労先を見送った。


 俺はハローワークのパソコンから離れると失業保険用のシートにスタンプを押して貰ってからハローワークをあとにする。


「もう、いいのかい?」

「はい。今回も縁がなかったようなので・・・」


 俺の言葉に坂田さんは「そうか」と頷き、車の助手席を開く。


「まあ、立ち話もなんだし、車に乗ると良いよ」

「はい。ありがとうございます」


 俺は坂田さんの車に乗ると俯いてしまう。


「まあ、すぐ見つかる人もいれば、すぐには見つからない人もいるさ。

 諦めずに進めば、いいと思うよ。

 まあ、俺の言葉じゃ、説得力はないだろうけどね?」

「そんな事は・・・」


 そこまで言って、俺は黙ってしまう。

 坂田さんは成功した人間だ。

 俺の気持ちなんて解る訳がない。


 そう心の中で思っている自分がいて、なんにも言えなくなってしまった。

 そんな黙って下を向く俺に坂田さんが問う。


「因みに正樹君はどんな職種に就きたいんだい?」

「え?あ、また営業関係かなって・・・」

「そうか。俺も少し前までは営業関連の仕事をしていたから、別の仕事となるとイメージがつかないな」

「坂田さんも営業を?」

「まあね。俺はあるきっかけでボクシングをするようになったんだ。

 今もその約束を果たす為に続けているんだよ」

「約束、ですか?」


 俺の言葉に坂田さんは頷くと助手席の扉を閉めて、運転席の方へと回り、座席に座る。


「予定より少し時間もできてしまったね?

 どこかで食べてから向かおうか?」

「あ、いえ、お構い無く」


 俺は誘いを断ると坂田さんもそれ以上は何も言わず、黙って車のフロントガラスに写る景色を眺める。

 よくよく考えたら、ボクシングで有名な人の誘いって、かなりレアなんじゃないか?


 しかも、このまま、気まずい空気を作ってしまったのは、かなりの失敗だろう。

 鈴木さんのチケットまで貰っておきながら、俺のわがままに付き合って貰っているんだ。

 ここまでして貰っておいて失礼じゃないかと今更、思う。


「・・・すみません、坂田さん」

「ん?なにがだい?」

「ここまでして貰っておいて坂田さんを不快にさせたんじゃないかと・・・」

「不快か。どちらかと言うと対応に困ってしまった、かな?」


 坂田さんはそう言って笑って許してくれるが、我ながら情けなさを感じる。

 そんな俺を見て、坂田さんも苦笑して頭を掻く。


「すまないね。こういう時にアドバイスが出来れば良いんだけど、俺にはなんとも言えない」

「いえ、ここまでして頂いただけでも、ありがたく思いますから」

「なら、少しコンビニによってコーヒーでも、どうだい?」

「はい。いただきます」


 俺が頷くと坂田さんも頷き返し、車を発信させて、近くのコンビニでコーヒーを購入する。

 流石にここまでして貰って、その上、奢って貰うとなると甘えすぎな気がしたので、自分の分だけでも支払った。


 それにしても坂田さんがここまでしてくれる理由とはなんだろうか?

 やはり、鈴木さんに頼まれての事だろうか?


「あの・・・」

「ん?なんだい?」

「坂田さんはなんで、俺にここまでしてくれるんですか?」


 俺が尋ねると坂田さんは遠くを見るように再びフロントガラスの向こうに写る景色を見詰めた。


「そうだね?なんでだろう?」

「えっと、鈴木さんに頼まれたからじゃないんですか?」

「それもあるけど、宗成君の試合を見せようとしたのは俺の独断さ。

 宗成君は君が来る事も知らない」

「え?」


 意外だ。坂田さんが鈴木さんの試合を勧めたのは、てっきり、鈴木さんからのプレゼントかと思っていたのに・・・。


「俺が君を気にかけるのは・・・多分、守れなかったあいつに目が似ているからかな?」

「あいつ?」

「俺がボクシングを始めたきっかけになった奴さ。今頃はどうしているかは知らないが、少なくともまだH.E.A.V.E.N.をやっているだろう」

「H.E.A.V.E.N.?」

「現実に極めて近いVRゲームだよ。

 俺がボクシングを始めたのも、そのゲームがあってこそさ」


 知らなかった。

 坂田さんも昔はゲーマーだったのか・・・。


 そんな事を考える俺の顔ーーいや、瞳を見詰めて、坂田さんは俺に呟く。


「君はどこか、そいつに似ているんだ。

 勿論、姿とかではなく、目がね?」

「目ですか?」


 俺の問いに坂田さんは頷く。


「自分を情けなく感じているんじゃないかい?

 現実が受けきれずに救済だけを望んでいるとか?」


 その言葉に俺は何も言えず、黙り込んでしまう。

 確かに坂田さんの言う通りかも知れない。

 俺はどこかで鈴木さんなら、俺を救ってくれると思っているのだろう。

 そうでなければ、坂田さんの目を背けたりもしなかった筈だ。


 そんな俺に坂田さんは笑うと缶コーヒーのタブに親指をひっかけて缶の口を開けて、グイッと飲んで一息吐く。


「まあ、あくまでも俺の個人的な印象さ。

 もしかしたら、違うかも知れない。

 不安にさせたなら、謝るよ」

「・・・いえ」


 俺はそれだけ呟くとぬるくなった缶コーヒーの中身を一気に飲み干す。


「まだ時間があるけど、少し早めに向こうに行こうか」


 坂田さんはそう言うと車を発進させ、鈴木さんの試合がある会場へと向かう。

 その際に坂田さんは俺に呟く。


「もしかすると君には厳しい現実を叩き込む事になるかも知れない。

 それを見て、尚も宗成君の背中を追いたいなら、うちのジムの門をくぐるといいよ」

「・・・その口ぶりだと、まるで鈴木さんが負けるように聞こえますが?」

「相手は新人潰しで有名なボクサーだからね?

 腕のいいボクサーを狙っては壊すのが目的さ」

「ーーっ!?そんな!?」

「だから、相手の反則もあるだろうし、いずれにしろ、ただでは済まないだろう」

「なんで、そんな相手と?」

「それが彼の意思さ。もしかすると初のデビュー戦で壊されるかも知れないのは解っている」

「・・・」

「だが、彼は受けた。何故だと思う?」


 そんなものは解らない。

 いや、心当たりならある。

 だが、それは出来れば、ここでは聞きたくない答えである。


「・・・許せないからですか?」


 俺の言葉に坂田さんは頷く。


「彼にはある種の使命感が強い。

 新人潰しをするボクサーを許せないと思うだろう」


 鈴木さんらしい答えだが、相手が悪い。

 俺はただ、鈴木さんの無事を祈るしかなかった。

 そんな俺をチラリと見て、坂田さんはすぐに視線を戻し、車を走らせる。


「もしかすると鈴木宗成という男のボクシング人生の最後かも知れない。

 ちゃんとその目に焼き付けるんだよ?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鈴木さんに絶対勝ってほしいですね。 予想を覆して、圧勝くらいで主人公に道を見せてほしいと思います。 すごく応援したくなります。
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